その華の名は

篠原皐月

(34)もう一揉めの予感



 ※※※


「そんな感じにカテリーナの縁談を潰しておいたので、近々ガロア侯爵家に彼女との結婚の申し込みに出向くつもりなのだが……。エセリア、どうかしたのか?」
 向かい合って座っていた妹が、いつの間にか二人の間にあるテーブルに突っ伏しているのを見て、ナジェークは怪訝に思いながら声をかけた。するとエセリアはゆっくりと上半身を起こしながら、半ば呆然としながら呟く。


「あの建国記念式典とそれに続く審議の場の裏側で、そんな陰謀が展開中だったとは夢にも思いませんでした……。しかもサビーネったら、よそ様の屋敷にメイドに変装して不法侵入だなんて、なんて楽しそ……、いえ、万が一露見したらリール伯爵家の家名に傷が付きかねない大胆な事を……」
「確かに彼女は、結構楽しんでくれたみたいだね」
 うっかり本音を漏らしかけた妹に笑いを堪えながらナジェークが告げると、エセリアは瞬時に顔付きを険しくしながら叫んだ。


「お兄様、笑い事ではありません!! それに婚約破棄騒動後、色々詮索されるのが面倒で暫くお付き合いを控えていましたからその騒動は全く知らなかったのですが、今の内容で明らかに社交界でのカテリーナ様の評判は暴落しましたわよね!?」
「大方はそうだが、一部では人気が急上昇したそうだ」
「はい? それはどうしてですか?」
 予想外の事を聞かされて面食らったエセリアに、ナジェークが真顔で話を続ける。


「ダマールという奴は、近衛騎士団内で相当煙たがられていたらしい。彼の敗北の噂があっという間に騎士団内に広まり、周囲からの嘲笑に耐えられなくなったらしく、それからほどなく自ら騎士団を退団したそうだ。風の噂では、カモスタット伯爵領に移ったらしいが、廃嫡された元横暴お坊っちゃまが周囲から尊重されるかどうかは分からないな」
「絶対に肩身の狭い思いをしているでしょうね。自業自得でしょうけど」
 大して興味が無さそうに告げた兄を見て、エセリアはほんの少しだけダマールに同情した。


「それからガロア侯爵家では、廃嫡されたカテリーナの長兄の代わりに次兄が後継者と定まったものの、元々後継者としての教育を受けていない次兄には荷が重そうだ。加えて下級貴族出身のその奥方が次期侯爵夫人として社交をこなせるのかどうか、周囲に相当不安視されているらしい。部下からの報告では、侯爵夫人が付ききりで諸々を指導しているらしいが大変そうだな。しかしそれでも傍若無人な兄嫁と乱暴者の義妹と比べたら、素直で従順なだけ望ましいと評価されているようだ」
 それを聞いたエセリアは、深い溜め息を吐いた。


「……やはりカテリーナ様が、気の毒で仕方がありません。ところでお兄様はこの件に関して、どこまで企んでおいででしたの?」
「『どこまで』とはどういう意味かな?」
「カテリーナ様の婚約話を反故にする他に、予め長兄夫婦を失墜させて、ガロア侯爵家の後継者をすげ替える事まで狙っていたのかということです」
「そう上手く事が運べば理想的だとは思っていたが、そこまで欲張ってはいなかったよ。確かに親戚付き合いをしても大して益は無いし、寧ろ害になりそうな夫婦だから、近々すげ替えようとは考えていたが」
 苦笑いでそう告げた兄を軽く睨み付けつつ、エセリアが指摘する。


「やっぱり陥れる予定でしたか……。他家の内情に軽々しく干渉するのは、控えるべきではありませんか?」
「干渉などしていないさ。決断したのはガロア侯爵夫妻自身だ。カテリーナの縁談をあの兄夫婦に任せた段階ではとんだ節穴だと思っていたが、それなりに判断力をお持ちだと分かって安堵したよ」
「本当に辛辣ですよね! ところでそのガロア侯爵との対面の予定は、いつ頃なのでしょうか?」
「そうだな……。一応、来月にはと考えているが」
 さらりと告げられた内容を聞いて、エセリアが肩を落としながら溜め息を吐く。


「できればその対面の場が、今まで聞かされた内容のように波乱に満ちたものではなく、終始穏やかに和やかに話が進むことを祈っておりますわ」
「私は別に、波乱万丈な展開を望んでいるわけではないのだが」
「どう考えても、おもしろがっているようにしか聞こえません!」
 半ば妹に叱りつけられてしまったナジェークは、思わず笑い出しながらエセリアを宥めて話を終わらせたのだった。



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