その華の名は
(24)ネクサス伯爵家への牽制
「やあ、お疲れ様」
仕事を終えたカテリーナが、通用口横の待合室で馬車を待っていると、それほど待たされずにナジェークがやって来た。徹夜に続けてその日一日の業務を通常通りこなしたとは思えない、その爽やかな表情に、カテリーナは思わず皮肉気に言い返す。
「そちらの方がお疲れ様だと思うけど? 結局、昨日は徹夜だったのよね?」
「ああ。色々目処がついたから、明日は休みを貰ったよ」
そこでシャーグレン公爵家の馬車が到着し、二人はそれ以上余計な事は言わずに馬車に乗り込んだ。
「それで例の件、落とし所はどうなるのかしら? 今日一日ではっきり耳にしたのは、ダマールの名前だけなのだけど?」
馬車が動き出してすぐにカテリーナが詳細を尋ねると、ナジェークがあっさり答える。
「当事者の罪状から判断して、ダマールとローレンは王都の監獄での禁固三十年、他の三人は禁固二十年、あの商人は進んで自白した殊勝な態度が認められて禁固二十年だな」
「罪一等を減じて禁固二十年って、詐欺っぽいわね。同情するつもりは無いから、一向に構わないけど」
思わず正直な感想を口にしたカテリーナだったが、ナジェークの容赦がなさすぎる話は更に続いた。
「それから事件の詳細な調査、及び被害者の捜索費用と被害補償費用を賄う名目で、ネクサス伯爵家とカモスタット伯爵家とラツェル伯爵家が王家に対して賠償金を支払う事になった」
そこでカテリーナは少し前に因縁のあった相手を思い出し、昨日の情景を思い返しながら首を傾げた。
「ラツェル伯爵家? あの場にケビン殿はいなかったわよね? 他の関係者がいたの?」
「いや、話を持ちかけられたが、さすがに物騒すぎて直前で断ったらしいな。しかしあそこの息子と例の商人がローレン同伴で会っていた裏は取れているし、この事件に関係していたのを公にされたくなければ、寄付するつもりでおとなしく金を供出しておけという話だ。だからラツェル伯爵家の名前は出していない」
「……それ、殆ど脅迫じゃない」
「因みに金額は、ラツェル伯爵家が毎年王家に上納している額の2倍の額だ」
「ちょっとした出来心で、それだけ取られるとはね……」
そのやり口に呆れ果て、少しだけラツェル伯爵家に同情したカテリーナだったが、ナジェークは続けてとんでもない事を言ってきた。
「他と比べると、ラツェル伯爵家はましな方だぞ? カモスタット伯爵家は例年の上納額の10倍、ネクサス伯爵家は20倍の金額だからな」
その金額に、各家の上納金の正確な値は知らないまでも、かなりの無茶振りであると分かったカテリーナはさすがに声を荒らげた。
「20倍ですって!? そんな馬鹿な! ネクサス伯爵家がそんな法外な要求、飲む筈がないわ!」
「これまでの蓄えを全てかき集めて出す羽目になっても、要求を飲むだろうさ。アーロン殿下がこのまま王太子の座に留まって、将来国王に即位できるかどうかの瀬戸際だ。まだ王家には、幼いが第三王子がおられるからな」
それを聞いたカテリーナは愕然としたものの、すぐに納得して頷きながら言葉を返す。
「読めたわ……。そう言って、要求を無理にでも飲ませるわけね? ここでこの騒ぎを公にして、それを理由に王太子をすげ替えられたら元も子もない。アーロン殿下が即位したら、幾らでも権勢を挽回できる。それまでの辛抱だと相手に思わせて」
「その他にも、ネクサス伯爵家に幾つかの条件を提示して、粗方了承させたが」
「本当に仕事が早いわね!」
もう呆れるしかない顛末にカテリーナは頭痛がしてきたが、ナジェークは冷静に話を続けた。
「まず、馬鹿息子を増長させて好き勝手させていた責任を前伯爵に取らせる事にして、彼を蟄居させる」
「蟄居ですって? 対外的には領地に引っ込んでも、そこで好き放題するに決まっているでしょうが!」
「いや、ザイラスの館で蟄居してもらう」
「ザイラス……」
憤然としたカテリーナだったが、すぐに考え込んでから慎重に確認を入れた。
「ちょっと待って、ナジェーク。それってネクサス伯爵領内の地名ではなくて、王太子領のザイラスの事よね?」
「勿論そうだ。要するに前ネクサス伯爵の身柄は、アーロン殿下預かりになる。そこで勝手に出奔したり悪巧みの計画などしたら、即刻アーロン殿下が責任追求される事態になるな」
「なるほど……。王太子殿下の立場を守りたかったら、死ぬまで引き込もっておとなしくしていろと、二重に脅しをかけたわけね」
「更に前ネクサス伯爵の身の回りの世話をするという名目で、レナーテ様が後宮を出てザイラスでご一緒に生活される」
「はぁ!? 何でそうなるのよ!?」
もう体の良い、側妃の王宮追放ではないかとカテリーナは驚愕したが、ナジェークの淡々とした語り口は変わらなかった。
「前ネクサス伯爵は家督を息子に譲っても、実権を振るっていたからな。ザイラスで蟄居させても、再び周囲の迷惑になる騒動を引き起こしかねない」
「確かに、その可能性はあるわね」
「使用人が諌めるのは元より不可能だし、実子が宥めて監視するのが適当だろうとの国王陛下の判断で、現伯爵が息子に家督を譲ってザイラスに出向くか、レナーテ様が出向くかの二択となった。現ネクサス伯爵の前妻の息子は、再婚に横やりを入れてきた前妻の実家のダトラール侯爵家と絶縁した事で廃嫡。再婚後に生まれて嫡男となった息子はまだ乳児。現時点での爵位継承など、更に家を傾ける可能性が大だから、兄である現伯爵の代わりにレナーテ様が父親の側で監視役を務める事になった」
その解説を聞いたカテリーナは、状況を正確に理解した。
「それって、もう決定事項なのね……。それにしても……、妙にネクサス伯爵家に対する処罰が厳しすぎない? ローレン本人は自業自得だし、妥当な処罰だと思うけど」
ふと感じた疑問を口にすると、ナジェークが溜め息を吐いて微妙に表情を歪める。
「まあ……、これに関しては、両陛下が以前からネクサス伯爵家に対して、密かに隔意を抱いていたのが理由の一つではあるんだが……」
「隔意? 仮にも側妃のご実家なのに?」
「その側妃の選定で、一悶着あったんだ。実は私も詳細を知ったのは、ごく最近だが」
意外そうな顔になったカテリーナに、ナジェークは引き続き詳細を語って聞かせた。
仕事を終えたカテリーナが、通用口横の待合室で馬車を待っていると、それほど待たされずにナジェークがやって来た。徹夜に続けてその日一日の業務を通常通りこなしたとは思えない、その爽やかな表情に、カテリーナは思わず皮肉気に言い返す。
「そちらの方がお疲れ様だと思うけど? 結局、昨日は徹夜だったのよね?」
「ああ。色々目処がついたから、明日は休みを貰ったよ」
そこでシャーグレン公爵家の馬車が到着し、二人はそれ以上余計な事は言わずに馬車に乗り込んだ。
「それで例の件、落とし所はどうなるのかしら? 今日一日ではっきり耳にしたのは、ダマールの名前だけなのだけど?」
馬車が動き出してすぐにカテリーナが詳細を尋ねると、ナジェークがあっさり答える。
「当事者の罪状から判断して、ダマールとローレンは王都の監獄での禁固三十年、他の三人は禁固二十年、あの商人は進んで自白した殊勝な態度が認められて禁固二十年だな」
「罪一等を減じて禁固二十年って、詐欺っぽいわね。同情するつもりは無いから、一向に構わないけど」
思わず正直な感想を口にしたカテリーナだったが、ナジェークの容赦がなさすぎる話は更に続いた。
「それから事件の詳細な調査、及び被害者の捜索費用と被害補償費用を賄う名目で、ネクサス伯爵家とカモスタット伯爵家とラツェル伯爵家が王家に対して賠償金を支払う事になった」
そこでカテリーナは少し前に因縁のあった相手を思い出し、昨日の情景を思い返しながら首を傾げた。
「ラツェル伯爵家? あの場にケビン殿はいなかったわよね? 他の関係者がいたの?」
「いや、話を持ちかけられたが、さすがに物騒すぎて直前で断ったらしいな。しかしあそこの息子と例の商人がローレン同伴で会っていた裏は取れているし、この事件に関係していたのを公にされたくなければ、寄付するつもりでおとなしく金を供出しておけという話だ。だからラツェル伯爵家の名前は出していない」
「……それ、殆ど脅迫じゃない」
「因みに金額は、ラツェル伯爵家が毎年王家に上納している額の2倍の額だ」
「ちょっとした出来心で、それだけ取られるとはね……」
そのやり口に呆れ果て、少しだけラツェル伯爵家に同情したカテリーナだったが、ナジェークは続けてとんでもない事を言ってきた。
「他と比べると、ラツェル伯爵家はましな方だぞ? カモスタット伯爵家は例年の上納額の10倍、ネクサス伯爵家は20倍の金額だからな」
その金額に、各家の上納金の正確な値は知らないまでも、かなりの無茶振りであると分かったカテリーナはさすがに声を荒らげた。
「20倍ですって!? そんな馬鹿な! ネクサス伯爵家がそんな法外な要求、飲む筈がないわ!」
「これまでの蓄えを全てかき集めて出す羽目になっても、要求を飲むだろうさ。アーロン殿下がこのまま王太子の座に留まって、将来国王に即位できるかどうかの瀬戸際だ。まだ王家には、幼いが第三王子がおられるからな」
それを聞いたカテリーナは愕然としたものの、すぐに納得して頷きながら言葉を返す。
「読めたわ……。そう言って、要求を無理にでも飲ませるわけね? ここでこの騒ぎを公にして、それを理由に王太子をすげ替えられたら元も子もない。アーロン殿下が即位したら、幾らでも権勢を挽回できる。それまでの辛抱だと相手に思わせて」
「その他にも、ネクサス伯爵家に幾つかの条件を提示して、粗方了承させたが」
「本当に仕事が早いわね!」
もう呆れるしかない顛末にカテリーナは頭痛がしてきたが、ナジェークは冷静に話を続けた。
「まず、馬鹿息子を増長させて好き勝手させていた責任を前伯爵に取らせる事にして、彼を蟄居させる」
「蟄居ですって? 対外的には領地に引っ込んでも、そこで好き放題するに決まっているでしょうが!」
「いや、ザイラスの館で蟄居してもらう」
「ザイラス……」
憤然としたカテリーナだったが、すぐに考え込んでから慎重に確認を入れた。
「ちょっと待って、ナジェーク。それってネクサス伯爵領内の地名ではなくて、王太子領のザイラスの事よね?」
「勿論そうだ。要するに前ネクサス伯爵の身柄は、アーロン殿下預かりになる。そこで勝手に出奔したり悪巧みの計画などしたら、即刻アーロン殿下が責任追求される事態になるな」
「なるほど……。王太子殿下の立場を守りたかったら、死ぬまで引き込もっておとなしくしていろと、二重に脅しをかけたわけね」
「更に前ネクサス伯爵の身の回りの世話をするという名目で、レナーテ様が後宮を出てザイラスでご一緒に生活される」
「はぁ!? 何でそうなるのよ!?」
もう体の良い、側妃の王宮追放ではないかとカテリーナは驚愕したが、ナジェークの淡々とした語り口は変わらなかった。
「前ネクサス伯爵は家督を息子に譲っても、実権を振るっていたからな。ザイラスで蟄居させても、再び周囲の迷惑になる騒動を引き起こしかねない」
「確かに、その可能性はあるわね」
「使用人が諌めるのは元より不可能だし、実子が宥めて監視するのが適当だろうとの国王陛下の判断で、現伯爵が息子に家督を譲ってザイラスに出向くか、レナーテ様が出向くかの二択となった。現ネクサス伯爵の前妻の息子は、再婚に横やりを入れてきた前妻の実家のダトラール侯爵家と絶縁した事で廃嫡。再婚後に生まれて嫡男となった息子はまだ乳児。現時点での爵位継承など、更に家を傾ける可能性が大だから、兄である現伯爵の代わりにレナーテ様が父親の側で監視役を務める事になった」
その解説を聞いたカテリーナは、状況を正確に理解した。
「それって、もう決定事項なのね……。それにしても……、妙にネクサス伯爵家に対する処罰が厳しすぎない? ローレン本人は自業自得だし、妥当な処罰だと思うけど」
ふと感じた疑問を口にすると、ナジェークが溜め息を吐いて微妙に表情を歪める。
「まあ……、これに関しては、両陛下が以前からネクサス伯爵家に対して、密かに隔意を抱いていたのが理由の一つではあるんだが……」
「隔意? 仮にも側妃のご実家なのに?」
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