その華の名は
(19)想像以上の悪党
窓から見える景色をカテリーナは注意深く眺めていたが、既に王都の中心街を抜けて、小さな家が点在するだけの寂しい地域になった。既に日も傾き、徐々に薄暗くなる中、馬車は街道から細い道に入り、林の中を進む。しかし林の中に入ってすぐに、馬車が静かに停まった。
「着いたぞ! さっさと降りろ!」
(はいはい。他人を怒鳴りつけるしか能がない感じね)
うんざりしながらカテリーナが指示通り馬車から降り立つと、ローレンとダマールに加え、自分を馬車で迎えに来た三人の男達が、下卑た笑いを浮かべながら彼女を取り囲んだ。ここに至って完全に腹が据わっていたカテリーナは冷静に視線を巡らせ、人気のない周囲と馬車の向こう側にある小さな小屋を確する。それから最後通牒とも言える言葉を口にした。、
「ご招待していただくには、随分と寂れた所ですね。こんな所に私の都合も尋ねず、しかもシェーグレン公爵家の家紋を偽造してまで連れてきた理由を、お聞かせ願いたいのですが。事と次第によっては我が家だけではなく、シェーグレン公爵家まで敵に回す事になりますよ? 邪な事を考えているのであれば、考えを改めた方が良いと思いますが」
しかしそのカテリーナの台詞を、ダマールは嘲笑うように切って捨てた。
「はっ! それで俺達を脅しているつもりか! どこの誰とも分からん連中に慰み者にされて汚された女など、シェーグレン公爵家が嫁に迎える筈がないだろうが! ガロア侯爵家でも厄介払いするだろうさ!」
「あなたがカモスタット伯爵家から厄介払いされたみたいにですか?」
皮肉っぽくカテリーナが問いかけてみると、ダマールは嬉々として叫ぶ。
「ああ、そうだとも! お前には、俺以上の生き恥を晒させてやるぞ!! そこの小屋でいつも通り五人がかりで散々楽しませて貰ってから、お前を素っ裸にして真昼間にシェーグレン公爵邸の門前に捨ててやる! 王都中でとんでもない醜聞になるだろうさ! 今から楽しみだぞ!」
そこでおかしくて仕方がないといった風情で、ダマールはゲラゲラと笑い出す。それを見たカテリーナは、恐怖ではなく怒りで顔を強張らせながら低い声で呻くように告げた。
「『いつも通り』ですか……。本当に性根が腐りきってますね。これまでどれだけの女性を、毒牙にかけてきたんですか。よくもそんな素行の悪さを隠して、近衛騎士団勤務を続けながら伯爵家後継者として体面を取り繕ってきましたね。寧ろ、貴方を後継者から排除する理由を作った事で、カモスタット伯爵家から礼を言われても良いくらいよ」
「なんだと!?」
カテリーナの非難にダマールは顔色を変えたが、そこでローレンが呆れ顔で会話に割り込んでくる。
「おい、ダマール。そいつを放り出したら、全く金にならんだろうが。それなりに見た目は良いから、いつものように売り飛ばせばかなりの金になるぞ。つまらない事をするな」
「冗談じゃない! この話を持ちかけたのは俺だぞ! 最後は俺の好きにさせて貰う!」
ダマールは憤然として怒鳴り返したが、ローレンは全く意に介さず、寧ろ名案を思い付いたとばかりに笑顔で言い出す。
「それじゃあ、こうしよう! 隣国の娼館に売り払った後、ガロア侯爵家とシェーグレン公爵家に、この女が娼婦になっていると教えるんだ。そしてその事実を公表されたくなければ、金を払えと脅迫するんだよ。そして金を取ったら、そ知らぬ顔で国内中にその噂を流す。どうだ? 金を娼館とこいつの実家と婚約者の家からむしり取った挙句に、この女は醜聞塗れになるぞ?」
「さすがローレン様! 抜け目がないですね!」
「それなら一石二鳥じゃないですか!」
「楽しんだ上に、二重三重に金がむしり取れるなんて最高ですね!!」
「…………」
得意顔でローレンがろくでもない内容を提案すると、彼がこの場で一番年上である事に加え、他の三人は元々ダマールより彼の方に従っているらしく、嬉々としてその案を褒め称えた。ダマールは対照的に不満を露わにしていたが、怒りを抑え込んで黙り込む。
(本当に、揃いも揃って頭が悪すぎる上に、下品を通り越して下種野郎だわ! どうしてくれようかしら!?)
怒りのあまり自分が置かれた状況すら忘れかけていたカテリーナだったが、ここで予想だにしていない事が起こった。
「先程から黙って聞いていれば、随分と威勢の良い事だな」
「言っている内容は品性下劣極まりないから、この辺りで止めておけ。こっちの耳が腐りそうだ」
「なんだと!? 今言ったのは誰だ!」
「……え? えぇえぇぇぇっ!?」
不意にダマール達の背後から複数の声が聞こえ、カテリーナは勿論、男達も慌てて振り返って声が聞こえた方を振り返った。するといつの間にか音もなく二十人程の近衛騎士が周囲を包囲しており、ある者は抜き身の剣を油断なく構え、ある者は弓に矢をつがえた状態で男達に向けていた。更に彼らを率いているであろう二人の人物を認めて、カテリーナは一瞬で頭が冷える。
(うわぁ……、もしかしたらディラン隊長が来てくれるかもと思ってはいたけど、隊長に加えてラドクリフおじさままで出向いて来るなんて……。そうなるとおじさまがこの場の総責任者で、どう考えてもナジェークが伝手で近衛騎士を動員したわけではなく、近衛騎士団のれっきとした作戦行動の一環なわけで……。なんだか、想像していたのよりはるかに大事になっていない? だいたい、ナジェークがどうしてここに来ていないのよ!?)
ローレン達への怒りを忘れた次の瞬間、カテリーナの中で自身の婚約者に対する怒りが湧き起こった。そんな彼女とは対照的に、つい先ほどまで威勢の良かった男達が、自身の置かれた状況を理解して見苦しいほどに狼狽し始める。
「なっ!? どっ、どうして団長がここに!?」
「なんだって!? 団長って、まさか近衛騎士団長か!? どうしてこんな所にいるんだ!」
「おっ、おいっ!」
「囲まれてるぞ!?」
「どうなってるんだ!!」
そんな男達を冷たく見やってから、近衛騎士団の管理運営と共に王都の治安維持の総責任者でもあるラドクリフは、不気味な笑みを浮かべながらカテリーナに声をかけてきた。
「着いたぞ! さっさと降りろ!」
(はいはい。他人を怒鳴りつけるしか能がない感じね)
うんざりしながらカテリーナが指示通り馬車から降り立つと、ローレンとダマールに加え、自分を馬車で迎えに来た三人の男達が、下卑た笑いを浮かべながら彼女を取り囲んだ。ここに至って完全に腹が据わっていたカテリーナは冷静に視線を巡らせ、人気のない周囲と馬車の向こう側にある小さな小屋を確する。それから最後通牒とも言える言葉を口にした。、
「ご招待していただくには、随分と寂れた所ですね。こんな所に私の都合も尋ねず、しかもシェーグレン公爵家の家紋を偽造してまで連れてきた理由を、お聞かせ願いたいのですが。事と次第によっては我が家だけではなく、シェーグレン公爵家まで敵に回す事になりますよ? 邪な事を考えているのであれば、考えを改めた方が良いと思いますが」
しかしそのカテリーナの台詞を、ダマールは嘲笑うように切って捨てた。
「はっ! それで俺達を脅しているつもりか! どこの誰とも分からん連中に慰み者にされて汚された女など、シェーグレン公爵家が嫁に迎える筈がないだろうが! ガロア侯爵家でも厄介払いするだろうさ!」
「あなたがカモスタット伯爵家から厄介払いされたみたいにですか?」
皮肉っぽくカテリーナが問いかけてみると、ダマールは嬉々として叫ぶ。
「ああ、そうだとも! お前には、俺以上の生き恥を晒させてやるぞ!! そこの小屋でいつも通り五人がかりで散々楽しませて貰ってから、お前を素っ裸にして真昼間にシェーグレン公爵邸の門前に捨ててやる! 王都中でとんでもない醜聞になるだろうさ! 今から楽しみだぞ!」
そこでおかしくて仕方がないといった風情で、ダマールはゲラゲラと笑い出す。それを見たカテリーナは、恐怖ではなく怒りで顔を強張らせながら低い声で呻くように告げた。
「『いつも通り』ですか……。本当に性根が腐りきってますね。これまでどれだけの女性を、毒牙にかけてきたんですか。よくもそんな素行の悪さを隠して、近衛騎士団勤務を続けながら伯爵家後継者として体面を取り繕ってきましたね。寧ろ、貴方を後継者から排除する理由を作った事で、カモスタット伯爵家から礼を言われても良いくらいよ」
「なんだと!?」
カテリーナの非難にダマールは顔色を変えたが、そこでローレンが呆れ顔で会話に割り込んでくる。
「おい、ダマール。そいつを放り出したら、全く金にならんだろうが。それなりに見た目は良いから、いつものように売り飛ばせばかなりの金になるぞ。つまらない事をするな」
「冗談じゃない! この話を持ちかけたのは俺だぞ! 最後は俺の好きにさせて貰う!」
ダマールは憤然として怒鳴り返したが、ローレンは全く意に介さず、寧ろ名案を思い付いたとばかりに笑顔で言い出す。
「それじゃあ、こうしよう! 隣国の娼館に売り払った後、ガロア侯爵家とシェーグレン公爵家に、この女が娼婦になっていると教えるんだ。そしてその事実を公表されたくなければ、金を払えと脅迫するんだよ。そして金を取ったら、そ知らぬ顔で国内中にその噂を流す。どうだ? 金を娼館とこいつの実家と婚約者の家からむしり取った挙句に、この女は醜聞塗れになるぞ?」
「さすがローレン様! 抜け目がないですね!」
「それなら一石二鳥じゃないですか!」
「楽しんだ上に、二重三重に金がむしり取れるなんて最高ですね!!」
「…………」
得意顔でローレンがろくでもない内容を提案すると、彼がこの場で一番年上である事に加え、他の三人は元々ダマールより彼の方に従っているらしく、嬉々としてその案を褒め称えた。ダマールは対照的に不満を露わにしていたが、怒りを抑え込んで黙り込む。
(本当に、揃いも揃って頭が悪すぎる上に、下品を通り越して下種野郎だわ! どうしてくれようかしら!?)
怒りのあまり自分が置かれた状況すら忘れかけていたカテリーナだったが、ここで予想だにしていない事が起こった。
「先程から黙って聞いていれば、随分と威勢の良い事だな」
「言っている内容は品性下劣極まりないから、この辺りで止めておけ。こっちの耳が腐りそうだ」
「なんだと!? 今言ったのは誰だ!」
「……え? えぇえぇぇぇっ!?」
不意にダマール達の背後から複数の声が聞こえ、カテリーナは勿論、男達も慌てて振り返って声が聞こえた方を振り返った。するといつの間にか音もなく二十人程の近衛騎士が周囲を包囲しており、ある者は抜き身の剣を油断なく構え、ある者は弓に矢をつがえた状態で男達に向けていた。更に彼らを率いているであろう二人の人物を認めて、カテリーナは一瞬で頭が冷える。
(うわぁ……、もしかしたらディラン隊長が来てくれるかもと思ってはいたけど、隊長に加えてラドクリフおじさままで出向いて来るなんて……。そうなるとおじさまがこの場の総責任者で、どう考えてもナジェークが伝手で近衛騎士を動員したわけではなく、近衛騎士団のれっきとした作戦行動の一環なわけで……。なんだか、想像していたのよりはるかに大事になっていない? だいたい、ナジェークがどうしてここに来ていないのよ!?)
ローレン達への怒りを忘れた次の瞬間、カテリーナの中で自身の婚約者に対する怒りが湧き起こった。そんな彼女とは対照的に、つい先ほどまで威勢の良かった男達が、自身の置かれた状況を理解して見苦しいほどに狼狽し始める。
「なっ!? どっ、どうして団長がここに!?」
「なんだって!? 団長って、まさか近衛騎士団長か!? どうしてこんな所にいるんだ!」
「おっ、おいっ!」
「囲まれてるぞ!?」
「どうなってるんだ!!」
そんな男達を冷たく見やってから、近衛騎士団の管理運営と共に王都の治安維持の総責任者でもあるラドクリフは、不気味な笑みを浮かべながらカテリーナに声をかけてきた。
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