その華の名は

篠原皐月

(11)取り敢えずの収拾

「陛下、お止め下さい。グラディクト殿。あなたがそこまで仰るからには、エセリアが品性に欠ける言動をしたとの、れっきとした証拠や証言があるのでしょうね? 先程も何やら仰っていましたし」
「勿論です、王妃陛下」
「それでは後日審議の場を設け、そこでそれを公表していただいた上で、真偽を糺しましょう。その上で正式に婚約を破棄すれば、遺恨も残らないのでは?」
「マ、マグダレーナ……」
 極めて常識的な提案ながら、マグダレーナの声が地を這うような代物だったことでエルネストは懇願口調になったが、それを読み取れなかったグラディクトは、晴れ晴れとした表情で彼女の判断を褒め讃えた。


「勿論です! 王妃陛下のご英断、このグラディクト、感服致しました!」
「それでは王妃陛下。その場で、先程王太子殿下が私に対して根拠の無い言いがかりを付けた事に対する処遇は、どうなるのでしょうか?」
「この期に及んで、まだそんな発言をするか!」
 そこでさり気なく会話に割り込んだエセリアをグラディクトが怒鳴りつけたが、マグダレーナは少々考える風情を見せてから姪に問い返す。


「そうですね……。あなたはグラディクト殿からの謝罪を必要としますか?」
「いえ、謝罪などは必要ありません。しかしこれ以上、殿下と関わり合いにはなりたくはありませんので、殿下の主張通りに婚約を破棄して頂きたく存じます」
「なるほど。それは道理ですね」
「加えて一方的な婚約破棄と、公の場で謂われのない誹謗中傷を受けた事に対する、慰謝料を頂きたく存じます」
「何だと?」
 そこで睨み付けてきたグラディクトに向き直り、エセリアが淡々と要求を繰り出す。


「かと言って、無関係の両陛下に償って頂こうなど、不敬な事は考えておりません。この場合、王太子殿下個人が所有する物で、慰謝料を支払って頂こうと考えております」
「私が個人で所有する物でだと?」
「ええ。ザイラスを頂きたく」
「何?」
「エセリア嬢、それは!?」
 グラディクトは眉根を寄せただけだったが、国王を初めとする列席者達は一様にざわめいた。マグダレーナも予想外の単語が出て来た事に驚いて目を見開く中、エセリアはグラディクトを嘲笑うように続ける。


「逆に言えば、今現在王太子殿下が個人で所有している物で、この件の慰謝料に相当する物など、王太子領のザイラスしかございませんでしょう? 違いますか?」
(エセリア様! よりにもよって、何てことを言い出すんですか!? 慰謝料に王太子領を寄越せだなんて、王家の威信にも関わりますよ!? それに仮にも王太子なのに、まさかグラディクト殿下はこんな挑発に乗ったりしないでしょうね!?)
 カテリーナは内心で悲鳴を上げたが、その予想に反し、グラディクトはあっさりとその挑発に乗ってしまった。


「良かろう! もし裁定の場で、貴様の悪行が全て事実無根の物であったと証明されたら、ザイラス如き狭い領地などくれてやる! その代わり、真実が明らかになった暁には、アリステアに臥して詫びて貰うぞ!」
(グラディクト殿下……。これ、完全に終わったわ……。エセリア様がそんな傍若無人な悪辣行為をする筈がないし、あのナジェークの妹なのよ? 万が一、本当にそんな行為をしていたとしても、余人に悟られたり証拠を握られる筈がないわ。本当になんなの、この茶番劇……)
 勝ち誇った表情でグラディクトは宣言したが、カテリーナは彼の未来を正確に予測した。それはエセリアも同様だったらしく、実に良い笑顔で念を押してくる。


「これだけの方々の前で、宣言されたのですもの。よもや後で、本意ではなかったなどとは仰いませんわね?」
「当然だ! 貴様こそ!」
「誰か! グラディクトを下がらせろ! 部屋に閉じ込めて一歩も出すな! その女も、この会場から叩き出せ!! それからミンティア子爵の責を問う! 即刻身柄を確保し、王宮内に監禁して尋問せよ!」
 グラディクトにこれ以上の失言をさせず、速やかに事態の収拾を図る為、エルネストは警備の為に会場に配置されていた近衛騎士達に向かって矢継ぎ早に指示を出した。それを受けて瞬時に我に返った近衛騎士達のうち、玉座に近い前方に居た十人程が猛然とグラディクト達に駆け寄って取り囲む。


「隊長!」
「私達は王妃陛下の護衛担当よ。持ち場を離れないで」
 至近距離で近衛騎士達が彼らに群がるのを目の当たりにしたカテリーナは、動揺して隣のユリーゼに声をかけた。しかし彼女は顔を強張らせたまま、カテリーナを制止する。同時に会場の要所要所に配置している、他の王族女性や大使夫人達の警護担当者と視線を合わせ、そのまま待機だと無言で指示を出した。


「ですが隊長。拘束者の中には女性もいますし、彼女達に対する配慮が必要ではありませんか?」
「祝宴をぶち壊しにしかけた連中に、そんな配慮が必要だと思うの?」
「……不要ですね」
 一応懸念を口にしてみたカテリーナだったが、本気で憤慨しているらしいユリーゼの主張を認め、小さく頷くだけに留めた。そうこうしているうちに王太子と恋人らしい女性、更には彼女の両親らしい男女が、激しく喚き立てて抵抗しながらも、力ずくで近衛騎士達に大広間の外へ連行されていった。そして不気味な静寂が漂う中、マグダレーナがまるで何事も無かったように扇を閉じ、優雅に微笑みながら宴の続行を宣言する。


「皆様、大変お騒がせ致しました。それでは陛下のご挨拶も済みましたので、ごゆるりとおくつろぎ下さい」
 その王妃の台詞と共に、大広間に控えている楽団が心地良い音楽を奏で出し、給仕が飲み物を出席者に配り始めた。それを契機に会場内では安堵した空気が漂い始めたが、どこかぎこちない雰囲気と微妙な緊張感は、祝宴が終了するまで続いていた。



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