悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(21)掴みは上々

 指定の刻限前に総主教会に到着したエセリアとラミアが正面の受付で名乗ると、直ちに担当らしい司教が現れ、その先導で奥へと進んだ。そして幾つかの角を曲がりながら廊下を進むと、とあるドアの前で司教が足を止めて二人を促す。


「こちらにお入り下さい」
「はい」
 それを受けて、ラミアが小さく会釈してから、エセリアに声をかけた。


「エセリア様、失礼して先に入らせて頂きます」
「ええ、どうぞ」
 そしてラミアがノックをしてからドアを開け、室内に足を踏み入れたのに続いてエセリアも入室したが、広い室内に大きな長方形の机があり、手前にある一辺におそらく自分達用であろう椅子が二脚あるのを見て取って、密かに安堵した。


(へえ? 査問会とは言っても、こっちを立たせて向こうは壇上にふんぞり返っているってわけでは無いのね……。一応まともに、話を聞くつもりみたい)
 注意深く、他の三辺の席に着いている司教達を観察しながらエセリアが椅子に座ると、斜め前方に位置している司会役らしき壮年の司教が、厳かに開会を宣言した。


「それでは出席予定者が揃いましたので、査問会を開催致します。当査問会の議題は、半年前程から販売されている、不道徳な書籍に関してです」
 そして淡々と経過と内容が告げられていく中、エセリアはそれを半ば聞き流しながら、出席者を観察していた。


(う~ん、自己紹介位してくれるかと思ったんだけど。どの程度の大物が参加してるのか分からないわ)
 するとエセリアが考えている内容が分かったのか、ラミアが彼女にだけ聞こえる位の小声で囁いてくる。


「正面中央が総大司教のキリング様、他にもこの総主教会在籍の大司教が、殆ど顔を揃えていらっしゃいます」
「ありがとう、ラミアさん」
(よし、釣り上げた! 相手にとって不足無し!)
 同様の囁き声で返してから、エセリアが密かに気合いを入れていると、話に一区切りがついた。


「……以上で、査問会開催理由の説明を終わりますが、召喚者二名は異議を唱えますか?」
「いえ、異議はございません」
「ご指摘の通りです」
 問われたラミアとエセリアは、今更責任逃れをするつもりは無かった為、神妙に頷いたが、忽ち周囲から異議が沸き起こった。


「いや、私は納得できない! 遣わした使者の言では、先程指摘があった書籍の作者は、そこにおられるエセリア・ヴァン・シェーグレン殿との事だが、そんな子供に本が書ける筈が無かろう!」
「それは私も同感だ。ラミア・ワーレス! どんな惑わせる言葉を用いたかは知らないが、れっきとした公爵令嬢をこのような不名誉極まりない場に巻き込むとは何事だ!!」
「全く度し難い。シェーグレン公爵家を巻き込めば、処罰も回避できるとでも思ったか! 浅はかにも程がある」
「皆様! お静かに願います!!」
 司教達が口々にラミアを非難する中、エセリアは甲高い声で叫んだ。その場違いな声に彼らが意表を衝かれ、思わず口を閉ざす。


「エセリア嬢?」
 その訝しげな視線を受けた彼女は呼吸を整え、落ち着き払って口を開いた。


「まず、話の前提を訂正させて頂きますが、ラミアさんが私を巻き込んだわけではございません。まず私が原稿を書いて、それをワーレス商会に持ち込んで出版に至りました。寧ろ、巻き込まれたのはラミアさんの方です」
「……え?」
「本当に、自らお書きになった?」
 司教達が顔を見合わせてざわめく中、正面中央に座っているキリングだけは、総大司教の貫禄で重々しく問いかけてきた。


「それではエセリア嬢に問いたい。どういう意図を持って、あの様な不道徳な書物を書かれたのですか?」
「私が直接、皆様にお会いしたかったからです」
「何ですと?」
「私の様な小娘が、いきなり総主教会上層部の面々に面会を申し込んでも、普通でしたら門前払いでしょう?」
 そう言って自嘲気味にエセリアは笑ったが、キリングは怪訝な顔付きで応じた。


「確かにそうかもしれませんが、その場合でも下位の司教が、エセリア嬢のお話をきちんとお伺い致しますよ?」
「末端から上に話が伝わるまで、どれだけ賄賂を要求されるのか分からないではありませんか。挙げ句の果て、お金を懐に入れた後で『子供の話をまともに聞く気はない』とか言われそうですもの」
「…………」
 サラリとエセリアが述べた瞬間、室内が静まり返り、すぐに司教達の怒声が沸き起こった。


「なっ、なんですと!?」
「教会を侮辱するにもほどがありますぞ!!」
「幾ら公爵家のご令嬢でも!」
「静粛に!!」
 そんな部下達をキリングは一喝したが、エセリアに対しても凄みのある笑みを向けながら、再度尋ねてきた。


「それで? エセリア嬢は、末端の者には一笑に付されかねない、しかし私達相手ならまともに取り合って貰える、重大なお話があると仰るわけですか?」
「ええ、総大司教様の仰る通りですわ」
(さすが総大司教。読みと眼光の鋭さが半端じゃないわね。でも、そうこなくっちゃ!)
 エセリアは威圧感を感じていたが、却ってやる気満々で話を続けた。


「因みに今からお話する内容は、完全に私個人の考えです。父であるシェーグレン公爵や、伯母に当たるマグダレーナ王妃様を通してなら、確実に皆様は話を聞いて下さるとは思いますが、裏に政治的な思惑があるのかと、変に勘ぐられそうでしたから」
 それを聞いたキリングが、微妙に顔を顰めた。


「それではエセリア嬢は、ある意味政治的なお話をしたいと仰るのですか?」
「ええ。単刀直入に申し上げます。教会で貸金業を始めて下さい」
「……貸金業」
「なんですと?」
「もっと正確に言うと、教会の政治力と人脈と資金力を利用して、貸金業を法制化する事を陛下に認めて貰って、その認可を受けて公式な貸金業務に携わって欲しいのです」
 唖然としている司教達に構わず、エセリアがどんどん話を進めたが、さすがにキリングが慌て気味にそれを止めようとした。


「エセリア嬢、ちょっとお待ちを。それは」
「現に教会内部でも、高利で庶民にお金を貸し出して、ガッポガッポ裏金を儲けている人はいるでしょう? それは公になれば顰蹙ものですが、きちんと制度化すれば利益は少なくても堂々と表に出せるお金になります。周りの人からの信頼も増すでしょうし、長い目で見れば損にはなりません」
「…………」
 そのエセリアの断言っぷりに、再び室内が静まり返った。そこで横からラミアが、慌てた様子で窘めてくる。


「エ、エセリア様! そんな本当の事を口にしては!」
「あ、やっぱりそうなのね」
「知らないのにこんな場で口にされたんですか!?」
「ええ。だって悪徳聖職者って、どこにでもいるわよね」
「ゴロゴロ居たら嫌です!」
 涙目で訴えるラミアと平常運転のエセリアを見て、キリングは皮肉っぽく笑いながら声をかけた。


「これはこれは……。エセリア嬢は何やら、誤解されておられる様子。我が国教会内には、そんな不届き者は一人も存在しておりませんが?」
 それにエセリアが、負けず劣らずの笑顔で返す。


「総大司教様がそう仰るなら、そういう事にしておきましょう。皆様。取り敢えず、こちらの文書に目を通して頂けませんか? ラミアさん、そちらの列の分をお願いします」
「分かりました」
 そして二人は事務的に、袋に入れて持参した用紙を取り出し、左右に分けて司教達に配り始めた。





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