その華の名は
(15)終わり良ければ全て良し?
少々のハプニングはあったものの、ティアド伯爵家の夜会はほぼ予定時刻通りに終了し、参加者は順番に伯爵夫妻に挨拶を済ませて玄関から出て行った。カテリーナ達も正面玄関で四人で待っていると、馬車寄せにガロア侯爵家の馬車と密かにナジェークが手配した馬車が続けてやって来る。来た時と同様に二台に分譲しようとしたカテリーナだったが、ここでジュールが声をかけてきた。
「カテリーナ。話したいことがあるから、私達の馬車に乗ってくれ。ジャスティンの家まで送ってから、私達は屋敷に帰るから」
「分かりました。それではジャスティン兄様、また後で」
「……ああ」
不思議に思いながらもカテリーナは頷き、ジャスティンに断りを入れてもう一方の馬車に乗り込んだ。そして御者に指示してからジュールも乗り込み、馬車が動き出す。
「ジュール兄様、お話とはなんでしょうか?」
「主に話したかったのは私よ。後半カテリーナは皆さんと踊っていて、話ができなかったから」
ジュールに代わってリサが答えたことで、カテリーナはすっかり恐縮して頭を下げた。
「そうでしたね……。できるだけリサ義姉様のフォローをすると言っていたのに、申し訳ありませんでした」
その謝罪に、リサは笑って応じる。
「それは良いのよ。カテリーナに終始付いて貰わなくても、大丈夫だったから」
「それなら良かったです」
「ダンスを踊ってカテリーナと別れた後、エセリア様とサビーネ様とまた合流したの。それから更に複数の方を交えて、主にアズール学術院構想についての話をしていたのよ」
「え? アズール学術院構想とは、なんの事でしょうか?」
「俺も初耳だが?」
そこでカテリーナだけではなく、ジュールも怪訝な顔になった。そんな二人に、リサは落ち着き払って説明を始める。
「エセリア様が一方的に婚約破棄されたことに対して、王家からの謝罪と慰謝料として伯爵位と領地を頂いたのだけど、そこに新たな研究機関を設けるつもりらしいの」
「それがアズール学術院ですか? クレランス学園みたいな物でしょうか?」
「いいえ、生徒を教育する場ではなく、実生活に役立つ技術や情報を集約して、それを改善や発展させて国内に広く普及提言させるつもりらしいわ」
「良く分からないが……。つまり、従来のような学術的な研究を進めるのではなく、実際の生産や生活向上に役立つ内容を研究するということか?」
「簡単に言うとそうね」
「はあ……、どうしてそのような物を、エセリア様は創設しようとしているのですか?」
素朴な疑問をカテリーナは口にしたが、リサはにこやかにそれに答えた。
「国内の生産性を向上させ、地域格差を改善するためよ。もうその崇高な志を聞いただけで、私より若いのに遥かに聡明なエセリア様に心酔してしまったわ」
「そうでしたか……」
「本当にそんな事ができるのか?」
「勿論エセリア様は、本気で実現させるつもりだわ。だから周囲の皆様に、その構想をお話ししていたのだもの。皆さんも初耳のお話だったから、私も率直に意見交換できたの」
(なるほど。他の方も同じ条件であれば、お義姉様が臆することなく話せるわけね。それを見越して話題に出してくれた面もあるのかしら? さすがはエセリア様だわ)
カテリーナは納得したが、ジュールはまだ幾分懐疑的な表情のまま尋ねた。
「リサ? 意見交換と言っても、お前がどんな事を言ったんだ?」
「アズール学術院は、人々の生活に役立つ実学を発展させるのを目的にする所でしょう? だからエセリア様は、各自の領地で独特の工作技術や栽培方法、治療法や土木技術等があれば、情報を頂きたいとお願いされていたのよ。だからガントルの辺りでされている転作の話や、時々堤防の補強や保全をお願いしているルカストさんの話をしたの」
「ああ……、なるほど。確かにそれなら、その学術院の趣旨に合いそうだな……。他にも幾つかありそうだ。ほら、ニルヴァでの加工技術とかルードンの街道のこととか」
「勿論、それについてもお話ししたわ。そうしたらエセリア様から『リサ様のように積極的に提案してくださると、とても助かります。アズール学術院が本格稼働したら、ご協力していただくと助かります』と言ってくださって。そうしたら周りの皆様が『私達もリサ様のように、自らの領地の情報収集を心がけていかなくてはいけませんわね』と言い出して、却って恐縮してしまったわ」
「そうか……。俺達は単に、長く領地にいただけなのにな。だからエセリア様は、敢えてリサが会話に混ざりやすいように配慮してくださったのだろうな。俺たちよりかなり年下であるのに、そのような気配りができるとは。さすがに王太子殿下の婚約者に選定された方だけのことはある」
「本当にそうよね! それなのにそんなエセリア様に見当違いの難癖をつけて、一方的に婚約破棄をした元王太子って馬鹿じゃないの!? そんなのが国王にならなくて、本当に良かったわよね! 思い出したら本当に腹が立ってきたわ!」
夫婦で話し込んでいるうちに怒りをぶり返したらしいリサを、ジュールは苦笑しながら宥めた。
「リサ、落ち着け。カテリーナが驚いている」
「あ……、ごめんなさい、カテリーナ。つい一人で興奮してしまって」
「いえ、お義姉様がエセリア様をすっかり崇拝しているのが、良く分かりましたから」
苦笑しながらカテリーナが応じ、それで気を取り直したらしいリサが、真顔になって話を続ける。
「それで話を戻すけど、エセリア様に引き合わせてくれたカテリーナに、どうしても今日のうちにきちんとお礼を言いたかったの。今日一日で色々目が覚めたし、頑張る目標もできたわ。エセリア様のようにはできないけれど、あの方とカテリーナを通じて縁戚になるからには、まず自らを恥じないように努力を続けることを誓うわ」
「そうだな……。俺も、自らの目指す方向性が明確になった気がする。俺は確かに兄上の代わりだが、兄上にできなかった事を俺がやり遂げるだけだ。ナジェーク殿とエセリア様を目の当たりにして、それを実感できた。あの二人に引き合わせてくれたカテリーナには、俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「ジュール兄様もリサ義姉様も、大袈裟すぎますから」
真剣な表情の兄夫婦から揃って頭を下げられたカテリーナは、自分では大したことはしていないとの思いがあり、本気で恐縮する羽目になった。
「それではカテリーナ、また近々顔を合わせることになると思うが」
「お義父様とお義母様がカテリーナの縁談を耳にしたら、どんな顔をされるのか楽しみだわ。それではお休みなさい」
「はい、お疲れ様でした」
ジャスティンの家の前で馬車から降り、ジュールとリサを乗せた馬車を見送りながら、カテリーナはしみじみとした口調で独り言を呟いた。
「お義姉様も、言うようになったわね。色々吹っ切れたみたいで良かったわ」
「……ああ、確かにそっちは良かったな。さっさと中に入れ」
背後から怒りを内包したジャスティンの声が聞こえてきたことで、カテリーナはゆっくり振り返りながら神妙に申し出る。
「ええと……、今夜はこちらに泊めて貰う予定でしたが、やはり申し訳ないので寮に戻ろうかと……」
「普段身につけない正装姿で? この夜に徒歩で王宮まで戻ると? それに正門はとっくに閉まっているし、寮の門限も当然過ぎているよな?」
「……一晩、お世話になります」
あっさり退路を断たれたカテリーナは、がっくりと肩を落とした。すると目の前のドアが開いて、困惑顔のタリアが現れる。
「ジャスティンどうかしたの? 馬車は行った筈なのに、なかなか中に入ってこないから……。え? カテリーナ、ドレスはどうしたの?」
「ええと、それがですね」
出発時と異なる服装のカテリーナに、タリアは目を丸くした。カテリーナがそれに答える前に、ジャスティンが仏頂面で指示を出す。
「タリア、悪いが茶を二杯濃いめで淹れてくれ。それが済んだら、先に寝てくれて良いから」
「……分かったわ。ちょっと待ってね」
「さあ、カテリーナ。夜は長いから、今夜は兄妹水入らずでじっくり話をしようか」
「……はい」
これは下手に問い質さない方がよいと判断したタリアは、おとなしく奥に引っ込んだ。続けて不気味な笑みを浮かべたジャスティンに促され、カテリーナは溜め息を吐いて家の中に入ったのだった。
「カテリーナ。話したいことがあるから、私達の馬車に乗ってくれ。ジャスティンの家まで送ってから、私達は屋敷に帰るから」
「分かりました。それではジャスティン兄様、また後で」
「……ああ」
不思議に思いながらもカテリーナは頷き、ジャスティンに断りを入れてもう一方の馬車に乗り込んだ。そして御者に指示してからジュールも乗り込み、馬車が動き出す。
「ジュール兄様、お話とはなんでしょうか?」
「主に話したかったのは私よ。後半カテリーナは皆さんと踊っていて、話ができなかったから」
ジュールに代わってリサが答えたことで、カテリーナはすっかり恐縮して頭を下げた。
「そうでしたね……。できるだけリサ義姉様のフォローをすると言っていたのに、申し訳ありませんでした」
その謝罪に、リサは笑って応じる。
「それは良いのよ。カテリーナに終始付いて貰わなくても、大丈夫だったから」
「それなら良かったです」
「ダンスを踊ってカテリーナと別れた後、エセリア様とサビーネ様とまた合流したの。それから更に複数の方を交えて、主にアズール学術院構想についての話をしていたのよ」
「え? アズール学術院構想とは、なんの事でしょうか?」
「俺も初耳だが?」
そこでカテリーナだけではなく、ジュールも怪訝な顔になった。そんな二人に、リサは落ち着き払って説明を始める。
「エセリア様が一方的に婚約破棄されたことに対して、王家からの謝罪と慰謝料として伯爵位と領地を頂いたのだけど、そこに新たな研究機関を設けるつもりらしいの」
「それがアズール学術院ですか? クレランス学園みたいな物でしょうか?」
「いいえ、生徒を教育する場ではなく、実生活に役立つ技術や情報を集約して、それを改善や発展させて国内に広く普及提言させるつもりらしいわ」
「良く分からないが……。つまり、従来のような学術的な研究を進めるのではなく、実際の生産や生活向上に役立つ内容を研究するということか?」
「簡単に言うとそうね」
「はあ……、どうしてそのような物を、エセリア様は創設しようとしているのですか?」
素朴な疑問をカテリーナは口にしたが、リサはにこやかにそれに答えた。
「国内の生産性を向上させ、地域格差を改善するためよ。もうその崇高な志を聞いただけで、私より若いのに遥かに聡明なエセリア様に心酔してしまったわ」
「そうでしたか……」
「本当にそんな事ができるのか?」
「勿論エセリア様は、本気で実現させるつもりだわ。だから周囲の皆様に、その構想をお話ししていたのだもの。皆さんも初耳のお話だったから、私も率直に意見交換できたの」
(なるほど。他の方も同じ条件であれば、お義姉様が臆することなく話せるわけね。それを見越して話題に出してくれた面もあるのかしら? さすがはエセリア様だわ)
カテリーナは納得したが、ジュールはまだ幾分懐疑的な表情のまま尋ねた。
「リサ? 意見交換と言っても、お前がどんな事を言ったんだ?」
「アズール学術院は、人々の生活に役立つ実学を発展させるのを目的にする所でしょう? だからエセリア様は、各自の領地で独特の工作技術や栽培方法、治療法や土木技術等があれば、情報を頂きたいとお願いされていたのよ。だからガントルの辺りでされている転作の話や、時々堤防の補強や保全をお願いしているルカストさんの話をしたの」
「ああ……、なるほど。確かにそれなら、その学術院の趣旨に合いそうだな……。他にも幾つかありそうだ。ほら、ニルヴァでの加工技術とかルードンの街道のこととか」
「勿論、それについてもお話ししたわ。そうしたらエセリア様から『リサ様のように積極的に提案してくださると、とても助かります。アズール学術院が本格稼働したら、ご協力していただくと助かります』と言ってくださって。そうしたら周りの皆様が『私達もリサ様のように、自らの領地の情報収集を心がけていかなくてはいけませんわね』と言い出して、却って恐縮してしまったわ」
「そうか……。俺達は単に、長く領地にいただけなのにな。だからエセリア様は、敢えてリサが会話に混ざりやすいように配慮してくださったのだろうな。俺たちよりかなり年下であるのに、そのような気配りができるとは。さすがに王太子殿下の婚約者に選定された方だけのことはある」
「本当にそうよね! それなのにそんなエセリア様に見当違いの難癖をつけて、一方的に婚約破棄をした元王太子って馬鹿じゃないの!? そんなのが国王にならなくて、本当に良かったわよね! 思い出したら本当に腹が立ってきたわ!」
夫婦で話し込んでいるうちに怒りをぶり返したらしいリサを、ジュールは苦笑しながら宥めた。
「リサ、落ち着け。カテリーナが驚いている」
「あ……、ごめんなさい、カテリーナ。つい一人で興奮してしまって」
「いえ、お義姉様がエセリア様をすっかり崇拝しているのが、良く分かりましたから」
苦笑しながらカテリーナが応じ、それで気を取り直したらしいリサが、真顔になって話を続ける。
「それで話を戻すけど、エセリア様に引き合わせてくれたカテリーナに、どうしても今日のうちにきちんとお礼を言いたかったの。今日一日で色々目が覚めたし、頑張る目標もできたわ。エセリア様のようにはできないけれど、あの方とカテリーナを通じて縁戚になるからには、まず自らを恥じないように努力を続けることを誓うわ」
「そうだな……。俺も、自らの目指す方向性が明確になった気がする。俺は確かに兄上の代わりだが、兄上にできなかった事を俺がやり遂げるだけだ。ナジェーク殿とエセリア様を目の当たりにして、それを実感できた。あの二人に引き合わせてくれたカテリーナには、俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「ジュール兄様もリサ義姉様も、大袈裟すぎますから」
真剣な表情の兄夫婦から揃って頭を下げられたカテリーナは、自分では大したことはしていないとの思いがあり、本気で恐縮する羽目になった。
「それではカテリーナ、また近々顔を合わせることになると思うが」
「お義父様とお義母様がカテリーナの縁談を耳にしたら、どんな顔をされるのか楽しみだわ。それではお休みなさい」
「はい、お疲れ様でした」
ジャスティンの家の前で馬車から降り、ジュールとリサを乗せた馬車を見送りながら、カテリーナはしみじみとした口調で独り言を呟いた。
「お義姉様も、言うようになったわね。色々吹っ切れたみたいで良かったわ」
「……ああ、確かにそっちは良かったな。さっさと中に入れ」
背後から怒りを内包したジャスティンの声が聞こえてきたことで、カテリーナはゆっくり振り返りながら神妙に申し出る。
「ええと……、今夜はこちらに泊めて貰う予定でしたが、やはり申し訳ないので寮に戻ろうかと……」
「普段身につけない正装姿で? この夜に徒歩で王宮まで戻ると? それに正門はとっくに閉まっているし、寮の門限も当然過ぎているよな?」
「……一晩、お世話になります」
あっさり退路を断たれたカテリーナは、がっくりと肩を落とした。すると目の前のドアが開いて、困惑顔のタリアが現れる。
「ジャスティンどうかしたの? 馬車は行った筈なのに、なかなか中に入ってこないから……。え? カテリーナ、ドレスはどうしたの?」
「ええと、それがですね」
出発時と異なる服装のカテリーナに、タリアは目を丸くした。カテリーナがそれに答える前に、ジャスティンが仏頂面で指示を出す。
「タリア、悪いが茶を二杯濃いめで淹れてくれ。それが済んだら、先に寝てくれて良いから」
「……分かったわ。ちょっと待ってね」
「さあ、カテリーナ。夜は長いから、今夜は兄妹水入らずでじっくり話をしようか」
「……はい」
これは下手に問い質さない方がよいと判断したタリアは、おとなしく奥に引っ込んだ。続けて不気味な笑みを浮かべたジャスティンに促され、カテリーナは溜め息を吐いて家の中に入ったのだった。
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