その華の名は
(14)社交界再編の布石
夜会は順調に進行していき、ある程度の人数の挨拶を受けてから自分達に近寄って来た夫婦を認めて、ナジェークがカテリーナに囁いた。
「次はクアゼルム男爵夫妻だな。君の所の隊長のご両親だ」
それを聞いた彼女は驚き、前方から近づいてくる夫妻に目を向けながらナジェークに問い返す。
「え? 隊長のご両親が招待客だったなんて、全然知らなかったわ。これまで面識がないし。どうしてあなたが知っているのよ?」
「末端でも、一応元王太子派の家だったからな。普段の付き合いが皆無でも、なにかの機会に見覚えがある」
「さすがね。ちょっと……、いいえ、かなりその辺りの付き合いとかは自信が無いのだけど」
「女主人の座を母上が早々に渡す筈はないし、引き継ぐ時には責任を持ってカテリーナを仕込んでくれるから安心してくれ」
「わぁ……、嬉しいわぁ……」
現実逃避に走ったカテリーナが魂を飛ばしかけていると、目の前にやって来た男性が満面の笑みで二人に挨拶してきた。
「ナジェーク殿、カテリーナ嬢、この度は婚約おめでとうございます! 本当におめでたいですな! これでシェーグレン公爵家とガロア侯爵家は安泰でしょう!」
「ありがとうございます、クアゼルム男爵、男爵夫人。今夜はようこそおいでくださいました」
「カテリーナ・ヴァン・ガロアです。男爵夫妻には初めてお目にかかります。ユリーゼ隊長には日々お世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします」
カテリーナが笑顔で会釈すると、男爵夫妻が予想外のことを言い出す。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします! 今回は娘とカテリーナ嬢とのご縁で、普段お付き合いのない私達をご招待いただいたようなものですからな!」
「ユリーゼを騎士として出仕させるのは忸怩たる思いでしたが、騎士団で嫁入り先を紹介していただくだけにとどまらず、カテリーナ様とのご縁まで繋いでくれるなんて! ユリーゼは本当に孝行娘ですわ!」
「え? 私は何も……」
「それでは男爵夫妻、今宵はお楽しみください」
「はい、それでは失礼します」
「あなた、他の方々にもご挨拶を。こんな有力な方々が揃っている場に招かれる好機なんて滅多にないわ!」
「ああ、分かっている。行くぞ。くれぐれも失礼のないようにな」
カテリーナが当惑している間に、男爵夫妻は嬉々として会場内を移動し始めた。そんな彼らを見送りながら、カテリーナはナジェークに怪訝な顔を向ける。
「ナジェーク? 元々シェーグレン公爵家が、クアゼルム男爵家と交流があったわけではないの?」
「何かで顔を見かけたことがあると言っただろう? 勿論、彼らの娘と君が上司と部下の関係で招待したわけではないが、今回は色々水面下で調整する事があったから」
「……私が聞いても分からない話みたいね」
カテリーナがちょっと拗ねてみせると、ナジェークは苦笑いしながら説明を加えた。
「別に、そう難しい話でもない。クアゼルム男爵領で自生している植物が良い染料になると分かったが、それを伏せた上でワーレス商会が二束三文で買い上げる取引を持ちかけようとしているのは知っているが。他にも未整備の道を整備すれば隣接領地での林業の効率が上がると試算して、隣接領地を持つシーギル男爵が開発を持ちかけたいらしい」
それを聞いたカテリーナは、少々驚いた。
「シーギル男爵なら貴族だからともかく、平民のワーレス商会の人間がこの場にいるの?」
「他にも官吏やキャレイド公爵家出入りの商人など、平民もかなりの割合で参加している。皆、近づきになっておいて損はない面々だ。最初は明らかに貴族と分かる面々に譲っているが、貴族の挨拶が途切れたら、徐々に私達の所に顔を見せに来るはずだ。きちんと全員紹介するよ」
「それはそれは……、楽しみにしているわ」
確かにこれまでは貴族当主夫妻からの挨拶ばかりだったわねとカテリーナが納得していると、年長者達の挨拶が済んだ頃合いを見計らったのか、サビーネが挨拶にやって来た。
「カテリーナ様、おめでとうございます。このお話がきちんと纏まって、本当に嬉しいですわ」
本心からの言葉であると分かる祝福に、カテリーナも自然と笑顔になる。
「ありがとう、サビーネ。その節は色々とお世話になりました」
「大した事はありませんでしたし、私も随分楽しませていただきましたから。でもこれで、ガロア侯爵家は安泰ですわね」
「それは……、確かに私とナジェークの結婚でシェーグレン公爵家との縁ができるから、社交界でガロア侯爵家が以前より白眼視されなくなるでしょうけど……」
妙に自信満々に言われて、カテリーナは自信なさげに言葉を濁した。しかしサビーネは真顔で小さく首を振る。
「そういう意味ではありません。この夜会はいわば、今後の社交界での主流派を選別する場と言っても差し支えありませんもの。半分くらいの方は、お分かりになっておられないと思いますが」
「え? サビーネ、どういう意味かしら?」
サビーネの台詞にカテリーナは困惑したが、ナジェークは率直に友人の婚約者を褒めた。
「さすがサビーネ嬢。特に説明を受けなくとも、この場の状況を理解しているみたいだね」
「ええ。従来の《元王太子派》と《現王太子派》の枠組みを取り払った、真にこれからの我が国の運営に有益な《主流派》の再構築。それがこの場から始まるのでしょう? それにしては、アーロン殿下の生母のご実家であるネクサス伯爵家が《非主流派》と目されているのが、些か府に落ちませんが」
「正直、あそことはあまりお近づきになりたくないものでね」
薄笑いでナジェークが告げた瞬間、サビーネが声を潜めて探りを入れてくる。
「……近々、何かネクサス伯爵家の権威が失墜する予定でもあるのでしょうか?」
それにナジェークが、いかにも嘘くさい笑顔で応じた。
「サビーネ嬢、滅多な事を言うものではないよ? 仮にも王太子殿下と縁続きの方々だ」
「そうですわね。最近、特に前伯爵が鼻持ちならないとあちこちから言われているのを耳にしておりますが、仮にも王太子殿下と縁続きの方々ですもの。それくらいであれば、許容範囲ですわね」
「ああ、『鼻持ちならない』と言われているくらいなら、十分に許容範囲内だな」
「ええ。『言われているくらいなら』ですわね」
そこで二人とも「あはは」「うふふ」とわざとらしい笑い声を上げながら物騒に微笑んでいるのを見て、カテリーナは(何も聞かなかったことにしておこう)と遠い目をしながら無言を保った。するとサビーネが近づいてくる人影を認めて、急いで頭を下げる。
「あ、王太子殿下がこちらにいらしてますね。お邪魔にならないように私は失礼して、コーネリア様とエセリア様にご挨拶してきます。またお伺いしますわ」
「ええ、また後で」
何やら怖い話が終わった事でカテリーナは安堵しながらサビーネに笑顔で会釈し、入れ替わりでやって来たアーロンを出迎えた。
「次はクアゼルム男爵夫妻だな。君の所の隊長のご両親だ」
それを聞いた彼女は驚き、前方から近づいてくる夫妻に目を向けながらナジェークに問い返す。
「え? 隊長のご両親が招待客だったなんて、全然知らなかったわ。これまで面識がないし。どうしてあなたが知っているのよ?」
「末端でも、一応元王太子派の家だったからな。普段の付き合いが皆無でも、なにかの機会に見覚えがある」
「さすがね。ちょっと……、いいえ、かなりその辺りの付き合いとかは自信が無いのだけど」
「女主人の座を母上が早々に渡す筈はないし、引き継ぐ時には責任を持ってカテリーナを仕込んでくれるから安心してくれ」
「わぁ……、嬉しいわぁ……」
現実逃避に走ったカテリーナが魂を飛ばしかけていると、目の前にやって来た男性が満面の笑みで二人に挨拶してきた。
「ナジェーク殿、カテリーナ嬢、この度は婚約おめでとうございます! 本当におめでたいですな! これでシェーグレン公爵家とガロア侯爵家は安泰でしょう!」
「ありがとうございます、クアゼルム男爵、男爵夫人。今夜はようこそおいでくださいました」
「カテリーナ・ヴァン・ガロアです。男爵夫妻には初めてお目にかかります。ユリーゼ隊長には日々お世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします」
カテリーナが笑顔で会釈すると、男爵夫妻が予想外のことを言い出す。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします! 今回は娘とカテリーナ嬢とのご縁で、普段お付き合いのない私達をご招待いただいたようなものですからな!」
「ユリーゼを騎士として出仕させるのは忸怩たる思いでしたが、騎士団で嫁入り先を紹介していただくだけにとどまらず、カテリーナ様とのご縁まで繋いでくれるなんて! ユリーゼは本当に孝行娘ですわ!」
「え? 私は何も……」
「それでは男爵夫妻、今宵はお楽しみください」
「はい、それでは失礼します」
「あなた、他の方々にもご挨拶を。こんな有力な方々が揃っている場に招かれる好機なんて滅多にないわ!」
「ああ、分かっている。行くぞ。くれぐれも失礼のないようにな」
カテリーナが当惑している間に、男爵夫妻は嬉々として会場内を移動し始めた。そんな彼らを見送りながら、カテリーナはナジェークに怪訝な顔を向ける。
「ナジェーク? 元々シェーグレン公爵家が、クアゼルム男爵家と交流があったわけではないの?」
「何かで顔を見かけたことがあると言っただろう? 勿論、彼らの娘と君が上司と部下の関係で招待したわけではないが、今回は色々水面下で調整する事があったから」
「……私が聞いても分からない話みたいね」
カテリーナがちょっと拗ねてみせると、ナジェークは苦笑いしながら説明を加えた。
「別に、そう難しい話でもない。クアゼルム男爵領で自生している植物が良い染料になると分かったが、それを伏せた上でワーレス商会が二束三文で買い上げる取引を持ちかけようとしているのは知っているが。他にも未整備の道を整備すれば隣接領地での林業の効率が上がると試算して、隣接領地を持つシーギル男爵が開発を持ちかけたいらしい」
それを聞いたカテリーナは、少々驚いた。
「シーギル男爵なら貴族だからともかく、平民のワーレス商会の人間がこの場にいるの?」
「他にも官吏やキャレイド公爵家出入りの商人など、平民もかなりの割合で参加している。皆、近づきになっておいて損はない面々だ。最初は明らかに貴族と分かる面々に譲っているが、貴族の挨拶が途切れたら、徐々に私達の所に顔を見せに来るはずだ。きちんと全員紹介するよ」
「それはそれは……、楽しみにしているわ」
確かにこれまでは貴族当主夫妻からの挨拶ばかりだったわねとカテリーナが納得していると、年長者達の挨拶が済んだ頃合いを見計らったのか、サビーネが挨拶にやって来た。
「カテリーナ様、おめでとうございます。このお話がきちんと纏まって、本当に嬉しいですわ」
本心からの言葉であると分かる祝福に、カテリーナも自然と笑顔になる。
「ありがとう、サビーネ。その節は色々とお世話になりました」
「大した事はありませんでしたし、私も随分楽しませていただきましたから。でもこれで、ガロア侯爵家は安泰ですわね」
「それは……、確かに私とナジェークの結婚でシェーグレン公爵家との縁ができるから、社交界でガロア侯爵家が以前より白眼視されなくなるでしょうけど……」
妙に自信満々に言われて、カテリーナは自信なさげに言葉を濁した。しかしサビーネは真顔で小さく首を振る。
「そういう意味ではありません。この夜会はいわば、今後の社交界での主流派を選別する場と言っても差し支えありませんもの。半分くらいの方は、お分かりになっておられないと思いますが」
「え? サビーネ、どういう意味かしら?」
サビーネの台詞にカテリーナは困惑したが、ナジェークは率直に友人の婚約者を褒めた。
「さすがサビーネ嬢。特に説明を受けなくとも、この場の状況を理解しているみたいだね」
「ええ。従来の《元王太子派》と《現王太子派》の枠組みを取り払った、真にこれからの我が国の運営に有益な《主流派》の再構築。それがこの場から始まるのでしょう? それにしては、アーロン殿下の生母のご実家であるネクサス伯爵家が《非主流派》と目されているのが、些か府に落ちませんが」
「正直、あそことはあまりお近づきになりたくないものでね」
薄笑いでナジェークが告げた瞬間、サビーネが声を潜めて探りを入れてくる。
「……近々、何かネクサス伯爵家の権威が失墜する予定でもあるのでしょうか?」
それにナジェークが、いかにも嘘くさい笑顔で応じた。
「サビーネ嬢、滅多な事を言うものではないよ? 仮にも王太子殿下と縁続きの方々だ」
「そうですわね。最近、特に前伯爵が鼻持ちならないとあちこちから言われているのを耳にしておりますが、仮にも王太子殿下と縁続きの方々ですもの。それくらいであれば、許容範囲ですわね」
「ああ、『鼻持ちならない』と言われているくらいなら、十分に許容範囲内だな」
「ええ。『言われているくらいなら』ですわね」
そこで二人とも「あはは」「うふふ」とわざとらしい笑い声を上げながら物騒に微笑んでいるのを見て、カテリーナは(何も聞かなかったことにしておこう)と遠い目をしながら無言を保った。するとサビーネが近づいてくる人影を認めて、急いで頭を下げる。
「あ、王太子殿下がこちらにいらしてますね。お邪魔にならないように私は失礼して、コーネリア様とエセリア様にご挨拶してきます。またお伺いしますわ」
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