その華の名は
(5)ミレディアの独壇場
「カテリーナが今現在近衛騎士として身を立てている事に関して、大変好意的に捉えていただいておられるようですが、それは事実とは大きく異なります。私達は娘を近衛騎士として出仕させるのが王家に忠誠を示すことだなどと、崇高な考えがあったわけではないのです」
「私も、娘の個性や才能を認めたなどと大それた事ではなく、夫が娘にも武芸一般を仕込むのは褒められた事ではなくても、本人達が納得しているならと傍観していただけです。従来の貴族の価値観通りに、そのうち結婚してくれるだろうと疑ってもおりませんでした」
「私がカテリーナに武芸を仕込んだのは単なる自己満足に過ぎず、他の令嬢には娘のような事はできないだろうという、つまらない上に、間違った優越感を得るためのものでしかありませんでした。それを今、再認識した次第です」
「現に私達は、カテリーナには普通の令嬢のように普通に結婚するよう要求し、本人の意思や意向を無視した結果、家族全体に傷を広げております。カテリーナは優しい娘なので私達に反抗したり抗議したりしないのに甘えて、私達夫婦は色々な間違いを犯してしまいました」
「お父様、お母様……」
いかにも恥じ入る様子でミレディアに告白している両親を見て、元はと言えば自分が真正面から家族を説得するのを選択肢に入れず、水面下で事を進めたために事態が悪化したと認識していたカテリーナは、心底申し訳なく思った。するとミレディアが、穏やかな声で語りかけてくる。
「お二方とも、お顔を上げてください。ガロア侯爵家で最近生じた問題については粗方存じ上げていますが、いつまでもそれを恥じたり引け目に思うことはございません」
「そう仰られましても……」
「確かに上級貴族たる侯爵家として、面目を潰すことではあったのでしょう。しかしお二人とも現当主夫妻として自らの行いを恥じており、深く反省なさっておられます。真に糾弾されるべきは見苦しい事を行っても自らの行いを恥じることのない、または恥じる行為だと認識すらできない人間ですわ」
「ミレディア様……」
「この世で生まれてから死ぬまでに、間違った行いを全くせずに済む人間など存在しません。皆、事や善悪の大小はあれ、必ず間違いを犯すものです。人として重要なのは、同じ間違いを繰り返すか否かということだと、私は確認しております。つまりそれで、人間の真の価値が決まるのです!」
「…………」
穏やかに語りかけてくると思ったら、ミレディアは急に真顔になって語気強く断言してきた。それでジェフリーとイーリスは呆気に取られて、彼女の顔を凝視する。それには構わず、ミレディアは力強く訴え続ける。
「お二方とも、このまま周囲を気にして息子夫婦に後始末を任せて、自分達は表舞台から身を引いた方が良いなどと、まさか本気で考えてはおられませんよね? しかしそれは、単なる逃げに過ぎないと言わせていただきます! もし本当に過ちを犯したというのであれば世間の荒波に立ち向かい、自家の評判を回復させ、失墜した権威を回復させる、それから後を託すのが筋というもの。その誇り高い後ろ姿を後継者に見せずして、どうして貴族の当主夫妻だと口にすることができるのでしょう! 勘違いも甚だしいですわ!」
「…………」
ミレディアの主張を聞いたジェフリーとイーリスは表情を消し、その二人を気遣って、ディグレスが妻を制止しようとする。
「ミレディア、止めないか」
「あなたは黙っていて下さい。 もっとはっきり言わせていただければ、あなた方があっさり当主夫妻の座から下りて領地で隠遁したりしたら、長男夫婦の教育に失敗したその後始末を、体よく次男夫婦に押し付けたと世間から見られるのですよ? 悔しい以前に、次男夫婦に申し訳ないとは思いませんか?」
「ミレディア、そこまでだ! 今すぐ口を閉じろ!」
遠慮の無さすぎる台詞に、ディグレスは顔を強張らせて妻を叱責した。そしてミレディアが黙ると同時に、ジェフリーとイーリスに対して座ったまま深々と頭を下げる。
「妻が大変失礼いたしました。他家の内情に口を挟んだばかりか、大変失礼な事を申しまして、深くお詫び申し上げます」
しかしその謝罪に、ジェフリーとイーリスは恐縮しながら言葉を返した。
「いや、公爵。頭を上げてください。寧ろ我々は、奥方に礼を言わねばならないでしょう」
「その通りです。私達の弱い心を鋭く指摘し、直視しなければならない事から目を背けていた私達の目を覚ましてくださったのですもの」
「確かに長男を廃嫡し、次男を後継者に定めたのは間違ってはいないと思っております。しかし間違ったままの姿しか息子に見せていないのであれば、親としての役目を果たしたとは言えませんな」
「私達は無意識のうちに、自分達が楽な方に傷つかない方に流されていたのだと、はっきり認識できました」
「決心いたしました。己の不始末は己で挽回します。息子には当面当主の座は譲らず、徹底的に鍛えることにいたします」
「私も同じ間違いを二度と繰り返さないように、これから心がけていきますわ。またミレディア様に怒られたくはありませんから」
決意漲る表情でのジェフリーの宣言と、何か吹っ切れたような笑顔のイーリスを見て、ミレディアが嬉しそうに微笑む。
「ご次男夫婦の為にも、ガロア侯爵家の為にも、その方が宜しいでしょうね。安堵いたしましたわ。でも私、そんなに怖い顔で熱く語っておりましたか?」
「ミレディア様は怒った顔も大変お美しくあられて、とても羨ましいですわ」
「ありがとうございます、イーリス様」
夫人同士のそのやり取りでその場が一気に和み、この間緊張して事態の推移を見守っていたカテリーナは、安堵して小さく息を吐きだした。
(お父様とお母様は、はっきりと口にはしていなかったけど、ジュール兄様達に一通りの引継ぎを済ませたら、早々に隠遁するつもりだったのね。もしそうなった場合は全力で引き留めるつもりではいたけど、私には説得できなかったと思うし……。ミレディア様、さすがの迫力だったわ)
そこで何気なくナジェークに視線を向けると、彼はまるで自分の考えが全て読めているような楽し気な表情をしており、カテリーナは思わず苦笑してしまった。
「私も、娘の個性や才能を認めたなどと大それた事ではなく、夫が娘にも武芸一般を仕込むのは褒められた事ではなくても、本人達が納得しているならと傍観していただけです。従来の貴族の価値観通りに、そのうち結婚してくれるだろうと疑ってもおりませんでした」
「私がカテリーナに武芸を仕込んだのは単なる自己満足に過ぎず、他の令嬢には娘のような事はできないだろうという、つまらない上に、間違った優越感を得るためのものでしかありませんでした。それを今、再認識した次第です」
「現に私達は、カテリーナには普通の令嬢のように普通に結婚するよう要求し、本人の意思や意向を無視した結果、家族全体に傷を広げております。カテリーナは優しい娘なので私達に反抗したり抗議したりしないのに甘えて、私達夫婦は色々な間違いを犯してしまいました」
「お父様、お母様……」
いかにも恥じ入る様子でミレディアに告白している両親を見て、元はと言えば自分が真正面から家族を説得するのを選択肢に入れず、水面下で事を進めたために事態が悪化したと認識していたカテリーナは、心底申し訳なく思った。するとミレディアが、穏やかな声で語りかけてくる。
「お二方とも、お顔を上げてください。ガロア侯爵家で最近生じた問題については粗方存じ上げていますが、いつまでもそれを恥じたり引け目に思うことはございません」
「そう仰られましても……」
「確かに上級貴族たる侯爵家として、面目を潰すことではあったのでしょう。しかしお二人とも現当主夫妻として自らの行いを恥じており、深く反省なさっておられます。真に糾弾されるべきは見苦しい事を行っても自らの行いを恥じることのない、または恥じる行為だと認識すらできない人間ですわ」
「ミレディア様……」
「この世で生まれてから死ぬまでに、間違った行いを全くせずに済む人間など存在しません。皆、事や善悪の大小はあれ、必ず間違いを犯すものです。人として重要なのは、同じ間違いを繰り返すか否かということだと、私は確認しております。つまりそれで、人間の真の価値が決まるのです!」
「…………」
穏やかに語りかけてくると思ったら、ミレディアは急に真顔になって語気強く断言してきた。それでジェフリーとイーリスは呆気に取られて、彼女の顔を凝視する。それには構わず、ミレディアは力強く訴え続ける。
「お二方とも、このまま周囲を気にして息子夫婦に後始末を任せて、自分達は表舞台から身を引いた方が良いなどと、まさか本気で考えてはおられませんよね? しかしそれは、単なる逃げに過ぎないと言わせていただきます! もし本当に過ちを犯したというのであれば世間の荒波に立ち向かい、自家の評判を回復させ、失墜した権威を回復させる、それから後を託すのが筋というもの。その誇り高い後ろ姿を後継者に見せずして、どうして貴族の当主夫妻だと口にすることができるのでしょう! 勘違いも甚だしいですわ!」
「…………」
ミレディアの主張を聞いたジェフリーとイーリスは表情を消し、その二人を気遣って、ディグレスが妻を制止しようとする。
「ミレディア、止めないか」
「あなたは黙っていて下さい。 もっとはっきり言わせていただければ、あなた方があっさり当主夫妻の座から下りて領地で隠遁したりしたら、長男夫婦の教育に失敗したその後始末を、体よく次男夫婦に押し付けたと世間から見られるのですよ? 悔しい以前に、次男夫婦に申し訳ないとは思いませんか?」
「ミレディア、そこまでだ! 今すぐ口を閉じろ!」
遠慮の無さすぎる台詞に、ディグレスは顔を強張らせて妻を叱責した。そしてミレディアが黙ると同時に、ジェフリーとイーリスに対して座ったまま深々と頭を下げる。
「妻が大変失礼いたしました。他家の内情に口を挟んだばかりか、大変失礼な事を申しまして、深くお詫び申し上げます」
しかしその謝罪に、ジェフリーとイーリスは恐縮しながら言葉を返した。
「いや、公爵。頭を上げてください。寧ろ我々は、奥方に礼を言わねばならないでしょう」
「その通りです。私達の弱い心を鋭く指摘し、直視しなければならない事から目を背けていた私達の目を覚ましてくださったのですもの」
「確かに長男を廃嫡し、次男を後継者に定めたのは間違ってはいないと思っております。しかし間違ったままの姿しか息子に見せていないのであれば、親としての役目を果たしたとは言えませんな」
「私達は無意識のうちに、自分達が楽な方に傷つかない方に流されていたのだと、はっきり認識できました」
「決心いたしました。己の不始末は己で挽回します。息子には当面当主の座は譲らず、徹底的に鍛えることにいたします」
「私も同じ間違いを二度と繰り返さないように、これから心がけていきますわ。またミレディア様に怒られたくはありませんから」
決意漲る表情でのジェフリーの宣言と、何か吹っ切れたような笑顔のイーリスを見て、ミレディアが嬉しそうに微笑む。
「ご次男夫婦の為にも、ガロア侯爵家の為にも、その方が宜しいでしょうね。安堵いたしましたわ。でも私、そんなに怖い顔で熱く語っておりましたか?」
「ミレディア様は怒った顔も大変お美しくあられて、とても羨ましいですわ」
「ありがとうございます、イーリス様」
夫人同士のそのやり取りでその場が一気に和み、この間緊張して事態の推移を見守っていたカテリーナは、安堵して小さく息を吐きだした。
(お父様とお母様は、はっきりと口にはしていなかったけど、ジュール兄様達に一通りの引継ぎを済ませたら、早々に隠遁するつもりだったのね。もしそうなった場合は全力で引き留めるつもりではいたけど、私には説得できなかったと思うし……。ミレディア様、さすがの迫力だったわ)
そこで何気なくナジェークに視線を向けると、彼はまるで自分の考えが全て読めているような楽し気な表情をしており、カテリーナは思わず苦笑してしまった。
「その華の名は」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,576
-
2.9万
-
-
166
-
59
-
-
61
-
22
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
5,076
-
2.5万
-
-
5,015
-
1万
-
-
9,628
-
1.6万
-
-
8,096
-
5.5万
-
-
2,414
-
6,662
-
-
3,136
-
3,384
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
3,522
-
5,226
-
-
9,299
-
2.3万
-
-
6,120
-
2.6万
-
-
1,285
-
1,419
-
-
2,845
-
4,948
-
-
6,618
-
6,954
-
-
6,028
-
2.9万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
60
-
278
-
-
319
-
800
-
-
402
-
718
-
-
6,162
-
3.1万
-
-
65
-
152
-
-
32
-
11
-
-
1,857
-
1,560
-
-
3,631
-
9,417
-
-
44
-
89
-
-
168
-
148
-
-
11
-
4
-
-
105
-
364
-
-
2,605
-
7,282
-
-
48
-
129
-
-
13
-
1
-
-
45
-
163
-
-
208
-
515
-
-
2,931
-
4,405
-
-
1,586
-
2,758
-
-
387
-
438
-
-
4,871
-
1.7万
-
-
31
-
50
-
-
42
-
55
-
-
139
-
227
-
-
76
-
147
-
-
405
-
267
-
-
568
-
1,131
-
-
2,787
-
1万
-
-
599
-
220
-
-
170
-
156
-
-
2,388
-
9,359
-
-
1,259
-
8,383
-
-
7,415
-
1.5万
-
-
9,140
-
2.3万
コメント