その華の名は
(6)売り言葉に買い言葉
「失礼します。ジェスラン兄様、エリーゼお義姉様。お時間を取っていただき、ありがとうございます」
「カテリーナ。私達に話があると言っていたみたいだけど、あなたの縁談をまとめた事に対してのお礼の言葉なら不要よ」
「家族として、当然のことだからな。まあ確かに悪評高いお前の結婚相手を探すのは骨が折れたから、どうしても感謝の気持ちを示したいと言うのなら、私達は構わないが」
殊勝に頭を下げて挨拶してきた妹を笑顔で出迎えたジェスランとエリーゼだったが、次のカテリーナの台詞で瞬時に怒りを露にした。
「どうしてろくでもない縁談を持ち込まれた事に対して、私が感謝しないといけないのですか? 私はただ、お二方の人を見る目の無さに呆れて、妹として一言意見して差し上げようと思っただけです」
「なんですって!?」
「カテリーナ! 無礼だぞ!」
「カモスタット伯爵家のダマール殿といえば、近衛騎士団内では悪評高い人物です。近衛騎士団長のティアド伯爵に彼の評判を聞いたら、即刻その縁談は止めろと忠告されるのが確実だから、お父様からティアド伯爵に照会する前に本人に引き合わせて、お父様達を言葉巧みに丸め込んだのではありませんか。自分達に後ろ暗いところがある、何よりの証拠ですわね」
呆れて物が言えないと言わんばかりの口ぶりに、兄夫婦の口調がヒートアップする。
「五月蝿い! お前の邪推も程が過ぎるぞ!」
「そうよ! 第一、ティアド伯爵にも婚約内定のご報告と午餐会の招待状を昨日お送りしたけど、参加を快諾して頂いたわよ!?」
「当たり前ではありませんか。話が進んでいる最中ならともかく、成立した後に他家の縁談を表立って非難する事など、良識がある方ならなさいません。本当にお兄様達は狡猾ですわね。それを一応称賛しようと思って、こちらに出向いたわけですが」
「狡猾だと!? 言うに事欠いて、お前と言う奴は!?」
「待って、ジェスラン。ちょっと静かにして頂戴」
「エリーゼ?」
激昂したジェスランだったが、そんな彼をエリーゼが真剣な顔付きで制止した。そしてカテリーナを睨み付けながら確認を入れる。
「カテリーナ。先程あなた自身が縁談が成立した後で云々と言っていた上は、ダマール殿と結婚する気なのね?」
「はぁ? 縁談が成立しても、私はダマール殿を婚約者と認めるつもりはありません」
平然と言い返したカテリーナだったが、それを聞いたエリーゼが不敵な笑みを浮かべながら指摘する。
「あなた馬鹿なの? 家同士で話が纏まっているのに、結婚しないわけにはいかないでしょうに。あなたに随分と理解のあるお義父様やお義母様だって、さすがにそんな我が儘を許したりはしないわよ?」
「あら、そんな事はありません。お父様は以前から、私の考えに賛同してくれていましたもの」
「はぁ? 父上が、何を言っていたと言うんだ」
思わず口を挟んできたジェスランに向き直ったカテリーナが、大真面目に告げる。
「私は昔から自分より強い、お父様のような清廉潔白な人と結婚すると言っていましたが、それにお父様が当然だと賛同していました」
「そんな子供の戯言がどうした!」
「それなのに、そんな姑息な手段でしか縁談を纏められないような殿方なんて、実力なんてたかが知れていますもの。元々騎士団内でも、所詮家名と上への追従で小隊長に就いた、そこ止まりの小心者と陰口を叩かれていますし。そんな方だったら、勝負しても勝てますわ。私、自分より弱い腑抜け男は願い下げです」
あっさりとダマールを切って捨てたカテリーナに、ジェスランとエリーゼは二人揃って声を荒らげた。
「カテリーナ! ダマール殿を侮辱するにも程があるぞ!!」
「そうよ! 女のあなたが、ダマール殿に勝てる筈がないじゃない! 増長するのもいい加減にしなさい!!」
「そこまで仰るなら、ダマール殿が私より強いという事を、証明して頂きたいですね」
「ふざけるな! 何をどうしろと言うつもりだ!?」
「簡単な事です。午餐会開催の前座として私とダマール殿が立ち合って、見事ダマール殿が私に勝ってみせればそれで済みますわ。だからお兄様達で、その場を設けてください。先方と午餐会についての打ち合わせをされているそうですから、少々調整していただければ可能でしょう」
「いい加減にしろ! 今日という今日は許さんぞ! 父上と母上にも、徹底的に説教をして貰からな!」
一方的に要求を繰り出すカテリーナに、堪忍袋の緒が切れたジェスランは罵声を浴びせたが、エリーゼが冷えきった目で義妹の要求に応じる。
「ジェスラン、落ち着いて。分かったわ、カテリーナ。午餐会開催直前に、あなたとダマール殿の対決の場を設けましょう」
「エリーゼ! お前まで何を言い出す!?」
「良いから、あなたはちょっと黙っていて!!」
「…………」
険しい表情で一喝されたジェスランは口を閉ざし、静かになったのを幸い、エリーゼは不気味な笑みを浮かべながらカテリーナに迫った。
「どう? カテリーナ。間違ってもダマール殿が、女のあなたに遅れを取る筈がないわ。招待客の前であなたが負けたら、おとなしくダマール殿と結婚するわけね?」
「ええ。勿論です。それが結婚相手に関する条件ですから」
「言ったわね?」
「ええ、言いましたとも。お義姉様がダマール殿の勝利を微塵も疑っておられない事も、しっかりお伺いしましたわ」
「…………」
そこで女二人は何秒か無言で睨み合ってから、話を終わらせた。
「……それなら、話は終わりのようね」
「そうですね。それでは調整の方は、宜しくお願いします」
「勿論よ。先方に少々嫌な顔をされるかもしれないけれど、可愛い義妹が気分良く結婚するために必要な事ですもの。それくらいの手間は惜しむものではないわ」
「お骨折り、ありがとうございます。それでは失礼します」
互いに若干の嫌みを含ませながら別れの挨拶を済ませ、カテリーナは自室に戻って行った。そして室内に二人だけになった途端、ジェスランがエリーゼを問い質す。
「おい、エリーゼ! まさか本当にそんな無茶な申し入れをする気か!? そんな相手の心証を悪くするような事ができるか!」
「当たり前よ。する筈がないわ」
「え?」
平然と否定されてジェスランは面食らったが、エリーゼは淡々と説明した。
「対決の場で相手を打ち負かして縁談をご破算にしようと目論んで、午餐会までおとなしくしてくれるなら、それに越したことはないじゃない。カテリーナがダマール殿の悪評をお義父様達に向かって暴露して泣きついたら、本格的にお義父様達が調べて縁談がご破算になるかもしれないわ。そうなったら苦労して先方と口裏を合わせて、誤魔化して丸め込んだ私達が叱責されるのは、目に見えているわよ?」
「それはそうかもしれんが……。当日、カテリーナが話が違うと言い出したらどうする気だ?」
まだ納得しかねる表情の夫を、エリーゼは溜め息を吐いてから宥める。
「どうもこうも、そんな事は聞いていないとしらを切るだけよ。招待客の皆様を目の前にして、ダマール殿と対決しないと結婚しないなどと言い出したら、お義父様達だって呆れて激怒するわ。それこそ、問答無用で結婚させられるわよ」
それを聞いたジェスランは考え込み、妻の考えに賛同した。
「……それもそうだな。さすがにそんな事態になったら、父上や母上もカテリーナの非常識さに愛想を尽かして、貰ってくれるところにさっさと嫁に出そうと考えるか」
「だから、カモスタット伯爵家からきちんと立ち合いの許可を貰って、ダマール殿が喜んでお相手してくださると、カテリーナには吹き込んでおくのよ? くれぐれも怪しまれないようにね?」
「分かった。そこまで気が回るとは、さすがだなエリーゼ」
「当然よ。好き勝手に我が物顔で振る舞っている世間知らず娘と比べたら、周囲に対する気配りの必要性や責任の重さは桁違いですものね。その程度の思慮深さなど、自然に身につくわよ」
夫からの誉め言葉に悪い気はしなかったエリーゼは、そこで誇らしげに笑いながら胸を張ったのだった。
「カテリーナ。私達に話があると言っていたみたいだけど、あなたの縁談をまとめた事に対してのお礼の言葉なら不要よ」
「家族として、当然のことだからな。まあ確かに悪評高いお前の結婚相手を探すのは骨が折れたから、どうしても感謝の気持ちを示したいと言うのなら、私達は構わないが」
殊勝に頭を下げて挨拶してきた妹を笑顔で出迎えたジェスランとエリーゼだったが、次のカテリーナの台詞で瞬時に怒りを露にした。
「どうしてろくでもない縁談を持ち込まれた事に対して、私が感謝しないといけないのですか? 私はただ、お二方の人を見る目の無さに呆れて、妹として一言意見して差し上げようと思っただけです」
「なんですって!?」
「カテリーナ! 無礼だぞ!」
「カモスタット伯爵家のダマール殿といえば、近衛騎士団内では悪評高い人物です。近衛騎士団長のティアド伯爵に彼の評判を聞いたら、即刻その縁談は止めろと忠告されるのが確実だから、お父様からティアド伯爵に照会する前に本人に引き合わせて、お父様達を言葉巧みに丸め込んだのではありませんか。自分達に後ろ暗いところがある、何よりの証拠ですわね」
呆れて物が言えないと言わんばかりの口ぶりに、兄夫婦の口調がヒートアップする。
「五月蝿い! お前の邪推も程が過ぎるぞ!」
「そうよ! 第一、ティアド伯爵にも婚約内定のご報告と午餐会の招待状を昨日お送りしたけど、参加を快諾して頂いたわよ!?」
「当たり前ではありませんか。話が進んでいる最中ならともかく、成立した後に他家の縁談を表立って非難する事など、良識がある方ならなさいません。本当にお兄様達は狡猾ですわね。それを一応称賛しようと思って、こちらに出向いたわけですが」
「狡猾だと!? 言うに事欠いて、お前と言う奴は!?」
「待って、ジェスラン。ちょっと静かにして頂戴」
「エリーゼ?」
激昂したジェスランだったが、そんな彼をエリーゼが真剣な顔付きで制止した。そしてカテリーナを睨み付けながら確認を入れる。
「カテリーナ。先程あなた自身が縁談が成立した後で云々と言っていた上は、ダマール殿と結婚する気なのね?」
「はぁ? 縁談が成立しても、私はダマール殿を婚約者と認めるつもりはありません」
平然と言い返したカテリーナだったが、それを聞いたエリーゼが不敵な笑みを浮かべながら指摘する。
「あなた馬鹿なの? 家同士で話が纏まっているのに、結婚しないわけにはいかないでしょうに。あなたに随分と理解のあるお義父様やお義母様だって、さすがにそんな我が儘を許したりはしないわよ?」
「あら、そんな事はありません。お父様は以前から、私の考えに賛同してくれていましたもの」
「はぁ? 父上が、何を言っていたと言うんだ」
思わず口を挟んできたジェスランに向き直ったカテリーナが、大真面目に告げる。
「私は昔から自分より強い、お父様のような清廉潔白な人と結婚すると言っていましたが、それにお父様が当然だと賛同していました」
「そんな子供の戯言がどうした!」
「それなのに、そんな姑息な手段でしか縁談を纏められないような殿方なんて、実力なんてたかが知れていますもの。元々騎士団内でも、所詮家名と上への追従で小隊長に就いた、そこ止まりの小心者と陰口を叩かれていますし。そんな方だったら、勝負しても勝てますわ。私、自分より弱い腑抜け男は願い下げです」
あっさりとダマールを切って捨てたカテリーナに、ジェスランとエリーゼは二人揃って声を荒らげた。
「カテリーナ! ダマール殿を侮辱するにも程があるぞ!!」
「そうよ! 女のあなたが、ダマール殿に勝てる筈がないじゃない! 増長するのもいい加減にしなさい!!」
「そこまで仰るなら、ダマール殿が私より強いという事を、証明して頂きたいですね」
「ふざけるな! 何をどうしろと言うつもりだ!?」
「簡単な事です。午餐会開催の前座として私とダマール殿が立ち合って、見事ダマール殿が私に勝ってみせればそれで済みますわ。だからお兄様達で、その場を設けてください。先方と午餐会についての打ち合わせをされているそうですから、少々調整していただければ可能でしょう」
「いい加減にしろ! 今日という今日は許さんぞ! 父上と母上にも、徹底的に説教をして貰からな!」
一方的に要求を繰り出すカテリーナに、堪忍袋の緒が切れたジェスランは罵声を浴びせたが、エリーゼが冷えきった目で義妹の要求に応じる。
「ジェスラン、落ち着いて。分かったわ、カテリーナ。午餐会開催直前に、あなたとダマール殿の対決の場を設けましょう」
「エリーゼ! お前まで何を言い出す!?」
「良いから、あなたはちょっと黙っていて!!」
「…………」
険しい表情で一喝されたジェスランは口を閉ざし、静かになったのを幸い、エリーゼは不気味な笑みを浮かべながらカテリーナに迫った。
「どう? カテリーナ。間違ってもダマール殿が、女のあなたに遅れを取る筈がないわ。招待客の前であなたが負けたら、おとなしくダマール殿と結婚するわけね?」
「ええ。勿論です。それが結婚相手に関する条件ですから」
「言ったわね?」
「ええ、言いましたとも。お義姉様がダマール殿の勝利を微塵も疑っておられない事も、しっかりお伺いしましたわ」
「…………」
そこで女二人は何秒か無言で睨み合ってから、話を終わらせた。
「……それなら、話は終わりのようね」
「そうですね。それでは調整の方は、宜しくお願いします」
「勿論よ。先方に少々嫌な顔をされるかもしれないけれど、可愛い義妹が気分良く結婚するために必要な事ですもの。それくらいの手間は惜しむものではないわ」
「お骨折り、ありがとうございます。それでは失礼します」
互いに若干の嫌みを含ませながら別れの挨拶を済ませ、カテリーナは自室に戻って行った。そして室内に二人だけになった途端、ジェスランがエリーゼを問い質す。
「おい、エリーゼ! まさか本当にそんな無茶な申し入れをする気か!? そんな相手の心証を悪くするような事ができるか!」
「当たり前よ。する筈がないわ」
「え?」
平然と否定されてジェスランは面食らったが、エリーゼは淡々と説明した。
「対決の場で相手を打ち負かして縁談をご破算にしようと目論んで、午餐会までおとなしくしてくれるなら、それに越したことはないじゃない。カテリーナがダマール殿の悪評をお義父様達に向かって暴露して泣きついたら、本格的にお義父様達が調べて縁談がご破算になるかもしれないわ。そうなったら苦労して先方と口裏を合わせて、誤魔化して丸め込んだ私達が叱責されるのは、目に見えているわよ?」
「それはそうかもしれんが……。当日、カテリーナが話が違うと言い出したらどうする気だ?」
まだ納得しかねる表情の夫を、エリーゼは溜め息を吐いてから宥める。
「どうもこうも、そんな事は聞いていないとしらを切るだけよ。招待客の皆様を目の前にして、ダマール殿と対決しないと結婚しないなどと言い出したら、お義父様達だって呆れて激怒するわ。それこそ、問答無用で結婚させられるわよ」
それを聞いたジェスランは考え込み、妻の考えに賛同した。
「……それもそうだな。さすがにそんな事態になったら、父上や母上もカテリーナの非常識さに愛想を尽かして、貰ってくれるところにさっさと嫁に出そうと考えるか」
「だから、カモスタット伯爵家からきちんと立ち合いの許可を貰って、ダマール殿が喜んでお相手してくださると、カテリーナには吹き込んでおくのよ? くれぐれも怪しまれないようにね?」
「分かった。そこまで気が回るとは、さすがだなエリーゼ」
「当然よ。好き勝手に我が物顔で振る舞っている世間知らず娘と比べたら、周囲に対する気配りの必要性や責任の重さは桁違いですものね。その程度の思慮深さなど、自然に身につくわよ」
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