その華の名は
(3)自粛解除のタイミング
「カモスタット伯爵邸での騒動の後、面目を潰した我が家は、社交活動の自粛を続けている。こちらで茶会や夜会を催さないのは勿論のこと、他家からのあらゆるお誘いをお断りしている状態だ」
沈痛な面持ちでジュールが語った内容を聞いて、その事態を引き起こした当事者の一人であるカテリーナは、神妙な顔で頷いた。
「……そうですね。ですがれっきとした侯爵家が、いつまでもそのままというわけにもかないと思います。その辺りをお父様とお母様はどうお考えなのでしょうか? 私はあれ以降、全く話をしていませんので」
「父上達はもう暫く現状維持のつもりだったようだが、先日屋敷を訪問されたティアド伯爵から、それについてのお話があったんだ」
「団長がですか? あまり他家の内情に口を挟まれるタイプではないかと思うのですが、どんなお話だったのでしょう?」
意外に思いながらカテリーナが話の続きを促すと、ジュールは微妙な顔つきのまま説明を続けた。
「端的に纏めると、『いつまでも次期ガロア侯爵夫妻の披露をしないのはどうなのか。これ以上ガロア侯爵家に関する変な噂を広めず、他家から侮られないためにも、ジュールが後継者だと公の場で表明しておいた方が良いだろう。しかし大々的にジュール達を披露するための夜会を開催したら、いまのガロア家では反感を買うのは確実だ』ということを仰られたらしい」
「それはまあ……、確かにそうですね」
「それで『近々我が家でイズファインの誕生日に合わせて夜会を開く予定だが、そこには我が家と比較的懇意にしている家の、若い年代の方々を中心に招待する予定だ。勿論、変な詮索をされないよう招待客を厳選するし、そこを次期侯爵としてのジュールの社交界再デビューの場としないか?』と申し出てくれたんだ」
その説明を聞いてカテリーナは合点がいくと同時に、ガロア侯爵家の立場を慮ってくれたティアド伯爵ラドクリフに心から感謝した。
「そんなことが……。ただでさえ団長には、これまで騎士団内でも気を遣っていただいたのに、我が家の事でそんな配慮までしていただけるなんて。本当に申し訳ないです」
「全くだな。カテリーナの騒動の後も、俺達の周囲がさすがに五月蝿かったが、団長が浮わついた連中を一喝してからは、静かなものだったし」
ジャスティンも真顔で相槌を打っていると、そんな弟妹の様子を眺めたジュールが、笑いを堪えるような表情で言い出した。
「カテリーナは、もう立派な近衛騎士なんだな」
「え? ジュール兄様。いきなりなんですか?」
カテリーナはきょとんとしながら問い返すと、ジュールが笑みを深めながら説明する。
「いや、だって昔はティアド伯爵のことを『ラドクリフおじさま』と呼んでなついていたのに、自然に『団長』と口に出していたから。変われば変わるものだなと思って」
「ジュール兄様……、当然です。私、もう近衛騎士団勤務三年目なのよ? 所属騎士団の長を、気安くおじさま呼ばわりできないわ」
呆れ顔で言い返すと、ジュールも苦笑いの表情のまま話を続けた。
「ティアド伯爵が聞いたら泣きそうだな。カテリーナのことも心配して、父上に『カテリーナも反省しているだろうし、そろそろ屋敷への出入り禁止は撤回したらどうだ?』と進言してくれていたんだ。父上は、不機嫌そうに撥ね付けていたが」
「今度、団長に直にお会いする機会があれば、謝罪してお礼を伝えることにします。それで、その話が出てきたということは、ジュール兄様とリサ義姉様はその夜会に参加する予定なのですね?」
カテリーナが気を取り直して確認を入れてみると、ジュールは瞬時に真顔になって頷く。
「そういうことだ。騒ぎを大きくしないよう、父上と母上は参加を見合わせるがな。ただリサは元々子爵家の出身で、一応社交界デビューはしているが、本格的な催し物には数える程しか参加したことがない。それで今現在、母上から特訓を受けている最中だ」
「ああ……、なるほど。確かにお義姉様の実家と我が家では、お付き合いする家や催し物の規模、その他諸々が随分異なるでしょうね」
「それに結婚したのを契機に、ジュール兄上は領地の管理者として出向いて、この間ずっと向こうで過ごしていたからな。元々侯爵家の人間だという意識も希薄だったろうに、いきなり次期侯爵夫人として表舞台に引っ張り出される羽目になって……。兄上より、義姉上の方が心理的負担は大きいだろう」
ジャスティンが付け加えてきた内容を聞いてカテリーナは深く納得し、次いで自分に何が要求されているのかを推察した。
「分かりました。リサお義姉様の心理的負担を少しでも軽減するために、私から最近王都の若い女性の間で流行しているものや、好まれている話題や貴族間の交友関係について、お義姉様教えれば良いのですね? 任せてください」
「あ、いや……、それはそれとして嬉しいが……、カテリーナにして欲しいのは、それだけではないんだ」
「え? それでは私は他に、何をすれば良いのですか?」
ジュールがもの凄く申し訳なさそうに口にしたことを聞いて、カテリーナ怪訝な顔になった。するとジュールが予想外のことを言い出す。
「カテリーナには俺達と一緒に、ティアド伯爵邸での夜会に参加して欲しいんだ。伯爵家からの招待状は、きちんとお前の名前で出して貰うから」
そこでカテリーナは、本気で呆気に取られた。
沈痛な面持ちでジュールが語った内容を聞いて、その事態を引き起こした当事者の一人であるカテリーナは、神妙な顔で頷いた。
「……そうですね。ですがれっきとした侯爵家が、いつまでもそのままというわけにもかないと思います。その辺りをお父様とお母様はどうお考えなのでしょうか? 私はあれ以降、全く話をしていませんので」
「父上達はもう暫く現状維持のつもりだったようだが、先日屋敷を訪問されたティアド伯爵から、それについてのお話があったんだ」
「団長がですか? あまり他家の内情に口を挟まれるタイプではないかと思うのですが、どんなお話だったのでしょう?」
意外に思いながらカテリーナが話の続きを促すと、ジュールは微妙な顔つきのまま説明を続けた。
「端的に纏めると、『いつまでも次期ガロア侯爵夫妻の披露をしないのはどうなのか。これ以上ガロア侯爵家に関する変な噂を広めず、他家から侮られないためにも、ジュールが後継者だと公の場で表明しておいた方が良いだろう。しかし大々的にジュール達を披露するための夜会を開催したら、いまのガロア家では反感を買うのは確実だ』ということを仰られたらしい」
「それはまあ……、確かにそうですね」
「それで『近々我が家でイズファインの誕生日に合わせて夜会を開く予定だが、そこには我が家と比較的懇意にしている家の、若い年代の方々を中心に招待する予定だ。勿論、変な詮索をされないよう招待客を厳選するし、そこを次期侯爵としてのジュールの社交界再デビューの場としないか?』と申し出てくれたんだ」
その説明を聞いてカテリーナは合点がいくと同時に、ガロア侯爵家の立場を慮ってくれたティアド伯爵ラドクリフに心から感謝した。
「そんなことが……。ただでさえ団長には、これまで騎士団内でも気を遣っていただいたのに、我が家の事でそんな配慮までしていただけるなんて。本当に申し訳ないです」
「全くだな。カテリーナの騒動の後も、俺達の周囲がさすがに五月蝿かったが、団長が浮わついた連中を一喝してからは、静かなものだったし」
ジャスティンも真顔で相槌を打っていると、そんな弟妹の様子を眺めたジュールが、笑いを堪えるような表情で言い出した。
「カテリーナは、もう立派な近衛騎士なんだな」
「え? ジュール兄様。いきなりなんですか?」
カテリーナはきょとんとしながら問い返すと、ジュールが笑みを深めながら説明する。
「いや、だって昔はティアド伯爵のことを『ラドクリフおじさま』と呼んでなついていたのに、自然に『団長』と口に出していたから。変われば変わるものだなと思って」
「ジュール兄様……、当然です。私、もう近衛騎士団勤務三年目なのよ? 所属騎士団の長を、気安くおじさま呼ばわりできないわ」
呆れ顔で言い返すと、ジュールも苦笑いの表情のまま話を続けた。
「ティアド伯爵が聞いたら泣きそうだな。カテリーナのことも心配して、父上に『カテリーナも反省しているだろうし、そろそろ屋敷への出入り禁止は撤回したらどうだ?』と進言してくれていたんだ。父上は、不機嫌そうに撥ね付けていたが」
「今度、団長に直にお会いする機会があれば、謝罪してお礼を伝えることにします。それで、その話が出てきたということは、ジュール兄様とリサ義姉様はその夜会に参加する予定なのですね?」
カテリーナが気を取り直して確認を入れてみると、ジュールは瞬時に真顔になって頷く。
「そういうことだ。騒ぎを大きくしないよう、父上と母上は参加を見合わせるがな。ただリサは元々子爵家の出身で、一応社交界デビューはしているが、本格的な催し物には数える程しか参加したことがない。それで今現在、母上から特訓を受けている最中だ」
「ああ……、なるほど。確かにお義姉様の実家と我が家では、お付き合いする家や催し物の規模、その他諸々が随分異なるでしょうね」
「それに結婚したのを契機に、ジュール兄上は領地の管理者として出向いて、この間ずっと向こうで過ごしていたからな。元々侯爵家の人間だという意識も希薄だったろうに、いきなり次期侯爵夫人として表舞台に引っ張り出される羽目になって……。兄上より、義姉上の方が心理的負担は大きいだろう」
ジャスティンが付け加えてきた内容を聞いてカテリーナは深く納得し、次いで自分に何が要求されているのかを推察した。
「分かりました。リサお義姉様の心理的負担を少しでも軽減するために、私から最近王都の若い女性の間で流行しているものや、好まれている話題や貴族間の交友関係について、お義姉様教えれば良いのですね? 任せてください」
「あ、いや……、それはそれとして嬉しいが……、カテリーナにして欲しいのは、それだけではないんだ」
「え? それでは私は他に、何をすれば良いのですか?」
ジュールがもの凄く申し訳なさそうに口にしたことを聞いて、カテリーナ怪訝な顔になった。するとジュールが予想外のことを言い出す。
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そこでカテリーナは、本気で呆気に取られた。
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