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その華の名は

篠原皐月

(10)予想外の出来事

「は? グラディクト様。一体、何の事を仰っておられますの?」
「まだ惚けるのか、図々しい。父上! この女は家名と教養はあるかもしれませんが、公爵令嬢と王太子の婚約者と言う肩書きを笠に着て、クレランス学園内で専横と暴虐の限りを尽くした、品性や慈愛の心など欠片も持たない悪女です!」
 その荒唐無稽な糾弾に列席者は無言のまま固まっていたが、息子に呼びかけられたエルネストだけは激しく動揺しながら彼を叱責した。


「グラディクト! お前はいきなり、何を言い出すのだ!?」
「すぐには信じて頂けないのも、無理はありません。ですがこの女が在学中は報復を恐れて口を閉ざしていた被害者達が、卒業後の今なら、その実態を証言すると申しております」
「いや、ちょっと待て、グラディクト!」
 カテリーナがひたすら唖然とする中、エルネストは息子を制止しようとしたが、彼はそれを完全に無視しながら一際声を張り上げ、エセリアに向かって宣言した。


「故に! 私は王国の未来を憂い、王太子妃としての資格の無いお前との婚約を破棄する! アリステア、ここに来てくれ!」
「はい、殿下!」
 公の場で、一方的にエセリアとの婚約破棄を宣言するなどという暴挙をやらかしたグラディクトは、続けて広い会場内に向かって呼びかけた。すると遥か末席に連なる辺りから人垣を掻き分け、柔らかなピンク色のドレスに身を包んだ、若い女性が現れる。するとグラディクトは彼女の手を取り、神妙な面持ちで語り始めた。


「アリステア。君にはこれまで色々と苦労をかけた。不甲斐ない私を許してくれ」
「勿体ないお言葉。私はグラディクト様が、私をお心に留め置いて下さっただけで、十分でしたのに……」
「君は本当に健気で心優しい女性だ。君のような女性こそ、至高の存在になるに相応しい」
「そんな、恐れ多い……。ですがグラディクト様が私を望んで下さるのなら、私はどんな試練にも打ち勝ってみせます!」
「良く言ってくれた。君は私の人生の支えだ。これからはずっと、私の側に居てくれ」
「勿論です、グラディクト様!」
 会場の空気を読まないまま、唐突に自分達の世界に入って盛り上がっている二人を見て周囲はひたすら唖然として言葉もなく、カテリーナも本気で頭を抱えた。


(あの……、ちょっと待って。だから、その『アリステア』とかいう女性は誰なの? 『至高の存在』とか『ずっと側に』とか口走っているけれど、エセリア様との婚約を破棄してその女性を王太子妃に据えると考えている位なら、当然公爵令嬢か侯爵令嬢、最低でも伯爵令嬢の筈だけど、あの女性は全然見覚えが無いわ……。どういう事かしら?)
 かつて男装で話題を振り撒きつつ一部で顰蹙を買い、今現在も近衛騎士団に所属して積極的に社交に取り組んでいないまでも、この間必要最低限の貴族間の付き合いは欠かしていなかったカテリーナは、さすがに同年代の上級貴族の令嬢達の名前と顔を記憶していた。しかし全く見覚え聞き覚えの無い彼女の顔と名前に、疑念を深める。するとグラディクトはその女性を片腕で抱きかかえながら、エルネストに向かって高らかに宣言した。


「私はこの機会に、このミンティア子爵令嬢アリステアと婚約します。父上もご了承頂きたい」
(はぁあ? よりにもよって子爵令嬢ですって? エセリア様を排除して? 何それ、あり得ないわよ……)
 問題の女性の身元は判明したものの、カテリーナは驚きのあまり限界まで目を見開いたが、そこでエルネストがこれまで以上の剣幕で怒声を放った。


「何を馬鹿な事を! お前は自分が公の場で、一体何を言っているのか、本当に分かっているのか!?」
「勿論、理解しております。王家の人間として、品格無き人間を、その一員に加える訳には参りません。それは王太子としての責務です。王妃陛下におかれましては、それについてはどう思われますか?」
 話にならないとばかりにグラディクトが交渉の相手をエルネストからマグダレーナに移すと、彼女は手にしていた扇を広げて口元を隠しながら、血の繋がらない義理の息子を玉座に座ったまま、雛壇の上から見下ろした。


「誠に……。グラディクト殿の仰る通りでございますね。血統と教養に問題が無くとも、品性と名誉を重んじ得ない者に、王族を名乗る資格はございません」
「マグダレーナ!」
(うわ……。これは絶対、王妃様は激怒しているわ。とんでもない事態になる事は確実よ)
 反射的にカテリーナが隣にいるユリーゼに顔を向けると、彼女も(これは駄目ね)と目線で訴えながら硬い表情で首を振る。しかしエセリアの伯母に当たる王妃が叱責せずに自らの主張を認めてくれたと都合良く曲解したグラディクトは、エセリアに向き直って得意気に言い放った。


「どうだ、エセリア! 王妃陛下のご賛同も頂いた。即刻、これまでの自分の行いを恥じて、謝罪の後にこの場から立ち去れ!」
「そんな事をする必要はございません」
「何だと? よくもぬけぬけと!」
「第一、何をもって私が王太子妃として相応しくないと仰いますの?」
 自分の言葉に恐れ入るどころか、冷静に問い返したエセリアに向かって、グラディクトは苛立たしげに告げた。


「それほど大勢の前で恥をかきたいのなら言ってやる。お前は学園内で自分の言いなりになる女生徒達を使って、身分卑しいからと事ある毎にアリステアを蔑み、根も葉もない悪意に満ちた噂を流布させ、嫌がらせの数々をさせただろうが」
「全く身に覚えがございません。それは一体、どちらの『エセリア』嬢のお話ですか?」
「貴様に決まっている!」
「止めんか、グラディクト!」
「いいえ、父上! しおらしい顔をして周りを欺く、この女狐を排除しない限り、我が王家に未来はありません!」
「グラディクト!」
(本当に勘弁して……。この茶番、誰がどうやって収拾をつけるのよ?)
 不毛な親子の会話にカテリーナが本気で頭痛を覚え始めていると、王妃であるマグダレーナが冷静にその会話に割り込み、その騒動に終止符を打った。



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