その華の名は
(9)波乱の予感
ティアド伯爵邸の夜会当日。身支度を済ませてジャスティンの家から差し向けられた馬車に乗り込んだジャスティンとカテリーナは、馬車の速度が落ちてゆっくりと曲がるのを感じて、顔を見合わせて頷いた。
「さて……、そろそろ着いたかな?」
「そうみたいね」
(さて、ナジェークがどんなことを考えているか分からないけど、茶番なら茶番らしく番狂わせを起こしてみましょうか)
ジャスティンに続き、カテリーナが企んでいる事など面に出さずに降り立つと、自分達の直前に馬車寄せに到着していた招待客と目があった。
「お?」
「何? ジャスティン兄様……、あら?」
「ジャスティン、カテリーナも偶然だな」
「カテリーナ、久し振りね!」
偶然にも正面玄関から入ろうとしたところで、次兄夫婦と遭遇したカテリーナは、ジャスティンと共に笑顔で挨拶を交わした。
「偶然ですね。ジュール兄上達も、今到着したばかりですか」
「リサ義姉様、お久し振りです。今夜はご一緒できて嬉しいです」
「私もよ。知っている顔を見て、安心したわ」
(やっぱり、相当緊張されていたみたい。今夜はできるだけ側で、フォローするようにしよう。それにしても……、ナジェークが手配した馬車の時刻調整は完璧ね)
明らかに安堵した笑顔を向けてきたリサを見て、カテリーナも笑顔になりながら屋敷の中に足を踏み入れた。
玄関ホールでは主催者であるティアド伯爵夫妻が、招待客を順に出迎えていた。そしてカテリーナは四人一組になって順番を待ち、挨拶に向かう。
「ティアド伯爵、フィリス夫人。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」
「初めてお目にかかります、リサ・ヴァン・ガロアと申します。以後、宜しくお願い致します」
最初に次期ガロア侯爵夫妻であるジュールとリサが挨拶すると、昔から家族ぐるみの付き合いがあるランドルフとフィリスは、二人に温かい笑顔で応じた。
「ジュール、久し振りだね。今日はゆっくりしていってくれ」
「リサさんも、最後まで楽しんでくれたら嬉しいわ。今夜はちょっとした余興を準備していますしね」
「余興、ですか?」
「ええ。場を盛り上げるために、今夜はカテリーナが協力してくれる事になっているの」
「え?」
「カテリーナ?」
フィリスの台詞にジュールとリサが怪訝な顔になって背後のカテリーナを振り返ったが、嫌な予感を覚えてしまったジャスティンは、はっきりと警戒する視線を妹に向けた。
「カテリーナ……、お前、何をするつもりだ?」
しかしカテリーナはその問いかけを無視し、足を踏み出してフィリスの前で一礼する。
「お久し振りです、ティアド伯爵夫人。それではお願いした事に関しては、大丈夫だと思っていてよろしいのですね?」
「勿論です。抜かりなく準備を整えていますので、頃合いを見計らって声をかけます。あなたも、最初から事を起こすつもりではないのでしょう?」
「はい。中盤以降でしょうか?」
「そうでしょうね。私もそのつもりでいました」
詳細については口にせず、不気味に微笑み合う女二人を見て、不吉なものを覚えたジャスティンが恐る恐る声をかけた。
「あの……、フィリス様? 一体、なんの話をされているのでしょうか?」
しかしフィリスは、あからさまにしらばっくれる。
「まあ、ジャスティン! あなたも久し振りね! 近衛騎士団でラドクリフにこき使われて、顔が引き締まったのではない? 子供の頃は丸々とした可愛い子供だったのに、月日の流れは残酷ね」
「相変わらずお元気そうで、何よりですね……」
「まだ、楽隠居するような年ではありませんものね!」
この女性相手では問い詰めるなど無駄だとジャスティンは早々に諦め、そんな彼を見てフィリスは楽しげに笑った。
「皆、今日は楽しんでいって頂戴ね。あなた達が揃って広間に入ったら、視線が集中すること請け合いよ。……と言いたいところだけど、実はつい先程、あなた達以上に人目を集める客人が到着してね」
フィリスが少々声を潜めて言い出し、反射的にジュールが尋ねる。
「どなたですか?」
「シェーグレン公爵家のナジェーク殿とエセリア様よ」
「そうですか……」
(既に会場入りしていたのね)
彼との打ち合わせ内容を知っている四人は微妙な顔を見合わせる中、フィリスが苛立たしげに言葉を継いだ。
「それにしても、本当に浅ましいこと。シェーグレン公爵家の二人が今夜参加するとどこからか話が広がってから、あちこちから我が家も招待してくれと、普段全く付き合いのない家からも矢の催促。果ては事前の約束も無しに屋敷に押し掛けて要求するような、無礼千万な輩までいたのよ?」
「それは災難でしたね。しかしその方達は、どうしてそのような失礼な行為に及んだのですか?」
この間の社交界の事情に疎いジュールが尋ねると、フィリスが懇切丁寧に説明を加える。
「ジュール殿も話だけは聞いていると思うけれど、例の元王太子による婚約破棄騒動。あれで元王太子を推していた家が、現王太子派からの報復を怖れて、王妃様の縁戚で現王太子とも良好な関係を築いているナジェーク殿とエセリア様に、関係修復の仲介をして貰いたいと切望しているのよ」
「はぁ……、なるほど。しかし元王太子派と現王太子派の対立は、それほど険悪なものだったのですか?」
「大抵は公の場で陰口を叩き合う位でしたでしょうが、中には元王太子派の威光を傘にきて強引に商談を成立させたり、他家を貶めたりしていた家もあったでしょうからね。今回狼狽しているのは、そんな褒められない事をしていた家々よ。ですが、我が家は仮にも近衛騎士団団長が当主ですもの。そんな後ろ暗い連中の話を聞かなくてはいけない義理はありませんから、我が家の騎士達に丁重に叩き出させましたの」
事も無げに言い切ったフィリスに、ジャスティンは感嘆の視線を向けた。
「なるほど。シェーグレン公爵家にお願いしても門前払いで、ここでも体よく追い払われたわけですね。さすがは団長の奥様です」
「嬉しい褒め言葉だわ。ありがとう、ジャスティン」
満面の笑顔になった妻を見て、ランドルフが額を押さえながら懇願する。
「フィリス……、頼むから程々に、穏便にな」
「さあ……、それは馬鹿な事を目論む人がいなければの話ですわね。今夜の夜会も招待客以外を発見し次第排除できるよう、領地から呼び寄せた我が家の騎士を百人ほど、屋敷の内外に目立たないように配置しているもの」
「そんな事は聞いていないが!?」
「一々、話していませんもの。元から夜会に関してあなたに意見を聞くことは、当日の衣装についてくらいだし。それもいつも『君に任せるよ』で終わりますものね?」
「……そうだな。できるだけ穏便にな」
社交に関する事についての夫婦の力関係を目の当たりにしたカテリーナ達は、余計な事は言わずに聞き流していた。するとフィリスが笑顔を振り撒きながら、手振りで会場である広間へと促してくる。
「それではジュール、リサさん、ジャスティン、カテリーナ、改めて歓迎するわ。楽しんでいってね」
「ありがとうございます」
そこで四人は揃って一礼し、揃って広間へと向かった。
「さて……、そろそろ着いたかな?」
「そうみたいね」
(さて、ナジェークがどんなことを考えているか分からないけど、茶番なら茶番らしく番狂わせを起こしてみましょうか)
ジャスティンに続き、カテリーナが企んでいる事など面に出さずに降り立つと、自分達の直前に馬車寄せに到着していた招待客と目があった。
「お?」
「何? ジャスティン兄様……、あら?」
「ジャスティン、カテリーナも偶然だな」
「カテリーナ、久し振りね!」
偶然にも正面玄関から入ろうとしたところで、次兄夫婦と遭遇したカテリーナは、ジャスティンと共に笑顔で挨拶を交わした。
「偶然ですね。ジュール兄上達も、今到着したばかりですか」
「リサ義姉様、お久し振りです。今夜はご一緒できて嬉しいです」
「私もよ。知っている顔を見て、安心したわ」
(やっぱり、相当緊張されていたみたい。今夜はできるだけ側で、フォローするようにしよう。それにしても……、ナジェークが手配した馬車の時刻調整は完璧ね)
明らかに安堵した笑顔を向けてきたリサを見て、カテリーナも笑顔になりながら屋敷の中に足を踏み入れた。
玄関ホールでは主催者であるティアド伯爵夫妻が、招待客を順に出迎えていた。そしてカテリーナは四人一組になって順番を待ち、挨拶に向かう。
「ティアド伯爵、フィリス夫人。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」
「初めてお目にかかります、リサ・ヴァン・ガロアと申します。以後、宜しくお願い致します」
最初に次期ガロア侯爵夫妻であるジュールとリサが挨拶すると、昔から家族ぐるみの付き合いがあるランドルフとフィリスは、二人に温かい笑顔で応じた。
「ジュール、久し振りだね。今日はゆっくりしていってくれ」
「リサさんも、最後まで楽しんでくれたら嬉しいわ。今夜はちょっとした余興を準備していますしね」
「余興、ですか?」
「ええ。場を盛り上げるために、今夜はカテリーナが協力してくれる事になっているの」
「え?」
「カテリーナ?」
フィリスの台詞にジュールとリサが怪訝な顔になって背後のカテリーナを振り返ったが、嫌な予感を覚えてしまったジャスティンは、はっきりと警戒する視線を妹に向けた。
「カテリーナ……、お前、何をするつもりだ?」
しかしカテリーナはその問いかけを無視し、足を踏み出してフィリスの前で一礼する。
「お久し振りです、ティアド伯爵夫人。それではお願いした事に関しては、大丈夫だと思っていてよろしいのですね?」
「勿論です。抜かりなく準備を整えていますので、頃合いを見計らって声をかけます。あなたも、最初から事を起こすつもりではないのでしょう?」
「はい。中盤以降でしょうか?」
「そうでしょうね。私もそのつもりでいました」
詳細については口にせず、不気味に微笑み合う女二人を見て、不吉なものを覚えたジャスティンが恐る恐る声をかけた。
「あの……、フィリス様? 一体、なんの話をされているのでしょうか?」
しかしフィリスは、あからさまにしらばっくれる。
「まあ、ジャスティン! あなたも久し振りね! 近衛騎士団でラドクリフにこき使われて、顔が引き締まったのではない? 子供の頃は丸々とした可愛い子供だったのに、月日の流れは残酷ね」
「相変わらずお元気そうで、何よりですね……」
「まだ、楽隠居するような年ではありませんものね!」
この女性相手では問い詰めるなど無駄だとジャスティンは早々に諦め、そんな彼を見てフィリスは楽しげに笑った。
「皆、今日は楽しんでいって頂戴ね。あなた達が揃って広間に入ったら、視線が集中すること請け合いよ。……と言いたいところだけど、実はつい先程、あなた達以上に人目を集める客人が到着してね」
フィリスが少々声を潜めて言い出し、反射的にジュールが尋ねる。
「どなたですか?」
「シェーグレン公爵家のナジェーク殿とエセリア様よ」
「そうですか……」
(既に会場入りしていたのね)
彼との打ち合わせ内容を知っている四人は微妙な顔を見合わせる中、フィリスが苛立たしげに言葉を継いだ。
「それにしても、本当に浅ましいこと。シェーグレン公爵家の二人が今夜参加するとどこからか話が広がってから、あちこちから我が家も招待してくれと、普段全く付き合いのない家からも矢の催促。果ては事前の約束も無しに屋敷に押し掛けて要求するような、無礼千万な輩までいたのよ?」
「それは災難でしたね。しかしその方達は、どうしてそのような失礼な行為に及んだのですか?」
この間の社交界の事情に疎いジュールが尋ねると、フィリスが懇切丁寧に説明を加える。
「ジュール殿も話だけは聞いていると思うけれど、例の元王太子による婚約破棄騒動。あれで元王太子を推していた家が、現王太子派からの報復を怖れて、王妃様の縁戚で現王太子とも良好な関係を築いているナジェーク殿とエセリア様に、関係修復の仲介をして貰いたいと切望しているのよ」
「はぁ……、なるほど。しかし元王太子派と現王太子派の対立は、それほど険悪なものだったのですか?」
「大抵は公の場で陰口を叩き合う位でしたでしょうが、中には元王太子派の威光を傘にきて強引に商談を成立させたり、他家を貶めたりしていた家もあったでしょうからね。今回狼狽しているのは、そんな褒められない事をしていた家々よ。ですが、我が家は仮にも近衛騎士団団長が当主ですもの。そんな後ろ暗い連中の話を聞かなくてはいけない義理はありませんから、我が家の騎士達に丁重に叩き出させましたの」
事も無げに言い切ったフィリスに、ジャスティンは感嘆の視線を向けた。
「なるほど。シェーグレン公爵家にお願いしても門前払いで、ここでも体よく追い払われたわけですね。さすがは団長の奥様です」
「嬉しい褒め言葉だわ。ありがとう、ジャスティン」
満面の笑顔になった妻を見て、ランドルフが額を押さえながら懇願する。
「フィリス……、頼むから程々に、穏便にな」
「さあ……、それは馬鹿な事を目論む人がいなければの話ですわね。今夜の夜会も招待客以外を発見し次第排除できるよう、領地から呼び寄せた我が家の騎士を百人ほど、屋敷の内外に目立たないように配置しているもの」
「そんな事は聞いていないが!?」
「一々、話していませんもの。元から夜会に関してあなたに意見を聞くことは、当日の衣装についてくらいだし。それもいつも『君に任せるよ』で終わりますものね?」
「……そうだな。できるだけ穏便にな」
社交に関する事についての夫婦の力関係を目の当たりにしたカテリーナ達は、余計な事は言わずに聞き流していた。するとフィリスが笑顔を振り撒きながら、手振りで会場である広間へと促してくる。
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