その華の名は
(15)危険な提案
「酷いわ! 幾らなんでも、勝手過ぎるわよ! 人のことをなんだと思っているの!?」
書斎から泣きながら駆け出し、自室に戻るなりベッドに突っ伏したジェシカは、怨嗟の言葉を吐いた。しかしすぐに、力無く呟く。
「どうせ平民なんて、虫けら同然だと思っているんでしょうね。あの人達は……」
理不尽すぎる仕打ちに、彼女がそのまま静かに泣いていると、窓が小さく音を立てる。
「え? 何?」
一瞬気のせいかと思ったものの、再び小さく窓が叩かれる音を聞いて、ジェシカは警戒しながら身体を起こした。そして涙を拭いながら窓に歩み寄り、慎重に外を覗いてみる。するとジェシカが窓際に来たのを察したらしく、一人の若い男が窓の下から顔を出し、窓越しに小声で挨拶してきた。
「やあ、今晩は。ええと、ジェシカさん? 君の今後の身の振り方についてちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
明らかに不審者と分かる人間を放置などできず、ジェシカは顔を強張らせながら低い声で警告を発する。
「……あなた誰? 人を呼ぶわよ?」
「それなら俺は逃げるだけだが、そんな騒ぎを起こしたら、今の君は屋敷内に不審者を部屋に引っ張り込んだふしだらな女だと難癖をつけられて、自分の評判を落とすだけじゃないのかな? 給金2ヶ月分のはした金を渡すどころか無一文で叩き出す良い口実ができたと、伯爵親子が小躍りして喜びそうだ」
苦笑いで告げられた内容に、あの親子ならやりかねないと思ったジェシカは歯噛みした。
「……あなた、それを誰から聞いたの?」
「取り敢えず、ここで話していると他の部屋の使用人に聞かれるかもしれないから、中に入れてくれないかな? 君にとって、悪い話ではないから」
「分かったわ。だけど、変な事をするつもりなら、本当に大声を出すわよ?」
「了解。君の部屋が一階で助かったよ」
一応警告したジェシカに笑顔で応じた男は、彼女が開けた窓から軽快な身のこなしで入って来た。そして簡単に自己紹介をする。
「それじゃあ俺はアルトーというが、とある人の下で働いている。最近その主人の怒りを、ここの若様が買ってしまってね。主人は午餐会で、奴に赤っ恥をかかせたいと考えておられるんだ」
それを聞いたジェシカは、不愉快そうに顔を歪めた。
「それで屋敷内を探っていたら、私の話を耳にしたと?」
「その通り。本当にろくでもない奴だし、それを許している伯爵も同罪だな」
「だからどうだって言うのよ。同情してくれるわけ?」
「同情してあげても良いが、もっと建設的な話をしようかと思って。どうだい? 俺の計画に乗って、やつらに一矢報いてからここを辞めないか? そうしたら理不尽な仕打ちを受けた君の気持ちは少しは晴れるだろうし、新しい勤め先とそこに出す紹介状を手配しよう。君にとって、悪い話ではないだろう?」
その唐突な提案にジェシカは目を見張ったが、次の瞬間、アルトーを眼光鋭く睨み付けた。
「確かに良いことずくめだけど、一体私に何をさせるつもりなの?」
飛び付きたいのは山々だが話が旨すぎて、ジェシカは逆に信用できなかった。しかし彼女の心境が手に取るように理解できたアルトーは気を悪くしたりはせず、真顔で説明を続ける。
「さっき小耳に挟んだが、君は元々キッチンメイドなんだろう? だから当日はうまくキッチンメイドとして働くように持ち込んで、当日の朝に奴の口にするものに、ある物を混ぜて欲しい。それから……」
そして一通り計画を話し終えたアルトーが、ジェシカの反応を窺うように話を締め括った。
「……まあ、こんな感じかな。どうだい? やってくれるかな?」
彼の一連の話を唖然としながら聞いていたジェシカだったが、そこで少々意地悪く尋ねた。
「確かにそれだけすれば、就職先斡旋と紹介状を頂ける位の恩恵を受けても良いでしょうね……。だけど、今の計画を私が旦那様達に話して、恩を売るとは考えないの?」
「逆に教えて欲しいが、そんな事をして、君に何のメリットがあるんだ? そうなればこちらは別な計画を実行するだけだし、君は少しでも屋敷に居座りたい為にろくでもない話をでっち上げた嘘つき女と後ろ指をさされて、叩き出されるだけの話だ」
「…………」
肩を竦めたアルトーを見て、ジェシカは相手の言い分が全面的に正しいのを認めた。しかし流石にこのまま応じて良いか判断しかねていると、その戸惑いを察したアルトーが、小さな小瓶を2つ取り出しながら言い聞かせてくる。
「今すぐ返事は要らない。明晩、また来るから、それまでに考えておいてくれ。それからこの2つの瓶の中身は全く同じ物だから、心配だったら片方を自分で試して良い。毒ではないと分かるだろう。残った方を当日使ってくれ」
そう言って、半ば強引にジェシカの手に2つの小瓶を握らせてから、アルトーはあっさりと窓から引き上げて行った。
「本当に、ろくでもない話ね。でも……」
すぐに闇に溶け込んだアルトーを見送り、元通り窓を閉めてから無言で悩むこと暫し。ジェシカは2つ纏めて片手で握り込める小瓶の一方を持ち上げ、そのコルク栓を抜いて一気に中身を飲み落としたのだった。
書斎から泣きながら駆け出し、自室に戻るなりベッドに突っ伏したジェシカは、怨嗟の言葉を吐いた。しかしすぐに、力無く呟く。
「どうせ平民なんて、虫けら同然だと思っているんでしょうね。あの人達は……」
理不尽すぎる仕打ちに、彼女がそのまま静かに泣いていると、窓が小さく音を立てる。
「え? 何?」
一瞬気のせいかと思ったものの、再び小さく窓が叩かれる音を聞いて、ジェシカは警戒しながら身体を起こした。そして涙を拭いながら窓に歩み寄り、慎重に外を覗いてみる。するとジェシカが窓際に来たのを察したらしく、一人の若い男が窓の下から顔を出し、窓越しに小声で挨拶してきた。
「やあ、今晩は。ええと、ジェシカさん? 君の今後の身の振り方についてちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
明らかに不審者と分かる人間を放置などできず、ジェシカは顔を強張らせながら低い声で警告を発する。
「……あなた誰? 人を呼ぶわよ?」
「それなら俺は逃げるだけだが、そんな騒ぎを起こしたら、今の君は屋敷内に不審者を部屋に引っ張り込んだふしだらな女だと難癖をつけられて、自分の評判を落とすだけじゃないのかな? 給金2ヶ月分のはした金を渡すどころか無一文で叩き出す良い口実ができたと、伯爵親子が小躍りして喜びそうだ」
苦笑いで告げられた内容に、あの親子ならやりかねないと思ったジェシカは歯噛みした。
「……あなた、それを誰から聞いたの?」
「取り敢えず、ここで話していると他の部屋の使用人に聞かれるかもしれないから、中に入れてくれないかな? 君にとって、悪い話ではないから」
「分かったわ。だけど、変な事をするつもりなら、本当に大声を出すわよ?」
「了解。君の部屋が一階で助かったよ」
一応警告したジェシカに笑顔で応じた男は、彼女が開けた窓から軽快な身のこなしで入って来た。そして簡単に自己紹介をする。
「それじゃあ俺はアルトーというが、とある人の下で働いている。最近その主人の怒りを、ここの若様が買ってしまってね。主人は午餐会で、奴に赤っ恥をかかせたいと考えておられるんだ」
それを聞いたジェシカは、不愉快そうに顔を歪めた。
「それで屋敷内を探っていたら、私の話を耳にしたと?」
「その通り。本当にろくでもない奴だし、それを許している伯爵も同罪だな」
「だからどうだって言うのよ。同情してくれるわけ?」
「同情してあげても良いが、もっと建設的な話をしようかと思って。どうだい? 俺の計画に乗って、やつらに一矢報いてからここを辞めないか? そうしたら理不尽な仕打ちを受けた君の気持ちは少しは晴れるだろうし、新しい勤め先とそこに出す紹介状を手配しよう。君にとって、悪い話ではないだろう?」
その唐突な提案にジェシカは目を見張ったが、次の瞬間、アルトーを眼光鋭く睨み付けた。
「確かに良いことずくめだけど、一体私に何をさせるつもりなの?」
飛び付きたいのは山々だが話が旨すぎて、ジェシカは逆に信用できなかった。しかし彼女の心境が手に取るように理解できたアルトーは気を悪くしたりはせず、真顔で説明を続ける。
「さっき小耳に挟んだが、君は元々キッチンメイドなんだろう? だから当日はうまくキッチンメイドとして働くように持ち込んで、当日の朝に奴の口にするものに、ある物を混ぜて欲しい。それから……」
そして一通り計画を話し終えたアルトーが、ジェシカの反応を窺うように話を締め括った。
「……まあ、こんな感じかな。どうだい? やってくれるかな?」
彼の一連の話を唖然としながら聞いていたジェシカだったが、そこで少々意地悪く尋ねた。
「確かにそれだけすれば、就職先斡旋と紹介状を頂ける位の恩恵を受けても良いでしょうね……。だけど、今の計画を私が旦那様達に話して、恩を売るとは考えないの?」
「逆に教えて欲しいが、そんな事をして、君に何のメリットがあるんだ? そうなればこちらは別な計画を実行するだけだし、君は少しでも屋敷に居座りたい為にろくでもない話をでっち上げた嘘つき女と後ろ指をさされて、叩き出されるだけの話だ」
「…………」
肩を竦めたアルトーを見て、ジェシカは相手の言い分が全面的に正しいのを認めた。しかし流石にこのまま応じて良いか判断しかねていると、その戸惑いを察したアルトーが、小さな小瓶を2つ取り出しながら言い聞かせてくる。
「今すぐ返事は要らない。明晩、また来るから、それまでに考えておいてくれ。それからこの2つの瓶の中身は全く同じ物だから、心配だったら片方を自分で試して良い。毒ではないと分かるだろう。残った方を当日使ってくれ」
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