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その華の名は

篠原皐月

(18)カテリーナ受難の日

 遅番に必要事項を引き継ぎ、同僚達と詰め所に戻ったカテリーナは、他の警備場所から引き上げてきた者達と一緒に、隊長であるユリーゼの話に耳を傾けていた。


「それでは、今日の業務はこれまでです。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
 ユリーゼの話の間、隊員達は整然と並んでいが、彼女が業務終了の宣言をした直後、殆どの者がカテリーナに詰め寄って声高に問い質し始める。


「カテリーナ、ちょっと待って!」
「勤務は終わったし、きちんと話して貰うわよ!?」
「一体、どういう事ですか!?」
「どういう事かと言われても……」
 本気で閉口したカテリーナだったが、ここで前触れなくジャスティンが現れた。


「失礼する。カテリーナ・ヴァン・ガロアはいるか?」
 ジャスティンがドアを開けて呼び掛けてきたことで、カテリーナ達は驚いて振り返った。


「え? ジャスティン隊長!?」
「お疲れ様です!」
「ああ、皆もお疲れ様。俺も今、勤務が終わったところでね。ちょっとそこの妹に話があるので、連れていっても良いかな?」
「はい、どうぞ……」
「カテリーナ、また後で……」
「ええ」
 まさか隊長である上に、カテリーナの実兄である彼を押し退けて尋問したりはできないと、同僚達は顔を見合わせながらおとなしく引き下がった。するとジャスティンは、カテリーナを促して廊下を歩き出す。


「あの……、ジャスティン兄様?」
「人目があるから、プライベートだが隊長室を使う」
「そうですか……」
 無言で進むジャスティンの背中にカテリーナが声をかけると、若干不機嫌そうな声が返ってくる。それで、カテリーナは余計な事は言わない方がよいと判断し、おとなしく後について行った。


「さて、ここなら取り敢えず大丈夫だな」
 自分に与えられている隊長室にやって来ると、ジャスティンは廊下に人影がないのを確認してからドアを閉めて鍵をかけた。そしてカテリーナに椅子を勧め、ジャスティンも机を挟んで自分の椅子に座る。


「カテリーナ。何やら今日の昼に食堂で、官吏で王太子筆頭補佐官の某公爵令息と、近衛騎士である某侯爵令嬢との間で、非常に面白くて興味深いいやり取りがあったらしいな。生憎私はその場に居合わせなかったが、カテリーナは直に見聞きして一部始終を熟知しているだろう? 是非とも詳細を教えて貰いたいな」
 早速皮肉まじりの問いかけをされたカテリーナは、それにうんざりしながら応じる。


「嫌みですよ、ジャスティン兄様。それでは一通り教えますが、事前に私には全く知らされていなかった事ですからね?」
「まあ、そうだろうな。一昨日が一昨日だし。それは理解しているつもりだ」
 一応断りを入れてから、カテリーナは順を追って話し出した。すると徐々にジャスティンの顔が強張り、カテリーナの話が終わる頃には、両手で頭を抱えて項垂れる。


「…………カテリーナ」
「はい。なんですか? ジャスティン兄様」
「奴は本当に、家族の前で女装したと思うか?」
「有言実行タイプだとは思います」
 考え込みながらカテリーナが答えると、ジャスティンは溜め息を吐いた。そして頭から手を離し、なんとか気を取り直したように顔を上げる。


「……取り敢えず、それは良いとしてだな」
「あまり良くないと思いますが」
「話を混ぜ返すな! お前が騎士団団長に就任と言うのは、なんの冗談だ!?」
 声を荒らげて叱りつけたたジャスティンだったが、一方のカテリーナは真顔で首を傾げた。


「考えてみたのですが……、それは単なる冗談でしょうか?」
「なんだと?」
「どうせ勤務を続けさせるなら、女団長就任を裏工作するのも面白そうだとか思っていそうです」
「正気か!?」
「そう言われても……。彼って、一見達成が難しいと思われる事ほど食指が動くし、執念を燃やすタイプみたいですから」
「勘弁してくれ……」
「とにかく私、そういうわけですから、結婚しても騎士団勤務は続けます」
 再び項垂れて呻いたジャスティンだったが、カテリーナがあっさり口にした内容について、盛大に異議を唱えた。


「いや、奴は構わないと言ってもだな! シェーグレン公爵家の意向もあるだろうが!」
 至極もっともなその主張を聞いて、カテリーナはある事を思い出す。


「あ、忘れていました。この前、ジャスティン兄様の家から帰る時、ナジェークに王宮まで送って貰いましたが、その時に私が騎士団勤務を続ける上で、シェーグレン公爵夫妻が提示した条件の一覧表を貰いました。一通り目を通して、了承の返事をしていますが」
「はぁ!? そんなやり取りがあったのか!? どうして俺に言わない!! というか俺は良いが、ジュール兄上や父上には伝えてあるんだろうな!?」
「……その時点で結婚云々の話が全く持ち上がっていないのに、そこまで踏み込んだ話をするのは不自然ですよね?」
「最悪だ……。今すぐ兄上と父上に説明に行ってこい!」
 血相を変えたジャスティンが叱りつけてきたが、当惑したカテリーナがそれに反論する。


「あの……、私、まだ屋敷に出入り禁止のままですけど……。のこのこ出向いて『結婚することになりました』と報告したら、それだけでお父様が激怒しませんか?」
 それを聞いたジャスティンは、頭をかきむしるような動作と共に、錯乱気味に叫んだ。


「うぁあぁっ! 今夜俺が行って、今日の事を洗いざらい説明する! 後から絶対に父上から呼び出しがかかると思うから、お前はその時は休暇をやりくりして即行出向け! あのナジェークの奴が明日にでも、いや、下手をすると今夜にでも屋敷に乗り込んで、食堂でのやり取りと同様のノリで、父上と母上に対してお前との結婚宣言をやりかねん!」
「ジャスティン兄様。幾らなんでもそれはないでしょう。彼はれっきとした公爵家の」
「非凡で非常識な公爵令息だな!」
「…………」
 ジャスティンを宥めようとしたカテリーナだったが、腹立たしげに言い返されておとなしく引き下がった。




「疲れた……。どうしてジャスティン兄様に、お説教される羽目になるのよ……」
 少ししてから解放されたカテリーナは、ぶつぶつと愚痴を零しながら寮に向かって行った。すると女子寮の前に、そこを管理している年配の女性が佇んでおり、カテリーナの姿を認めると嬉々として手を振りながら呼び掛けてくる。


「あ、カテリーナ!! こっちに来て!」
「……え? はい。どうかしましたか?」
 怪訝に思いながらもカテリーナが素直に歩み寄ると、一度室内に戻った女性は、すぐにある物を両手で抱えて戻ってきた。それを勢いよくカテリーナに向かって差し出す。


「お願いだから、早くこれを持って行って!!」
「あ、ナジェークが預けていったんですね。ご迷惑おかけしました。ありがとうござい……」
 色とりどりの大量の花が活けてある花瓶を受け取って納得したカテリーナだったが、何気なくその花瓶を眺めた彼女は、その異常さに気が付いて言葉を途切れさせた。


(ちょっと待って! 何、この繊細な作りと精密な柄の花瓶は!? しかも下品でない程度に、あちこちに埋め込まれているのは、本物の宝石よね!? これって単なる花瓶じゃなくて、もう美術品の類じゃないの!? どれくらいの価値がある物なのよ!?)
 カテリーナが顔色を変えていると、女性がぼろぼろと涙を流しながら独り言のように言い出す。


「良かった……。万が一にも落として壊したり、盗まれたりしたらどうしようかと……。午後ずっと、気が休まらなかったわ……」
「……ご迷惑おかけしました。それでは失礼します」
 辛うじて女性に謝罪の言葉を告げ、花瓶を抱えて自室に向かったカテリーナだったが、自室のドアの前ではリディアが待ち構えていた。


「カテリーナ! お昼にあいつが騎士団の食堂に出向いてきたそうだけど、一体全体どうなってるの!?」
「……リディア、お願い。ちゃんと一切合切説明するから、私に夕食を食べさせて」
 そこで憤怒の形相で詰め寄ってきたリディアに、カテリーナは情けない顔で懇願する羽目になったのだった。





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