その華の名は
(2)波及する心労
連れて行かれたイーリスの部屋では何人かの使用人達が作業に没頭しており、カテリーナは早速母と共に招待客の選別や、衣装を含めた諸々の話し合いに取り組んだ。そして夜も遅くなってから「今日はここまでにします」とのイーリスの裁定により、カテリーナはようやく解放されて自室に戻った。
「ああ、今回はルイザが付いてくれるのね……」
ドアを開けると、室内で待機していた義姉付きのメイドを見て、カテリーナは安堵しながら声をかけた。対するルイザは、心底同情するような口調で応じる。
「お疲れさまです、カテリーナ様。お湯の準備はできておりますから、湯あみを済ませてすぐに休まれた方がよろしいですよ? 明日も朝から予定が詰まっていますから。午後にシェーグレン公爵夫妻をお出迎えしなければいけませんし」
「ありがとう、そうするわ。予定も聞かされたから。それにしても……、もしかしてお母様は、ナジェークがここに出向いてからずっとあんな調子なのかしら?」
その問いかけに、ルイザはカテリーナが寝る支度を整えながら正直に答えた。
「はい。奥様はあんな感じで矢継ぎ早に使用人達に指示を出されていて、屋敷中がピリピリしております。旦那様はナジェーク様がいらした当日は激昂しておりましたが、その翌日からは魂が抜けたように脱力しておられますし」
「そうね……、一目見て覇気が無いとは思ったけど。どうしてかしら?」
「それはまあ……、カテリーナ様を知らぬ間に盗られたのに加えて、その相手の若造にいいようにあしらわれたのが、相当ショックだったのだろうと推察いたします」
「盗られたって言っても……」
「カテリーナ様がご両親が全く預かり知らぬ所でナジェーク様の求婚を受けて、それに了承の返事をしてしまいましたもの。しかも衆人環視の中で行われたとあっては秘密裏に揉み消すわけにもいかず、ここで旦那様達が反対しようものなら両陛下のご意向を無視した挙げ句、シェーグレン公爵家を敵に回してしまいます。向こうの申し入れの日程通り、婚儀まで進めるしかありません。……旦那様と奥様の心労をお察しします」
「なんだか、私が諸悪の根源のように聞こえるのだけど……」
沈痛な面持ちで語られて、カテリーナは思わず憮然となりながら呟いた。その途端、ルイザが真顔になって語気強く断言してくる。
「カテリーナ様、ご安心ください。私は諸悪の根源がナジェーク様だと、熟知しております。ええ、決して、この度の旦那様と奥様の心労が、カテリーナ様のせいなどとは思いませんわ」
「……ありがとう、ルイザ。涙が出そうだわ」
自分に非はないと言ってくれたのは嬉しいものの、そんな人間が自分の結婚相手というのはどうなのだろうかと考えてしまったカテリーナは、少々強引に話題を変えた。
「ところでジュール兄様とリサ義姉様はお部屋かしら? 帰宅してから、まだご挨拶をしていないのだけど」
「お二人はただいま書斎にて、婚礼やその他諸々の業務に忙殺されております。奥様が『この際、あなた達にできそうな事は全て任せるから、社交や領地運営に関わる事を実地で勉強なさい。何か失敗しても状況が状況だし、大抵の方は笑って許してくださるわ』と無茶ぶりをいたしまして。予想外に旦那様があの状態で、使い物にならないものですから……」
そこでルイザがいかにも困ったものだと言わんばかりに深い溜め息を吐き、カテリーナの顔が無意識に引き攣る。
「『使い物にならない』って……。あのね、ルイザ」
「とにかく、早くお休みになって少しでも英気をやしなっておかないと、明日が大変ですよ? ジュール様達には、明日の朝食時にご挨拶すればよろしいでしょう。お二人の集中力を断つのは申し訳ないと思いますし、帰宅の挨拶が遅れたくらいで気分を害する方々ではありませんから」
「そうね……、本当にお忙しそうだし、そうするわ」
言いたいことがあったものの、ルイザに真顔で進言されたカテリーナは素直に頷き、そのまま寝る支度を進めることにした。
「ああ、今回はルイザが付いてくれるのね……」
ドアを開けると、室内で待機していた義姉付きのメイドを見て、カテリーナは安堵しながら声をかけた。対するルイザは、心底同情するような口調で応じる。
「お疲れさまです、カテリーナ様。お湯の準備はできておりますから、湯あみを済ませてすぐに休まれた方がよろしいですよ? 明日も朝から予定が詰まっていますから。午後にシェーグレン公爵夫妻をお出迎えしなければいけませんし」
「ありがとう、そうするわ。予定も聞かされたから。それにしても……、もしかしてお母様は、ナジェークがここに出向いてからずっとあんな調子なのかしら?」
その問いかけに、ルイザはカテリーナが寝る支度を整えながら正直に答えた。
「はい。奥様はあんな感じで矢継ぎ早に使用人達に指示を出されていて、屋敷中がピリピリしております。旦那様はナジェーク様がいらした当日は激昂しておりましたが、その翌日からは魂が抜けたように脱力しておられますし」
「そうね……、一目見て覇気が無いとは思ったけど。どうしてかしら?」
「それはまあ……、カテリーナ様を知らぬ間に盗られたのに加えて、その相手の若造にいいようにあしらわれたのが、相当ショックだったのだろうと推察いたします」
「盗られたって言っても……」
「カテリーナ様がご両親が全く預かり知らぬ所でナジェーク様の求婚を受けて、それに了承の返事をしてしまいましたもの。しかも衆人環視の中で行われたとあっては秘密裏に揉み消すわけにもいかず、ここで旦那様達が反対しようものなら両陛下のご意向を無視した挙げ句、シェーグレン公爵家を敵に回してしまいます。向こうの申し入れの日程通り、婚儀まで進めるしかありません。……旦那様と奥様の心労をお察しします」
「なんだか、私が諸悪の根源のように聞こえるのだけど……」
沈痛な面持ちで語られて、カテリーナは思わず憮然となりながら呟いた。その途端、ルイザが真顔になって語気強く断言してくる。
「カテリーナ様、ご安心ください。私は諸悪の根源がナジェーク様だと、熟知しております。ええ、決して、この度の旦那様と奥様の心労が、カテリーナ様のせいなどとは思いませんわ」
「……ありがとう、ルイザ。涙が出そうだわ」
自分に非はないと言ってくれたのは嬉しいものの、そんな人間が自分の結婚相手というのはどうなのだろうかと考えてしまったカテリーナは、少々強引に話題を変えた。
「ところでジュール兄様とリサ義姉様はお部屋かしら? 帰宅してから、まだご挨拶をしていないのだけど」
「お二人はただいま書斎にて、婚礼やその他諸々の業務に忙殺されております。奥様が『この際、あなた達にできそうな事は全て任せるから、社交や領地運営に関わる事を実地で勉強なさい。何か失敗しても状況が状況だし、大抵の方は笑って許してくださるわ』と無茶ぶりをいたしまして。予想外に旦那様があの状態で、使い物にならないものですから……」
そこでルイザがいかにも困ったものだと言わんばかりに深い溜め息を吐き、カテリーナの顔が無意識に引き攣る。
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