悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(15)無作法な訪問者

「ミラン、今度はこれね。ワーレスに商品化が可能かどうか、検討して貰って頂戴。分からない所は説明するわ」
「拝見します」
 エセリアがワーレス商会との提携を始めてから一年近く過ぎても、相変わらずミランのシェーグレン公爵邸訪問は継続しており、彼はすっかり屋敷の使用人達から顔を覚えられ、時折注文を受けたり相談されたりする程になっていた。
 更にその頃になると、彼のエセリアへの傾倒ぶりには、拍車がかかっていた。


「しかしエセリア様は、本当に多才でいらっしゃいますね。玩具や本から始まって、最近では細々とした、しかし画期的な生活雑貨の案を次々と出しておられますし」
 細々とした説明を受けながら、目を通していた企画書から顔を上げながらミランが賛辞を口にすると、エセリアは少々照れくささと困惑がまざった表情で応じる。


「う~ん、本当は私が考えた物じゃないんだけど。こっちで特許とかは通用しないし、先に言ったもの勝ちだものね」
「は? 『とっきょ』?」
「何でもないわ。それより、最近、商会の様子はどう?」
 思わず漏らした言葉にミランが反応してしまった為、エセリアは話題を変えるべく、さり気なく問いを発した。するとミランは、微妙にうんざりした表情で答える。


「勿論、繁盛しています。特に母さんが新店舗を精力的に仕切っていて、家族全員気圧されています。食事の時も原稿を離さないで読みまくっていて、今朝も父さんや兄さん達が引いていました」
 それを聞いた彼女が笑いながら、傍らに置いてあった大きな封筒をミランに差し出した。


「その光景が目に見える様だわ。それで、こっちが新作の原稿よ」
「……これは夕飯も無理だな」
 がっくりと項垂れながらミランが封筒を受け取ったのを見て、エセリアが笑いを深めていると、ノックの音に続いて執事長のカルタスが姿を見せた。


「エセリア様。ミラン殿とご歓談中、失礼します」
「何? カルタス」
「お嬢様にお約束無しで、お客様がおいでです。いかが致しましょうか?」
 そんな事を唐突に言われて、エセリアは目を丸くした。


「え? 誰が来たの?」
「リール伯爵家のサビーネ様と仰っておられます。只今公爵ご夫妻とコーネリア様がお出かけ中ですので、エセリア様のご判断を仰ごうと思いまして」
 それを聞いて、彼女は益々当惑した顔になった。


「……知らない方だけど?」
「はい。ご本人も、エセリア様を含めて、シェーグレン公爵家の方々とは面識が無いと仰っておられます」
「はぁ?」
 咄嗟に二の句が告げなかったエセリアが唖然として黙り込むと、これまでおとなしく話を聞いていたミランが、怪訝な顔をしながら確認を入れてきた。


「あの……、エセリア様、すみません。貴族間の礼儀作法についてはあまり詳しく無いのですが、これまで全く行き来の無い家に、事前に約束を取り付ける事無くいきなり押し掛ける行為は、マナー違反では無いのですか?」
 それを聞いたエセリアは、溜め息を吐いて頷いてみせる。


「ミランの言う通り、明らかにマナー違反よ。その人、どういう感じの方? いきなり暴れそう?」
 その問いかけに、カルタスが真面目くさって答える。
「見た目はまともそうな方で、おとなしくソファーに座っていらっしゃいましたが」
「そう。それなら、取り敢えず行ってみるわ。何の用かだけ聞いてから叩き出しても、遅くは無いでしょう。特に恨みを買った覚えは無いし。ミラン、悪いけど、ここで少し待っていて貰えるかしら?」
 そう言いながらエセリアはソファーから立ち上がったが、殆ど同時にミランも立ち上がりながら告げた。


「それなら僕も、部屋の隅に居させて貰って良いですか?」
「ミラン?」
「エセリア様に何かあったら大変です。このお屋敷の方が取り押さえようとして、万が一にも相手の方に怪我をさせたりしたら、貴族間の争いになるかもしれませんが、場を弁えない平民が乱入したなら、咎められるのは僕だけですし」
 完全に本気の訴えに、引く気は無いのを見て取ったエセリアは、笑いながら了承した。


「心配性ね。気になるならついて来て構わないわよ?」
「そうします」
「じゃあカルタス、ミスティ。行くわよ」
「はい」
 そうしてカルタスに先導され、ミスティとミランを引き連れたエセリアは、私室から応接室の一つに移動した。


「お待たせしました、サビーネ様。当家の次女のエセリアと申します。初めてお目にかかり」
「誠に申し訳ありません!」
「は?」
 取り敢えずにこやかに初対面の挨拶を済ませようとしたエセリアだったが、同じ年頃の少女が勢い良く立ち上がり、頭を下げながら勢い良くまくし立て始めた為、すっかり度肝を抜かれた。


「事前にお約束もせず、ご訪問の連絡もせず、しかも格上の方の屋敷に、更に面識の無い方の所にいきなり押し掛ける様な暴挙! きっとエセリア様は、さぞかし私の事を礼儀知らずな子だろうと、呆れ果てていらっしゃるでしょうが、考え出したら止むに止まれず!」
「分かった、分かりましたから、取り敢えず座りましょう! そうすればお互いに、落ち着いてお話ができますし!」
「はい……。失礼致しました」
 エセリアが声を張り上げて言い聞かせ、それで納得できたのか、サビーネは一言静かに謝罪してからおとなしく元通り腰を下ろした。


(あの人、大丈夫なのか?)
 どうやら感情の起伏が激しいタイプらしいと、ミランが不安を拭えないまま、壁際から観察していると、エセリアに促されてサビーネが訪問の理由を語り出した。


「それでは、こちらにいらっしゃった理由をお聞かせ願いたいのですけど」
「あの……、実は私、トット・ト・イケーと相性が悪いみたいなのです」
「はい?」
 真剣そのものの表情で言われた内容に、エセリアは勿論、ミランもどういう事かと首を傾げた。するとサビーネが、詳細について語り出す。


「最近、私の周囲でトット・ト・イケーが大変流行っておりまして、お茶会にお呼ばれする度に、皆でしております」
「そうですか……」
「ですが私、今現在、九戦全敗でして……」
 次第にどんよりした空気を醸し出しながら、ぼそぼそと話を続けたサビーネを、エセリアは幾分困った表情で宥めた。


「全敗と言っても……、一位になれなかった場合が続いただけですよね? やはり参加人数が多ければ、一位になるのは難しいと思いますし」
「九戦全て、最後まで残って最下位です」
「それは……、やろうと思ってもできませんよ? ある意味、才能だと思います」
(エセリア様! もっとまともなフォローをして下さい!)
 エセリアが真顔で口にした内容を聞いて、ミランは思わず手で顔を覆った。そんな中、サビーネの沈鬱な表情での訴えが続く。


「最近では私ばかり負け続けているので、周りの人が申し訳無さそうな、憐れむ視線を向けてきて。私が参加するだけで、お茶会が微妙に気まずい物に……」
「あの……、それはさすがに、気のせいではないかと思いますが……」
「そうこうしているうちに、悪運付きの女なんて噂が立って、社交界から爪弾きにされた挙げ句、縁談も一向に纏まらなくて行き遅れて、二十も三十も年上の方の後妻に入るしかなくなるんですわ!! そんなの嫌あぁぁぁっ!! 知人からあれの考案者は、エセリア様だと伺いましたの!! 私を哀れと思って、何卒、あれの攻略法をご教授下さい!!」
「あ、あのっ!! ちょっと気を確かに! 落ち着いて下さい!」
 いきなり泣き喚きながらエセリアに取り縋ったサビーネを見て、ミランは思わず遠い目をしてしまった。


(さすがのエセリア様も、動揺しているらしいな……。うん、やっぱり相当変な人だ)
 取り敢えず危険性は無さそうだと、ミランが静観していると、何とかサビーネを宥めたエセリアが、話を元に戻した。


「サビーネ様、お話は分かりました。そんな風に悪い方に悪い方にと考えているうちに、いてもたってもいられなくなって、通常の段取りを全てすっ飛ばして、我が家に押し掛けてしまったわけですね?」
「はい、その通りです。面目次第もございません」
 一応確認を入れると、サビーネが神妙に頷く。それを見たエセリアは、深い溜め息を吐いた。


「今日は、両親が出払っていて良かったです。いたら確実に門前払いだったでしょうし。……取り敢えず事情は判明しましたので、サビーネ様がトット・ト・イケーに見事勝利できる様に、私からコツを伝授致しましょう」
 それを聞いたミランは無言で片眉を上げたが、サビーネは歓喜の叫びを上げた。


「本当ですか!? エセリア様、ありがとうございます!!」
「準備がありますので、少々お待ち下さい。……ミスティ! お兄様の部屋に行って来て。ちょっと借りてきて貰いたい物があるの」
 そしてミスティに指示を出してから、エセリアはミランが無言で訴えている事に気が付いた為、サビーネに断りを入れて立ち上がり、彼の元に歩み寄った。するとミランが小声で問いただしてくる。


「エセリア様、何を考えているんですか。トット・ト・イケーに勝つコツなんて有りませんよね?」
 それにエセリアは、僅かに首を傾げながら言葉を返した。


「確かに無いけど、取り敢えず相手が納得すれば良いんだもの。この場は何とかなると思うわ」
「一体、何をするつもりですか?」
「見ていれば分かるわ」
 そう言って軽く笑ったエセリアに、ミランは不安しか覚えなかった。





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