その華の名は

篠原皐月

(19)諦観

 途中、本題よりもはるかに時間を要した脱線話で紆余曲折したものの、ナジェーク達はなんとか夕刻までに、午餐会に関する打ち合わせを終わらせることができた。
「カテリーナへの諸々の説明は、君からして貰えるかな。直接寮に出向いて説明できれば確実で、心配がいらないからね」
 ナジェークにそう声をかけられたティナレアは完全に諦め、かつ納得して頷く。


「確かにそれを踏まえて、ジャスティン隊長は私に声をかけたのでしょうね。了解したわ。カテリーナへの連絡と説明は任せて」
「よろしく頼むよ」
「それでは、当日はよろしく」
「本日は御足労いただき、ありがとうございました」
 ナジェークに引き続き、ヴァイスとアルトーが参加者に頭を下げて会合はお開きになり、各自部屋を出て歩き出した。挨拶を済ませたイズファインはサビーネをリール伯爵邸に送っていき、自然とクロードとティナレアが並んで歩き出す。


「ティナレア。寮まで一緒に行こう」
「ええ」
 それから少しの間、微妙に気詰まりな空気が続いてから、ティナレアが溜め息まじりに言い出す。


「それにしても……、クロード。これまで私が知らないところで、随分活躍していたのね」
「いや、活躍というほどでは……。俺達がしていたのは殆ど騎士団内での情報操作で、時々はシェーグレン公爵家の馬車を使って裏工作をしていたが、後は当日の諸々の対応くらいで……」
 控え目に弁解してくる恋人を、ティナレアは若干冷めた目で見やった。


「万が一、事が露見した場合の危険性は考えなかったわけ?」
「正直に言うと、そこら辺はあまり考えていなかったというか……。エセリア様だったら、何でもやり遂げてしまうかなと……」
「すっかり洗脳されているわけね……。恐るべし、シェーグレン家の兄妹きょうだい
 がっくりと肩を落としたティナレアに、クロードはこれ以上余計な事は言わず、なるべく彼女を刺激しないように様子を窺いながら歩き続けた。




 その日、夕食を食べ終えたティナレアは、カテリーナの部屋を訪れた。
「カテリーナ。ちょっとお邪魔しても良い?」
「構わないわよ。ティナレア、どうかしたの?」
 同様に食事を済ませ、自室でのんびり過ごしていたカテリーナが何気なく尋ねると、椅子に座ったティナレアは、真顔で単刀直入に話を切り出す。


「今日、カモスタット伯爵邸での午餐会に関して、詳細な打ち合わせをしてきてね。それをカテリーナに伝える役目を仰せつかったのよ」
「午餐会って、ティナレア!? あなた、まさか!」
 いきなりとんでもない事を言われたカテリーナは狼狽して腰を浮かせかけたが、対するティナレアは淡々と話を続ける。


「ジャスティン隊長から力を貸してくれと言われて出向いたら、あらあらびっくりな展開が待っていたの。人生って驚きが一杯なんだって、今日まざまざと思い知ったわ」
「ジャスティン兄様……。どうしてティナレアを巻き込むような真似を……」
 自分の兄が関わっていた事実を知って、カテリーナは思わず恨み言を漏らしたが、冷静な口調でのティナレアの話が続いた。


「それで、あなたの内々の婚約者って、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンだったのね。学園在学中は直に話す機会も無かったし、顔と頭と家柄と三拍子揃っているわりには、人当たりの良い温厚な人物みたいだなと思っていたけれど…………。色々頑張って。陰ながら応援しているわ」
 何故か魂が抜けかけたようなティナレアの表情を見て、カテリーナの顔が微妙に引き攣る。


「ナジェークとも、顔を会わせたのね……。一体、何があったの?」
「まあ、でも……、あのダマールと比べたら、遥かにマシよね。うん、そうだわ。確かにそうよ」
「ティナレア、何をそんなに自分自身に言い聞かせているわけ? 本当に、今日何があったのよ!?」
「取り敢えず、事務的に話を進めるわ。なんだかんだ言っても、カテリーナが一番大変そうだし。それで、前日から当日にかけての流れだけど……」
 カテリーナの追及を半ば無視し、ティナレアは順序立てて説明を始めた。それにカテリーナは声もなく聞き入っていたが、かなりの時間をかけてティナレアが説明を終えると、無言のままテーブルに突っ伏す。


「…………」
「カテリーナ。大丈夫?」
 憐憫の眼差しでティナレアが声をかけると、カテリーナがのろのろと上半身を起こしながら尋ねる。
「今聞いた内容を、本当に実行するわけ? 成功すると思っているの?」
 その問いかけに、ティナレアは微妙に視線を逸らしながら答える。


「……成功するんじゃない? ついでに私達が在学中の頃から、クレランス学園内で繰り広げられていた陰謀についても、サビーネ様から詳細なところを聞かせて貰ったの。カテリーナは、エセリア様が自身の婚約を破棄しようと目論んでいたのは知っていたのよね?」
「え? ええ、それはナジェークから聞いていたけど、詳しい事は……。まさかグラディクト殿下が建国記念式典であんな暴挙に及ぶとは、夢にも思っていなかったわよ」
 カテリーナがそんな弁解じみた台詞を口にすると、ティナレアは深く頷く。


「そうでしょうね……。知っていたなら止めたわよね、カテリーナなら」
「ティナレアは聞いてきたの? 結局、どういう事だったのかしら? 私、詳細をまだ聞いていないのだけど」
「それなら又聞きで悪いけど、一通り教えてあげるわ」
 そして引き続きティナレアから語られた内容を聞いたカテリーナは、怒るのを通り越して呆れ果ててしまった。


「……エセリア様、ナジェーク。イズファインやサビーネ様に、クロードまで……。なんて大がかりで、姑息な計略を……」
 俯き加減で拳を震わせているカテリーナに、ここでティナレアが真剣な表情で言い聞かせる。
「カテリーナ。取り敢えず、ここは腹を括って頑張るわよ」
「そうね……。やるしかないわね。本当に、勘当覚悟でやり遂げてみせるわ」
 ここで二人は、これ以上はない位の本気の顔を見合わせて、作戦の成功を誓い合ったのだった。



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