その華の名は
(17)予想外の求婚
「結果を聞かないのか?」
「あぁ……、はいはい、結果ね。それほど言いたければ、どうぞご勝手に」
カテリーナが素っ気なく応じたが、ナジェークは特に気にする様子もなく、真顔で説明を始める。
「母上には『私の息子だからもう少しなんとかなるのかと思っていたけれど、意外に難しいものなのね』としみじみとした口調で嘆息され、偶々嫁ぎ先から訪ねて来ていた姉上には『実はあなたって、思っていた以上に楽しい子だったのね!』とお腹を抱えて爆笑され、妹には『金輪際、兄妹の縁を切らせて貰っても宜しいですか?』と冷えきった眼差しで切り捨てられ、父上には……」
(ちょっと待って。今の話は、対外的に吹聴するための真っ赤な作り話なのよね? まさか本当に本格的に女装して、家族や使用人達の前で披露したとか言わないわよね!? それに途中で止められたら、余計に気になるんだけど?)
不自然に話の途中で口を閉ざしたナジェークを見て、カテリーナは嫌な予感を覚えた。しかしこのままにしておけないため、話の続きを促してみる。
「それで? 公爵様の反応はどうだったの?」
「静かに私から目線を逸らして、そのまま無言で部屋を出ていかれた」
「……あら、そうですか」
(なんだか本当にやらかしたっぽい! 自分の屋敷内とはいえ、何をやっているのよ! そしてシェーグレン公爵様! これは確かにナジェークの独断専行ですが、半分は私の責任です! ご心労おかけして、誠に申し訳ございません!! 直にお会いした時に、深く深くお詫びいたします!!)
なんとか平静を装いながら応じたカテリーナだったが、心の中では未来の舅にひたすら詫びを入れていた。すると彼女の心情など全く察しないていない風情で、ナジェークが真顔で告げてくる。
「カテリーナ・ヴァン・ガロア。私は女装しても同性からの羨望の眼差しや、称賛の言葉を得ることはないと確信した。故に潔く、自らの負けを認めよう。君の勝ちだ。君の人間的魅力は、私のそれに遥かに勝る」
「ソレハドウモ、アリガトウゴザイマス……」
(聞いても全然嬉しくない褒め言葉はこれまでに何回か耳にしたことはあるけど、これは最大級だわ。できるのなら、人生最後にしたいわね)
ナジェークの台詞に応えたカテリーナのそれが、棒読み口調になった。しかしナジェークはそのまま話を続ける。
「これまでの人生の中で、私を完膚なきまでに叩きのめした女性は君だけだ。だから私の妻になれるのは、君くらいしかいない。結婚してくれ」
ナジェークが女装云々の話を始めてから食堂内は静まり返っており、特に声を張り上げたわけでもないその台詞は、かなりの広さがある室内の隅々にまで伝わった。
(こうくるのね……。なんかもう、テーブルに突っ伏して無視したい気分だけど、そうもいかないでしょうね。それに周囲の私のイメージだと、間違ってもここで「嬉しいわ、ありがとう」なんて笑顔で承諾する筈がないし。それに以前ナジェークに指摘された事もあるし、それに繋げる必要性を考えると、この場合の私の対応としては……)
激しく脱力しながらもカテリーナは考えを巡らせ、その結果、傍若無人な人間を装いながら問い返した。
「はぁ? 結婚ですって? あなたと? どうして私が? 馬鹿も休み休み言って頂戴」
「私が相手では不満かな?」
「結婚する必要性を感じないもの。れっきとした職はあるから、衣食住は保証されているし」
「そうすると、君は一生騎士団勤務を続けるつもりか?」
「そうよ? 悪い?」
「別に結婚しても、騎士団勤務は続けられるだろうが?」
「はぁ? あなた、何を言っているの?」
「騎士団を含めた王宮内勤務者の就業規則に『結婚したら退職すること』などという規定はない。そんな条文が存在していたら、官吏の大部分を占める既婚者は、規定違反者になる。女性がくだらない慣例として、自主的に結婚を機に退職しているだけだ」
ここで二人のやり取りを聞いた他の騎士達が、あちこちで何事かを囁き始めた。彼らが自分達の話に食いついてくれたのに満足しながら、カテリーナは話を続ける。
「それなら聞くけど、あなたは私が結婚後も騎士団勤務をしても構わないの?」
「何か支障があるのか? 私も公爵領の運営を信頼できる部下に任せているし、社交なども必要最低限であれば休暇を利用して対応できている」
「本気で言っているわけ?」
「この場で冗談を言わなければならない理由があるのか? ああ、それから、君が騎士団勤務を続ける上で、私と結婚する他の利点もある」
「どういう利点かしら?」
「二十年後には、私が宰相になる。その暁にはありとあらゆる手段を講じて、君の騎士団団長就任を後押ししよう」
「…………はい?」
少々調子に乗って話をしていたカテリーナだったが、ここでナジェークの語った内容に面食らった。加えて、先程までの囁き声よりもはっきりとしたざわめきが、室内のあちこちで生じる。
「……私が? 騎士団のトップ?」
「ああ」
「私、女性だけど?」
「君の男装は何度も目にしているが、君を男性だと思ったことは一度もない」
「それなのに団長?」
「私が把握している限り、団長が男性でならなければならないという規定はない」
唖然としながら問いを重ねていたカテリーナだったが、ナジェークが変わらず平然と答えていることで、段々笑いが込み上げてきた。
「そう……。言われてみれば、確かにそうかもね。隊長を通り越して、女性団長か。もの凄く斬新ね」
「そうだな。斬新で前代未聞だな」
「騎士団史に名前が残りそうね」
「確実に名前が残るな」
そこでナジェークとカテリーナは、如何にも楽しげに「あはは」「うふふ」と笑い合った。そしてカテリーナは、不敵な笑みを浮かべながら居丈高に告げる。
「分かったわ。それならあなたと結婚してあげようじゃない」
その宣言に、ナジェークは真顔で頷いた。
「よし、話は決まった。諸々は私の方で進めるので、君は通常勤務を続けていて構わない」
「それは助かるけど、目下の問題はその花束ね。これから勤務なのだけど」
「寮の管理人に預けておく。それを見越して、この木箱の中身は花瓶だ」
「至れり尽くせりでどうも」
「それでは失礼する。詳細はまた後で連絡する」
「はいはい、宜しくね」
淡々と別れを告げてきたナジェークを、カテリーナは適当に手で追い払い、中断していた食事を再開した。
「はぁ……、やっと落ち着いて食べられる……」
しかしそんなカテリーナに、周囲の者達が血相を変えて詰め寄る。
「ちょっとカテリーナ! 今のはなんなの!?」
「何って……、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンに求婚されて、了承したのだけど?」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
「女装とか結婚後も勤務とか団長とか!」
「もう、全然意味が分かりません!」
悲鳴じみた訴えをしてくる同僚達の心情は十分理解できたが、カテリーナはここで現実的な問題を口にする。
「気持ちは分かるけど、もうすぐ休憩が終わるわよ? 急いで食べないと、午後は空腹のまま勤務することになるけど?」
「くぅっ! 取り敢えず、急いで食べるわよ! 空腹のまま勤務はできないわ!」
「は、はいっ!」
「カテリーナさん! 後で絶対、詳しい話を聞かせてくださいね!」
「分かったから、ちゃんと食べて」
周囲が慌てて食べ進めるのを横目で見ながら、カテリーナは食堂内の様子を窺った。
「結婚しても勤務を続けるって……」
「女が団長だと?」
「しかも宰相って……」
「いや、あの二人だったらやるかも……」
(この雰囲気なら一両日中どころか、今日中に王宮内に噂が広がりそうね)
次第に広がるざわめきと自分に向けられている数多くの視線にうんざりしながらも、カテリーナは事ここに至って完全に腹を括った。
「あぁ……、はいはい、結果ね。それほど言いたければ、どうぞご勝手に」
カテリーナが素っ気なく応じたが、ナジェークは特に気にする様子もなく、真顔で説明を始める。
「母上には『私の息子だからもう少しなんとかなるのかと思っていたけれど、意外に難しいものなのね』としみじみとした口調で嘆息され、偶々嫁ぎ先から訪ねて来ていた姉上には『実はあなたって、思っていた以上に楽しい子だったのね!』とお腹を抱えて爆笑され、妹には『金輪際、兄妹の縁を切らせて貰っても宜しいですか?』と冷えきった眼差しで切り捨てられ、父上には……」
(ちょっと待って。今の話は、対外的に吹聴するための真っ赤な作り話なのよね? まさか本当に本格的に女装して、家族や使用人達の前で披露したとか言わないわよね!? それに途中で止められたら、余計に気になるんだけど?)
不自然に話の途中で口を閉ざしたナジェークを見て、カテリーナは嫌な予感を覚えた。しかしこのままにしておけないため、話の続きを促してみる。
「それで? 公爵様の反応はどうだったの?」
「静かに私から目線を逸らして、そのまま無言で部屋を出ていかれた」
「……あら、そうですか」
(なんだか本当にやらかしたっぽい! 自分の屋敷内とはいえ、何をやっているのよ! そしてシェーグレン公爵様! これは確かにナジェークの独断専行ですが、半分は私の責任です! ご心労おかけして、誠に申し訳ございません!! 直にお会いした時に、深く深くお詫びいたします!!)
なんとか平静を装いながら応じたカテリーナだったが、心の中では未来の舅にひたすら詫びを入れていた。すると彼女の心情など全く察しないていない風情で、ナジェークが真顔で告げてくる。
「カテリーナ・ヴァン・ガロア。私は女装しても同性からの羨望の眼差しや、称賛の言葉を得ることはないと確信した。故に潔く、自らの負けを認めよう。君の勝ちだ。君の人間的魅力は、私のそれに遥かに勝る」
「ソレハドウモ、アリガトウゴザイマス……」
(聞いても全然嬉しくない褒め言葉はこれまでに何回か耳にしたことはあるけど、これは最大級だわ。できるのなら、人生最後にしたいわね)
ナジェークの台詞に応えたカテリーナのそれが、棒読み口調になった。しかしナジェークはそのまま話を続ける。
「これまでの人生の中で、私を完膚なきまでに叩きのめした女性は君だけだ。だから私の妻になれるのは、君くらいしかいない。結婚してくれ」
ナジェークが女装云々の話を始めてから食堂内は静まり返っており、特に声を張り上げたわけでもないその台詞は、かなりの広さがある室内の隅々にまで伝わった。
(こうくるのね……。なんかもう、テーブルに突っ伏して無視したい気分だけど、そうもいかないでしょうね。それに周囲の私のイメージだと、間違ってもここで「嬉しいわ、ありがとう」なんて笑顔で承諾する筈がないし。それに以前ナジェークに指摘された事もあるし、それに繋げる必要性を考えると、この場合の私の対応としては……)
激しく脱力しながらもカテリーナは考えを巡らせ、その結果、傍若無人な人間を装いながら問い返した。
「はぁ? 結婚ですって? あなたと? どうして私が? 馬鹿も休み休み言って頂戴」
「私が相手では不満かな?」
「結婚する必要性を感じないもの。れっきとした職はあるから、衣食住は保証されているし」
「そうすると、君は一生騎士団勤務を続けるつもりか?」
「そうよ? 悪い?」
「別に結婚しても、騎士団勤務は続けられるだろうが?」
「はぁ? あなた、何を言っているの?」
「騎士団を含めた王宮内勤務者の就業規則に『結婚したら退職すること』などという規定はない。そんな条文が存在していたら、官吏の大部分を占める既婚者は、規定違反者になる。女性がくだらない慣例として、自主的に結婚を機に退職しているだけだ」
ここで二人のやり取りを聞いた他の騎士達が、あちこちで何事かを囁き始めた。彼らが自分達の話に食いついてくれたのに満足しながら、カテリーナは話を続ける。
「それなら聞くけど、あなたは私が結婚後も騎士団勤務をしても構わないの?」
「何か支障があるのか? 私も公爵領の運営を信頼できる部下に任せているし、社交なども必要最低限であれば休暇を利用して対応できている」
「本気で言っているわけ?」
「この場で冗談を言わなければならない理由があるのか? ああ、それから、君が騎士団勤務を続ける上で、私と結婚する他の利点もある」
「どういう利点かしら?」
「二十年後には、私が宰相になる。その暁にはありとあらゆる手段を講じて、君の騎士団団長就任を後押ししよう」
「…………はい?」
少々調子に乗って話をしていたカテリーナだったが、ここでナジェークの語った内容に面食らった。加えて、先程までの囁き声よりもはっきりとしたざわめきが、室内のあちこちで生じる。
「……私が? 騎士団のトップ?」
「ああ」
「私、女性だけど?」
「君の男装は何度も目にしているが、君を男性だと思ったことは一度もない」
「それなのに団長?」
「私が把握している限り、団長が男性でならなければならないという規定はない」
唖然としながら問いを重ねていたカテリーナだったが、ナジェークが変わらず平然と答えていることで、段々笑いが込み上げてきた。
「そう……。言われてみれば、確かにそうかもね。隊長を通り越して、女性団長か。もの凄く斬新ね」
「そうだな。斬新で前代未聞だな」
「騎士団史に名前が残りそうね」
「確実に名前が残るな」
そこでナジェークとカテリーナは、如何にも楽しげに「あはは」「うふふ」と笑い合った。そしてカテリーナは、不敵な笑みを浮かべながら居丈高に告げる。
「分かったわ。それならあなたと結婚してあげようじゃない」
その宣言に、ナジェークは真顔で頷いた。
「よし、話は決まった。諸々は私の方で進めるので、君は通常勤務を続けていて構わない」
「それは助かるけど、目下の問題はその花束ね。これから勤務なのだけど」
「寮の管理人に預けておく。それを見越して、この木箱の中身は花瓶だ」
「至れり尽くせりでどうも」
「それでは失礼する。詳細はまた後で連絡する」
「はいはい、宜しくね」
淡々と別れを告げてきたナジェークを、カテリーナは適当に手で追い払い、中断していた食事を再開した。
「はぁ……、やっと落ち着いて食べられる……」
しかしそんなカテリーナに、周囲の者達が血相を変えて詰め寄る。
「ちょっとカテリーナ! 今のはなんなの!?」
「何って……、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンに求婚されて、了承したのだけど?」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
「女装とか結婚後も勤務とか団長とか!」
「もう、全然意味が分かりません!」
悲鳴じみた訴えをしてくる同僚達の心情は十分理解できたが、カテリーナはここで現実的な問題を口にする。
「気持ちは分かるけど、もうすぐ休憩が終わるわよ? 急いで食べないと、午後は空腹のまま勤務することになるけど?」
「くぅっ! 取り敢えず、急いで食べるわよ! 空腹のまま勤務はできないわ!」
「は、はいっ!」
「カテリーナさん! 後で絶対、詳しい話を聞かせてくださいね!」
「分かったから、ちゃんと食べて」
周囲が慌てて食べ進めるのを横目で見ながら、カテリーナは食堂内の様子を窺った。
「結婚しても勤務を続けるって……」
「女が団長だと?」
「しかも宰相って……」
「いや、あの二人だったらやるかも……」
(この雰囲気なら一両日中どころか、今日中に王宮内に噂が広がりそうね)
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