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その華の名は

篠原皐月

(4)矢面要員

「あの……、ジュール兄様? 確かに私が参加すればその場でリサ義姉様のフォローはできますが、今現在の社交界での私の評判は、落ちるところまで落ちているのですけれど……。私がのこのこ顔を出したりしたら、ティアド伯爵家にもご迷惑がかかる可能性がありますよ?」
 懸念を口にしたカテリーナだったが、ジュールの答えは意外なものだった。


「それは大丈夫だ。実はカテリーナの参加は、ティアド伯爵夫人から提案されたことだから。伯爵が我が家を訪問後、俺達は夫人から手紙を頂いてね」
「ネシーナおばさまからですか? どんな手紙を?」
「カテリーナが参加してくれれば、俺達が多少失敗したりまごついてもよほどの事でないかぎり責められないし、変な噂が広がらないだろうと書かれてあって。本人の了解が取れれば、何か言うかもしれない父上と母上には内密に、カテリーナにも招待状を送るからと……」
 本気で驚いたカテリーナだったが、消え入りそうな声でのジュールの説明を聞いて、思わず遠い目をしながら納得する。


「そういう意味合いでの、私への参加要請ですか……。要するに悪評高い私が同じ場所にいれば変に目立たないし、多少至らないところがあっても悪しざまに言われなくて済むから、私をジュール兄様達の盾にできると……」
「どうやら、そういうことらしいな」
 口を挟んできたジャスティンを睨みつける気力もなく、カテリーナはがっくりと項垂れた。


「さすがは普段騎士団業務に忙殺されている団長に代わって、ティアド伯爵家の社交全般と領地運営を完璧に取り仕切っているネシーナおばさま。的確な判断で、微塵も容赦ありませんね。相変わらずの女傑ぶりです。これはどう考えても、団長も了解済みのお話ですよね……」
「カテリーナ、本当にすまない!」
「因みに一人で参加しても悪目立ちするし、当日はここで着替えや準備をして、俺がパートナーとして同行するから」
 ジュールに再び頭を下げられ、ジャスティンに冷静に言い聞かされたカテリーナは、ここで完全に腹を括った。


「分かりました。こうなったら、とことんリサ義姉様の盾になりましょう。今後、他の夜会とかにも参加を要請されたら休日を調整しますから、その都度連絡をください。焦らず少しずつ目立たず、周囲にジュール兄様とリサ義姉が次期侯爵夫妻だと、認識させていきましょう」
「本当に助かる。よろしく頼む」
「ジュール兄様、あまり気にしないでください。この事態の責任の一端は私にありますし、できるだけ兄様達に助力します。それで当日の衣装やアクセサリーですが、お父様やお母様に内密に、屋敷にある物を予めジャスティン兄様の家に移しておいて欲しいのですが」
「そうだな。それはこちらで手配しておくよ」
「それであれば、以前エリーゼお義姉様付きのメイドだったルイザに話をすれば、内密に必要なものを揃えて手配してくれる筈です」
「ルイザ? それなら助かる。彼女だったら、今はリサ付きになっているから」
「そうでしたか。彼女とは懇意にしていますし、私が屋敷に戻った時に身の回りの世話をしてくれていたことがあるので、どこに何が保管されているか大体把握してくれている筈です。帰る前に書きとめて渡しますね」
 緊張が解けたジュールとカテリーナの間で、そんな風にこれからの事を和やかに話し込んでいると、いきなりドアが開かれてタリアが駆け込んできた。


「ジャスティン大変! どうしましょう!?」
「タリア? 騒がしいぞ。いったいどうした?」
 ジャスティンが驚いて妻に問い返すと、タリアはまだ動揺しながら言葉を継いだ。


「ごめんなさい! ジュールお兄様とカテリーナと大事な話をしているのは分かるけど、今、玄関にナジェークさんが来て、あなたに大事な話があると言われて! どうしましょう?」
「はぁ!? ちょっと待て! あいつが今日ここに来るなんて、俺は聞いていないぞ!? カテリーナ?」
「私だって、何も聞いていないし知らないわ!」
「あの……、どうしましょう? 入って貰って良いかしら? 玄関先で待たせているのだけど……」
 寝耳に水の兄妹は揃って驚愕したが、狼狽しているタリアを見てジャスティンが指示を出す。


「仕方がない。タリア、彼に入って貰いなさい。カテリーナ。この機会に、彼をジュール兄上を紹介しよう」
「そうするしかないでしょうね……」
 そこで兄妹は顔を見合わせてから、ジュールに向き直った。


「兄上、突然ですが、ちょっと紹介したい人がいます」
 直前のやり取りを、何事かと思いながら眺めていたジュールは、ジャスティンに怪訝な顔で尋ねてくる。
「それは構わないが……、どんな人だ?」
「その……、カテリーナと内々に婚約している人間なんだが……」
 それを聞いたジュールが、呆気に取られた顔つきになった。


「は? 婚約って、いつ? カモスタット伯爵の息子とカテリーナの縁談が潰れてから、一月半しか経っていないよな?」
「それが……、その前からの話なんだ……」
「意味が分からん。第一、それならどうしてカモスタット伯爵家との話が持ち上がったんだ?」
「これから来る人が誰か分かったら、色々納得できると思うわ」
「カテリーナ? 一体誰のことを言っている?」
 どこか投げやりに口を挟んてきたカテリーナを見て、ジュールの困惑が深まる。しかしすぐにタリアが問題の客を案内して、再び姿を現した。


「失礼します。お客様をお連れしました」
「お邪魔します、ジャスティンさん。やあカテリーナ、奇遇だね。お久しぶりです、ジュールさん」
「え? クオールさん?」
 かつて領地においてワーレス商会会頭子息のクオール・ワーレスと名乗っていた彼が現れたことで、ジュールは当惑した。そして、先程は別な名前を聞いたようなと思い返しながら、尋ねてみる。


「どうしてここに? まさか内々にカテリーナと婚約しているというのは、あなたですか?」
「はい。それから以前お会いした時に、偽名を使って申し訳ありません。私の本当の名前は、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンです。以後、よろしくお願いします」
 爽やかな笑顔でろくでもないことを告白されて、ジュールの思考は一瞬停止した。しかしすぐに、最近国内中で話題になっていた騒動の、渦中の家名を思い出す。


「あの、ええと……、シェーグレンというと……。まさかこの前、ご令嬢が王太子から婚約破棄された、シェーグレン公爵家ですか? 元王太子が廃嫡された騒動の?」
「はい。その元王太子の元婚約者が、私の妹です」
「カテリーナ! 一体どういうことだ! 俺にも分かるように説明してくれ!」
「ジュール兄様、落ち着いてください」
 血相を変えた兄に詰め寄られたカテリーナは、無理だろうなと思いながらもジュールを宥めてみた。するとナジェークが落ち着き払って、声をかけてくる。


「勿論、私からきちんと説明いたします。取り敢えず、座らせて貰ってよろしいでしょうか?」
「……はい、どうぞそちらに」
 そしてナジェークはジャスティンとカテリーナから恨みがましい視線を、ジュールからは驚愕を視線を向けられたまま、平然とソファーに腰を下ろした。







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