その華の名は
(32)思わぬ争いの種
キャレイド公爵の悪癖について、それ以上触れない事にしたカテリーナは、ナジェークと雑談を始めた。すると少しして、警備の騎士がドアを開けて報告してくる。
「失礼します。総大司教様がいらっしゃいました」
「お通ししてくれ」
ナジェークが即答し、ルイザがすぐにもう一脚椅子を準備する。その直後、総主教会における最高位であるキリング総大司教が、正装で現れた。
「ナジェーク様、カテリーナ様、本日は誠におめでとうございます」
深々と頭を下げて挨拶してきたキリングに、立ち上がって彼を出迎えたナジェークとカテリーナも、頭を下げながら礼を述べる。
「キリング総大司教、ご無沙汰しております。この度は、私達の結婚の儀を自ら執り行ってくださるとの事で、恐縮しております」
「お忙しい中お引き受けいただき、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
(本当に王族の結婚式ならともかく、国教会トップの総大司教が一貴族の結婚式を執り行うのは、相当珍しいと思うのだけど。まさかナジェークが、裏からごり押ししたのではないでしょうね?)
下げた頭を戻しながら、カテリーナがさりげなくキリングの表情を窺っていると、その視線を感じたらしい彼が、穏やかな笑みを浮かべながらカテリーナに話しかける。
「カテリーナ様。お二人の式を私が手掛ける事になったのは、ナジェーク様が裏から手を回したりした結果ではありませんのでご心配なく。あくまでもこちら側の事情ですので」
「そうですか……」
(私って、そんなに考えている事が分かりやすい顔をしているのかしら?)
内心で少しショックを受けたカテリーナだったが、傍目にはなんとかそれを押し隠した。するとナジェークが、不思議そうにキリングに問いかける。
「総主教会側の事情ですか? 私達にとっては光栄な事ですが、どういった事情でしょう。差し支えなければお伺いしたいのですが」
その申し出を聞いたキリングは、僅かに笑いを含んだ声で話し出した。
「王宮での話を、漏れ聞くところによりますと……。ナジェーク様は将来の宰相閣下で、カテリーナ様は近衛騎士団長に就任予定であられるとか」
「いえ、あの……、それは……。言葉のあやというか、戯れ言の延長と申しますか……」
求婚時のナジェークの台詞が総主教会内にまで広がっていたなんてと、動揺を隠しきれないカテリーナだったが、一方のナジェークは平然と応じた。
「大言壮語ではなく、勿論そのつもりですが……。ご子息辺りから、総大司教のお耳に入りましたか?」
「ローダスからも聞きましたが、複数の経路からと申し上げておきます。それに関して、総主教会内で些か外聞を憚る事態になっております」
「何事ですか?」
(今の話のどこが、そんな面倒な事態に繋がるの?)
ナジェークは怪訝な顔になったがカテリーナも同様であり、自分達と総主教会の関係性が分からずに首を傾げた。するとここでキリングが、神妙な顔つきで予想外の事を打ち明ける。
「お気を悪くなさらないでいただきたいのですが……、少し前から総主教会内で、ナジェーク様の宰相就任がいつ頃になるかの賭けが行われております」
「はぁ……、そうですか。存じ上げませんでした」
「因みにナジェーク様が40代、50代の時に就任すると予想している者が殆どです」
(『殆ど』って……。総主教会内で、どれだけの人間が賭けに参加しているのよ! れっきとした聖職者が、つまらない事に係るなと叫びたいわ! 第一、取り締まらないで、放置している感じがするのだけど!?)
微妙な顔つきで押し黙ったナジェークだったが、カテリーナは密かに憤慨した。そんな彼女に向き直り、再度キリングが謝罪してくる。
「カテリーナ様、申し訳ありません」
「え? あ、はい。何がでしょうか?」
「誠に失礼な事ながら、カテリーナ様に関しては、近衛騎士団長の就任時期ではなく、就任できるか否かの賭けになっておりまして……」
「いえ、お気遣いなく……」
(本当に、気遣いの方向性が間違っているわよね!?)
盛大に顔を引き攣らせながらも、カテリーナはなんとか笑みらしきものを浮かべながら言葉を返した。
「因みに、先程のナジェーク様の宰相就任時期に関する賭けは、私が39歳で、息子のローダスは38歳としております。これが賭けている就任最速時期と、その次になっております。これまでの最速記録は41歳なので、この年齢で就任すれば記録更新ですね」
「……お二人のご期待に応えるよう、微力を尽くします」
(口中の教会を束ねる総主教会のトップ自ら、賭けに参加してどうするんですか! しかも就任最速記録更新って、さりげなくプレッシャーをかけていない!?)
キリング親子の予想に、さすがのナジェークも唖然としたらしく、一瞬表情が抜け落ちた。カテリーナが密かに(実は賭けの胴元は、総大司教ではないの?)と疑い始めていると、キリングが溜め息を吐いてから説明を続ける。
「最近、お二方の話題が尽きないところに挙式の申し入れがあり、将来の宰相閣下と近衛騎士団長とのご縁を作りたいとの思惑で、自分が式を取り仕切るとの申し出が殺到いたしました。誰を選んでも遺恨が残りそうな気配に、幹部で相談の結果、私が執り行うことになった次第です」
(総主教会は、俗世間の欲にまみれた聖職者揃いなの? 所属する全員が、そうだとは思えないけど)
神妙な表情と口調で事情説明を終えたキリングに、カテリーナは呆れ気味の眼差しを向けた。しかしナジェークは、いかにも楽しげに笑いながら応じる。
「確かに総大司教が行えば、誰も文句はつけられませんね」
「本当に、教会内の揉め事で、お騒がせしております」
「私達は一向に構いません。寧ろ、滅多にしていただけない方に結婚の儀式を執り行っていただく事ができて、役得でしょう。カテリーナ、そうは思わないかい?」
「……そうですね。光栄ですし、色々な意味で記憶と記録に残りそうですね」
自分達の結婚式が、総主教会内での争いの種になっていたという事実を知ったカテリーナは、疲労感を覚えながらも小さく頷いて同意を示した。
「失礼します。総大司教様がいらっしゃいました」
「お通ししてくれ」
ナジェークが即答し、ルイザがすぐにもう一脚椅子を準備する。その直後、総主教会における最高位であるキリング総大司教が、正装で現れた。
「ナジェーク様、カテリーナ様、本日は誠におめでとうございます」
深々と頭を下げて挨拶してきたキリングに、立ち上がって彼を出迎えたナジェークとカテリーナも、頭を下げながら礼を述べる。
「キリング総大司教、ご無沙汰しております。この度は、私達の結婚の儀を自ら執り行ってくださるとの事で、恐縮しております」
「お忙しい中お引き受けいただき、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
(本当に王族の結婚式ならともかく、国教会トップの総大司教が一貴族の結婚式を執り行うのは、相当珍しいと思うのだけど。まさかナジェークが、裏からごり押ししたのではないでしょうね?)
下げた頭を戻しながら、カテリーナがさりげなくキリングの表情を窺っていると、その視線を感じたらしい彼が、穏やかな笑みを浮かべながらカテリーナに話しかける。
「カテリーナ様。お二人の式を私が手掛ける事になったのは、ナジェーク様が裏から手を回したりした結果ではありませんのでご心配なく。あくまでもこちら側の事情ですので」
「そうですか……」
(私って、そんなに考えている事が分かりやすい顔をしているのかしら?)
内心で少しショックを受けたカテリーナだったが、傍目にはなんとかそれを押し隠した。するとナジェークが、不思議そうにキリングに問いかける。
「総主教会側の事情ですか? 私達にとっては光栄な事ですが、どういった事情でしょう。差し支えなければお伺いしたいのですが」
その申し出を聞いたキリングは、僅かに笑いを含んだ声で話し出した。
「王宮での話を、漏れ聞くところによりますと……。ナジェーク様は将来の宰相閣下で、カテリーナ様は近衛騎士団長に就任予定であられるとか」
「いえ、あの……、それは……。言葉のあやというか、戯れ言の延長と申しますか……」
求婚時のナジェークの台詞が総主教会内にまで広がっていたなんてと、動揺を隠しきれないカテリーナだったが、一方のナジェークは平然と応じた。
「大言壮語ではなく、勿論そのつもりですが……。ご子息辺りから、総大司教のお耳に入りましたか?」
「ローダスからも聞きましたが、複数の経路からと申し上げておきます。それに関して、総主教会内で些か外聞を憚る事態になっております」
「何事ですか?」
(今の話のどこが、そんな面倒な事態に繋がるの?)
ナジェークは怪訝な顔になったがカテリーナも同様であり、自分達と総主教会の関係性が分からずに首を傾げた。するとここでキリングが、神妙な顔つきで予想外の事を打ち明ける。
「お気を悪くなさらないでいただきたいのですが……、少し前から総主教会内で、ナジェーク様の宰相就任がいつ頃になるかの賭けが行われております」
「はぁ……、そうですか。存じ上げませんでした」
「因みにナジェーク様が40代、50代の時に就任すると予想している者が殆どです」
(『殆ど』って……。総主教会内で、どれだけの人間が賭けに参加しているのよ! れっきとした聖職者が、つまらない事に係るなと叫びたいわ! 第一、取り締まらないで、放置している感じがするのだけど!?)
微妙な顔つきで押し黙ったナジェークだったが、カテリーナは密かに憤慨した。そんな彼女に向き直り、再度キリングが謝罪してくる。
「カテリーナ様、申し訳ありません」
「え? あ、はい。何がでしょうか?」
「誠に失礼な事ながら、カテリーナ様に関しては、近衛騎士団長の就任時期ではなく、就任できるか否かの賭けになっておりまして……」
「いえ、お気遣いなく……」
(本当に、気遣いの方向性が間違っているわよね!?)
盛大に顔を引き攣らせながらも、カテリーナはなんとか笑みらしきものを浮かべながら言葉を返した。
「因みに、先程のナジェーク様の宰相就任時期に関する賭けは、私が39歳で、息子のローダスは38歳としております。これが賭けている就任最速時期と、その次になっております。これまでの最速記録は41歳なので、この年齢で就任すれば記録更新ですね」
「……お二人のご期待に応えるよう、微力を尽くします」
(口中の教会を束ねる総主教会のトップ自ら、賭けに参加してどうするんですか! しかも就任最速記録更新って、さりげなくプレッシャーをかけていない!?)
キリング親子の予想に、さすがのナジェークも唖然としたらしく、一瞬表情が抜け落ちた。カテリーナが密かに(実は賭けの胴元は、総大司教ではないの?)と疑い始めていると、キリングが溜め息を吐いてから説明を続ける。
「最近、お二方の話題が尽きないところに挙式の申し入れがあり、将来の宰相閣下と近衛騎士団長とのご縁を作りたいとの思惑で、自分が式を取り仕切るとの申し出が殺到いたしました。誰を選んでも遺恨が残りそうな気配に、幹部で相談の結果、私が執り行うことになった次第です」
(総主教会は、俗世間の欲にまみれた聖職者揃いなの? 所属する全員が、そうだとは思えないけど)
神妙な表情と口調で事情説明を終えたキリングに、カテリーナは呆れ気味の眼差しを向けた。しかしナジェークは、いかにも楽しげに笑いながら応じる。
「確かに総大司教が行えば、誰も文句はつけられませんね」
「本当に、教会内の揉め事で、お騒がせしております」
「私達は一向に構いません。寧ろ、滅多にしていただけない方に結婚の儀式を執り行っていただく事ができて、役得でしょう。カテリーナ、そうは思わないかい?」
「……そうですね。光栄ですし、色々な意味で記憶と記録に残りそうですね」
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