その華の名は
(14)予想外の切り返し
「カテリーナ様! 踊っていただいて、とても楽しかったです!」
「それは良かったです。皆さんに喜んでいただけて、私も嬉しいです」
かなりの時間をかけて、自分とのダンスを希望する女性全員と踊り終えたカテリーナだったが、踊り始めた場所に戻ると、複数の女性に再度ダンスをせがまれた。
「カテリーナ様! もう一度踊っていただけますか?」
「そうですわね、是非!」
しかしその申し出に対し、カテリーナは如何にも申し訳なさそうに断りを入れる。
「そうしたいのは山々なのですが……、夜会もそろそろ終了の時刻かと。そうなると二回目を希望する方の途中でお開きになる可能性がありますので、踊れなかった方に申し訳ない事態になりますから」
それを聞いた女性達は互いの顔を見合わせ、確かに不公平な状態で終わるのは問題だろうと、納得して頷いた。
「それもそうですわね」
「残念ですが、久し振りにカテリーナ様と踊れただけで、満足しておきましょう」
「カテリーナ様もお疲れでしょうし」
「いえ、勤務中はずっと立っていることもありますし、ダンス程度の動きの方が疲れない場合もありますね」
「そうなのですか?」
「そういえばカテリーナ様のお仕事について、これまで詳しくお伺いしたことはなかったかもしれませんわ」
「この機会に近衛騎士団のお仕事について、お話ししていただけませんか?」
「皆様からすると、たいして面白くない内容だとは思いますが。それでよければ喜んで」
それから女性達はカテリーナを囲み、彼女の仕事についての話に耳を傾けていたが、そこに穏やかな口調で割って入ってきた者がいた。
「やあ、相変わらず盛況だね。男装する女性は珍しいから、その姿を披露するだけで周囲から褒めそやされて、大層気分が良いだろうね」
「……え? ナジェーク様?」
「なにやらいつもとは違って、言い方に少々棘があるような……」
ナジェークが皮肉げに声をかけてきたことで、周囲の女性達は困惑顔で囁き合った。しかしカテリーナは、笑顔のまま平然と言葉を返す。
「そうですわね。私は自分の容姿に満足して、誰彼構わず他人を見下す趣味はございませんので」
「あの……、カテリーナ様?」
「そんな風に、当て擦るように仰られては……」
カテリーナの物言いに、はっきりとした嘲笑の響きを感じ取った周囲は僅かに狼狽したが、ナジェークは薄笑いのまま話を続けた。
「君は、何か誤解をしていないか? 私は別に、他人を見下しているつもりはないが?」
「そうですね。別に見下してはおりませんわね。あなたが男性も女性も相手にしていないだけで。でも今現在の状況を正確に表現すると、あなたが相手にしていないのではなく、相手にされないと言った方が良いかもしれませんが」
「どういう意味かな?」
「言葉通りの意味ですわ。私は以前より怪力暴力女の風評が流れても、定期的に縁談が持ち込まれていましたもの。さらに殿方だけではなく、今現在ご覧のように女性の皆様にも大変好かれております。真に他人に好かれる人間というのは異性にだけ持て囃されることではなく、同姓の方々にも好かれる人物のことではありませんか?」
「そうすると君は自分自身を、相当魅力があって人気がある人間だと思っているのか?」
「少なくても、あなたよりはそうだと思っていますが。あなたは殿方に好かれてはいませんし、最近は女性達にもご遠慮されているみたいですものね?」
「ほう? なるほど。それはそれは……」
辛辣すぎるカテリーナの台詞と、得体のしれない不気味な雰囲気を醸し出し始めたナジェークを見て、周囲の女性達は揃って顔色を変えた。
「どうしましょう……。何やら二人の空気が微妙なことに……」
「どちらも笑顔だけど、なんとなく目が怖いわ」
「エセリア様かフィリス様を、こちらにお呼びしましょうか?」
(さあ、どうするの? ただでさえ男装して踊りまくって人目を引いておいた上に、このやり取りで夜会の参加者全員が私達に注意を向けている状態よね? これでどう劇的な展開に持ち込むのか、やってみて貰おうじゃない。これに懲りて少しは私に事前に説明するように、態度を改めてよね。秘密主義は撤回して貰うわよ?)
女性達が小声で相談しているのを聞きながら、カテリーナはナジェークがどう対応するつもりなのかと内心で面白がっていた。するとナジェークが、おかしそうに笑いながら予想外のことを言い出す。
「なるほど……。確かに、君の主張には一理あるな」
「え? 何の事かしら?」
唐突に言われた台詞の意味が全く分からなかったカテリーナは、本気で問い返した。するとナジェークが淡々と説明してくる。
「先程言っただろう。異性に褒めそやされるだけではなく同性にも好ましく思われる者が、真に魅力的な人間だと」
「そうですね。確かにそのようなことを言いましたね……」
「だから女性に好かれている自分より、私の人間的魅力が劣っていると主張したわけだ」
「そう、なりますわね……」
「よし、その挑戦を受けよう、カテリーナ・ヴァン・ガロア」
「え? いきなり挑戦と言われても……、一体、何を言っているの?」
カテリーナは、ものすごく嫌な予感を覚えながら尋ねた。すると予想の斜め上の事を、ナジェークが真顔で主張してくる。
「要は、君が男装して女性達に持て囃された場合より、私が女装して男性に賞賛されれば、私の人間的魅力の方が上だと証明できるわけだ」
「………………はい?」
大真面目に断言されたが、カテリーナは言われた内容が咄嗟に理解できずに固まった。同様に会場中が静まり返る中、実に堂々としたナジェークの主張が続く。
「常々公言している通り、私は自分の容姿に十分な自信がある。君の男装より私の女装の方が万人受けすると証明して、君の主張を覆してみせようじゃないか。期待していてくれたまえ。それでは失礼する」
「……え? あの、ちょっと! あなた、何を言ってるの!」
言うだけ言って踵を返したナジェークを、カテリーナは一瞬遅れて引き止めようとした。しかしナジェークはそのまま遠ざかり、その行く手に鬼の形相をしたエセリアが立ち塞がる。
「お兄様! いきなり、何を馬鹿な事を口にしているんですか!?」
「さあ、エセリア。そろそろお開きの時間だろうし、ティアド伯爵夫妻にご挨拶して帰ろうか」
「何を爽やかに言っているんですか!? この微妙な空気を、どうするつもりですか! 和やかな場を粉砕するなど、主催者に失礼ですよ!」
「フィリス夫人には大変ご満足いただけたみたいだし、構わないのではないか?」
「フィリス様……」
がっくりと肩を落としたエセリアの視線の先にカテリーナが目を向けると、盛大に顔を引き攣らせた伯爵家当主であるランドルフと、その隣でしゃがみこんでお腹を抱えて必死に笑いを堪えているフィリスを認めた。
(うわぁ……、団長。ろくでもない話になってしまって、本当に申し訳ありません。まさかナジェークがあんな切り返しをしてくるなんて……。フィリスおばさまには面白がっていただいたみたいだから、まあ、良かったかしらね……)
そんなことを考えながらカテリーナが遠い目をしているうちに、ナジェークとエセリアは当主夫妻に挨拶を済ませ、早々に退出していった。
「カテリーナ……」
ふいに背後から地を這うような声が聞こえたことで、カテリーナは慌てて振り返った。
「あ、あら? ジャスティン兄様。ごめんなさい。ずっと皆様と踊っていて、すっかり兄様を放置していて」
「そんな事より、さっきのあれは何だ!?」
「そう言われても……、私は事前に全く話を聞いていなかったし……」
「必要以上に挑発したのはお前だよな!? ご丁寧に騎士団の正装まで準備して!」
「まあ……、それは確かに、認めますけど……」
「本当に、ナジェークに女装なんかさせるつもりかお前は!? シェーグレン公爵を怒らせたらどうする気だ!?」
「そんなことを言われても! 私がしろと言ったわけではなくて、向こうが自分で口にしてきたのよ!?」
「それをすぐに止めさせるのが、お前の役目だろうが!」
「一体何をどうやって!? しかも言うだけ言って、さっさと帰ってしまったし!」
兄妹の精一杯声を潜めての激論は、ジュールとリサが慌てて割って入って二人を宥めるまで続いたのだった。
「それは良かったです。皆さんに喜んでいただけて、私も嬉しいです」
かなりの時間をかけて、自分とのダンスを希望する女性全員と踊り終えたカテリーナだったが、踊り始めた場所に戻ると、複数の女性に再度ダンスをせがまれた。
「カテリーナ様! もう一度踊っていただけますか?」
「そうですわね、是非!」
しかしその申し出に対し、カテリーナは如何にも申し訳なさそうに断りを入れる。
「そうしたいのは山々なのですが……、夜会もそろそろ終了の時刻かと。そうなると二回目を希望する方の途中でお開きになる可能性がありますので、踊れなかった方に申し訳ない事態になりますから」
それを聞いた女性達は互いの顔を見合わせ、確かに不公平な状態で終わるのは問題だろうと、納得して頷いた。
「それもそうですわね」
「残念ですが、久し振りにカテリーナ様と踊れただけで、満足しておきましょう」
「カテリーナ様もお疲れでしょうし」
「いえ、勤務中はずっと立っていることもありますし、ダンス程度の動きの方が疲れない場合もありますね」
「そうなのですか?」
「そういえばカテリーナ様のお仕事について、これまで詳しくお伺いしたことはなかったかもしれませんわ」
「この機会に近衛騎士団のお仕事について、お話ししていただけませんか?」
「皆様からすると、たいして面白くない内容だとは思いますが。それでよければ喜んで」
それから女性達はカテリーナを囲み、彼女の仕事についての話に耳を傾けていたが、そこに穏やかな口調で割って入ってきた者がいた。
「やあ、相変わらず盛況だね。男装する女性は珍しいから、その姿を披露するだけで周囲から褒めそやされて、大層気分が良いだろうね」
「……え? ナジェーク様?」
「なにやらいつもとは違って、言い方に少々棘があるような……」
ナジェークが皮肉げに声をかけてきたことで、周囲の女性達は困惑顔で囁き合った。しかしカテリーナは、笑顔のまま平然と言葉を返す。
「そうですわね。私は自分の容姿に満足して、誰彼構わず他人を見下す趣味はございませんので」
「あの……、カテリーナ様?」
「そんな風に、当て擦るように仰られては……」
カテリーナの物言いに、はっきりとした嘲笑の響きを感じ取った周囲は僅かに狼狽したが、ナジェークは薄笑いのまま話を続けた。
「君は、何か誤解をしていないか? 私は別に、他人を見下しているつもりはないが?」
「そうですね。別に見下してはおりませんわね。あなたが男性も女性も相手にしていないだけで。でも今現在の状況を正確に表現すると、あなたが相手にしていないのではなく、相手にされないと言った方が良いかもしれませんが」
「どういう意味かな?」
「言葉通りの意味ですわ。私は以前より怪力暴力女の風評が流れても、定期的に縁談が持ち込まれていましたもの。さらに殿方だけではなく、今現在ご覧のように女性の皆様にも大変好かれております。真に他人に好かれる人間というのは異性にだけ持て囃されることではなく、同姓の方々にも好かれる人物のことではありませんか?」
「そうすると君は自分自身を、相当魅力があって人気がある人間だと思っているのか?」
「少なくても、あなたよりはそうだと思っていますが。あなたは殿方に好かれてはいませんし、最近は女性達にもご遠慮されているみたいですものね?」
「ほう? なるほど。それはそれは……」
辛辣すぎるカテリーナの台詞と、得体のしれない不気味な雰囲気を醸し出し始めたナジェークを見て、周囲の女性達は揃って顔色を変えた。
「どうしましょう……。何やら二人の空気が微妙なことに……」
「どちらも笑顔だけど、なんとなく目が怖いわ」
「エセリア様かフィリス様を、こちらにお呼びしましょうか?」
(さあ、どうするの? ただでさえ男装して踊りまくって人目を引いておいた上に、このやり取りで夜会の参加者全員が私達に注意を向けている状態よね? これでどう劇的な展開に持ち込むのか、やってみて貰おうじゃない。これに懲りて少しは私に事前に説明するように、態度を改めてよね。秘密主義は撤回して貰うわよ?)
女性達が小声で相談しているのを聞きながら、カテリーナはナジェークがどう対応するつもりなのかと内心で面白がっていた。するとナジェークが、おかしそうに笑いながら予想外のことを言い出す。
「なるほど……。確かに、君の主張には一理あるな」
「え? 何の事かしら?」
唐突に言われた台詞の意味が全く分からなかったカテリーナは、本気で問い返した。するとナジェークが淡々と説明してくる。
「先程言っただろう。異性に褒めそやされるだけではなく同性にも好ましく思われる者が、真に魅力的な人間だと」
「そうですね。確かにそのようなことを言いましたね……」
「だから女性に好かれている自分より、私の人間的魅力が劣っていると主張したわけだ」
「そう、なりますわね……」
「よし、その挑戦を受けよう、カテリーナ・ヴァン・ガロア」
「え? いきなり挑戦と言われても……、一体、何を言っているの?」
カテリーナは、ものすごく嫌な予感を覚えながら尋ねた。すると予想の斜め上の事を、ナジェークが真顔で主張してくる。
「要は、君が男装して女性達に持て囃された場合より、私が女装して男性に賞賛されれば、私の人間的魅力の方が上だと証明できるわけだ」
「………………はい?」
大真面目に断言されたが、カテリーナは言われた内容が咄嗟に理解できずに固まった。同様に会場中が静まり返る中、実に堂々としたナジェークの主張が続く。
「常々公言している通り、私は自分の容姿に十分な自信がある。君の男装より私の女装の方が万人受けすると証明して、君の主張を覆してみせようじゃないか。期待していてくれたまえ。それでは失礼する」
「……え? あの、ちょっと! あなた、何を言ってるの!」
言うだけ言って踵を返したナジェークを、カテリーナは一瞬遅れて引き止めようとした。しかしナジェークはそのまま遠ざかり、その行く手に鬼の形相をしたエセリアが立ち塞がる。
「お兄様! いきなり、何を馬鹿な事を口にしているんですか!?」
「さあ、エセリア。そろそろお開きの時間だろうし、ティアド伯爵夫妻にご挨拶して帰ろうか」
「何を爽やかに言っているんですか!? この微妙な空気を、どうするつもりですか! 和やかな場を粉砕するなど、主催者に失礼ですよ!」
「フィリス夫人には大変ご満足いただけたみたいだし、構わないのではないか?」
「フィリス様……」
がっくりと肩を落としたエセリアの視線の先にカテリーナが目を向けると、盛大に顔を引き攣らせた伯爵家当主であるランドルフと、その隣でしゃがみこんでお腹を抱えて必死に笑いを堪えているフィリスを認めた。
(うわぁ……、団長。ろくでもない話になってしまって、本当に申し訳ありません。まさかナジェークがあんな切り返しをしてくるなんて……。フィリスおばさまには面白がっていただいたみたいだから、まあ、良かったかしらね……)
そんなことを考えながらカテリーナが遠い目をしているうちに、ナジェークとエセリアは当主夫妻に挨拶を済ませ、早々に退出していった。
「カテリーナ……」
ふいに背後から地を這うような声が聞こえたことで、カテリーナは慌てて振り返った。
「あ、あら? ジャスティン兄様。ごめんなさい。ずっと皆様と踊っていて、すっかり兄様を放置していて」
「そんな事より、さっきのあれは何だ!?」
「そう言われても……、私は事前に全く話を聞いていなかったし……」
「必要以上に挑発したのはお前だよな!? ご丁寧に騎士団の正装まで準備して!」
「まあ……、それは確かに、認めますけど……」
「本当に、ナジェークに女装なんかさせるつもりかお前は!? シェーグレン公爵を怒らせたらどうする気だ!?」
「そんなことを言われても! 私がしろと言ったわけではなくて、向こうが自分で口にしてきたのよ!?」
「それをすぐに止めさせるのが、お前の役目だろうが!」
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