その華の名は
(5)誘導
カモスタット伯爵家から上機嫌で帰ってきたジェスランとエリーゼが、自分達の居間で寛いでいると、他のメイドから知らせを受けたルイザが、報告の為に顔を出した。
「ジェスラン様、エリーゼ様、お帰りなさいませ」
深々と頭を下げた彼女に、エリーゼが笑顔で尋ねる。
「ああ、ルイザ。カテリーナはもう寮から戻ってきているのよね。例の話は、お義父様達から聞いているのかしら?」
「はい。それで大層ご不満な様子で、癇癪を起こされておいでです。侯爵夫妻にダマール殿について『良い噂は聞かない』とかお伝えしたそうですが、『直接の面識がない人物に対して、無責任な噂を鵜呑みにするのはどうなのか』と、やんわり窘められたみたいですわ」
「あらあら。今更どうこう言っても、どうにもならないのにね」
「カテリーナの傲岸不遜ぶりは相変わらずだな」
エリーゼが馬鹿にするように笑い、ジェスランは苦虫を噛み潰したような顔になる中、ルイザがわざと憤慨した様子で報告する。
「全くです。悪評高いあの方の縁談を調えるのに、この間お二方がどれほど尽力されていたか。それに微塵も思い至らないなど貴族として以前に、人としてどうなのかと思います。……お仕えしている家のお嬢様に対して失礼な物言いだとは、重々承知しておりますが」
「ルイザ、そんな事は気にしなくて良いわよ?」
「その通り。本当のことだからな」
「恐れ入ります」
ルイザが自分達に忠実に従っていると信じ込んでいる二人は、笑顔で彼女を宥めた。するとルイザが、神妙に本題を切り出す。
「それで申し訳ありませんが、先程からカテリーナ様が喚き立てて五月蠅いので、お二人に伝言をお預かりしてきたのです」
「あら、どうかしたの?」
「『縁談に関しての話がしたいので、夕食後に時間を頂きたい』とのことです。あの剣幕では無視をしてもこちらの私室に押し掛けて来そうですので、予めご報告をと思いまして」
傍目には恐縮しきりのルイザを見て、エリーゼが同情する顔つきになって彼女を宥める。
「面倒をかけているわね、ルイザ。それは構わないわよ? 寧ろこの際はっきりと、己の立場を分からせてあげましょう。あなたから、夕食後にこちらに出向くように伝えておいて」
「分かりました。それではカテリーナ様の所に戻ります」
「ああ。騒々しくてすまんな」
自分の優位を疑わないエリーゼと、鷹揚に頷いたジェスランに一礼して、ルイザはその部屋から退出した。そしてカテリーナの私室に向かいながら、内心で怒りを募らせる。
(そんなに喚き立てて騒々しい所で、小さな子供が上機嫌に遊べるわけがないのに。相変わらず屋敷に戻ったのにメイド任せで、娘の今現在の所在も確認していないわけね。本当に呆れたものだわ)
しかしカテリーナの私室に戻るまでには平常心を取り戻し、いつもの表情で許可を取りつつ入室した。
「カテリーナ様、戻りました」
「ご苦労様。どうだった?」
「きちんとご了解をいただきました。『己の立場を分からせる』だそうですよ?」
首尾を尋ねたカテリーナに、ルイザが苦笑しながら返す。それを聞いたカテリーナの表情が、戦闘意欲に満ちたそれに変化した。
「……上等ね。受けて立とうじゃない。それから、そろそろミリアーナを返した方が良いかしら?」
「探してもいないようなので、このままこちらで遊んでいただいて大丈夫でしょう。頃合いを見て、私がスザンナのところに連れていきます。彼女が二人を面倒見ていることになっていますから、楽ができた彼女は余計なことは言いませんし、エリーゼ様達は子供とまともに会話しませんから、ミリアーナ様がこちらで遊んでいたことは露見しません」
淡々とルイザが解説すると、カテリーナの眉間に僅かにしわが寄る。
「それは助かるけど……、聞けば聞くほど腹立たしいわね」
「カテリーナ様の考え方が、私と全く同じで救われています。それでカテリーナ様。ジェスラン様達の部屋に出向いた時の、話の流れについてですが……」
それから少しの間、真顔になったカテリーナとルイザの間で幾つかの打ち合わせを行ったが、それを耳にした者はまだ幼いミリアーナだけであり、その内容が周囲に漏れる心配は皆無だった。
「なるほど……。予めお兄様達の言質を取るのではなくて、当日反故にされるのを前提の上で、こちらが油断していると思わせて、相手を油断させるのが目的なわけね」
一通りルイザの説明を聞いたカテリーナは、腕を組んだまま唸るように呟いた。それにルイザが、力強く頷いてみせる。
「そうです。そして当日、カテリーナ様が売り言葉に買い言葉の流れで、相手の失言を誘う形になります。ですがあの単純なお二人なら、容易く挑発に乗ってくださる筈ですわ」
「上手くその形に持ち込んだら持ち込んだで、ダマール殿に勝つのは容易ではなさそうだけど」
「やはり、お止めになりますか?」
神妙にお伺いを立ててきたルイザに、カテリーナが不敵に笑いながら応じる。
「冗談じゃないわ。自分の事だもの。全力を尽くすだけよ。他に動いてくれている人が、何人もいるわけだしね」
「それでこそカテリーナ様です」
そこで二人は笑い合い、それからミリアーナと遊ぶことに集中してひと時を過ごした。
その後夕刻になり、家族揃っての夕食の席でカテリーナは色々と思うところはあったものの、兄夫婦と揉めることなく、穏やかに世間話に花を咲かせた。そして食事を済ませてから一度自室に引き上げ、タイミングを見計らって兄夫婦の私室に出向いた。
「ジェスラン様、エリーゼ様、お帰りなさいませ」
深々と頭を下げた彼女に、エリーゼが笑顔で尋ねる。
「ああ、ルイザ。カテリーナはもう寮から戻ってきているのよね。例の話は、お義父様達から聞いているのかしら?」
「はい。それで大層ご不満な様子で、癇癪を起こされておいでです。侯爵夫妻にダマール殿について『良い噂は聞かない』とかお伝えしたそうですが、『直接の面識がない人物に対して、無責任な噂を鵜呑みにするのはどうなのか』と、やんわり窘められたみたいですわ」
「あらあら。今更どうこう言っても、どうにもならないのにね」
「カテリーナの傲岸不遜ぶりは相変わらずだな」
エリーゼが馬鹿にするように笑い、ジェスランは苦虫を噛み潰したような顔になる中、ルイザがわざと憤慨した様子で報告する。
「全くです。悪評高いあの方の縁談を調えるのに、この間お二方がどれほど尽力されていたか。それに微塵も思い至らないなど貴族として以前に、人としてどうなのかと思います。……お仕えしている家のお嬢様に対して失礼な物言いだとは、重々承知しておりますが」
「ルイザ、そんな事は気にしなくて良いわよ?」
「その通り。本当のことだからな」
「恐れ入ります」
ルイザが自分達に忠実に従っていると信じ込んでいる二人は、笑顔で彼女を宥めた。するとルイザが、神妙に本題を切り出す。
「それで申し訳ありませんが、先程からカテリーナ様が喚き立てて五月蠅いので、お二人に伝言をお預かりしてきたのです」
「あら、どうかしたの?」
「『縁談に関しての話がしたいので、夕食後に時間を頂きたい』とのことです。あの剣幕では無視をしてもこちらの私室に押し掛けて来そうですので、予めご報告をと思いまして」
傍目には恐縮しきりのルイザを見て、エリーゼが同情する顔つきになって彼女を宥める。
「面倒をかけているわね、ルイザ。それは構わないわよ? 寧ろこの際はっきりと、己の立場を分からせてあげましょう。あなたから、夕食後にこちらに出向くように伝えておいて」
「分かりました。それではカテリーナ様の所に戻ります」
「ああ。騒々しくてすまんな」
自分の優位を疑わないエリーゼと、鷹揚に頷いたジェスランに一礼して、ルイザはその部屋から退出した。そしてカテリーナの私室に向かいながら、内心で怒りを募らせる。
(そんなに喚き立てて騒々しい所で、小さな子供が上機嫌に遊べるわけがないのに。相変わらず屋敷に戻ったのにメイド任せで、娘の今現在の所在も確認していないわけね。本当に呆れたものだわ)
しかしカテリーナの私室に戻るまでには平常心を取り戻し、いつもの表情で許可を取りつつ入室した。
「カテリーナ様、戻りました」
「ご苦労様。どうだった?」
「きちんとご了解をいただきました。『己の立場を分からせる』だそうですよ?」
首尾を尋ねたカテリーナに、ルイザが苦笑しながら返す。それを聞いたカテリーナの表情が、戦闘意欲に満ちたそれに変化した。
「……上等ね。受けて立とうじゃない。それから、そろそろミリアーナを返した方が良いかしら?」
「探してもいないようなので、このままこちらで遊んでいただいて大丈夫でしょう。頃合いを見て、私がスザンナのところに連れていきます。彼女が二人を面倒見ていることになっていますから、楽ができた彼女は余計なことは言いませんし、エリーゼ様達は子供とまともに会話しませんから、ミリアーナ様がこちらで遊んでいたことは露見しません」
淡々とルイザが解説すると、カテリーナの眉間に僅かにしわが寄る。
「それは助かるけど……、聞けば聞くほど腹立たしいわね」
「カテリーナ様の考え方が、私と全く同じで救われています。それでカテリーナ様。ジェスラン様達の部屋に出向いた時の、話の流れについてですが……」
それから少しの間、真顔になったカテリーナとルイザの間で幾つかの打ち合わせを行ったが、それを耳にした者はまだ幼いミリアーナだけであり、その内容が周囲に漏れる心配は皆無だった。
「なるほど……。予めお兄様達の言質を取るのではなくて、当日反故にされるのを前提の上で、こちらが油断していると思わせて、相手を油断させるのが目的なわけね」
一通りルイザの説明を聞いたカテリーナは、腕を組んだまま唸るように呟いた。それにルイザが、力強く頷いてみせる。
「そうです。そして当日、カテリーナ様が売り言葉に買い言葉の流れで、相手の失言を誘う形になります。ですがあの単純なお二人なら、容易く挑発に乗ってくださる筈ですわ」
「上手くその形に持ち込んだら持ち込んだで、ダマール殿に勝つのは容易ではなさそうだけど」
「やはり、お止めになりますか?」
神妙にお伺いを立ててきたルイザに、カテリーナが不敵に笑いながら応じる。
「冗談じゃないわ。自分の事だもの。全力を尽くすだけよ。他に動いてくれている人が、何人もいるわけだしね」
「それでこそカテリーナ様です」
そこで二人は笑い合い、それからミリアーナと遊ぶことに集中してひと時を過ごした。
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