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その華の名は

篠原皐月

(12)意思統一

「今日はなかなか有意義な日でした。カテリーナさんと、親しくお話ができましたし」
「そうですね……。友好関係を築いていただけそうで、良かったです」
「本当に、色々話し込んでおられましたわね……」
 ガロア侯爵夫妻とカテリーナが立ち去ってから、シェーグレン公爵家全員が集まった場で、コーネリアが満足そうに感想を述べた。そんな姉から微妙に視線を逸らしながら、ナジェークとエセリアが相槌を打つ。
 
「ガロア侯爵夫妻とも、色々と踏み込んだ話ができたな」
「ええ。十分に、人となりを判断できましたわね。例えは悪いですが、間違ってもダトラール侯爵家のようにはならない、少々短慮でも善良なご夫婦で安心しましたわ」
「ミレディア……」
「褒め言葉ですのよ?」
「分かってはいるがな……」
 おかしそうに笑うミレディアに、ディグレスは諦めにも似た表情で溜め息を吐いた。ここでミレディアが、含み笑いで長女を見やる。

「ところで、コーネリア。あなたが急に押しかけてきたのは、カテリーナさんの顔を見るだけではないのでしょう?」
「どうしてそう思われますの?」
「さぁ……、どうしてかしら?」
「………………」
 両者とも穏やかな笑みを浮かべながら、見詰め合うことしばし。真顔になったコーネリアが、話の口火を切った。

「実は、最近お義母様が、どこぞで聞きつけられた噂がありますの」
 それを聞いたミレディアは、納得したように頷く。
「噂ね……。クリセード侯爵家は中立派の中でも、ティアド伯爵家と同様に交友関係が広い家だけれど。因みにどのような噂なのかしら」
「カテリーナさんは不甲斐ない殿方達から、相当恨まれておられるみたいですわ」
 コーネリアの指摘にナジェークとエセリアは無言で眉根を寄せ、ミレディアとディグレスは淡々と応じる。

「不甲斐ないから女性に後れを取るし、逆恨みなどとみっともないことをするものよ。分別のある殿方のすることではないわね」
「噂になるとは穏やかではないが、逆に言えば噂になるほど企みが漏洩しているとは、そんな連中に実際大したことはできないのではないか?」
「お母様もお父様も、なかなか辛辣ですわね」
 容赦のないコメントに、コーネリアは苦笑いの表情になった。しかし笑っていられる状況ではないナジェークは、少々不愉快そうに詳細について尋ねる。

「姉上。それでは色々と思う所のある連中が、今度の婚約披露の夜会や結婚式をぶち壊そうと、画策しているとかですか?」
「もっと手っ取り早く、襲撃かしら?」
「…………」
 悪びれない笑顔でコーネリアがろくでもない内容を口にした事で、ナジェークは明らかな渋面となり、他の家族は呆れ果てた表情になった。

「馬鹿だな」
「とんだ愚か者ですわね」
「短絡的な上、変な言い方ですが、真っ当に企んでいるならそんな話が漏れるなど考えにくいのですが。クリセード侯爵夫人の人脈は、一体どうなっているのですか?」
 頭痛を覚えながら、エセリアが疑問を呈する。そんな妹に笑いかけながら、コーネリアが話を進めた。

「お義母様は『確証は得られないけど、念のため実家に知らせておきなさい』と仰られていたの。因みにこの件に絡んでいるのは、カモスタット侯爵家とラツェル伯爵家とネクサス伯爵家の者だそうです」
「なんだと?」
「なんですって?」
「…………」
 コーネリアが後半、両親に向かって真顔で告げると、さすがにディグレスとミレディアが驚きを隠せずに目を見開いた。そしてナジェークが瞬時に表情を消す中、エセリアが首を傾げながら問いを発する。

「え? あの、お姉様? どうしてそこにネクサス伯爵家が絡んできますの? これまでカテリーナ様に関わる話を色々耳にしておりますから、縁談のお相手を叩きのめしてしまったカモスタット侯爵家や、大事な彫像を叩き壊してしまったラツェル伯爵家なら恨んでしまうのも無理のないことかもしれませんが、ネクサス伯爵家とは何もトラブルはありませんでしたよね? それとも私が把握していないだけでしょうか?」
 何か聞き漏らしている話があったのかと不思議に思ったエセリアだったが、コーネリアは軽く首を振りながら事情を説明した。

「ネクサス伯爵家の現当主は温厚な人格者だけれど、前当主が歳を取ってから愛人に産ませた年の離れた末弟は、かなり問題があるそうよ。先だっての騒ぎで廃嫡されたカモスタット家のダマール殿とは、以前からの遊び仲間らしいわね。悪い仲間と派手に遊んで問題を起こしては、前伯爵がお金でもみ消した事が一度や二度ではないとか」
「それだけで、相当なろくでなしだと分かるな。ろくでなしが集まって、ろくでもない事を企んでいるか」
 ナジェークは嫌悪感を露わにしながら吐き捨てたが、なぜかミレディアは妙に嬉しそうな笑顔になる。

「それは、お姉様がとても喜びそうなお話ね。前々から『ネクサス伯爵家に釘を刺すのなら、まずあの忌々しい陰険強欲親父が甘やかした、頭が足りない末子を攻めるのが正攻法ね』と言っておられたもの」
 その不気味な笑みを目の当たりにしたエセリアは、慎重に問いかけた。
「あの……、お母様? もしかして『お姉様』というのは王妃陛下のことですか? ですが『忌々しい』とか『陰険強欲親父』とか『頭が足りない』とか、伯母様に似つかわしくない言葉が聞こえた気がしたのですが……」
 困惑を露わにする娘に対し、ミレディアは苦笑いの表情で続ける。

「前々からお姉様はネクサス伯爵家、いえ、正確に言えば前ネクサス伯爵を毛嫌いされていてね。勿論、そんな事は面には出していないけれど、親しい人間なら知る人ぞ知る事実なのよ。それでお姉様は前伯爵の娘であるレナーテ様を意識的に遠ざけていて、ディオーネ様がお産みになったグラディクトを王太子に据える要因の1つになったくらいだから」
「ナジェークとエセリアは知らなかったの? 私は昔、お母様から仔細を聞いていたけど」
「それは初耳でした……」
「私もです……」
 不思議そうにコーネリアに問われて、ナジェークとエセリアは半ば呆然としながら頷いた。

「アーロン殿下が立太子されてからというもの、ネクサス伯爵家周辺の増長ぶりが顕著でね。特に何年も前に家督を息子に譲った筈の、前伯爵の専横ぶりが目にあまっていたの。自分の親族を王宮の官吏として任官させようと筋違いの話を捩じ込んできたそうで、宰相殿が大変ご立腹されていたとか」
「アーロン殿下や伯爵ご自身には特に問題はないが、あのような人間が次期国王の外祖父として権勢を欲しいままにするのは、とても傍観できない。この際、徹底的に調べた方が良いだろう」
「分かりました。早急に両陛下に内々にご報告と相談の上、各所に根回しと調査の手配をします」
 早速意見を交わしているディグレスとナジェークを横目で見ながら、コーネリアとエセリアは囁き合った。

「カテリーナさんに手を出そうとするなんて、本当に馬鹿な人達ね」
「同感です。それにしても、まだ騒動が続きますのね……」
「あら、どう考えても、エセリアの婚約破棄騒動の比ではないと思うわ」
「否定できませんが……」
 自分達に関わる事で、平凡とか平穏などという言葉はあり得ないのだなと再認識したエセリアは、深い溜め息を吐いたのだった。

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