その華の名は
(31)後味の悪い幕切れ
「……エリーゼ。本気で言っているのか?」
「当たり前でしょう。あなたが貴族でなくなる前に離婚して実家の籍に戻れば、私は引き続き《ヴァン》を名乗れて、貴族のままでいられるのよ」
押し殺した声でジェスランが確認を入れたが、エリーゼは全く悪びれずに言葉を返した。するとジェフリーが静かに問いを発する。
「……ほう? そうか、ジェスランとは離婚するか。それでは、ミリアーナとアイリーンはどうするつもりだ?」
「子供なんか連れていったら、再婚に支障が出ますわ。置いていきますから、こちらで育ててください。あなた達の孫ですから、別に構いませんよね?」
「そうだな……。お前の娘である前に、二人とも私達の孫だからな」
「今後一切、あの子達の事であなたの手を煩わせることはありませんから、安心なさい」
「それは何よりですわ」
平坦な声で述べる両親に対し、エリーゼは如何にも安堵したような表情と声であり、カテリーナはその落差に両手で顔を覆いたくなった。
(お父様、お母様、今後一切子供達に、お義姉様を関わらせないおつもりですね……。だけど一緒に暮らして何年も経っているのに、エリーゼお義姉様はお父様達の怒りの程が全く分かっていないみたい。ある意味、羨ましい……。こっちの胃が痛くなってきたわ)
するとここで、ジェフリーがゆっくりと立ち上がる。
「それでは今から王宮の儀典局に出向いて、離婚手続きをしてこよう。二人とも付いて来るように」
「え? あの、お父様? 『今から』って、まさか本当にこれから三人で、王宮に行くわけではありませんよね?」
驚いたカテリーナが反射的に問いかけたが、それに険しい視線と言葉が返ってくる。
「『今から』は今からだ。お前は言葉の意味が分からなくなったのか?」
「……つまらない事を口走って、申し訳ありません」
カテリーナが(お父様、本当に本気だわ)と心底肝を冷やしていると、イーリスが壁際に待機しているメイドに冷えきった口調で言いつける。
「それでは、馬車の手配をさせましょう。確かに当人達と当主が揃って出向けば、代理人を立てた場合と違って、スムーズに申請書類を受け付けて頂けますものね。その場で離婚が成立するはずよ」
「あの……、ば、馬車の支度ですね! すぐに伝えてきます! 少々お待ちくださいませ! 準備ができたら、お伝えに戻ります!」
「お願いね」
主人夫妻の本気の怒りを感じ取ったメイドは、泡を食って廊下に飛び出し、足音荒く駆け出して行った。
そんな彼女からエリーゼに向き直ったイーリスは、淡々と彼女に指示する。
「それからエリーゼ。離婚の手続きが済んだらすぐダトラール侯爵家に戻れるように、あなた付きのメイド達にあなたの私物を纏めさせておきなさい。それからダトラール侯爵家があなたに付けてきたメイドのカーラは一緒に戻すことになるから、彼女にも私物を纏めておくように伝えておいた方が良いでしょうね」
「ええ、そうさせていただきます! 急いで皆に伝えて、纏めさせにかかりますので! 馬車の支度ができたらお呼びください!」
その申し出に恐縮するどころかエリーゼは嬉々として頷き、自分達の部屋へと向かった。それを見送ってから、ジェフリーが息子に厳しい声で言い渡す。
「ジェスラン、書類を準備するから書斎に一緒に来い。それでは話は終わりだ、カテリーナ。息災でな」
「……はい。お父様もお元気で」
「…………」
そこで生気の無い顔で立ち上がったジェスランは、書斎に向かう父の後に付いて黙って歩き出した。カテリーナは思わず、その背中に声をかける。
「あの……、ジェスラン兄様?」
「放っておきなさい」
「いえ、あの……、でも……。このままで良いんですか?」
素っ気なく母親に制止されて、カテリーナは何とも言えない顔のまま、父と兄を見送った。そして問われたイーリスは、溜め息を吐いてから苦々しげに応じる。
「エリーゼは……、ご両親がこちらのお好きなようにと言って対応を任されたと言ったのに、ジェスランと離婚してのこのこ実家に出戻っても、歓迎されると本気で思っているみたいね。前々から思ってはいたけれど、本当に浅慮な子だわ。ジェフリーも言っていたけれど実の子供ではない分変に遠慮して、本当に甘やかしてしまったみたいね……。その点は、私達も反省しなくてはならないでしょう」
「…………」
そんな辛辣過ぎる母の台詞に、カテリーナは何も言えなくなった。
(どうしよう……。この後どうなってしまうのか気になるけど、とてもこのまま居座れる雰囲気ではないわ。ミリアーナとアイリーンの事も心配だし、取り敢えずジャスティン兄様に相談しながら寮に帰ろう)
一目姪達の様子を見てから出ようと、カテリーナはジェスラン達のプライベートスペースに出向いたものの、至急の荷造りをエリーゼに指示された事で彼女付きのメイド達は血相を変えて慌ただしく動き回っており、とてもエリーゼに取り次ぎを頼んだり姪達とゆっくり顔を会わせる雰囲気ではなく、そのまま引き上げざるをえなかった。
「当たり前でしょう。あなたが貴族でなくなる前に離婚して実家の籍に戻れば、私は引き続き《ヴァン》を名乗れて、貴族のままでいられるのよ」
押し殺した声でジェスランが確認を入れたが、エリーゼは全く悪びれずに言葉を返した。するとジェフリーが静かに問いを発する。
「……ほう? そうか、ジェスランとは離婚するか。それでは、ミリアーナとアイリーンはどうするつもりだ?」
「子供なんか連れていったら、再婚に支障が出ますわ。置いていきますから、こちらで育ててください。あなた達の孫ですから、別に構いませんよね?」
「そうだな……。お前の娘である前に、二人とも私達の孫だからな」
「今後一切、あの子達の事であなたの手を煩わせることはありませんから、安心なさい」
「それは何よりですわ」
平坦な声で述べる両親に対し、エリーゼは如何にも安堵したような表情と声であり、カテリーナはその落差に両手で顔を覆いたくなった。
(お父様、お母様、今後一切子供達に、お義姉様を関わらせないおつもりですね……。だけど一緒に暮らして何年も経っているのに、エリーゼお義姉様はお父様達の怒りの程が全く分かっていないみたい。ある意味、羨ましい……。こっちの胃が痛くなってきたわ)
するとここで、ジェフリーがゆっくりと立ち上がる。
「それでは今から王宮の儀典局に出向いて、離婚手続きをしてこよう。二人とも付いて来るように」
「え? あの、お父様? 『今から』って、まさか本当にこれから三人で、王宮に行くわけではありませんよね?」
驚いたカテリーナが反射的に問いかけたが、それに険しい視線と言葉が返ってくる。
「『今から』は今からだ。お前は言葉の意味が分からなくなったのか?」
「……つまらない事を口走って、申し訳ありません」
カテリーナが(お父様、本当に本気だわ)と心底肝を冷やしていると、イーリスが壁際に待機しているメイドに冷えきった口調で言いつける。
「それでは、馬車の手配をさせましょう。確かに当人達と当主が揃って出向けば、代理人を立てた場合と違って、スムーズに申請書類を受け付けて頂けますものね。その場で離婚が成立するはずよ」
「あの……、ば、馬車の支度ですね! すぐに伝えてきます! 少々お待ちくださいませ! 準備ができたら、お伝えに戻ります!」
「お願いね」
主人夫妻の本気の怒りを感じ取ったメイドは、泡を食って廊下に飛び出し、足音荒く駆け出して行った。
そんな彼女からエリーゼに向き直ったイーリスは、淡々と彼女に指示する。
「それからエリーゼ。離婚の手続きが済んだらすぐダトラール侯爵家に戻れるように、あなた付きのメイド達にあなたの私物を纏めさせておきなさい。それからダトラール侯爵家があなたに付けてきたメイドのカーラは一緒に戻すことになるから、彼女にも私物を纏めておくように伝えておいた方が良いでしょうね」
「ええ、そうさせていただきます! 急いで皆に伝えて、纏めさせにかかりますので! 馬車の支度ができたらお呼びください!」
その申し出に恐縮するどころかエリーゼは嬉々として頷き、自分達の部屋へと向かった。それを見送ってから、ジェフリーが息子に厳しい声で言い渡す。
「ジェスラン、書類を準備するから書斎に一緒に来い。それでは話は終わりだ、カテリーナ。息災でな」
「……はい。お父様もお元気で」
「…………」
そこで生気の無い顔で立ち上がったジェスランは、書斎に向かう父の後に付いて黙って歩き出した。カテリーナは思わず、その背中に声をかける。
「あの……、ジェスラン兄様?」
「放っておきなさい」
「いえ、あの……、でも……。このままで良いんですか?」
素っ気なく母親に制止されて、カテリーナは何とも言えない顔のまま、父と兄を見送った。そして問われたイーリスは、溜め息を吐いてから苦々しげに応じる。
「エリーゼは……、ご両親がこちらのお好きなようにと言って対応を任されたと言ったのに、ジェスランと離婚してのこのこ実家に出戻っても、歓迎されると本気で思っているみたいね。前々から思ってはいたけれど、本当に浅慮な子だわ。ジェフリーも言っていたけれど実の子供ではない分変に遠慮して、本当に甘やかしてしまったみたいね……。その点は、私達も反省しなくてはならないでしょう」
「…………」
そんな辛辣過ぎる母の台詞に、カテリーナは何も言えなくなった。
(どうしよう……。この後どうなってしまうのか気になるけど、とてもこのまま居座れる雰囲気ではないわ。ミリアーナとアイリーンの事も心配だし、取り敢えずジャスティン兄様に相談しながら寮に帰ろう)
一目姪達の様子を見てから出ようと、カテリーナはジェスラン達のプライベートスペースに出向いたものの、至急の荷造りをエリーゼに指示された事で彼女付きのメイド達は血相を変えて慌ただしく動き回っており、とてもエリーゼに取り次ぎを頼んだり姪達とゆっくり顔を会わせる雰囲気ではなく、そのまま引き上げざるをえなかった。
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