その華の名は

篠原皐月

(32)残った疑念

 明日まで休暇の筈の妹が自宅にやって来たことで、招き入れて向かい合って座ったジャスティンは、苦笑いしながら尋ねた。


「カテリーナ、今日は疲れただろう。だがさすがに屋敷では居心地が悪くて心が休まらないから、明日も休暇なのにこれから寮に戻ることにしたのか?」
「居心地が悪くなるのは想像していましたし、非常識な事をやってしまった私の自業自得ですが、想定外のとんでもない事態になりました」
 沈痛な面持ちでカテリーナがそう告げると、ジャスティンはタリアと怪訝な顔を見合わせてから、困惑気味に問い返した。


「お前の婚約が破棄された以上に、とんでもない事態とはなんだ? 全く思い浮かばないが」
「今回の事が原因でジェスラン兄様が廃嫡されると同時に、エリーゼ義姉様と離婚する事になりました。それでガロア侯爵家の後継者は、ジュール兄様になります。ジェスラン兄様は王都に来るジュール兄様と入れ替わりに領地に向かい、そちらで管理官を務めることになります」
「えぇっ!? カテリーナ、それは本当なの!? どうしてそんな事に!?」
「待て待て待てカテリーナ! 一体全体どういう事だ! きちんと順序立てて話してくれ!」
 端的に事実を告げたカテリーナとは裏腹に、あまりにも予想外すぎる話を聞かされた次兄夫婦は、揃って目を見開いて驚愕した。そしてカテリーナはジャスティンから要請された通り、カモスタット伯爵邸の庭園でのダマール達とのやり取りから、ガロア侯爵邸に戻ってからの一部始終を語って聞かせた。


「そんな事が……」
「まあ……」
 カテリーナの話の間、ジャスティン達は声もなく聞き入っていたが、それが終わると盛大に溜め息を吐いた。 


「確かにカテリーナの行為は非難されて当然だが、兄上と義姉上はある意味カテリーナ以上にやり過ぎたな。フォローのしようがない」
「でもカテリーナは、ダマールさんだけを挑発するつもりだったのでしょう? お義兄様とお義姉様は、自業自得ではないの? それにカテリーナに平気で嘘をついて、騙そうとするなんて許せないわ」
「それはそうなんだがな……。その場で揉めるように、カテリーナが敢えて兄上達に騙されたふりをしていたわけだし……」
 沈痛な面持ちでジャスティンが溜め息を吐いたが、タリアはエリーゼに対する怒りを露わにしながら言い募った。


「それにしても、貴族ではなくなるから離婚するってどういう事なの? まるでジャスティンお兄様ではなくて、爵位と結婚したと言っているのも同然じゃない! しかも子供がいると再婚できないから、置いていくってなんなのよ!?」
「タリア、落ち着け。結婚離婚は夫婦間の問題だろう。本来なら、他人がどうこう口を挟むべきではない」
「それはそうかもしれないけど!」
「義姉上は、お前とは違う考えの持ち主だということだ。俺は寧ろ、ミリアーナとアイリーンはそんな女性に育てられるより、よほど幸せな人生が送れるのではないかと思う」
「…………」
 夫の、口調は穏やかながらもかなり辛辣な台詞を聞いて、タリアは微妙な表情で押し黙った。そこでカテリーナが、控え目に申し出る。


「それでジャスティン兄様にお願いしたいのですが、近いうちに屋敷の様子を見に行って貰えませんか? 私は今回の事で、当面出入り禁止の身ですから」
 それを聞いたジャスティンは、すぐに真顔で頷く。


「分かった。元々、今日の夕刻以降に午餐会がどうだったのか聞くのを口実にして、お前の様子を確認しにいくつもりだったからな。今日の事は何も聞いていない事にして、そ知らぬ顔で訪ねてみる。お前には明後日以降に騎士団内で連絡を取って、どんな感じだったか教えるから」
「お願いします」
 神妙にカテリーナが頭を下げたところで、タリアが考え込みながらある事を言い出した。


「それにしても……。まさかナジェークさんは、この事まで計画していたのかしら?」
「え? 『この事』って? タリア、どういう意味だ?」
「ガロア侯爵家の後継者を、ジェスランお義兄様からジュールお義兄様に差し替える事よ。遠慮の無いことを言わせて貰うと、ジェスランお義兄様達よりジュールお義兄様達と親戚付き合いをする方がどう考えても望ましいと思うし、ひょっとしたらナジェークさんもそう考えたのかしらと思って……」
 タリアが若干申し訳なさそうに正直な感想を述べると、カテリーナとジャスティンは揃って顔を引き攣らせた。


「……だからカテリーナの縁談を粉砕しつつ、目障りなダマールに赤っ恥をかかせ、更にジェスラン兄上達を纏めて後継者の座から追い払ったと?」
「あの……、タリア義姉様。さすがにその場にいないのに、そこまで上手く持ち込めるとは思えませんが……」
「そうよね。幾らなんでも考えすぎよね。ごめんなさい、変なことを口にして」
 そこで三人は乾いた笑いを漏らして半ば無理矢理会話を終わらせたが、ナジェークに対する疑念は各自の心の中で静かに燻っていた。



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