その華の名は
(25)挑発と水面下での決定
「ダマール様。さあ、どうぞ。お受け取りください。皆様をお待たせするのは申し訳ないですし、立ち合いを始めましょう。ちょうど適当な広さがありますし」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。どうして俺が、そんな事をしなければならないんだ」
「あら、逃げるのですか? 普段、騎士団内では随分と勇猛な事を口にされておいでですのに。普段のダマール様の言動を良く知る方々がこれを見たら、なんと仰るかしら?」
「…………っ!」
カテリーナが剣を差し出したが、ダマールは彼女を睨み付けたまま小さく歯軋りした。するとムンデスが楽しげな笑い声を上げてから、カテリーナに向かって話しかける。
「これはこれは、カテリーナ嬢は噂以上に勇猛果敢な女性だったのだな。実に、ダマールの妻に相応しい女性だ。気概ではダマールに負けず劣らず、いや勝っていると言っても良いだろう」
「恐縮です、カモスタット伯爵」
「だから立ち会いなどせずとも、貴女の勝ちで良いだろう」
「は?」
「え?」
「なんですって?」
「あの……、それはどういう意味でしょう?」
ムンデスが平然と口にした内容を聞いて、当事者のダマールや他の者達は揃って当惑した。それはカテリーナも同様であり、困惑顔で問い返すと、ムンデスが笑顔のまま話を続ける。
「言葉通りの意味だが? 先程カテリーナ嬢は『自分より強い相手としか結婚しない』と言っていたが、例えダマールがカテリーナ嬢を打ち負かしても、貴女のような意気軒昂な方であれば、感情的にしこりが残るだろう。俗っぽい言い方だが『夫婦円満の秘訣は妻の尻に敷かれる事だ』とも言いますからな」
「まあ! 伯爵様ったら!」
「これはまた、反応に困ることを仰らないで頂きたいな」
(ちっ! どうやらダマールに立ち合いをさせずに、切り抜けようという魂胆ね。もとより、素直に立ち合いを受けるなんて考えていなかったし、徹底的に煽ってやるだけよ!)
茶目っ気たっぷりにムンデスが周囲の者達に告げると、先程までの緊迫した空気が和らぎ、苦笑が広がっていく。そのままなし崩しに話を纏められては困るカテリーナは、これまでで一番の笑顔でムンデスに申し出た。
「それではムンデス様。私が、ダマール様との立ち合いで、勝利したとの認識で宜しいのですね?」
「ああ、勿論だ」
「それなら構いません。騎士団内で、私の面目が保たれますから。騎士団の食堂で、私とダマール様が婚約に関して話をしていたのを周囲の者達が耳にしていたので、同僚達に真偽を問われまして。それで『ダマール様と立ち合いをして、ダマール様が勝ったら結婚する』と説明したのです。明日出仕したら今日の首尾を聞かれる筈ですから、『ダマール様に勝ってしまったけれど、剛毅なカモスタット伯爵にダマール様以上の気概だと認められて、是非にと乞われて結婚することになった』と報告しますわ」
「ああ、それで良いだろう」
「なっ!? 父上、それは!」
ムンデスとしてはダマールの騎士団内での立場より、自分が主催している午餐会がつまらない騒ぎでぶち壊しにならない方がより重要だった為、カテリーナが素直に頷いた事で満足していた。しかしそれを聞いたダマールは顔色を変え、カテリーナがムンデスに気付かれないように、ダマールに一瞬酷く馬鹿にした笑みを向けたことで、ジェスランとエリーゼが憤怒の形相で言い募る。
「ダマール殿!! 女にここまで言いたい放題言わせておいて良いのですか!?」
「そうですわ! カテリーナは明日王宮に出向いたら、騎士団中に自分がダマール様に勝ったと吹聴しますわよ!?」
「黙れ! ジェスラン、エリーゼ! カモスタット伯爵が良いと言っているのだぞ!? お前達が口を挟む道理など無い!!」
そこでジェフリーが鋭く息子夫婦を叱責したが、激怒していた二人は恐れ入るどころか、むきになって言い返した。
「父上! ダマール殿のお立場を考えてのことです!! 対格差も体力差もある相手を打ち負かせないなど、近衛騎士の名折れですよ! カテリーナの話を鵜呑みにした連中に、ダマール殿が嘲笑されても良いと仰るのですか!?」
「お義父様は、ダマール様の誇りを踏みにじるおつもりですの!? 格下との立ち合いも受け入れられないなど、ダマール様は騎士としての誇りをお持ちではないと言われても、反論できませんわよ!?」
そんな金切り声を聞き流しながら、カテリーナは一度下ろした腕をもう一度上げて、ダマールに向かって剣を差し出す。
「外野が五月蝿すぎますね……。さあ、どうなさいます? どうせ騎士団は腰掛け程度でしょう? 今まで散々立場の弱い者達に対して好き勝手をしてきたのだから、その人達に思う存分嘲笑されて有終の美を飾れば良いわ。さぞかしその人達が喜んでくれるでしょう」
他者には聞こえない程度の声でそうカテリーナが口にした瞬間、自分がこれまで散々足蹴にしてきた連中に嘲笑される場面でも想像したのか、ダマールは顔を強張らせて彼女から剣を奪い取った。
「……よこせっ!」
「あら、やる気になったのね。すっかり怖じ気づいていたと思ったのに」
「貴様など、すぐに叩きのめしてやる! 後で泣いて詫びを入れても遅いからな!」
「さあ……、泣きが入るのは、どちらかしらね!?」
迷わず鞘から剣を抜いたダマールに、カテリーナも同様に素早く剣を抜きながら不敵な笑みで応じる。
「ダマール殿! 思い上がったカテリーナを蹴散らしてください!」
「勝つのは、ダマール様に決まっていますわ!」
「…………」
この展開に盛り上がっているのはジェスランとエリーゼだけであり、他の者達は剣を振るい始めた二人に呆れて渋面になったり、恐ろしげに顔を背けたりして、祝いの席は台無しになった。そんな周囲を見回してから、ムンデスが苦々しげに口を開く。
「これは駄目ですな……。我が家にはダマールの他にも息子や娘はいますが、気概の無い者ばかりで。多少乱暴者で周囲への配慮が欠けるところがあっても、あれが一番マシだと思っていたのですが。あの程度の挑発も受け流せないとは、実に情けない……」
ムンデスの横で、これまで無言を保っていたカナリアも深い溜め息を吐き、ジェフリーとイーリスが沈痛な面持ちで頭を下げる。
「ムンデス殿。この度は、誠に申し訳なく思っております」
「我が家の者達がこのような場所でとんだ失態を曝すことになったばかりか、こちらに大変なご迷惑をおかけいたしまして」
「それは、後日改めて謝罪していただきましょう。今回の事で、我が家の後継者はあれ以外の者にすることにしました。そんな状態では嫁取りなどもさせられませんので、今回のお話は無かったことにしていただきたい」
「了解致しました。カテリーナが許しがたい粗相をしたことで、そちらから白紙にしたとことにして頂ければ」
ジェフリーが神妙に頭を下げると、ムンデスが冷え冷えとした声で尋ねてくる。
「ご令嬢の悪評が上塗りされそうだが、そちらがそれで宜しいのならそういたします。ところで、あの目障りなご長男夫婦はどうなさるおつもりですか?」
「あれはダマール殿以上に、我が家の後継者としては不適格です。即刻、必要な措置をとるつもりです」
「それが良いでしょうな」
素っ気なく当主同士の話が纏まってから、ジェフリーはテーブルの向かい側に着席していたダトラール侯爵夫妻に視線を向けた。
「そういうわけなので、あなた方には申し訳ないが、諸々をご了解頂きたい」
その申し出に、エリーゼの両親である夫妻は、苦虫を噛み潰したかのような表情で応じる。
「……やむを得ませんな。あんな失態を目の当たりにしてしまった上で、あの2人を弁護しようとは思いません」
「それで、エリーゼの処遇はどうなさるおつもりですの?」
「ジェスランを後継者にはいたしませんが、エリーゼが我が家の嫁であることは変わりありません。一生生活に困らないように配慮する事を、お約束します」
「それなら我が家の方から、何も申し上げる事はございません。嫁いだ以上、エリーゼはガロア侯爵家の人間ですもの。そちらのお好きにしてくださって結構です」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
ジェフリーと共にイーリスも再度頭を下げ、本人達の知らないところで様々な事が取り決められていたが、その間もダマールとカテリーナの対決は続いていた。
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。どうして俺が、そんな事をしなければならないんだ」
「あら、逃げるのですか? 普段、騎士団内では随分と勇猛な事を口にされておいでですのに。普段のダマール様の言動を良く知る方々がこれを見たら、なんと仰るかしら?」
「…………っ!」
カテリーナが剣を差し出したが、ダマールは彼女を睨み付けたまま小さく歯軋りした。するとムンデスが楽しげな笑い声を上げてから、カテリーナに向かって話しかける。
「これはこれは、カテリーナ嬢は噂以上に勇猛果敢な女性だったのだな。実に、ダマールの妻に相応しい女性だ。気概ではダマールに負けず劣らず、いや勝っていると言っても良いだろう」
「恐縮です、カモスタット伯爵」
「だから立ち会いなどせずとも、貴女の勝ちで良いだろう」
「は?」
「え?」
「なんですって?」
「あの……、それはどういう意味でしょう?」
ムンデスが平然と口にした内容を聞いて、当事者のダマールや他の者達は揃って当惑した。それはカテリーナも同様であり、困惑顔で問い返すと、ムンデスが笑顔のまま話を続ける。
「言葉通りの意味だが? 先程カテリーナ嬢は『自分より強い相手としか結婚しない』と言っていたが、例えダマールがカテリーナ嬢を打ち負かしても、貴女のような意気軒昂な方であれば、感情的にしこりが残るだろう。俗っぽい言い方だが『夫婦円満の秘訣は妻の尻に敷かれる事だ』とも言いますからな」
「まあ! 伯爵様ったら!」
「これはまた、反応に困ることを仰らないで頂きたいな」
(ちっ! どうやらダマールに立ち合いをさせずに、切り抜けようという魂胆ね。もとより、素直に立ち合いを受けるなんて考えていなかったし、徹底的に煽ってやるだけよ!)
茶目っ気たっぷりにムンデスが周囲の者達に告げると、先程までの緊迫した空気が和らぎ、苦笑が広がっていく。そのままなし崩しに話を纏められては困るカテリーナは、これまでで一番の笑顔でムンデスに申し出た。
「それではムンデス様。私が、ダマール様との立ち合いで、勝利したとの認識で宜しいのですね?」
「ああ、勿論だ」
「それなら構いません。騎士団内で、私の面目が保たれますから。騎士団の食堂で、私とダマール様が婚約に関して話をしていたのを周囲の者達が耳にしていたので、同僚達に真偽を問われまして。それで『ダマール様と立ち合いをして、ダマール様が勝ったら結婚する』と説明したのです。明日出仕したら今日の首尾を聞かれる筈ですから、『ダマール様に勝ってしまったけれど、剛毅なカモスタット伯爵にダマール様以上の気概だと認められて、是非にと乞われて結婚することになった』と報告しますわ」
「ああ、それで良いだろう」
「なっ!? 父上、それは!」
ムンデスとしてはダマールの騎士団内での立場より、自分が主催している午餐会がつまらない騒ぎでぶち壊しにならない方がより重要だった為、カテリーナが素直に頷いた事で満足していた。しかしそれを聞いたダマールは顔色を変え、カテリーナがムンデスに気付かれないように、ダマールに一瞬酷く馬鹿にした笑みを向けたことで、ジェスランとエリーゼが憤怒の形相で言い募る。
「ダマール殿!! 女にここまで言いたい放題言わせておいて良いのですか!?」
「そうですわ! カテリーナは明日王宮に出向いたら、騎士団中に自分がダマール様に勝ったと吹聴しますわよ!?」
「黙れ! ジェスラン、エリーゼ! カモスタット伯爵が良いと言っているのだぞ!? お前達が口を挟む道理など無い!!」
そこでジェフリーが鋭く息子夫婦を叱責したが、激怒していた二人は恐れ入るどころか、むきになって言い返した。
「父上! ダマール殿のお立場を考えてのことです!! 対格差も体力差もある相手を打ち負かせないなど、近衛騎士の名折れですよ! カテリーナの話を鵜呑みにした連中に、ダマール殿が嘲笑されても良いと仰るのですか!?」
「お義父様は、ダマール様の誇りを踏みにじるおつもりですの!? 格下との立ち合いも受け入れられないなど、ダマール様は騎士としての誇りをお持ちではないと言われても、反論できませんわよ!?」
そんな金切り声を聞き流しながら、カテリーナは一度下ろした腕をもう一度上げて、ダマールに向かって剣を差し出す。
「外野が五月蝿すぎますね……。さあ、どうなさいます? どうせ騎士団は腰掛け程度でしょう? 今まで散々立場の弱い者達に対して好き勝手をしてきたのだから、その人達に思う存分嘲笑されて有終の美を飾れば良いわ。さぞかしその人達が喜んでくれるでしょう」
他者には聞こえない程度の声でそうカテリーナが口にした瞬間、自分がこれまで散々足蹴にしてきた連中に嘲笑される場面でも想像したのか、ダマールは顔を強張らせて彼女から剣を奪い取った。
「……よこせっ!」
「あら、やる気になったのね。すっかり怖じ気づいていたと思ったのに」
「貴様など、すぐに叩きのめしてやる! 後で泣いて詫びを入れても遅いからな!」
「さあ……、泣きが入るのは、どちらかしらね!?」
迷わず鞘から剣を抜いたダマールに、カテリーナも同様に素早く剣を抜きながら不敵な笑みで応じる。
「ダマール殿! 思い上がったカテリーナを蹴散らしてください!」
「勝つのは、ダマール様に決まっていますわ!」
「…………」
この展開に盛り上がっているのはジェスランとエリーゼだけであり、他の者達は剣を振るい始めた二人に呆れて渋面になったり、恐ろしげに顔を背けたりして、祝いの席は台無しになった。そんな周囲を見回してから、ムンデスが苦々しげに口を開く。
「これは駄目ですな……。我が家にはダマールの他にも息子や娘はいますが、気概の無い者ばかりで。多少乱暴者で周囲への配慮が欠けるところがあっても、あれが一番マシだと思っていたのですが。あの程度の挑発も受け流せないとは、実に情けない……」
ムンデスの横で、これまで無言を保っていたカナリアも深い溜め息を吐き、ジェフリーとイーリスが沈痛な面持ちで頭を下げる。
「ムンデス殿。この度は、誠に申し訳なく思っております」
「我が家の者達がこのような場所でとんだ失態を曝すことになったばかりか、こちらに大変なご迷惑をおかけいたしまして」
「それは、後日改めて謝罪していただきましょう。今回の事で、我が家の後継者はあれ以外の者にすることにしました。そんな状態では嫁取りなどもさせられませんので、今回のお話は無かったことにしていただきたい」
「了解致しました。カテリーナが許しがたい粗相をしたことで、そちらから白紙にしたとことにして頂ければ」
ジェフリーが神妙に頭を下げると、ムンデスが冷え冷えとした声で尋ねてくる。
「ご令嬢の悪評が上塗りされそうだが、そちらがそれで宜しいのならそういたします。ところで、あの目障りなご長男夫婦はどうなさるおつもりですか?」
「あれはダマール殿以上に、我が家の後継者としては不適格です。即刻、必要な措置をとるつもりです」
「それが良いでしょうな」
素っ気なく当主同士の話が纏まってから、ジェフリーはテーブルの向かい側に着席していたダトラール侯爵夫妻に視線を向けた。
「そういうわけなので、あなた方には申し訳ないが、諸々をご了解頂きたい」
その申し出に、エリーゼの両親である夫妻は、苦虫を噛み潰したかのような表情で応じる。
「……やむを得ませんな。あんな失態を目の当たりにしてしまった上で、あの2人を弁護しようとは思いません」
「それで、エリーゼの処遇はどうなさるおつもりですの?」
「ジェスランを後継者にはいたしませんが、エリーゼが我が家の嫁であることは変わりありません。一生生活に困らないように配慮する事を、お約束します」
「それなら我が家の方から、何も申し上げる事はございません。嫁いだ以上、エリーゼはガロア侯爵家の人間ですもの。そちらのお好きにしてくださって結構です」
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