その華の名は
(35)期待と希望
「ナジェーク。お前という奴は……、結婚式の最中くらい、おとなしくできないのか」
「カテリーナ、おめでとう。素敵なお式だったわ」
式がすべて終わり、主祭壇から離れたナジェークとカテリーナを、二人の友人達が取り囲んだ。それで二人はその場で別れる。
「それじゃあ、後で」
「ええ」
互いの親族達はそれぞれ人垣を作って挨拶や談笑をしており、カテリーナやナジェークはそれぞれの友人達の輪を作って、祝福の言葉を受けることにした。
「カテリーナ、結婚おめでとう。今日の宣誓の言葉は少し驚いたけれど、逆にあなた達らしくて納得したわ」
「ありがとうございます」
カテリーナの側は、まず近衛騎士団の同僚達が集まり、彼女達を代表してまずユリーゼが声をかけてきた。しかし続けて、何故か妙にしみじみとした口調で言い出す。
「それにしても……。あなたの結婚相手、本当に非凡な方ね。本気であなたが近衛騎士団団長に就任する道筋を作るつもりよ」
「隊長、どういう事ですか?」
「あら、聞いていないの?」
「何をでしょう?」
本気で困惑したカテリーナだったが、ユリーゼも幾分驚いた表情になってから、理由を説明し始めた。
「これまでも後宮勤務の女官だと、結婚や出産を機に退職しても、状況が変わったり子育てが一段落したら復帰する事例があるわよね? 年齢を経て経験豊富な者の方が、重宝される場合もあるから」
「確かにそうですが、それはあくまでその時々の王妃陛下や女官長などが、個別の判断で雇用契約を結んでいる、かなり珍しい例ですよね?」
「ええ。その珍しい例を、王宮内で雇用されている全職種の全女性に、正式に法制化する動きがあるの。そうなったら一時退職しても、本人が希望してある一定の条件を満たした上で適正な試験に合格すれば、元の職場に復帰できるのよ。全職種の全女性対象よ」
念を押すようにユリーゼが告げた内容を聞いて、カテリーナ達は一瞬当惑した顔を見合わせてから、懐疑的な表情で呟く。
「え? あの、それって、つまり……」
「結婚を機に退職した女性騎士でも、勤務の条件をクリアして希望すれば、堂々と復帰できるのですか?」
「本当に、そんな事が可能なのかしら?」
「いくらなんでも……」
そんな部下達の反応を見たユリーゼは、苦笑いしながら付け加えた。
「勿論、今すぐには無理でしょうね。固定観念に凝り固まった官吏の方が殆どだし。だからまだ、あくまでも水面下での話なのよ」
「それはそうですよね」
「でも今後、五年十年のうちには、カテリーナのご主人がどうにかするのではない? カテリーナ以上に、一筋縄ではいかない人みたいだし」
そんな事を笑いを堪えるような表情でユリーゼが告げると、たちまち周囲が真顔になって同意を示す。
「否定できないわ……」
「凄く納得できました」
「うん、本当にそうなるわよね」
「そこでどうして私の名前が、引き合いに出てくるのでしょうか……」
カテリーナだけはがっくりと項垂れたが、そんな彼女をユリーゼが微笑ましそうに眺めながら話を続けた。
「私の婚約者が官吏だから、最近この話を教えてくれたの。それで『家族の体面もあって結婚を機に騎士団は辞めてもらうが、今水面下でこんな動きがある。君が希望するなら、将来復帰できそうな時は全面的に応援する』と言ってくれたのよ」
「そうでしたか……。その辺りは、全然知らされていませんでした。ナジェークは秘密主義なので」
(本当にここら辺は、これから矯正していくしかないわよね。お義母様やお義姉様に教えを乞いつつ、本気で頑張らないと)
半ば腹を立てながらカテリーナが決意していると、そんな彼女を眺めながらユリーゼが思わせぶりに言い出す。
「それにしても……」
「なんですか?」
「愛されているわね。彼、あなたの希望を叶えるために、全力でサポートするつもりよ」
冷やかすような笑みを浮かべながらの台詞に、カテリーナは一瞬キョトンとした表情になってから、常の彼女らしくなく顔を紅潮させた。そして明らかに動揺しながら言い募る。
「いえ、まあ、その……。有能な女性を埋もれさせたくはないという、長期的な視野においての人材確保という、彼なりの施策判断だとは思いますし、恐らくは聡明な王妃陛下の御意向を汲んだ」
「何をごちゃごちゃ弁解して照れているのよ! 本当にらしくないわね!」
「いった! ちょっとティナレア、力入れすぎよ!」
満面の笑みのティナレアから豪快に肩を叩かれたカテリーナは悲鳴じみた声を上げたが、他の友人達も容赦なかった。
「でも、こういう可愛いカテリーナを初めて見たかも」
「顔だけじゃなくて、耳まで真っ赤だし」
「本当、愛の力って偉大よね~」
「もう、皆も止めて。お願いだから」
周囲から冷やかされたカテリーナが顔を赤くしたまま懇願すると、ユリーゼが苦笑しながら彼女達を宥めて話を続ける。
「皆、それくらいにしてあげて。そういうわけだから、カテリーナ。私、決めたの。結婚して出産しても、できる限りの鍛練は続けるわ。そして状況が許されたら、その時は必ず騎士団に復帰する。女性として初の近衛騎士団団長に就任するのを、是非ともあなたと競いたいわ」
その申し出に、カテリーナは笑顔で力強く頷く。
「望むところです。負けるつもりはありませんから」
「ありがとう。実現はかなり難しいけど、可能性と選択肢が最初から皆無なのと、眼前に示されているのでは雲泥の差だもの。これで、これからの人生の目標が1つ増えたわ」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
そこで二人はどちらからともなく右手を伸ばし、固く握手した。その周囲で、ティナレア達が感想を述べ合う。
「本当に、とんでもない夫婦よね」
「それなら今後、カテリーナが何かしようとしたり考えたりすると、もれなく騒動が発生するわけ?」
「うわ……、カテリーナって要注意危険人物じゃない」
「それ完全に濡れ衣だから! 要注意危険人物はナジェークだけなのに!」
友人達の評価にカテリーナが盛大な抗議の声を上げ、それでその場に笑い声が満ちた。
それからは入れ代わり立ち代わり親族の同年代の女性達や、辞めた使用人の中でも交流のある者達などが祝福に訪れ、カテリーナは彼女達と楽しいひと時を過ごした。そして一通り招待客の対応が終わったのを見計らったナジェークが歩み寄り、声をかけてくる。
「カテリーナ、そろそろ皆さんとの話は終わったみたいだし、改めて君のご両親に挨拶に行こうか」
「そうね。そちらのご両親にも挨拶しないとね」
差し出された手に自然に自分の手を重ねたカテリーナは、彼と並んで両家の者達が揃っている一角に向かった。
(確かにこれからも色々問題は出てくるだろうけど、ナジェークとだったら乗り越えていけそうな気がするわ)
不安が全く無いと言えば嘘になるものの、カテリーナはそれ以上の期待と希望を胸に、迷いなく足を進めていった。
(完)
「カテリーナ、おめでとう。素敵なお式だったわ」
式がすべて終わり、主祭壇から離れたナジェークとカテリーナを、二人の友人達が取り囲んだ。それで二人はその場で別れる。
「それじゃあ、後で」
「ええ」
互いの親族達はそれぞれ人垣を作って挨拶や談笑をしており、カテリーナやナジェークはそれぞれの友人達の輪を作って、祝福の言葉を受けることにした。
「カテリーナ、結婚おめでとう。今日の宣誓の言葉は少し驚いたけれど、逆にあなた達らしくて納得したわ」
「ありがとうございます」
カテリーナの側は、まず近衛騎士団の同僚達が集まり、彼女達を代表してまずユリーゼが声をかけてきた。しかし続けて、何故か妙にしみじみとした口調で言い出す。
「それにしても……。あなたの結婚相手、本当に非凡な方ね。本気であなたが近衛騎士団団長に就任する道筋を作るつもりよ」
「隊長、どういう事ですか?」
「あら、聞いていないの?」
「何をでしょう?」
本気で困惑したカテリーナだったが、ユリーゼも幾分驚いた表情になってから、理由を説明し始めた。
「これまでも後宮勤務の女官だと、結婚や出産を機に退職しても、状況が変わったり子育てが一段落したら復帰する事例があるわよね? 年齢を経て経験豊富な者の方が、重宝される場合もあるから」
「確かにそうですが、それはあくまでその時々の王妃陛下や女官長などが、個別の判断で雇用契約を結んでいる、かなり珍しい例ですよね?」
「ええ。その珍しい例を、王宮内で雇用されている全職種の全女性に、正式に法制化する動きがあるの。そうなったら一時退職しても、本人が希望してある一定の条件を満たした上で適正な試験に合格すれば、元の職場に復帰できるのよ。全職種の全女性対象よ」
念を押すようにユリーゼが告げた内容を聞いて、カテリーナ達は一瞬当惑した顔を見合わせてから、懐疑的な表情で呟く。
「え? あの、それって、つまり……」
「結婚を機に退職した女性騎士でも、勤務の条件をクリアして希望すれば、堂々と復帰できるのですか?」
「本当に、そんな事が可能なのかしら?」
「いくらなんでも……」
そんな部下達の反応を見たユリーゼは、苦笑いしながら付け加えた。
「勿論、今すぐには無理でしょうね。固定観念に凝り固まった官吏の方が殆どだし。だからまだ、あくまでも水面下での話なのよ」
「それはそうですよね」
「でも今後、五年十年のうちには、カテリーナのご主人がどうにかするのではない? カテリーナ以上に、一筋縄ではいかない人みたいだし」
そんな事を笑いを堪えるような表情でユリーゼが告げると、たちまち周囲が真顔になって同意を示す。
「否定できないわ……」
「凄く納得できました」
「うん、本当にそうなるわよね」
「そこでどうして私の名前が、引き合いに出てくるのでしょうか……」
カテリーナだけはがっくりと項垂れたが、そんな彼女をユリーゼが微笑ましそうに眺めながら話を続けた。
「私の婚約者が官吏だから、最近この話を教えてくれたの。それで『家族の体面もあって結婚を機に騎士団は辞めてもらうが、今水面下でこんな動きがある。君が希望するなら、将来復帰できそうな時は全面的に応援する』と言ってくれたのよ」
「そうでしたか……。その辺りは、全然知らされていませんでした。ナジェークは秘密主義なので」
(本当にここら辺は、これから矯正していくしかないわよね。お義母様やお義姉様に教えを乞いつつ、本気で頑張らないと)
半ば腹を立てながらカテリーナが決意していると、そんな彼女を眺めながらユリーゼが思わせぶりに言い出す。
「それにしても……」
「なんですか?」
「愛されているわね。彼、あなたの希望を叶えるために、全力でサポートするつもりよ」
冷やかすような笑みを浮かべながらの台詞に、カテリーナは一瞬キョトンとした表情になってから、常の彼女らしくなく顔を紅潮させた。そして明らかに動揺しながら言い募る。
「いえ、まあ、その……。有能な女性を埋もれさせたくはないという、長期的な視野においての人材確保という、彼なりの施策判断だとは思いますし、恐らくは聡明な王妃陛下の御意向を汲んだ」
「何をごちゃごちゃ弁解して照れているのよ! 本当にらしくないわね!」
「いった! ちょっとティナレア、力入れすぎよ!」
満面の笑みのティナレアから豪快に肩を叩かれたカテリーナは悲鳴じみた声を上げたが、他の友人達も容赦なかった。
「でも、こういう可愛いカテリーナを初めて見たかも」
「顔だけじゃなくて、耳まで真っ赤だし」
「本当、愛の力って偉大よね~」
「もう、皆も止めて。お願いだから」
周囲から冷やかされたカテリーナが顔を赤くしたまま懇願すると、ユリーゼが苦笑しながら彼女達を宥めて話を続ける。
「皆、それくらいにしてあげて。そういうわけだから、カテリーナ。私、決めたの。結婚して出産しても、できる限りの鍛練は続けるわ。そして状況が許されたら、その時は必ず騎士団に復帰する。女性として初の近衛騎士団団長に就任するのを、是非ともあなたと競いたいわ」
その申し出に、カテリーナは笑顔で力強く頷く。
「望むところです。負けるつもりはありませんから」
「ありがとう。実現はかなり難しいけど、可能性と選択肢が最初から皆無なのと、眼前に示されているのでは雲泥の差だもの。これで、これからの人生の目標が1つ増えたわ」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
そこで二人はどちらからともなく右手を伸ばし、固く握手した。その周囲で、ティナレア達が感想を述べ合う。
「本当に、とんでもない夫婦よね」
「それなら今後、カテリーナが何かしようとしたり考えたりすると、もれなく騒動が発生するわけ?」
「うわ……、カテリーナって要注意危険人物じゃない」
「それ完全に濡れ衣だから! 要注意危険人物はナジェークだけなのに!」
友人達の評価にカテリーナが盛大な抗議の声を上げ、それでその場に笑い声が満ちた。
それからは入れ代わり立ち代わり親族の同年代の女性達や、辞めた使用人の中でも交流のある者達などが祝福に訪れ、カテリーナは彼女達と楽しいひと時を過ごした。そして一通り招待客の対応が終わったのを見計らったナジェークが歩み寄り、声をかけてくる。
「カテリーナ、そろそろ皆さんとの話は終わったみたいだし、改めて君のご両親に挨拶に行こうか」
「そうね。そちらのご両親にも挨拶しないとね」
差し出された手に自然に自分の手を重ねたカテリーナは、彼と並んで両家の者達が揃っている一角に向かった。
(確かにこれからも色々問題は出てくるだろうけど、ナジェークとだったら乗り越えていけそうな気がするわ)
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