その華の名は
(29)衝撃の展開
「ところでカテリーナ。元通り、着替えてきたか」
目をすがめながら尋ねてきたジェフリーに、カテリーナは平然と真っ赤な嘘で応じた。
「はい。伯爵邸のお部屋で、脱いだドレスやアクセサリーを預かって貰っておりましたので」
「どこで着替えたなどとはどうでも良いが、どう考えてもお前一人ではできん芸当だな。用意周到な事だ」
「…………」
無表情で淡々と告げる父親に、カテリーナは内心で肝を冷やす。
(やっぱり、信じていないのよね。さて、どうしようかしら。手伝ってくれた、皆の名前を出すわけにはいかないし。申し訳ないけど最悪の場合、ジャスティン兄様の名前だけ出そうかしら。なんとか話題を逸らしたいけど……)
共犯者の存在をどう誤魔化そうかと、カテリーナは必死に考えを巡らせ始めたが、ここでジェフリー自ら唐突に話題を変えた。
「実は、ダマール殿の騎士団内での評判については、ラドクリフから詳しく聞いて知っていた」
「え?」
「なんですって!?」
「はい?」
淡々とジェフリーが口にした内容を聞いてジェスランとエリーゼは驚愕し、カテリーナは一瞬呆気に取られてから確認を入れた。
「それではお父様は、それを知っていた上で、今回の婚約話をお受けしたのですか?」
「いや、それを聞いたのは婚約が整って、それをお前に告げた後でだ。ある夜会にイーリスと出席した時、ラドクリフと顔を会わせてな。その時にお前とダマール殿との婚約の話をしたら、微妙な顔で口を閉ざしたのだ。彼の性格なら、すぐさま笑顔で祝辞を述べてくれただろう。それを不審に思ってしつこく問い詰めたら、三日目で口を割った。『他家の縁談にケチをつけたくない』と、相当言い渋ったがな」
「そうでしたか……。確かにラドクリフおじさまなら、軽率な発言はされないでしょうね」
ティアド伯爵家当主、かつダマールとカテリーナ両者が所属する近衛騎士団の長と言う立場も相まって、
ラドクリフが迂闊な事を口にできなかったことは想像に難くなく、カテリーナは納得して頷いた。
「その時に『どうして婚約を成立させる前に、私にダマールの評判を尋ねなかった。カテリーナが気の毒すぎる』と詰られ、『息子夫婦の話を鵜呑みにしたようだが、その二人の情報収集能力と判断力は皆無なのか?』と呆れられ、『カテリーナはダマールとの縁談を、断固拒否しなかったのか? さすがにお前の娘で豪胆だな』と感心された」
「…………」
感情が籠らない平坦な声でジェフリーが告げてきた内容に、ジェスランとエリーゼ、カテリーナは揃って無言になった。それに構わず、ジェフリーが話を続ける。
「確かに今回の話は、手放しで喜べる縁談ではなかったかもしれない。しかし逆に言えば、そこまで問題がある夫を御せる妻になれるのは、カテリーナ位しかいないかもしれないと思ったのだ」
「お父様……」
それは娘を思う父親の判断としてはどうなのかと、かなり複雑な心境に陥ったカテリーナだったが、取り敢えず余計な事を口にするのは避けた。すると夫に続いて、これまで無言を貫いていたイーリスが、沈痛な面持ちで口を開く。
「無理に婚約を解消する事も不可能では無かったけれど、結婚を機に、生活や性格がガラリと変わる殿方の話は良く聞きます。親の欲目かもしれないけど、一般的な令嬢達とは一線を画しているカテリーナだったら、それができるのではないかと変な期待を抱いてしまったのよ」
「お母様……」
正直に言えば、そんな変な期待はしないで欲しかったと思ったカテリーナだったが、何とか我慢して言いたい言葉を飲み込んだ。
「結婚自体を、単に面倒くさいと回避しているようにしか見えなかったからな。例え失敗したとしても、一度は結婚させてみるべきだと考えていた」
「お父様は、万が一結婚生活が上手くいかなかったら、すぐにでも別れさせる心積もりだったのよ? ラドクリフ様の話を聞いてからは、ジェスラン達のダマール殿に対する美辞麗句は、全て聞き流していたし」
「……そうでしたか」
(確かにナジェークの事は秘密にしているし、結婚自体を忌避していると思われるわよね。でも昨日からの態度を見ても、ダマールの本当のところをご存知のようには全然見えなかったのに、さすがはお父様とお母様と言うべきかしら? 簡単に思惑が透けて見えるお兄様達とは、やっぱり格が違うわ)
思いがけず知らされた真実に、カテリーナは唖然としながらも深く納得した。
「迂闊な事に、面と向かって抗議されなかったことで、カテリーナはこれ位手応えのある人間との縁談ではないと、これまで受ける気にもならなかったのかと考えていた」
「まさか立ち合いを画策して自ら相手を粉砕するつもりだったとは、夢にも思っていませんでした。そんな事態になるくらいなら、どんなに周囲から後ろ指をさされようとも、今回の婚約はなかった事にいたしましたとも」
「…………」
(結局私は、お父様とお母様がジェスラン兄様達の口車に簡単に乗せられたと、見くびっていたのよね。そこまで考えた上での事だったとは、予想だにしていなかったわ)
確かに最初は兄夫婦の言い分を鵜呑みにしていたとしても、一応両親が自分の事を真剣に考えてくれていたことが分かったカテリーナは、どうせ拒否しても無駄だろうと決めてかかったことに対して、申し訳ない気持ちになった。
「今回の事で、今後のお前の縁談は望めないだろう。屋敷で肩身の狭い思いをしたくないのなら、王宮での近衛騎士としての勤めに励むのだな」
「ジェフリーや私の気分を害さないように、暫くは屋敷に戻ってこないように」
「分かりました」
両親から厳しい表情と声音で告げられた内容に微塵も反論する気はなく、カテリーナは神妙に頭を下げた。しかしそれでは気が済まない人間が、室内には2名存在していた。
「はぁ!? 父上、母上、それだけですか!? それでは全然、カテリーナに対しての罰になっていないではありませんか!」
「そうですわ! お二人ともカテリーナを甘やかしておられるから、どうせひと月もすれば帰ってこいと呼び寄せますよね!?」
憤然としながらジェスランとエリーゼが抗議の声を上げたが、そんな二人をジェフリーが冷たく見据えながら、予想外の事を言い渡した。
「それからジェスラン、エリーゼ。即刻、荷物を纏めにかかれ。侯爵家の次期後継者はジェスランではなく、ジュールにする。領地の館に向けてジュールを呼び寄せる手紙を書くとともに、王宮に願い出て貴族簿の記載変更の手続きを行うから、そのつもりでいろ。ジュールと入れ替わりでお前達が領地に赴いて、そちらの管理官を務めるのだ」
「……は?」
「なんですって!?」
「あの……、お父様? それは一体、どういう事ですか?」
父親の爆弾宣言にジェスラン達が愕然とした表情になり、いきなり領地の管理官をしている次兄の名前が出てきたことで、カテリーナは慌てて詳細について尋ねた。それに対し、ジェフリーは不気味なほど落ち着いた様子で説明を始めた。
目をすがめながら尋ねてきたジェフリーに、カテリーナは平然と真っ赤な嘘で応じた。
「はい。伯爵邸のお部屋で、脱いだドレスやアクセサリーを預かって貰っておりましたので」
「どこで着替えたなどとはどうでも良いが、どう考えてもお前一人ではできん芸当だな。用意周到な事だ」
「…………」
無表情で淡々と告げる父親に、カテリーナは内心で肝を冷やす。
(やっぱり、信じていないのよね。さて、どうしようかしら。手伝ってくれた、皆の名前を出すわけにはいかないし。申し訳ないけど最悪の場合、ジャスティン兄様の名前だけ出そうかしら。なんとか話題を逸らしたいけど……)
共犯者の存在をどう誤魔化そうかと、カテリーナは必死に考えを巡らせ始めたが、ここでジェフリー自ら唐突に話題を変えた。
「実は、ダマール殿の騎士団内での評判については、ラドクリフから詳しく聞いて知っていた」
「え?」
「なんですって!?」
「はい?」
淡々とジェフリーが口にした内容を聞いてジェスランとエリーゼは驚愕し、カテリーナは一瞬呆気に取られてから確認を入れた。
「それではお父様は、それを知っていた上で、今回の婚約話をお受けしたのですか?」
「いや、それを聞いたのは婚約が整って、それをお前に告げた後でだ。ある夜会にイーリスと出席した時、ラドクリフと顔を会わせてな。その時にお前とダマール殿との婚約の話をしたら、微妙な顔で口を閉ざしたのだ。彼の性格なら、すぐさま笑顔で祝辞を述べてくれただろう。それを不審に思ってしつこく問い詰めたら、三日目で口を割った。『他家の縁談にケチをつけたくない』と、相当言い渋ったがな」
「そうでしたか……。確かにラドクリフおじさまなら、軽率な発言はされないでしょうね」
ティアド伯爵家当主、かつダマールとカテリーナ両者が所属する近衛騎士団の長と言う立場も相まって、
ラドクリフが迂闊な事を口にできなかったことは想像に難くなく、カテリーナは納得して頷いた。
「その時に『どうして婚約を成立させる前に、私にダマールの評判を尋ねなかった。カテリーナが気の毒すぎる』と詰られ、『息子夫婦の話を鵜呑みにしたようだが、その二人の情報収集能力と判断力は皆無なのか?』と呆れられ、『カテリーナはダマールとの縁談を、断固拒否しなかったのか? さすがにお前の娘で豪胆だな』と感心された」
「…………」
感情が籠らない平坦な声でジェフリーが告げてきた内容に、ジェスランとエリーゼ、カテリーナは揃って無言になった。それに構わず、ジェフリーが話を続ける。
「確かに今回の話は、手放しで喜べる縁談ではなかったかもしれない。しかし逆に言えば、そこまで問題がある夫を御せる妻になれるのは、カテリーナ位しかいないかもしれないと思ったのだ」
「お父様……」
それは娘を思う父親の判断としてはどうなのかと、かなり複雑な心境に陥ったカテリーナだったが、取り敢えず余計な事を口にするのは避けた。すると夫に続いて、これまで無言を貫いていたイーリスが、沈痛な面持ちで口を開く。
「無理に婚約を解消する事も不可能では無かったけれど、結婚を機に、生活や性格がガラリと変わる殿方の話は良く聞きます。親の欲目かもしれないけど、一般的な令嬢達とは一線を画しているカテリーナだったら、それができるのではないかと変な期待を抱いてしまったのよ」
「お母様……」
正直に言えば、そんな変な期待はしないで欲しかったと思ったカテリーナだったが、何とか我慢して言いたい言葉を飲み込んだ。
「結婚自体を、単に面倒くさいと回避しているようにしか見えなかったからな。例え失敗したとしても、一度は結婚させてみるべきだと考えていた」
「お父様は、万が一結婚生活が上手くいかなかったら、すぐにでも別れさせる心積もりだったのよ? ラドクリフ様の話を聞いてからは、ジェスラン達のダマール殿に対する美辞麗句は、全て聞き流していたし」
「……そうでしたか」
(確かにナジェークの事は秘密にしているし、結婚自体を忌避していると思われるわよね。でも昨日からの態度を見ても、ダマールの本当のところをご存知のようには全然見えなかったのに、さすがはお父様とお母様と言うべきかしら? 簡単に思惑が透けて見えるお兄様達とは、やっぱり格が違うわ)
思いがけず知らされた真実に、カテリーナは唖然としながらも深く納得した。
「迂闊な事に、面と向かって抗議されなかったことで、カテリーナはこれ位手応えのある人間との縁談ではないと、これまで受ける気にもならなかったのかと考えていた」
「まさか立ち合いを画策して自ら相手を粉砕するつもりだったとは、夢にも思っていませんでした。そんな事態になるくらいなら、どんなに周囲から後ろ指をさされようとも、今回の婚約はなかった事にいたしましたとも」
「…………」
(結局私は、お父様とお母様がジェスラン兄様達の口車に簡単に乗せられたと、見くびっていたのよね。そこまで考えた上での事だったとは、予想だにしていなかったわ)
確かに最初は兄夫婦の言い分を鵜呑みにしていたとしても、一応両親が自分の事を真剣に考えてくれていたことが分かったカテリーナは、どうせ拒否しても無駄だろうと決めてかかったことに対して、申し訳ない気持ちになった。
「今回の事で、今後のお前の縁談は望めないだろう。屋敷で肩身の狭い思いをしたくないのなら、王宮での近衛騎士としての勤めに励むのだな」
「ジェフリーや私の気分を害さないように、暫くは屋敷に戻ってこないように」
「分かりました」
両親から厳しい表情と声音で告げられた内容に微塵も反論する気はなく、カテリーナは神妙に頭を下げた。しかしそれでは気が済まない人間が、室内には2名存在していた。
「はぁ!? 父上、母上、それだけですか!? それでは全然、カテリーナに対しての罰になっていないではありませんか!」
「そうですわ! お二人ともカテリーナを甘やかしておられるから、どうせひと月もすれば帰ってこいと呼び寄せますよね!?」
憤然としながらジェスランとエリーゼが抗議の声を上げたが、そんな二人をジェフリーが冷たく見据えながら、予想外の事を言い渡した。
「それからジェスラン、エリーゼ。即刻、荷物を纏めにかかれ。侯爵家の次期後継者はジェスランではなく、ジュールにする。領地の館に向けてジュールを呼び寄せる手紙を書くとともに、王宮に願い出て貴族簿の記載変更の手続きを行うから、そのつもりでいろ。ジュールと入れ替わりでお前達が領地に赴いて、そちらの管理官を務めるのだ」
「……は?」
「なんですって!?」
「あの……、お父様? それは一体、どういう事ですか?」
父親の爆弾宣言にジェスラン達が愕然とした表情になり、いきなり領地の管理官をしている次兄の名前が出てきたことで、カテリーナは慌てて詳細について尋ねた。それに対し、ジェフリーは不気味なほど落ち着いた様子で説明を始めた。
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