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その華の名は

篠原皐月

（17）驚愕の事実

　ジャスティンから指定された日。ティナレアは時刻に余裕を持ってワーレス商会本店を訪れ、奥の方にいた年嵩の店員に声をかけた。

「お仕事中、すみません。ティナレア・ヴァン・マーティンと申します。ジャスティン・ヴァン・ガロアさんから話が伝わっていると思うのですが、デリシュさんに取り次いでいただけますか？」
「デリシュから話は聞いております。奥にお進みください。ご案内します」
「ありがとうございます」
　話が通じなかったらどうしようかとティナレアは内心不安だったが、すぐに一般の客が入らないスペースに通され、安堵して周囲の観察をしながら先導する店員に続いて奥へと進んだ。

（さすがこの十年あまりで、王都でも指折りの商会に躍進したワーレス商会。店構えも店員数も凄いわね。それにこういう部屋の貸し出しもしているだなんて、知らなかったわ）
　そして廊下を進みながら、今更な事を考える。

（そういえば、ジャスティン隊長から協力を要請された時、どんなことをすれば良いのか具体的な内容を聞いていなかったわ……。でもこれから聞かされると思うし、騎士団内で噂を流すとかそんな感じかしら？　ジャスティン隊長からの話だし、あまり変な事はさせられないわよね）
　あまり危機感を感じないままティナレアは進み、あるドアの前で立ち止まった。

「こちらのお部屋になります。他の方々もお揃いですので、お入りください」
「ありがとうございます」
　案内してきた店員が笑顔で告げて店舗に戻って行き、その場に一人残ったティナレアは気を引き締めた。

（そうか。当然、私だけではないのよね。初対面の人達だと思うし、ジャスティン隊長の顔を潰さない為にも、きちんとしないといけないわ）
　そう考えた彼女は深呼吸してからドアをノックし、それを押し開けながら室内の人間に対して断りを入れた。

「失礼します」
　そうして一歩足を踏み入れたティナレアは、頭を下げながら挨拶の言葉を口にする。
「初めまして、ティナレア・ヴァン・マーティンと申します。今日はよろし」
「ティナレア!?　どうしてここに!?」
「え？」
　狼狽した聞き慣れた声に、反射的にティナレアが顔を上げると、テーブルの向こう側にいたクロードとまともに目が合った。

「クロード!?　あなた、今日勤務じゃなかったの!?」
「ティナレアも、急なシフト変更って言っていたよな!?」
　二人揃って声を裏返らせたが、それ以上の歓声がティナレアの至近距離で発生した。

「きゃあぁぁぁっ！　ティナレア様、お久しぶりです！　サビーネ・ヴァン・リールです！　覚えていらっしゃいますか!?」
　自分に飛び付くように駆け寄ってきた女性が、クレランス学園で初めて剣術大会が開催された際、観覧席で華やか過ぎるにもほどがある応援を繰り広げた首謀者であったため、その時の事を忘れようにも忘れられなかったティナレアは、盛大に顔を引き攣らせつつも失礼のないように感謝の言葉を述べた。

「あ、ええと、はい……。お久しぶりです、サビーネ様。サビーネ様やご友人の皆様には、三年前の剣術大会の折にはカテリーナともども盛大に応援をしていただき、誠にありがとうございました……」
「私、あの時のティナレア様の勇姿を、つい昨日の出来事のように思い浮かべることができますわ！　まさに、あの横断幕のキャッチフレーズの如く、蝶のように舞い、蜂のように刺すあの精悍なお姿！」
「サビーネ、そこまでだ。そろそろ時刻になるから、席に着いてくれ。ティナレア、騒々しくてすまない。取り敢えずクロードの隣が空いているから、そこに座ってくれないか？」
「え、ええ……、イズファイン。分かったわ」
　下手をすると延々と当時の事を喋り続けそうなサビーネを、どうやら彼女の隣に座っていたらしいイズファインが席を立ち、婚約者である彼女を宥めながら詫びを入れてくる。同期であるイズファインが取りなしてくれた事に安堵したティナレアは、急いでテーブルを回り込んでクロードの隣に座った。そして声を潜めながらクロードを問い質す。

「ちょっとクロード！　これは一体、どういうことよ!?」
　その追及に、クロードは溜め息を吐いてから説明を始めた。

「話せば長いが……、騎士団選抜のあり方を変えるためにエセリア様が学園内で剣術大会を企画した頃から、イズファインとは協力関係だったのは知っているだろう？」
「勿論よ。騎士科内でも不正や脅迫事件が起きないように、当時上級学年だったクロード達が、目を光らせていたのを知っているわ」
「その後も、俺のような平民でも公平に近衛騎士団に推薦して貰える道筋を作ってくれたエセリア様への恩返しの意味で、彼女やイズファインの計画に協力していたんだが、その繋がりで彼の手伝いをする事になったんだ。だってカテリーナとダマールの縁談なんて、潰すの一択だろう？　彼女はお前の親友だし、怒るに決まっているからな」
「それは分かるけど、エセリア様やイズファインの計画って何？　それに『彼』って誰のこと？　ジャスティン隊長？」
　何気なくティナレアが口を挟むと、クロードは驚愕の表情になった。

「は？　ティナレア。まさかお前、カテリーナの内々の婚約者が誰か知らないのか!?」
「え？　だって、ジャスティン隊長からは聞いていなくて……。まさか、クロードは知っているの!?」
「時間通り来ましたが、私が最後でしたか。お待たせしてすみません」
　二人揃って動揺しながら顔を見合わせたところで、謝罪の言葉と共に三人の男性が現れた。その中の一人に見覚えがあったティナレアは、困惑も露わに問いかける。

「……え？　ええと、ナジェーク・ヴァン・シェーグレン？　エセリア様の兄で王太子殿下の筆頭補佐官が、どうしてこんな所に？　王太子殿下の婚約破棄騒動で巻き添えを食って、謹慎中とかじゃないの？」
　それを聞いたナジェークは、薄笑いを浮かべながら状況を説明する。

「あの大馬鹿排太子の腰巾着の他の補佐官はそうだが、私は婚約破棄されたエセリアの実兄だからね。エセリアに非が全く無いと証明されたから、真面目に業務を遂行していた私はお咎め無しさ。次期王太子筆頭補佐官就任も内定して、今は気楽な待機中の身だ」
「はぁ……、それは不幸中の幸いというか、なんというか……。それで、その待機中の次期王太子筆頭補佐官様が、どうしてここに……」
　ティナレアは戸惑いながら答えを求めてクロードに視線を向けたが、彼は無言で視線を逸らした。反射的にイズファインにも無言で尋ねると彼も同様であり、ティナレアは勢いよく立ち上がりながらナジェークに向かって絶叫する。

「ちょっと待って！　まさか、カテリーナの相手ってあなたなの!?　嘘!?　カテリーナもジャスティン隊長も、そんなことは一言も言ってなかったわよ!?」
「鈍いな。やっと気がついたのか」
「なんですって!?」
　おかしそうに笑われてティナレアは激昂したが、そんな彼女をクロードが必死に宥め、イズファインが慌ててナジェークを諫める。

「ティナレア、落ち着け！　取り敢えず話を始めよう！」
「ナジェーク！　私達は長い付き合いで君の性格は熟知しているが、ティナレアとはこれまで交流が皆無だから！　からかうのもほどほどにしてくれ！」
「分かっている。ティナレア、今回は協力して貰えるそうで感謝する。この恩は忘れないよ」
　傍目には殊勝な感謝の言葉だったのだが、何故か胡散臭いものを感じてしまったティナレアには、それを素直に受け入れることはできなかった。

「言っておくけどあなたの為ではなくて、カテリーナの為よ。寧ろ、あなたには忘れて貰った方が良いような気がするのは何故かしら？」
　それを聞いたナジェークは、笑いを堪える表情でクロードに向き直る。

「さすがはカテリーナの親友で楽しいな。クロード、結婚式にはカテリーナが彼女に祝いを贈ると思うが、私も君に何か贈るよ」
「……いえ、お気遣いなく。お気持ちだけで結構です」
　微妙に強張った笑顔でクロードが応じ、ティナレアを宥めながら椅子に座らせた。その間にナジェークと彼に同行してきた二人も、揃って席に着いた。

「それでは時間が勿体ないので、話を進めようか。こちらの二人は私の直属の部下で、ヴァイスとアルトーだ。午餐会当日はこの二人が中心になって、計画を実行することになる。二人とも、こちらは近衛騎士団所属のイズファインとクロードとティナレア、それからイズファインの婚約者のサビーネだ」
　ナジェークからそう紹介された二人は、何故か沈鬱な表情でティナレア達に頭を下げた。

「よろしくお願いします」
「皆様、近衛騎士団所属の前途有望な騎士の方々だと思われますのに、このような悪巧みに巻き込まれる羽目になって……」
「あら、私はカテリーナ様のお役に立てるなら、喜んでお芝居をさせていただきますよ？　それに他人に成りすますのがスリリングでなかなか楽しくて、もうすっかり癖になってしまって」
「そうですか……」
「エセリア様……。やはり罪深いお方だな……」
　妙に嬉々として割り込んできたサビーネの台詞に、ティナレアは何事かと首を傾げたが、そこでナジェークが冷静に二人に声をかけた。

「二人とも、無駄話は止めないか」
「畏まりました。それでは今回の計画の詳細と、各自の役割分担をご説明します」
「まずはこちらの一覧表をご覧ください」
　そうして回されてきた用紙に目を通しつつ、説明を受けたティナレアだったが、開始から数分であまりの非常識さに愕然となり、二人が語り終わる頃には半ば魂が抜けかけていた。

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