その華の名は
(29)喰えない一族
「レナーテ様、初めてお目にかかります。カテリーナ・ヴァン・ガロアと申します。申し訳ありませんが、レナーテ様は何か勘違いをされておられるようですね」
「……え? 勘違い?」
「はい。私はレナーテ様とは初対面ですし、レナーテ様の異母弟に当たる方とは面識はおろか、お名前も存じ上げません。そんな方がどうして私に『大変なご無礼』を働き、どんな『ご迷惑をおかけ』したのでしょうか? 頭を下げる相手を、お間違えではないのかと思われます」
「…………あ」
素っ気なく否定されて当惑したレナーテだったが、カテリーナの説明を聞いて、周囲から言い聞かされていたであろう事情を思い出したらしく、瞬時に蒼白になった。
(だって私は、表向きあの事件には無関係だもの。それにしても……、王妃様もナジェークも、良い笑顔だわ。確実に血の繋がりがあるのが分かるわね。レナーテ様は自分の失言を悟って、元々顔色が悪かったけど、完全に血の気が引いてしまったみたいだし。さて、どうしたものかしら?)
絶句し、どう話を続ければ良いのか判断できずに狼狽えているレナーテを見て、カテリーナも内心で困ってしまった。しかしここで、マグダレーナが穏やかにその場を取りなしてくる。
「カテリーナ。レナーテは短期間で後宮の退去準備を進めていたので、疲れが溜まっていたのでしょう。あなたの言う通り、ちょっとした勘違いでしょうから、気にしないでください」
「レナーテ様、ご安心ください。カテリーナに万が一の事があれば、私、ひいてはシェーグレン公爵家が黙っておりません。もし本当にレナーテ様のお身内がカテリーナに『大変な無礼』を働き、『迷惑をかけた』のなら、とっくにアーロン殿下を廃嫡して第三王子の立太子式を執り行っております」
「ナジェークの言う通りね」
「……っはい、真に……、その通りでございますね……。カテリーナ様、変な事を口走って、申し訳ございませんでした……」
「いえ、誰にでも間違いはございますから……」
(二人とも、もし今後ネクサス伯爵家が騒ぎを起こしたらどうなるかと、えげつなくレナーテ様に脅しをかけているわね。最後の最後まで、本当に容赦がないわ)
穏やかな笑みを絶やさないまま皮肉と脅しを繰り出してくるマグダレーナとナジェークを前にして、レナーテは緊張からか、はたまた恐怖ゆえか、消え入りそうな声で謝罪しながら額に脂汗を流し始めた。それを見たカテリーナが心底同情していると、レナーテが声を絞り出すようにして退出の挨拶をしてくる。
「あ、あの……、それでは私は、そろそろ失礼いたします……」
「ええ、これまでご苦労様でした。ザイラスは領地は狭いながらも、なかなか風光明媚な所ですから、心穏やかに過ごせると思いますわ」
「レナーテ様が平穏にお暮らしになれるよう、お祈り申し上げております」
「道中、お気をつけて」
マグダレーナとナジェークに続き、カテリーナも声をかけた。しかし何故かレナーテはビクッとその台詞に反応し、その顔に恐怖の色を浮かべてカテリーナを凝視してから、逃げるように退出していった。それをカテリーナは不審に思ったが、マグダレーナとナジェークがクスクスと笑った事で、少ししてその理由に思い至る。
(まさか……、私がこの前、偽馬車で誘拐されかかったから、その意趣返しでザイラスへの行程途中で襲撃する計画があるとか邪推したわけではないわよね? それで私が嫌みで、無事に着けると良いわねとかの意味で言ったと取られたとか!? 冗談じゃないわよ!)
憤然としたものの、レナーテを追いかけて誤解を正すわけにもいかず、そのままマグダレーナとの面会が続行された。
「それではナジェーク、そろそろ次の予定があるので」
「分かりました。それでは失礼いたします」
「本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
「また訪ねてきて頂戴。今日はとても楽しかったわ」
マグダレーナから面会の終了を告げられた二人は、即座に別れの挨拶をして立ち上がった。そして笑顔のマグダレーナに見送られて退出すると、再び女官に先導されて廊下を歩きながら、声を潜めて囁き合う。
「ナジェーク。秘密主義は時と場合によると思うのだけど?」
「レナーテ様が、タイミングよく出向いて来た事かな? 誓って言うが、それは私も事前に聞かされていなかったよ」
真顔で即答したナジェークを見て、どうやらそれは本当らしいとカテリーナは判断した。
「それならもしかして、これって私に対する試験だったの? 側妃の役目を退くレナーテ様に対して立ち上がって礼を取って挨拶したり、レナーテ様の謝罪に対してそれを素直に受け入れるような行為をしていたら、私は王妃様から指導や叱責を受けていたわけ?」
カテリーナがそう確認を入れると、ナジェークが苦笑いで肯定してくる。
「恐らくはそうだろうな。あの時、君が冷静に判断してくれて良かったよ」
「それはまあ……、咄嗟に手を掴まれたら、さすがに考えるわよ。だけど、本当に喰えない一族ね」
「最近、君から何を言われても、褒め言葉にしか聞こえなくて困る」
「言ってなさい、この筋金入りナルシスト」
呆れ果てたカテリーナの台詞に、ナジェークは笑い出したいのを堪えながら、静まり返った廊下を歩いて行った。
「……え? 勘違い?」
「はい。私はレナーテ様とは初対面ですし、レナーテ様の異母弟に当たる方とは面識はおろか、お名前も存じ上げません。そんな方がどうして私に『大変なご無礼』を働き、どんな『ご迷惑をおかけ』したのでしょうか? 頭を下げる相手を、お間違えではないのかと思われます」
「…………あ」
素っ気なく否定されて当惑したレナーテだったが、カテリーナの説明を聞いて、周囲から言い聞かされていたであろう事情を思い出したらしく、瞬時に蒼白になった。
(だって私は、表向きあの事件には無関係だもの。それにしても……、王妃様もナジェークも、良い笑顔だわ。確実に血の繋がりがあるのが分かるわね。レナーテ様は自分の失言を悟って、元々顔色が悪かったけど、完全に血の気が引いてしまったみたいだし。さて、どうしたものかしら?)
絶句し、どう話を続ければ良いのか判断できずに狼狽えているレナーテを見て、カテリーナも内心で困ってしまった。しかしここで、マグダレーナが穏やかにその場を取りなしてくる。
「カテリーナ。レナーテは短期間で後宮の退去準備を進めていたので、疲れが溜まっていたのでしょう。あなたの言う通り、ちょっとした勘違いでしょうから、気にしないでください」
「レナーテ様、ご安心ください。カテリーナに万が一の事があれば、私、ひいてはシェーグレン公爵家が黙っておりません。もし本当にレナーテ様のお身内がカテリーナに『大変な無礼』を働き、『迷惑をかけた』のなら、とっくにアーロン殿下を廃嫡して第三王子の立太子式を執り行っております」
「ナジェークの言う通りね」
「……っはい、真に……、その通りでございますね……。カテリーナ様、変な事を口走って、申し訳ございませんでした……」
「いえ、誰にでも間違いはございますから……」
(二人とも、もし今後ネクサス伯爵家が騒ぎを起こしたらどうなるかと、えげつなくレナーテ様に脅しをかけているわね。最後の最後まで、本当に容赦がないわ)
穏やかな笑みを絶やさないまま皮肉と脅しを繰り出してくるマグダレーナとナジェークを前にして、レナーテは緊張からか、はたまた恐怖ゆえか、消え入りそうな声で謝罪しながら額に脂汗を流し始めた。それを見たカテリーナが心底同情していると、レナーテが声を絞り出すようにして退出の挨拶をしてくる。
「あ、あの……、それでは私は、そろそろ失礼いたします……」
「ええ、これまでご苦労様でした。ザイラスは領地は狭いながらも、なかなか風光明媚な所ですから、心穏やかに過ごせると思いますわ」
「レナーテ様が平穏にお暮らしになれるよう、お祈り申し上げております」
「道中、お気をつけて」
マグダレーナとナジェークに続き、カテリーナも声をかけた。しかし何故かレナーテはビクッとその台詞に反応し、その顔に恐怖の色を浮かべてカテリーナを凝視してから、逃げるように退出していった。それをカテリーナは不審に思ったが、マグダレーナとナジェークがクスクスと笑った事で、少ししてその理由に思い至る。
(まさか……、私がこの前、偽馬車で誘拐されかかったから、その意趣返しでザイラスへの行程途中で襲撃する計画があるとか邪推したわけではないわよね? それで私が嫌みで、無事に着けると良いわねとかの意味で言ったと取られたとか!? 冗談じゃないわよ!)
憤然としたものの、レナーテを追いかけて誤解を正すわけにもいかず、そのままマグダレーナとの面会が続行された。
「それではナジェーク、そろそろ次の予定があるので」
「分かりました。それでは失礼いたします」
「本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
「また訪ねてきて頂戴。今日はとても楽しかったわ」
マグダレーナから面会の終了を告げられた二人は、即座に別れの挨拶をして立ち上がった。そして笑顔のマグダレーナに見送られて退出すると、再び女官に先導されて廊下を歩きながら、声を潜めて囁き合う。
「ナジェーク。秘密主義は時と場合によると思うのだけど?」
「レナーテ様が、タイミングよく出向いて来た事かな? 誓って言うが、それは私も事前に聞かされていなかったよ」
真顔で即答したナジェークを見て、どうやらそれは本当らしいとカテリーナは判断した。
「それならもしかして、これって私に対する試験だったの? 側妃の役目を退くレナーテ様に対して立ち上がって礼を取って挨拶したり、レナーテ様の謝罪に対してそれを素直に受け入れるような行為をしていたら、私は王妃様から指導や叱責を受けていたわけ?」
カテリーナがそう確認を入れると、ナジェークが苦笑いで肯定してくる。
「恐らくはそうだろうな。あの時、君が冷静に判断してくれて良かったよ」
「それはまあ……、咄嗟に手を掴まれたら、さすがに考えるわよ。だけど、本当に喰えない一族ね」
「最近、君から何を言われても、褒め言葉にしか聞こえなくて困る」
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