悪役令嬢の怠惰な溜め息
(8)残念なご先祖様
コーネリアの誕生日祝賀パーティーから二十日程経過した頃、部屋でエセリアが寛いでいると、ナジェーク付きの侍女が部屋を訪れ、主が呼んでいるとの話を伝えてきた。その為、彼女は首を傾げながら腰を上げた。
「お兄様? お呼びだと伺いましたが、お客様がいらしているのではなかったのですか?」
兄の侍女に先導されて応接室に入ったエセリアに、ナジェークがソファーに座ったまま、身体を捻って手招きする。
「ああ、エセリア。こちらに来てくれ。僕のお客を紹介するから」
そう言われて素直にソファーに歩み寄ったエセリアだったが、兄と向かい合わせに座っている子供を見て、密かに考え込んだ。
(あら? この人、どこかで見た覚えが……。この前のお姉様の誕生パーティーに来ていたとか?)
そんなエセリアの内心を読んだかの様に、ナジェークが座ったまま相手を紹介してくる。
「この前の姉上の誕生パーティーに顔を出してはいたけど、エセリアには紹介していなかったと思う。イズファイン・ヴァン・ティアドだ。私と同い年の、ティアド伯爵の嫡男だよ。彼とは以前から懇意にしていてね」
「エセリア嬢、初めまして。君がパーティーに出る様になったのは今年からだから、この前のコーネリア嬢のパーティーで初めて顔を見ましたが、彼女やナジェークと挨拶しているうちに、君に挨拶するのをすっかり失念してしまっていました。申し訳ありません」
相手も座ったままにこやかに声をかけて会釈してきた為、エセリアは慌てて一礼した。
「い、いえ! 私こそ、あの場で披露したカーシスやプテラ・ノ・ドンの説明や指導に夢中になっていて、招待客の皆様にろくにご挨拶できなかったので。イズファイン様、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
互いに挨拶をしてから、ナジェークに促されて彼の隣に座ったエセリアだったが、内心では激しく動揺していた。
(げ!? 騎士団長子息のイズファインまで、あのパーティーに居たの!? 全然、気が付かなかったわ! 確かに顔立ちがまだ幼い感じだけど、しっかりと分かるのに、迂闊すぎる!)
《クリスタル・ラビリンス》の攻略キャラの一人と、また遭遇してしまったエセリアは、必死に笑顔を取り繕っていたが、そんな妹の様子に気が付かないまま、ナジェークが本題に入った。
「それで今日、イズファインがここに来た理由だが、お前にカーシスの手ほどきをして欲しいそうだ」
そんな予想外の事を告げられて、エセリアは目を丸くした。
「はい? カーシスの手ほどき、ですか?」
「ええ、すみません。年下のあなたに、こんな事をお願いするなんて」
「それは構いませんけど、どうしてそんな事を?」
動揺など瞬時に消え去り、エセリアが思わず理由を尋ね返すと、ナジェークとイズファインが顔を見合わせる。
「イズファイン?」
「私から説明するから」
躊躇ったのは一瞬で、イズファインはエセリアに視線を合わせ、徐に語り出した。
「エセリア嬢。実は我がティアド家には、ここ三代に渡って何かにつけて張り合っている家が存在しているのです」
「張り合っている? どうしてですか?」
「両家の三代前の当主が、当時同じ女性を好きになりまして……」
そこでイズファインが何故か口ごもったが、エセリアは嬉々としてその話に食い付いた。
「え? 一人の女性を巡っての争いですか!? まさか決闘をなさったりとか?」
「エセリア、いきなり失礼だろう」
ナジェークが呆れ気味に注意したが、彼女は聞く耳持たなかった。
「でもお兄様! 好奇心を掻き立てられるシチュエーションですよ!? それで結局、どちらが恋の勝者になられましたの?」
ウキウキしながら話の先を促したエセリアだったが、イズファインが淡々と説明を加える。
「その女性は、当時の国王陛下の側妃になられて、両者とも振られた形になりました」
「……すみません」
「いえ、エセリア嬢が謝る必要はありませんから」
思わず謝罪した彼女を、イズファインが穏やかに宥める。するとエセリアはすぐに気を取り直し、素朴な疑問を口にした。
「でもそれなら振られた者同士、傷を舐めあって意気投合しなかったのですか?」
「傷を舐めあうって……」
「国王陛下に怒りと嫉妬心を向けられない分、互いに『お前が邪魔しなければ良かったんだ』とばかりに八つ当たりして、いがみ合う様になったらしいです」
妹の発言を聞いたナジェークは頭を抱え、イズファインは困った様に説明する。そこでエセリアは、思わず正直な感想を漏らした。
「……もの凄く残念な、ご先祖様達ですね」
「だからエセリア……。もう少し言葉に気を付けようか」
「ナジェーク、良いから。言っていたら段々、自分でも残念なご先祖様に思えてきた……」
少年達が揃ってうなだれたが、イズファインは何とか気を取り直して話を続けた。
「その後、両家の跡取り息子がほぼ同じ年代に生まれてきて、毎回張り合う事になっているのです」
「と言う事は、イズファイン様も?」
「はい。私の相手は、クリセード侯爵家当主嫡男のライエル・ヴァン・クリセード殿です。彼は私より五歳年上ですが」
そこまで聞いたエセリアは、難しい顔になって尋ねた。
「五歳年上……。失礼かもしれませんけど、成人した後ならともかく、子供のうちは勝負にならないのではありませんか?」
「ええ。さすがに父達もそれは分かっていて、自分達が張り合うのはともかく、息子の私達に何かで勝負をさせようとはしなかったのですが……」
「どうかしたのですか?」
不自然に口を閉ざしたイズファインを見て、エセリアが不思議そうに尋ねると、ナジェークは一瞬逡巡してから、静かに妹に事情を語った。
「例のパーティーの時、両家の諍いを以前から耳にしていた姉上が、『カーシスなら体格差や年齢差があっても、気軽に対戦できます。斬り合ったり殴り合ったりするより、遥かに紳士的で平和的ですわ』と勧めたそうだ」
それを聞いたエセリアの顔が、盛大に引き攣った。
(お姉様、どうしてそんな売り込みまで……。何か、話の先が読めちゃったわ)
そう思ったエセリアだったが、一応確認を入れてみる。
「それを真に受けたティアド伯爵様が、カーシスで対戦しようとクリセード侯爵様に挑戦状を叩き付けたのですか?」
「ああ、駒の片面ずつに両家の家紋を描いた、特注品持参で乗りこんだんだ」
「あの……、それで、イズファイン様が負けてしまわれたとか……」
「……惨敗だった」
恐る恐るイズファインに尋ねてみれば、沈鬱な表情で予想に違わぬ内容を語られ、エセリアは勢い良く頭を下げて謝罪した。
「すみません! 何かもう、本当にすみません!」
「いや、私が負けたのはエセリア嬢のせいでは無いから。それにコーネリア嬢の提案も、妥当な物だと思う。確かにカーシスでの勝負は、斬り合いや殴り合いみたいに野蛮ではないからね」
イズファインは苦笑いしながらエセリアを宥めたが、ナジェークは困り顔で話を纏めた。
「だが、さすがにイズファインが、ティアド伯爵に叱責されたそうだ。実力を付けて雪辱戦を挑むと、伯爵が息巻いているらしい。それであれの考案者がエセリアだとパーティーの時に説明を受けていたから、お前に練習相手になって貰いつつ、指導をして欲しいそうだ」
そこまで聞いて、エセリアは力強く頷きながら、イズファインへの指導を快諾した。
「そういう事でしたか……。分かりました! イズファイン様の対戦相手をさせて頂きます。その代わりビシビシいきますよ?」
「望むところです。宜しくお願いします」
そうして晴れ晴れとした笑顔で礼を述べるイズファインを眺めながら、エセリアは密かに考え込んでいた。
(う~ん、変な事になっちゃったけど、取り敢えず遊びで負けただけで叱られるなんて気の毒過ぎるし。コツを教える位は構わないだろうし、他の攻略キャラと仲良くなっても、別に支障は無いわよね)
そう自分自身に言い聞かせながら、エセリアは早速ミスティに自分の部屋からカーシスを持って来させ、遠慮なく年上のイズファインに対する指導を開始したのだった。
「お兄様? お呼びだと伺いましたが、お客様がいらしているのではなかったのですか?」
兄の侍女に先導されて応接室に入ったエセリアに、ナジェークがソファーに座ったまま、身体を捻って手招きする。
「ああ、エセリア。こちらに来てくれ。僕のお客を紹介するから」
そう言われて素直にソファーに歩み寄ったエセリアだったが、兄と向かい合わせに座っている子供を見て、密かに考え込んだ。
(あら? この人、どこかで見た覚えが……。この前のお姉様の誕生パーティーに来ていたとか?)
そんなエセリアの内心を読んだかの様に、ナジェークが座ったまま相手を紹介してくる。
「この前の姉上の誕生パーティーに顔を出してはいたけど、エセリアには紹介していなかったと思う。イズファイン・ヴァン・ティアドだ。私と同い年の、ティアド伯爵の嫡男だよ。彼とは以前から懇意にしていてね」
「エセリア嬢、初めまして。君がパーティーに出る様になったのは今年からだから、この前のコーネリア嬢のパーティーで初めて顔を見ましたが、彼女やナジェークと挨拶しているうちに、君に挨拶するのをすっかり失念してしまっていました。申し訳ありません」
相手も座ったままにこやかに声をかけて会釈してきた為、エセリアは慌てて一礼した。
「い、いえ! 私こそ、あの場で披露したカーシスやプテラ・ノ・ドンの説明や指導に夢中になっていて、招待客の皆様にろくにご挨拶できなかったので。イズファイン様、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
互いに挨拶をしてから、ナジェークに促されて彼の隣に座ったエセリアだったが、内心では激しく動揺していた。
(げ!? 騎士団長子息のイズファインまで、あのパーティーに居たの!? 全然、気が付かなかったわ! 確かに顔立ちがまだ幼い感じだけど、しっかりと分かるのに、迂闊すぎる!)
《クリスタル・ラビリンス》の攻略キャラの一人と、また遭遇してしまったエセリアは、必死に笑顔を取り繕っていたが、そんな妹の様子に気が付かないまま、ナジェークが本題に入った。
「それで今日、イズファインがここに来た理由だが、お前にカーシスの手ほどきをして欲しいそうだ」
そんな予想外の事を告げられて、エセリアは目を丸くした。
「はい? カーシスの手ほどき、ですか?」
「ええ、すみません。年下のあなたに、こんな事をお願いするなんて」
「それは構いませんけど、どうしてそんな事を?」
動揺など瞬時に消え去り、エセリアが思わず理由を尋ね返すと、ナジェークとイズファインが顔を見合わせる。
「イズファイン?」
「私から説明するから」
躊躇ったのは一瞬で、イズファインはエセリアに視線を合わせ、徐に語り出した。
「エセリア嬢。実は我がティアド家には、ここ三代に渡って何かにつけて張り合っている家が存在しているのです」
「張り合っている? どうしてですか?」
「両家の三代前の当主が、当時同じ女性を好きになりまして……」
そこでイズファインが何故か口ごもったが、エセリアは嬉々としてその話に食い付いた。
「え? 一人の女性を巡っての争いですか!? まさか決闘をなさったりとか?」
「エセリア、いきなり失礼だろう」
ナジェークが呆れ気味に注意したが、彼女は聞く耳持たなかった。
「でもお兄様! 好奇心を掻き立てられるシチュエーションですよ!? それで結局、どちらが恋の勝者になられましたの?」
ウキウキしながら話の先を促したエセリアだったが、イズファインが淡々と説明を加える。
「その女性は、当時の国王陛下の側妃になられて、両者とも振られた形になりました」
「……すみません」
「いえ、エセリア嬢が謝る必要はありませんから」
思わず謝罪した彼女を、イズファインが穏やかに宥める。するとエセリアはすぐに気を取り直し、素朴な疑問を口にした。
「でもそれなら振られた者同士、傷を舐めあって意気投合しなかったのですか?」
「傷を舐めあうって……」
「国王陛下に怒りと嫉妬心を向けられない分、互いに『お前が邪魔しなければ良かったんだ』とばかりに八つ当たりして、いがみ合う様になったらしいです」
妹の発言を聞いたナジェークは頭を抱え、イズファインは困った様に説明する。そこでエセリアは、思わず正直な感想を漏らした。
「……もの凄く残念な、ご先祖様達ですね」
「だからエセリア……。もう少し言葉に気を付けようか」
「ナジェーク、良いから。言っていたら段々、自分でも残念なご先祖様に思えてきた……」
少年達が揃ってうなだれたが、イズファインは何とか気を取り直して話を続けた。
「その後、両家の跡取り息子がほぼ同じ年代に生まれてきて、毎回張り合う事になっているのです」
「と言う事は、イズファイン様も?」
「はい。私の相手は、クリセード侯爵家当主嫡男のライエル・ヴァン・クリセード殿です。彼は私より五歳年上ですが」
そこまで聞いたエセリアは、難しい顔になって尋ねた。
「五歳年上……。失礼かもしれませんけど、成人した後ならともかく、子供のうちは勝負にならないのではありませんか?」
「ええ。さすがに父達もそれは分かっていて、自分達が張り合うのはともかく、息子の私達に何かで勝負をさせようとはしなかったのですが……」
「どうかしたのですか?」
不自然に口を閉ざしたイズファインを見て、エセリアが不思議そうに尋ねると、ナジェークは一瞬逡巡してから、静かに妹に事情を語った。
「例のパーティーの時、両家の諍いを以前から耳にしていた姉上が、『カーシスなら体格差や年齢差があっても、気軽に対戦できます。斬り合ったり殴り合ったりするより、遥かに紳士的で平和的ですわ』と勧めたそうだ」
それを聞いたエセリアの顔が、盛大に引き攣った。
(お姉様、どうしてそんな売り込みまで……。何か、話の先が読めちゃったわ)
そう思ったエセリアだったが、一応確認を入れてみる。
「それを真に受けたティアド伯爵様が、カーシスで対戦しようとクリセード侯爵様に挑戦状を叩き付けたのですか?」
「ああ、駒の片面ずつに両家の家紋を描いた、特注品持参で乗りこんだんだ」
「あの……、それで、イズファイン様が負けてしまわれたとか……」
「……惨敗だった」
恐る恐るイズファインに尋ねてみれば、沈鬱な表情で予想に違わぬ内容を語られ、エセリアは勢い良く頭を下げて謝罪した。
「すみません! 何かもう、本当にすみません!」
「いや、私が負けたのはエセリア嬢のせいでは無いから。それにコーネリア嬢の提案も、妥当な物だと思う。確かにカーシスでの勝負は、斬り合いや殴り合いみたいに野蛮ではないからね」
イズファインは苦笑いしながらエセリアを宥めたが、ナジェークは困り顔で話を纏めた。
「だが、さすがにイズファインが、ティアド伯爵に叱責されたそうだ。実力を付けて雪辱戦を挑むと、伯爵が息巻いているらしい。それであれの考案者がエセリアだとパーティーの時に説明を受けていたから、お前に練習相手になって貰いつつ、指導をして欲しいそうだ」
そこまで聞いて、エセリアは力強く頷きながら、イズファインへの指導を快諾した。
「そういう事でしたか……。分かりました! イズファイン様の対戦相手をさせて頂きます。その代わりビシビシいきますよ?」
「望むところです。宜しくお願いします」
そうして晴れ晴れとした笑顔で礼を述べるイズファインを眺めながら、エセリアは密かに考え込んでいた。
(う~ん、変な事になっちゃったけど、取り敢えず遊びで負けただけで叱られるなんて気の毒過ぎるし。コツを教える位は構わないだろうし、他の攻略キャラと仲良くなっても、別に支障は無いわよね)
そう自分自身に言い聞かせながら、エセリアは早速ミスティに自分の部屋からカーシスを持って来させ、遠慮なく年上のイズファインに対する指導を開始したのだった。
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