その華の名は
(24)当惑
「本当にこちらの庭園は見事ですこと」
「ええ、花が咲き乱れていて、良い季節ですわね」
「ところで、招待客の皆様もお揃いになりましたし、そろそろ開始の刻限ですが」
「ああ、ダマールがやって来ましたね。おや? カテリーナ嬢は?」
カモスタット伯爵邸の広い庭園には、その一角に開けたスペースがあり、周囲の花々を観賞しながら設けられたテーブルに着いた招待客達が楽しげに語り合っていた。すると午餐会開始時刻になってダマールが姿を見せたが、傍らにカテリーナがいない為、ムンデスが怪訝な顔で尋ねる。
「ダマール、どうして一人で来たんだ? カテリーナ嬢はどうした」
その問いかけに、ダマールは憮然とした表情で答える。
「父上。カテリーナは第三応接室にいると聞いたのですが、そこは無人でした。念の為、第一応接室と第二応接室も確認しましたが、どこにも姿が見えません」
「なんだと?」
「そんな馬鹿な!」
「ちゃんとメイドも付けておきましたのよ!?」
息子の話を聞いてムンデスは不快そうに眉根を寄せ、ジェスランとエリーゼは狼狽した声を上げた。するとダマールがやって来た方向とは、ほぼ真逆の場所から明るい声が響く。
「皆様、お待たせいたしました!」
その場全員が声のした方に目を向けると、そこには近衛騎士団の制服を身に着けたカテリーナが、悪びれない笑顔を浮かべて立っていた。
「え?」
「まあ……、何事なの?」
「あの姿は……」
「カテリーナ! お前、なんて格好をしている!!」
招待客のほとんどはカテリーナの姿に当惑したり呆れたりしただけであったが、ジェスランは怒りの形相で妹を叱りつけた。しかしカテリーナは、それに全く動じずに応じる。
「まあ……、ジェスラン兄様。どうしてそんなに驚かれますの? この衣装や剣は、兄様とエリーゼ義姉様が私とダマール様の立ち合いの為に、持ち込んでくださった物ですのに」
「なんだと!?」
「さすがにカモスタット伯爵邸をこの姿で訪問するのは失礼だからドレス姿で出向くけれど、後で着替えるように予め連絡して、こちらに昨日のうちに持ち込んでくださっていたのではありませんか。先程それを受け取って、着替えただけですのよ?」
「そんな筈はないわよ!」
しらばっくれたカテリーナの台詞をエリーゼは盛大に否定したが、カテリーナは不思議そうな顔を装いつつ尋ねた。
「あら、エリーゼ義姉様。それではこれは、誰がどこからこちらに持ち込んだのでしょう? 私は今日こちらに来た時、こちらを持参してはおりません。それはお父様達やカモスタット伯爵様達も、ご存じですが?」
「そんな事知るか!」
「お兄様? そのように急に声を荒らげて、どうなさいましたの? 我が家とカモスタット伯爵家と懇意にしている方々の前で、そんな粗野な振る舞いは控えた方がよろしいかと思います。侯爵家後継者としての、資質を疑われかねませんわ」
「このっ……!」
憂い顔で溜め息を吐いてみせた妹に怒声を浴びせようとしたジェスランは、人目を気にして辛うじて踏みとどまったが、そんな兄夫婦を半ば無視してカテリーナはダマールに宣言した。
「それではダマール様、私と剣での立ち合いをしてくださいませ。ダマール様が勝ったら、私は喜んであなたと結婚いたします。私、自分より弱い方と結婚する気はありませんから」
「……なんだと?」
笑顔で言いきったカテリーナを、ここまで黙っていたダマールが眼光鋭く睨み付けた。その彼の様子を目の当たりにしたジェスランが、狼狽しながら声を張り上げる。
「カテリーナ! 自分に勝てば結婚するなどと、ダマール殿に対して失礼にもほどがあるぞ!」
その叫びに、カテリーナはおかしそうに笑いながら答えた。
「まあぁ、ジェスラン兄様。ついこの前と、言った内容が随分異なっておりますわよ? ダマール様と私では勝負にならないとまで言ったではありませんか。それともお兄様はああ言っておきながら、実はダマール様の勝利を疑っておいででしたの?」
「馬鹿を言うな! ダマール殿が勝つに決まっている!」
「それなら、私が勝負を挑んでも、何ら失礼なことはありませんよね? 先程の物言いでは、お兄様がまるでダマール様が私に負けるのを心配しているように聞こえましたもの。先程もご指摘しましたが、お兄様は言葉遣いにももう少し注意した方がよろしいみたいですわ」
「カテリーナ! あなたね!」
エリーゼも憤然として会話に割り込もうとしたが、カテリーナはそれに含み笑いで応じた。
「お義姉様も、ダマール様の勝利は明らかだけど、広い心で私との立ち合いを快く受け入れてくださったと仰っていたではありませんか。それなのに、実はダマール様が敗北を恐れて、私との立ち合いを回避するだろうと考えておいでだったのですか? 心の中で、随分とダマール様を見くびった事をお考えだったのですね」
「そんな筈はないでしょう! あなたなんかダマール様にかかったら勝負にならなくて、ものの数分で勝負がつくわよ! 増長するのもいい加減になさい!」
「ジェスラン、エリーゼ! いい加減にしろ!」
「しかし父上!」
「お義父様、カテリーナがジェスランだけではなく、ダマール様にまで失礼なことを!」
体面など考えもせず、息子夫婦が喚き散らしているのを見て、ここでジェフリーが鋭い声で制止した。
そしてなおも不満そうに訴えるジェスラン達に、無表情のまま尋ねる。
「一つ聞くが、先程からの話では、お前達は事前にカテリーナとダマール殿が立ち合う話をしたとのことだが、それは事実か?」
「それは……、確かに言いましたが!」
「決して許可などしておりませんわ!」
さすがに全てを無かったことにできないと判断したジェスランとエリーゼは顔色を変えて弁解したが、ジェフリーの問いは続いた。
「それならどうして、カテリーナがあの衣装に着替えている。今日こちらに出向く時に、馬車には何も積み込んではいなかったが?」
「それも、私達は預かり知らぬことです! 昨日預かったカテリーナの着替えや剣は、私達の部屋に保管したままですから!」
「ジェスラン!」
「……ほぅ? お前達の部屋に保管してあるのか。それは不思議だな。そして確かに、そういう話になってはいたのだな」
「…………」
必死に言い募るあまり正直に口にしてしまったジェスランを、エリーゼが慌てて制止した。しかしジェスラン達がカテリーナと立ち合いの話をした上で衣装を預かったこと、しかもそれを隠蔽していることまで暴露したも同然であり、ジェフリーの目付きが不穏な物に変化する。
ジェスランとエリーゼが顔色を無くして口を閉ざし、周囲の者達も互いの顔を見合わせながら事態の推移を見守る中、一人のメイドがその場に駆け込んできた。
「ダマール様、お待たせしました! ご指示通り、剣をお持ちしました!」
辞めさせたジェシカの代わりに自分付きになったばかりの若いメイドが、そう言いながら自分の剣を差し出したのを見て、ダマールは呆気に取られながら問い返した。
「はぁ? お前どうしてここに、こんな物を持ってきたんだ?」
「え? つい先程、こちらの警備担当の騎士から『午餐会の前にダマール様とカテリーナ様が剣技を披露するから、急いでダマール様の剣を持ってくるようにと、招待客から指示された』と伝えられたので、お部屋から持ってきたのですが……」
「わ、私は、何も指示してはおりません!」
「私もですわ!」
「…………」
真相は、伯爵家お抱えの騎士の扮装をしたヴァイスが、頃合いを見て屋敷内に侵入し、何食わぬ顔で身元を偽りながらメイドに指示したのだった。しかしそんな事はカテリーナ以外の者には全く預かり知らぬ事であり、話の流れ上、ジェスラン達に疑惑の目が向けられる。しかしカテリーナはそれを無視しながら、やって来たメイドに笑顔で声をかけた。
「ご苦労様。それはこちらで預かるわ。持ち場に戻って良いわよ?」
「はい。それでは失礼いたします」
カテリーナに持参した剣を渡し、問題なく用を済ませたと判断したメイドは、安堵した表情で一礼して屋敷内に戻っていった。
「ええ、花が咲き乱れていて、良い季節ですわね」
「ところで、招待客の皆様もお揃いになりましたし、そろそろ開始の刻限ですが」
「ああ、ダマールがやって来ましたね。おや? カテリーナ嬢は?」
カモスタット伯爵邸の広い庭園には、その一角に開けたスペースがあり、周囲の花々を観賞しながら設けられたテーブルに着いた招待客達が楽しげに語り合っていた。すると午餐会開始時刻になってダマールが姿を見せたが、傍らにカテリーナがいない為、ムンデスが怪訝な顔で尋ねる。
「ダマール、どうして一人で来たんだ? カテリーナ嬢はどうした」
その問いかけに、ダマールは憮然とした表情で答える。
「父上。カテリーナは第三応接室にいると聞いたのですが、そこは無人でした。念の為、第一応接室と第二応接室も確認しましたが、どこにも姿が見えません」
「なんだと?」
「そんな馬鹿な!」
「ちゃんとメイドも付けておきましたのよ!?」
息子の話を聞いてムンデスは不快そうに眉根を寄せ、ジェスランとエリーゼは狼狽した声を上げた。するとダマールがやって来た方向とは、ほぼ真逆の場所から明るい声が響く。
「皆様、お待たせいたしました!」
その場全員が声のした方に目を向けると、そこには近衛騎士団の制服を身に着けたカテリーナが、悪びれない笑顔を浮かべて立っていた。
「え?」
「まあ……、何事なの?」
「あの姿は……」
「カテリーナ! お前、なんて格好をしている!!」
招待客のほとんどはカテリーナの姿に当惑したり呆れたりしただけであったが、ジェスランは怒りの形相で妹を叱りつけた。しかしカテリーナは、それに全く動じずに応じる。
「まあ……、ジェスラン兄様。どうしてそんなに驚かれますの? この衣装や剣は、兄様とエリーゼ義姉様が私とダマール様の立ち合いの為に、持ち込んでくださった物ですのに」
「なんだと!?」
「さすがにカモスタット伯爵邸をこの姿で訪問するのは失礼だからドレス姿で出向くけれど、後で着替えるように予め連絡して、こちらに昨日のうちに持ち込んでくださっていたのではありませんか。先程それを受け取って、着替えただけですのよ?」
「そんな筈はないわよ!」
しらばっくれたカテリーナの台詞をエリーゼは盛大に否定したが、カテリーナは不思議そうな顔を装いつつ尋ねた。
「あら、エリーゼ義姉様。それではこれは、誰がどこからこちらに持ち込んだのでしょう? 私は今日こちらに来た時、こちらを持参してはおりません。それはお父様達やカモスタット伯爵様達も、ご存じですが?」
「そんな事知るか!」
「お兄様? そのように急に声を荒らげて、どうなさいましたの? 我が家とカモスタット伯爵家と懇意にしている方々の前で、そんな粗野な振る舞いは控えた方がよろしいかと思います。侯爵家後継者としての、資質を疑われかねませんわ」
「このっ……!」
憂い顔で溜め息を吐いてみせた妹に怒声を浴びせようとしたジェスランは、人目を気にして辛うじて踏みとどまったが、そんな兄夫婦を半ば無視してカテリーナはダマールに宣言した。
「それではダマール様、私と剣での立ち合いをしてくださいませ。ダマール様が勝ったら、私は喜んであなたと結婚いたします。私、自分より弱い方と結婚する気はありませんから」
「……なんだと?」
笑顔で言いきったカテリーナを、ここまで黙っていたダマールが眼光鋭く睨み付けた。その彼の様子を目の当たりにしたジェスランが、狼狽しながら声を張り上げる。
「カテリーナ! 自分に勝てば結婚するなどと、ダマール殿に対して失礼にもほどがあるぞ!」
その叫びに、カテリーナはおかしそうに笑いながら答えた。
「まあぁ、ジェスラン兄様。ついこの前と、言った内容が随分異なっておりますわよ? ダマール様と私では勝負にならないとまで言ったではありませんか。それともお兄様はああ言っておきながら、実はダマール様の勝利を疑っておいででしたの?」
「馬鹿を言うな! ダマール殿が勝つに決まっている!」
「それなら、私が勝負を挑んでも、何ら失礼なことはありませんよね? 先程の物言いでは、お兄様がまるでダマール様が私に負けるのを心配しているように聞こえましたもの。先程もご指摘しましたが、お兄様は言葉遣いにももう少し注意した方がよろしいみたいですわ」
「カテリーナ! あなたね!」
エリーゼも憤然として会話に割り込もうとしたが、カテリーナはそれに含み笑いで応じた。
「お義姉様も、ダマール様の勝利は明らかだけど、広い心で私との立ち合いを快く受け入れてくださったと仰っていたではありませんか。それなのに、実はダマール様が敗北を恐れて、私との立ち合いを回避するだろうと考えておいでだったのですか? 心の中で、随分とダマール様を見くびった事をお考えだったのですね」
「そんな筈はないでしょう! あなたなんかダマール様にかかったら勝負にならなくて、ものの数分で勝負がつくわよ! 増長するのもいい加減になさい!」
「ジェスラン、エリーゼ! いい加減にしろ!」
「しかし父上!」
「お義父様、カテリーナがジェスランだけではなく、ダマール様にまで失礼なことを!」
体面など考えもせず、息子夫婦が喚き散らしているのを見て、ここでジェフリーが鋭い声で制止した。
そしてなおも不満そうに訴えるジェスラン達に、無表情のまま尋ねる。
「一つ聞くが、先程からの話では、お前達は事前にカテリーナとダマール殿が立ち合う話をしたとのことだが、それは事実か?」
「それは……、確かに言いましたが!」
「決して許可などしておりませんわ!」
さすがに全てを無かったことにできないと判断したジェスランとエリーゼは顔色を変えて弁解したが、ジェフリーの問いは続いた。
「それならどうして、カテリーナがあの衣装に着替えている。今日こちらに出向く時に、馬車には何も積み込んではいなかったが?」
「それも、私達は預かり知らぬことです! 昨日預かったカテリーナの着替えや剣は、私達の部屋に保管したままですから!」
「ジェスラン!」
「……ほぅ? お前達の部屋に保管してあるのか。それは不思議だな。そして確かに、そういう話になってはいたのだな」
「…………」
必死に言い募るあまり正直に口にしてしまったジェスランを、エリーゼが慌てて制止した。しかしジェスラン達がカテリーナと立ち合いの話をした上で衣装を預かったこと、しかもそれを隠蔽していることまで暴露したも同然であり、ジェフリーの目付きが不穏な物に変化する。
ジェスランとエリーゼが顔色を無くして口を閉ざし、周囲の者達も互いの顔を見合わせながら事態の推移を見守る中、一人のメイドがその場に駆け込んできた。
「ダマール様、お待たせしました! ご指示通り、剣をお持ちしました!」
辞めさせたジェシカの代わりに自分付きになったばかりの若いメイドが、そう言いながら自分の剣を差し出したのを見て、ダマールは呆気に取られながら問い返した。
「はぁ? お前どうしてここに、こんな物を持ってきたんだ?」
「え? つい先程、こちらの警備担当の騎士から『午餐会の前にダマール様とカテリーナ様が剣技を披露するから、急いでダマール様の剣を持ってくるようにと、招待客から指示された』と伝えられたので、お部屋から持ってきたのですが……」
「わ、私は、何も指示してはおりません!」
「私もですわ!」
「…………」
真相は、伯爵家お抱えの騎士の扮装をしたヴァイスが、頃合いを見て屋敷内に侵入し、何食わぬ顔で身元を偽りながらメイドに指示したのだった。しかしそんな事はカテリーナ以外の者には全く預かり知らぬ事であり、話の流れ上、ジェスラン達に疑惑の目が向けられる。しかしカテリーナはそれを無視しながら、やって来たメイドに笑顔で声をかけた。
「ご苦労様。それはこちらで預かるわ。持ち場に戻って良いわよ?」
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