悪役令嬢の怠惰な溜め息
(5)姉のアドバイス
意気揚々と庭に足を踏み入れたエセリアは、美しく整えられた庭園の中を見回して目指す人物を認め、彼に向かって走り寄った。
「ドルパ、こんにちは!」
いきなり背後からかけられた声に、庭師であるドルパは慌てて振り返り、次いで日よけの為に被っている帽子のつばを軽く持ち上げながら、驚いた顔で挨拶してきた。
「お、おぅ? こりゃあまた、お珍しいですね、エセリア様。以前は虫がお嫌いで、ろくにお庭にいらした事は無かったのに」
「前は前、今は今よ。それより、石は無いかしら?」
予想外の人物から突然予想外の要求をされて、初老のドルパは額の皺を深くしながら考え込んだ。
「石でございますか? 因みに、どのような物がご入り用ですか?」
目の前の彼女が石を欲しがる理由や用途に全く見当が付かなかった彼が尋ねたが、それに対するエセリアの答えを聞いて、更に困惑する羽目になった。
「えぇっとね、これ位の大きさで、できれば丸くて、平べったくて、厚さがこれ位で、同じ様な物が六十四個欲しいの」
「はい?」
「小石は庭に、一杯有るでしょう?」
右手の親指と人差し指で丸を作り、左手の親指と人差し指でおおよその厚さを示しながら、笑顔で尋ねたエセリアだったが、ドルパは如何にも申し訳なさそうに答えた。
「そりゃあ、確かに庭には小石は山ほどありますが、そういう大きさと形に限定した物を探すとなると……。しかもその数を探すとなったら、何年かかるか分かりませんよ?」
「え? そうなの……」
「お嬢様、申し訳ありません」
(よくよく考えてみればこういう庭だと、玉砂利を敷き詰めている所とかも無さそうだしね。これは考えが甘かったわ。くぅぅぅっ! プラスチックの成形技術が欲しい!)
すっかり気落ちしたエセリアをドルパがおろおろしながら宥めていると、この間二人のやり取りを黙って眺めていたコーネリアが、不思議そうに尋ねてきた。
「エセリア? あなた、これ位の大きさでなるべく形が同じ物が、たくさん欲しいの?」
「はい」
「それなら、コルクで作ったらどうかしら?」
「コルクって……、ワインの瓶の栓に使っている、あれですか!? あれが本当に、存在しているんですか!?」
二本の指で先程の形を作りながら、何気無い風情でコーネリアが提案してきた内容を聞いて、エセリアは途端に顔つきを険しくして姉に迫った。それに若干気圧されながら、コーネリアが答える。
「え、ええ、そうだけど。あれはコルク樫の樹皮を切り取って作っているから、エセリアがさっき言った形状と寸法を伝えて作って貰う様に頼めば、幾らでも作って貰えるわよ?」
「『頼めば』って、誰にですか!?」
「『誰に』って……、執事長のカルタスに言えば、確実でしょうね。だってコルク樫はうちの領地の特産品の一つだから、出入りの商人の所になら在庫は幾らでもあるし、好きな様に加工成形もして貰える筈で」
「公爵領の特産品!? 油断したわ、そんな足元にあったなんて不覚!! カールータースー!!」
姉の話の途中でいきなり叫び出したかと思ったら、エセリアは来た時と同様に、また勢い良く屋敷内に向かって駆け出した。
「エセリア! 急に走り出さないで! 危ないわ!」
「お嬢様、お待ち下さい!」
「ドルパさん、お邪魔しました!」
「いや、良いんだが……」
そんな彼女を追ってコーネリア達も慌てて走り出したが、再び人影の無くなった庭園で、ドルパが唖然としながら呟いていた。
「エセリアお嬢様はお怪我をなさってから、随分騒々しくなられたなぁ……」
そして首を傾げたドルパだったが、同様の感想を抱いている人間は、公爵邸内に多数存在していた。
「カルタスっ!! 探したわよっ!! あなたどうして屋敷内を、あちこち移動してるのよっ!!」
「今の時間は、各所の見回りをしておりまして……」
ゼイゼイと傍から見て分かるほどに息を切らしながら、勢い良く厨房に続くドアを開け放ったエセリアに、カルタスは勿論、そこに居合わせた料理人達も驚きの目を向けた。そして何事かと問いかけようとした彼の台詞を遮り、エセリアから絶叫での要求が繰り出される。
「ところでエセリア様、私に何かご用で」
「コルクで! 丸くて平らで! 全部同じ形で! 半面ずつ黒と白で色分けした物を! 六十四個作って!! 大至急よっ!!」
「はい?」
困惑したカルタスだったが、エセリアはそんな彼に左手で掴みかかり、右手で要求する物を表現しながら、鬼気迫る表情で語気強く訴えた。
「大きさはこれ位で!」
「あの……」
「厚さはこれ位で!」
「その、エセリア様?」
「くれぐれも半円状態に塗るんじゃないわよ!? 円の裏と表で塗り分けるのよ!? 分かった!?」
「……畏まりました。直ちに手配いたします」
「そう、よろしくね?」
尋常ならざる迫力のエセリアに気迫負けし、カルタスはそれを欲しがる理由を聞かないまま、思わず了承の返事をした。それを聞いた彼女は満足げに踵を返し、自室へと戻って行く。
「あ……、エ、エセリア! あなた、一体……、どこに……」
「お姉様、用事が済みましたから、部屋に戻ります」
「そ、そうなの……、良かったわ」
そこでふらつきながら妹に合流したコーネリアは、これ以上屋敷内を駆け回る事は無いと分かった為、同行した侍女達と共に安堵の溜息を吐いた。
「ドルパ、こんにちは!」
いきなり背後からかけられた声に、庭師であるドルパは慌てて振り返り、次いで日よけの為に被っている帽子のつばを軽く持ち上げながら、驚いた顔で挨拶してきた。
「お、おぅ? こりゃあまた、お珍しいですね、エセリア様。以前は虫がお嫌いで、ろくにお庭にいらした事は無かったのに」
「前は前、今は今よ。それより、石は無いかしら?」
予想外の人物から突然予想外の要求をされて、初老のドルパは額の皺を深くしながら考え込んだ。
「石でございますか? 因みに、どのような物がご入り用ですか?」
目の前の彼女が石を欲しがる理由や用途に全く見当が付かなかった彼が尋ねたが、それに対するエセリアの答えを聞いて、更に困惑する羽目になった。
「えぇっとね、これ位の大きさで、できれば丸くて、平べったくて、厚さがこれ位で、同じ様な物が六十四個欲しいの」
「はい?」
「小石は庭に、一杯有るでしょう?」
右手の親指と人差し指で丸を作り、左手の親指と人差し指でおおよその厚さを示しながら、笑顔で尋ねたエセリアだったが、ドルパは如何にも申し訳なさそうに答えた。
「そりゃあ、確かに庭には小石は山ほどありますが、そういう大きさと形に限定した物を探すとなると……。しかもその数を探すとなったら、何年かかるか分かりませんよ?」
「え? そうなの……」
「お嬢様、申し訳ありません」
(よくよく考えてみればこういう庭だと、玉砂利を敷き詰めている所とかも無さそうだしね。これは考えが甘かったわ。くぅぅぅっ! プラスチックの成形技術が欲しい!)
すっかり気落ちしたエセリアをドルパがおろおろしながら宥めていると、この間二人のやり取りを黙って眺めていたコーネリアが、不思議そうに尋ねてきた。
「エセリア? あなた、これ位の大きさでなるべく形が同じ物が、たくさん欲しいの?」
「はい」
「それなら、コルクで作ったらどうかしら?」
「コルクって……、ワインの瓶の栓に使っている、あれですか!? あれが本当に、存在しているんですか!?」
二本の指で先程の形を作りながら、何気無い風情でコーネリアが提案してきた内容を聞いて、エセリアは途端に顔つきを険しくして姉に迫った。それに若干気圧されながら、コーネリアが答える。
「え、ええ、そうだけど。あれはコルク樫の樹皮を切り取って作っているから、エセリアがさっき言った形状と寸法を伝えて作って貰う様に頼めば、幾らでも作って貰えるわよ?」
「『頼めば』って、誰にですか!?」
「『誰に』って……、執事長のカルタスに言えば、確実でしょうね。だってコルク樫はうちの領地の特産品の一つだから、出入りの商人の所になら在庫は幾らでもあるし、好きな様に加工成形もして貰える筈で」
「公爵領の特産品!? 油断したわ、そんな足元にあったなんて不覚!! カールータースー!!」
姉の話の途中でいきなり叫び出したかと思ったら、エセリアは来た時と同様に、また勢い良く屋敷内に向かって駆け出した。
「エセリア! 急に走り出さないで! 危ないわ!」
「お嬢様、お待ち下さい!」
「ドルパさん、お邪魔しました!」
「いや、良いんだが……」
そんな彼女を追ってコーネリア達も慌てて走り出したが、再び人影の無くなった庭園で、ドルパが唖然としながら呟いていた。
「エセリアお嬢様はお怪我をなさってから、随分騒々しくなられたなぁ……」
そして首を傾げたドルパだったが、同様の感想を抱いている人間は、公爵邸内に多数存在していた。
「カルタスっ!! 探したわよっ!! あなたどうして屋敷内を、あちこち移動してるのよっ!!」
「今の時間は、各所の見回りをしておりまして……」
ゼイゼイと傍から見て分かるほどに息を切らしながら、勢い良く厨房に続くドアを開け放ったエセリアに、カルタスは勿論、そこに居合わせた料理人達も驚きの目を向けた。そして何事かと問いかけようとした彼の台詞を遮り、エセリアから絶叫での要求が繰り出される。
「ところでエセリア様、私に何かご用で」
「コルクで! 丸くて平らで! 全部同じ形で! 半面ずつ黒と白で色分けした物を! 六十四個作って!! 大至急よっ!!」
「はい?」
困惑したカルタスだったが、エセリアはそんな彼に左手で掴みかかり、右手で要求する物を表現しながら、鬼気迫る表情で語気強く訴えた。
「大きさはこれ位で!」
「あの……」
「厚さはこれ位で!」
「その、エセリア様?」
「くれぐれも半円状態に塗るんじゃないわよ!? 円の裏と表で塗り分けるのよ!? 分かった!?」
「……畏まりました。直ちに手配いたします」
「そう、よろしくね?」
尋常ならざる迫力のエセリアに気迫負けし、カルタスはそれを欲しがる理由を聞かないまま、思わず了承の返事をした。それを聞いた彼女は満足げに踵を返し、自室へと戻って行く。
「あ……、エ、エセリア! あなた、一体……、どこに……」
「お姉様、用事が済みましたから、部屋に戻ります」
「そ、そうなの……、良かったわ」
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