その華の名は

篠原皐月

(22)無事解決?

「それで? 結局はどういう事なのですか?」
 ラドクリフと共に乗り込んだ馬車が動き出すと共に、カテリーナは向かい合って座る彼に問いかけた。それにラドクリフが、溜め息を吐いてから答える。

「それがだな……、ナジェークが君の襲撃事件の噂を耳にして、自家の者達にダマールの交遊関係を徹底的に探らせていたら、ローレンとその他の何人かとの関係が浮上した。その過程で、あの商人との関係や連中がこれまでしでかしてきた事まで芋づる式に判明したんだ」
「それでナジェークが近衛騎士団に通報したわけですか?」
「ああ、内々にね」
「それにしても……、連中の口ぶりでは、以前から同様の事を繰り返していたようでしたが。これまで捕縛されなかったのは……」
 さすがに近衛騎士団団長の立場を慮ってカテリーナが言葉を濁すと、ラドクリフが痛恨の表情で話を続ける。

「それを言われると、面目ない。ダマールが密かに現場の情報を撹乱しつつ、調査状況を横流ししていた事と、組織立った犯罪行為でなかったのが予想外だった。だからダマールが近衛騎士団を辞めた後は、連中も警戒して動いていなかったんだ」
 そう説明されたカテリーナは、少し考え込んでから確認を入れた。

「それはつまり……、内通者がいた事に加えて、明らかな商売として定期的に女性を誘拐していたわけではなく突発的に、しかもその都度携わっていた人間が一定していなかった事で、逆に全体像の把握が難しかったという事でしょうか?」
「ああ。連中にとっては商売ではなく、単なる遊びの一環だったらしい」
 そこで忌々しげに呻いたラドクリフを、カテリーナは遠慮なしに睨み付ける。

「団長……。わざわざ言うまでもありませんが、まかり間違って連中を無罪放免などにしたら、私が団長を闇討ちさせてもらいます」
「分かっている。そこまで不甲斐ないとは思われたくない」
「体よく国外追放などにされても、災厄と迷惑を他国に輸出するだけです。そこら辺もお分かりですよね?」
「重々承知しているから、できればそう睨まないでくれるか?」
「……失礼しました」
 部下に疑惑に満ちた視線を向けられて気落ちしたのか、ラドクリフは項垂れて懇願してきた。さすがに団長に対して礼を逸した物言いだったと自覚したカテリーナは、素直に頭を下げて謝罪する。

(本当に、単なる個人のいさかい云々とかで、うやむやにされたら冗談じゃないわよ! 全然顔を見せなかった分、ナジェークにきつく言い聞かせておかないと!)
 腹立たしく思いながらもカテリーナは目の前にいるラドクリフに八つ当たりをしたりはせず、それからは黙って馬車の到着を待った。
 しばらくすると馬車が速度を落とし、ゆっくりと曲がった。日が落ちて周囲が暗くなっていたにも関わらず、窓の外の灯りを認めたラドクリフは、うんざりした表情を隠そうともせずに呟く。

「ああ、着いたな……。先触れを出しておいたが、やはり手ぐすね引いて待ち構えていたか……」
「ええと……、無事に保護していただきましたし、父もそれほど怒ったりはしないと思うのですが……」
「そうだと良いがな」
 屋敷の正面玄関に煌々と灯りがともされ、両親と兄夫婦に加えて使用人が何人も馬車寄せに勢揃いしているのを、馬車が曲がった拍子に窓から認めたカテリーナは、沈鬱な表情のラドクリフを宥めた。そうこうしているうちに馬車が停車し、カテリーナが降りる前にドアが勢い良く開けられる。

「カテリーナ!! 無事かっ!?」
「時間を過ぎても戻らないから、心配していたのよ!! そうしたらシェーグレン公爵家から、退勤時間が遅れると連絡があったからその時間に馬車が出向いたら、既にあなたが所属不明の馬車に乗って王宮を出た後だったと知らせてくるし!」
「あの……、お父様、お母様、ご心配おかけしました。少々怨恨がらみで誘拐されかかったのですが、思わぬところから出くわした近衛騎士団の方々に救出していただいて、事なきをえましたので」
 怒気を露にしたジェフリーと、蒼白な顔のイーリスを宥めながら、カテリーナは地面に降り立った。するとジェフリーが憮然としながら応じる。

「それは先程、こちらに出向いた近衛騎士の方が、簡潔に教えてくれた」
「そうでしたか」
「本当に簡潔にな!」
 そこでラドクリフがカテリーナに続いて馬車から降りたが、その途端彼はジェフリーとイーリスに詰め寄られてしまった。

「ラドクリフ! 一体全体どういう事だ! さっさと洗いざらい吐け!」
「ちょっとまて、ジェフリー! 少し落ち着け!」
「その不埒者どもはどうなりましたの!? カテリーナは嫁入り前の娘なのですよ!? 変な噂が立ったりしたら、取り返しがつかないではありませんか!?」
「いや、イーリス殿、ご安心ください。カテリーナの身の潔白は、近衛騎士団が保証します」
「だいたい、あのダマールが関わっていただと?」
「首謀者が、かつて近衛騎士団に所属していたなんて! 今回の事に、騎士団の方が関わってはいないのですか!?」
「それは誤解です! 今回に関しては、騎士団は預かり知らぬところで!」
「それでは今回以外のところでは関わり合っていたのか!?」
「まあ!! なんて恐ろしい事でしょう!!」
「ですから、二人とも少し落ち着いて、私の話を聞いて欲しいのだが!?」
 興奮状態の両親をどう宥めたら良いかカテリーナには咄嗟に分からず、付き従ってきた近衛騎士達も迂闊な事は言えずに傍観に徹する。

(どうしよう……。お父様とお母様が興奮しすぎて、入り込む余地がないわ。報告の為に王宮に戻らないといけない団長を、なるべく早く解放しないといけないけど)
 兄夫婦と顔を見合わせてカテリーナが困り果てていると、いつの間にか人垣の向こうからナジェークが現れた。

「カテリーナ。賊に拐われたと聞いて、とても心配したよ。無事で良かった」
「……ナジェーク」
(このタイミングで、ここで出てくるわけね……)
 思わず半眼になり、しらけた表情になったカテリーナを、ナジェークは優しく抱き締めながらしみじみとした口調で告げる。

「偽の使者がうちの屋敷に、君の勤務時間が遅れると伝えてきたので、馬車と護衛の出発時間を馬鹿正直に遅らせたそうだ。伝令の身元を確認もせず、鵜呑みにするとは迂闊すぎる。その使用人と関係者は厳罰に処するので、許してくれ」
「……誰にでも間違いはあるし、少し怖い思いをしただけで何事もなく済んだし、これから気を付けてくれば良いから」
「君は寛大だな。当事者が聞いたら、感激して咽び泣くのは確実だ」
(ああ、そういう事ね。そんな身元の知れないうさんくさい使いが、のこのことシェーグレン公爵邸に出向いてきたものだから、今日襲撃があると確信できたわけね。ついでにその伝令役を尾行して、他の仲間もしっかり把握できたとか?)
 今回の裏事情まですっかり推察できてしまったカテリーナは、呆れ果てて言葉もなかった。すると周囲の人間には聞こえないよう、ナジェークがカテリーナの耳元で囁く。

「弁解させてもらうが、念のため、我が家の騎士8名に馬車を尾行させていた。万が一、近衛騎士団と連携が取れなかった場合の奥の手だが」
「……お気遣い、どうもありがとう」
「それにしても……」
「何?」
「つい先程、密かに報告しに来た騎士が……、若奥様の勇猛ぶりに、度肝を抜か……、ぐふっ、いや、凄く感心っ……、くはっ……」
 傍目には恋人の無事を確認して安堵に震えていると思われているが、実際には必死に笑いを堪えているナジェークに、カテリーナは冷えきった声で囁き返した。

「ナジェーク……。私、まだ指にメリケンサックを嵌めたままなのよね……」
 するとナジェークは勢い良くカテリーナから腕を離しながら、明るい声で周囲に呼びかけた。

「ああ! カテリーナの無事を、この目で確かめて安心したよ! 今日は怖い思いをして大変だったろう。ジュール殿、リサ殿、カテリーナをゆっくり休ませてあげてください」
「ええ、勿論です。ナジェーク殿もわざわざ来ていただき、ありがとうございました」
「カテリーナ、本当に大変だったわね! 早く屋敷内に入りましょう! 食事にする? それとも部屋に戻って着替えて少し休む?」
「あ、ええと……、それでは着替えて食事にしましょうか。詳しい話はその時にでも」
 義姉から気遣わしげな声をかけられたカテリーナは、反射的に応じた。するとナジェークは続けて、未だにジェフリーとイーリスに詰問されているラドクリフに声をかける。

「ティアド伯爵。今回の詳細を王宮に報告しなければいけないのではありませんか? 両陛下をお待たせするような真似は、差し控えるべきかと。詳細は分かっている範囲で、カテリーナが家族の皆さんに説明すると言っていますので」
「え? ちょっと、何を勝手な事を言っているのよ!?」
 カテリーナは思わず文句を口にしたが、ラドクリフは顔を輝かせてナジェークの言葉に反応した。

「そうなんだ、ジェフリーすまん! イーリス殿、日を改めて、諸々をお詫びに伺うので今日のところはこれで失礼する! カテリーナ、後はよろしく頼む!」
「仕方あるまいな……」
「分かりました」
「…………はぁ」
 さすがに近衛騎士団団長の仕事を妨害する事はできず、ジェフリーとイーリスはこの場での追及を諦め、再び馬車に乗り込んだラドクリフを不承不承見送った。その間にナジェークも、ガロア侯爵家の者達に別れの挨拶を済ませる。

「それでは私も屋敷に戻って、両親にカテリーナの無事を報告します」
「わざわざご足労いただき、ありがとうございました」
「いえ、元はといえば我が屋敷の使用人の怠慢から生じた事態です。二度とこのような事がないように厳重に注意いたします。それでは失礼します」
 そしてナジェークがシェーグレン公爵家の馬車で去り、ジェフリーが娘に向き直った。

「さて、それではカテリーナ。話を聞かせて貰おうか」
「……食事が不味くなりそうなので、できれば食後に説明してよろしいでしょうか?」
「そうだな」
「それでは取り敢えず着替えて、食堂にいらっしゃい」
「分かりました」
(私は一応被害者の筈だけど……、どうして最後の最後で、面倒事を押し付けられているのかしら?)
 カテリーナは心底うんざりしながら、両親の指示に従って着替えのため自室へと向かった。


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