その華の名は
(3)予想外の展開
予定時刻とほぼ同時にガロア侯爵邸の門から入ってきた馬車を、カテリーナは両親と共に正面玄関で出迎えた。
「シェーグレン公爵、公爵夫人、ナジェーク殿。本日は我が屋敷に足をお運びいただき、ありがとうございます」
「歓迎いたしますわ。どうぞお入りください」
馬車寄せに降り立ったシェーグレン公爵家の三人を、ジェフリーとイーリスが笑顔で促す。対するディグレスとミレディアも微笑んで応じた。
「ありがとうございます、ガロア侯爵、侯爵夫人」
「今日を契機に、より親密なお付き合いができるよう、願っております。……ナジェーク?」
ミレディアが背後を振り返りながら声をかけると、ナジェークが大きな花束を抱えながら前に出てくる。
「ガロア侯爵、侯爵夫人。本日はご多忙の中、急な申し入れにも関わらず、時間を割いていただいてありがとうございます。それからカテリーナ、君にこれを」
「ありがとう。……どうかしたの?」
いきなり普通の婚約者らしい行為に及んだナジェークを、カテリーナは若干疑わしそうに眺めた。するとナジェークが苦笑気味に告げる。
「実は求婚の顛末を両親に話したら、盛大に叱責されてね。事前に話していなかったから」
「そうでしょうね……。事前に説明していたら、通常の良識をお持ちの方なら絶対止めていたと思うわ」
「だからカテリーナには、これからでも通常の恋人か婚約者に対する配慮をしろと、母上に厳命されてしまったものでね」
「一応、プロポーズの時も豪華な花瓶付きの花束持参だったけど。ありがたく頂くわ」
「それはどうも。今後はれっきとした婚約者だから大っぴらに贈るつもりだ。楽しみにしていてくれ」
花束を受け渡しながら言われた台詞に、カテリーナは不吉な予感を覚えた。
「ナジェーク……。あなた、限度と節度という言葉は知っているわよね?」
「一応は」
「一応?」
「ああ、一応」
(不安要素しかないのだけど……)
小声で会話しながらカテリーナが眉間にしわを寄せていると、既にシェーグレン公爵夫妻を先導して歩き始めていたジェフリーが声をかけてくる。
「カテリーナ。応接室に移動するぞ」
「はい! 今行きます!」
慌てて返事をしてから、前を歩く両親達と少し距離を取って歩き出したカテリーナは、並んで歩くナジェークに囁いた。
「ナジェーク。これ以上、変な事にはならないわよね?」
「変な事って、どういう事かな? 私はごく一般的な貴族の結婚の過程を踏襲しているつもりだが」
「家同士の正式な婚約締結からその披露が一月未満で、結婚式が三ヶ月未満なのは、間違っても一般的とは言わないのよ。それくらい、分かっているわよね?」
「ああ。だけど散々待たされたから、一刻も早く君と結婚したくてね」
「全く……。勝手に言っていなさい」
そこでいかにも照れ臭そうに笑いかけてきたナジェークに、カテリーナは僅かに動揺しながら言い返し、応接室に足を進めた。
そして全員が応接室に入り、両家が向かい合ってソファーに収まってから、シェーグレン公爵家の当主であるディグレスが軽く頭を下げながら申し出た。
「それでは、改めて申し入れさせていただきますが、我が息子ナジェークとご令嬢との結婚を認めていただき、ありがとうございます。加えて息子がかなり無茶な日程を組んで、そちらにお伝え済みとか。その時点で私どもはそれらを把握しておらず、そちらのご都合もお伺いせずに大変失礼いたしました」
「本当に、際限無く先走る息子で申し訳ございません。私どもは息子が漸く身を固める気になってくれたのが嬉しくて、この間にほぼ手配を整え済みですが、万が一そちらのご負担になるようであれば、どうぞ遠慮無く申し出てくださいませ。日程は幾らでも調整いたしますので」
「そうなのですか? ありがとうございます。それなら」
ディグレスに続いてミレディアが笑顔で口にした内容を聞いて、カテリーナは安堵しながら礼を言おうとした。しかしそれを遮るようにイーリスが言い出す。
「いえいえ、確かに急なお話ではありますが、私どもも諸々の手配の目処は立っております。どうぞお気遣いなく」
「そうですか? それを聞いて安心いたしました」
隣で予想外の発言をして、一見優雅な笑みを浮かべている母に、カテリーナは怪訝な顔で囁く。
「お母様? 日程を延ばしていただいた方がよろしいのではありませんか? 昨夜もあれほど」
「お黙りなさい」
「……はい」
笑顔はそのままに、冷えきった目と低い声で叱責されたカテリーナは、素直に口を閉じた。そこでジェフリーが、控え目にディグレスに問いかける。
「ところで、お伺いしたいことがあるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
「ご子息が娘に求婚した時、結婚後も近衛騎士としての勤務を続けるのを、公爵夫妻がお認めになっていると娘に伝えたそうなのですが……。それに相違ございませんか?」
「ええ、勿論そのつもりです。それが何か?」
「はぁ、そうですか……」
大真面目に頷かれ、更に不思議そうにディグレスから問い返されてしまったジェフリーは、言葉を失って口を閉ざした。そこで若干焦った声で、イーリスが食い下がる。
「あの! それでは次期公爵夫人としての社交活動とか、子供に関してはどうなさるおつもりですの!? 近衛騎士として勤務を続けるのであれば、色々と支障が出ると思うのですが!?」
しかしその問いかけに対して、ミレディアが事も無げに答えた。
「ご心配なく。私も主人も、まだまだ当主と当主夫人としての立場を譲る気などございませんもの。現にナジェークも官吏としての勤務をこなしつつ、必要最低限の社交活動はしております。領地運営も適切に管理者を見極めて大まかな方針を提示しつつ、必要とあればその都度詳細について指示しておりますので、これまでも全く問題ありませんでしたし。子供に関しては、さすがに妊娠したらこれまで通りの勤務はできないかと思います。ですが出産後一時休職しても職場復帰できるよう、それまでにナジェークがあらゆるツテとコネと謀略を駆使して、どうとでも根回しをしておくでしょう。ナジェーク、違うかしら?」
「勿論、そのつもりです」
「息子もこう申しておりますので、ご安心なさってくださいませ。ご令嬢には心置きなく、女性初の近衛騎士団団長を目指していただくつもりでおります」
「はぁ……」
「そうでございますか……」
(今の話のどこに、安心する要素があるのかしら? 寧ろお父様とお母様の不安の色が濃くなった気がするわ)
満面の笑みで断言したミレディアに、ジェフリーとイーリスは呆気に取られた表情になって絶句した。カテリーナも騎士団勤務を全面的に認めて貰えて感謝しかないものの、この場の微妙な空気をどうすれば良いのか分からず、途方に暮れる。するとミレディアが、笑顔のまま微妙に話題を変えてきた。
「本当に侯爵ご夫妻には、頭が下がる思いでおりますのよ? 今回ガロア侯爵家と縁続きになれて、大変嬉しく思っております」
いきなりそう言われたジェフリーとイーリスは、本気で当惑しながら問い返した。
「え?」
「あの……、そのように仰っていただけるのは光栄ですが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「それは勿論、ご令嬢を立派にお育てになられたからですわ。その他の理由など、あるわけがございません」
「………………」
(ええと……、公爵夫人は嫌みとかではなくて、本気で仰っておられるのよね?)
今までの自分の評判が微妙なものでしかない事を理解していたカテリーナは、内心で疑問に思った。それはジェフリーとイーリスも同様で、無言のまま顔を見合わせる。そんなガロア侯爵家側の戸惑いを知ってか知らずか、ミレディアがどこか遠い目をしながら語りだした。
「こんな事を口にしても信じていただけないかもしれませんが、私、子供の頃は官吏になろうと思っておりましたの。同様に妹は、大きくなったら騎士になると周囲に公言しておりましたわ」
その告白を聞いたジェフリーとイーリスは、揃って目を見開いて声を荒らげた。
「シェーグレン公爵、公爵夫人、ナジェーク殿。本日は我が屋敷に足をお運びいただき、ありがとうございます」
「歓迎いたしますわ。どうぞお入りください」
馬車寄せに降り立ったシェーグレン公爵家の三人を、ジェフリーとイーリスが笑顔で促す。対するディグレスとミレディアも微笑んで応じた。
「ありがとうございます、ガロア侯爵、侯爵夫人」
「今日を契機に、より親密なお付き合いができるよう、願っております。……ナジェーク?」
ミレディアが背後を振り返りながら声をかけると、ナジェークが大きな花束を抱えながら前に出てくる。
「ガロア侯爵、侯爵夫人。本日はご多忙の中、急な申し入れにも関わらず、時間を割いていただいてありがとうございます。それからカテリーナ、君にこれを」
「ありがとう。……どうかしたの?」
いきなり普通の婚約者らしい行為に及んだナジェークを、カテリーナは若干疑わしそうに眺めた。するとナジェークが苦笑気味に告げる。
「実は求婚の顛末を両親に話したら、盛大に叱責されてね。事前に話していなかったから」
「そうでしょうね……。事前に説明していたら、通常の良識をお持ちの方なら絶対止めていたと思うわ」
「だからカテリーナには、これからでも通常の恋人か婚約者に対する配慮をしろと、母上に厳命されてしまったものでね」
「一応、プロポーズの時も豪華な花瓶付きの花束持参だったけど。ありがたく頂くわ」
「それはどうも。今後はれっきとした婚約者だから大っぴらに贈るつもりだ。楽しみにしていてくれ」
花束を受け渡しながら言われた台詞に、カテリーナは不吉な予感を覚えた。
「ナジェーク……。あなた、限度と節度という言葉は知っているわよね?」
「一応は」
「一応?」
「ああ、一応」
(不安要素しかないのだけど……)
小声で会話しながらカテリーナが眉間にしわを寄せていると、既にシェーグレン公爵夫妻を先導して歩き始めていたジェフリーが声をかけてくる。
「カテリーナ。応接室に移動するぞ」
「はい! 今行きます!」
慌てて返事をしてから、前を歩く両親達と少し距離を取って歩き出したカテリーナは、並んで歩くナジェークに囁いた。
「ナジェーク。これ以上、変な事にはならないわよね?」
「変な事って、どういう事かな? 私はごく一般的な貴族の結婚の過程を踏襲しているつもりだが」
「家同士の正式な婚約締結からその披露が一月未満で、結婚式が三ヶ月未満なのは、間違っても一般的とは言わないのよ。それくらい、分かっているわよね?」
「ああ。だけど散々待たされたから、一刻も早く君と結婚したくてね」
「全く……。勝手に言っていなさい」
そこでいかにも照れ臭そうに笑いかけてきたナジェークに、カテリーナは僅かに動揺しながら言い返し、応接室に足を進めた。
そして全員が応接室に入り、両家が向かい合ってソファーに収まってから、シェーグレン公爵家の当主であるディグレスが軽く頭を下げながら申し出た。
「それでは、改めて申し入れさせていただきますが、我が息子ナジェークとご令嬢との結婚を認めていただき、ありがとうございます。加えて息子がかなり無茶な日程を組んで、そちらにお伝え済みとか。その時点で私どもはそれらを把握しておらず、そちらのご都合もお伺いせずに大変失礼いたしました」
「本当に、際限無く先走る息子で申し訳ございません。私どもは息子が漸く身を固める気になってくれたのが嬉しくて、この間にほぼ手配を整え済みですが、万が一そちらのご負担になるようであれば、どうぞ遠慮無く申し出てくださいませ。日程は幾らでも調整いたしますので」
「そうなのですか? ありがとうございます。それなら」
ディグレスに続いてミレディアが笑顔で口にした内容を聞いて、カテリーナは安堵しながら礼を言おうとした。しかしそれを遮るようにイーリスが言い出す。
「いえいえ、確かに急なお話ではありますが、私どもも諸々の手配の目処は立っております。どうぞお気遣いなく」
「そうですか? それを聞いて安心いたしました」
隣で予想外の発言をして、一見優雅な笑みを浮かべている母に、カテリーナは怪訝な顔で囁く。
「お母様? 日程を延ばしていただいた方がよろしいのではありませんか? 昨夜もあれほど」
「お黙りなさい」
「……はい」
笑顔はそのままに、冷えきった目と低い声で叱責されたカテリーナは、素直に口を閉じた。そこでジェフリーが、控え目にディグレスに問いかける。
「ところで、お伺いしたいことがあるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
「ご子息が娘に求婚した時、結婚後も近衛騎士としての勤務を続けるのを、公爵夫妻がお認めになっていると娘に伝えたそうなのですが……。それに相違ございませんか?」
「ええ、勿論そのつもりです。それが何か?」
「はぁ、そうですか……」
大真面目に頷かれ、更に不思議そうにディグレスから問い返されてしまったジェフリーは、言葉を失って口を閉ざした。そこで若干焦った声で、イーリスが食い下がる。
「あの! それでは次期公爵夫人としての社交活動とか、子供に関してはどうなさるおつもりですの!? 近衛騎士として勤務を続けるのであれば、色々と支障が出ると思うのですが!?」
しかしその問いかけに対して、ミレディアが事も無げに答えた。
「ご心配なく。私も主人も、まだまだ当主と当主夫人としての立場を譲る気などございませんもの。現にナジェークも官吏としての勤務をこなしつつ、必要最低限の社交活動はしております。領地運営も適切に管理者を見極めて大まかな方針を提示しつつ、必要とあればその都度詳細について指示しておりますので、これまでも全く問題ありませんでしたし。子供に関しては、さすがに妊娠したらこれまで通りの勤務はできないかと思います。ですが出産後一時休職しても職場復帰できるよう、それまでにナジェークがあらゆるツテとコネと謀略を駆使して、どうとでも根回しをしておくでしょう。ナジェーク、違うかしら?」
「勿論、そのつもりです」
「息子もこう申しておりますので、ご安心なさってくださいませ。ご令嬢には心置きなく、女性初の近衛騎士団団長を目指していただくつもりでおります」
「はぁ……」
「そうでございますか……」
(今の話のどこに、安心する要素があるのかしら? 寧ろお父様とお母様の不安の色が濃くなった気がするわ)
満面の笑みで断言したミレディアに、ジェフリーとイーリスは呆気に取られた表情になって絶句した。カテリーナも騎士団勤務を全面的に認めて貰えて感謝しかないものの、この場の微妙な空気をどうすれば良いのか分からず、途方に暮れる。するとミレディアが、笑顔のまま微妙に話題を変えてきた。
「本当に侯爵ご夫妻には、頭が下がる思いでおりますのよ? 今回ガロア侯爵家と縁続きになれて、大変嬉しく思っております」
いきなりそう言われたジェフリーとイーリスは、本気で当惑しながら問い返した。
「え?」
「あの……、そのように仰っていただけるのは光栄ですが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「それは勿論、ご令嬢を立派にお育てになられたからですわ。その他の理由など、あるわけがございません」
「………………」
(ええと……、公爵夫人は嫌みとかではなくて、本気で仰っておられるのよね?)
今までの自分の評判が微妙なものでしかない事を理解していたカテリーナは、内心で疑問に思った。それはジェフリーとイーリスも同様で、無言のまま顔を見合わせる。そんなガロア侯爵家側の戸惑いを知ってか知らずか、ミレディアがどこか遠い目をしながら語りだした。
「こんな事を口にしても信じていただけないかもしれませんが、私、子供の頃は官吏になろうと思っておりましたの。同様に妹は、大きくなったら騎士になると周囲に公言しておりましたわ」
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