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その華の名は

篠原皐月

(26)真相

「前内事部長達の情報を集める為に動かしたのは、私の個人的な部下達だけでは無くてね。ワーレス商会にも動いて貰ったんだ」
「でもワーレス商会は王宮の出入り商人では無いし、前内事部長の家とも取引は無かった筈よ? 贈収賄には全く関係していないのに、どうやって情報を集められるの?」
 不思議そうに問いかけたカテリーナに、ナジェークはとんでもない事を言い出した。


「国教会が国王陛下から許可を得て、数年前から貸金業務を行っている事は君も知っているだろう?」
「ええ、勿論よ。金利は全国一律で、低利での貸し出しをしているのよね? 領地に出向いた時、実際に借りている人の話を聞いた事があるわ。住人達にはものすごく重宝されて、感謝されてるみたい」
「表向き、その貸金制度の発案者は国教会上層部の人間になっているが、実はエセリアなんだ」
「へぇ? それは知らなかっ……、はぁ? ちょっと待ってナジェーク。今、何て言ったの?」
 サラッと言われた内容をうっかり聞き流しかけたカテリーナは、慌て気味に問い返す。そんな彼女を見たナジェークは、含み笑いで話を続けた。


「更に、その貸金業務の原資の半分程度は、エセリアとワーレス商会が供出していてね」
「…………え?」
「それで、陛下が国教会に対して貸金業務を認めた背景には、実は隠された思惑があったりする」
「ナジェーク、だからちょっと待って! そんな事、本当に私が耳にして良いの!?」
 何やら陰謀めいた話に聞こえたカテリーナは狼狽したが、ナジェークは淡々と話を続けた。


「簡単に言うと、私的臨時密偵の確保かな? いざと言う時、国内貴族の動向を探らせるとかね。他にも応用はできて、例えば貸し出し者に『某屋敷の出入り商人や交遊関係や購入物品に関して、どんな些細な情報でも挙げてくれたら『返済期日の延期』や『金利の減額』を考慮する』と囁けば、色々な情報が集まるんだ。些細な情報でもそれを繋ぎ合わせると、思わぬ事実に辿り着いたり、れっきとした証拠になるものでね」
「……それで? 大口資金提供者のワーレス商会からの依頼という体裁で、国教会に前内事部長の周辺を秘密裏に探って貰ったら、しっかり横領と贈収賄の証拠が集まってしまったという事ね?」
「ああ。迂闊すぎる奴らだったな」
 そこである事に思い至ったカテリーナは、盛大に顔を引き攣らせながら確認を入れる。


「そう言えば、さっきの『お口添え』って……。前内事部長への贈賄で、王宮の出入り商会の一つが以後の取引が禁止になった筈だけど……。まさかその後釜に……」
「察しが良いな。ああ、これでめでたくワーレス商会も、王宮御用達商会の仲間入りだ。今まで繁盛していても『所詮は庶民相手の商売』と見下していた某老舗商会辺りは、相当狼狽しているだろう」
「最初からそれを見越して、ワーレス商会に協力を要請したわけ!?」
「元々我が家とワーレス商会は懇意にしていて、彼らとも付き合いが長いから偶々だよ。しかし駄目で元々と調べてみたら、予想外に馬鹿な事をしてくれていて助かった。より騒ぎを大きくできたしな」
 そんな事をしみじみと言いながら、平然と料理を食べ進めているナジェークを見て、カテリーナは唖然としながら考え込んだ。


(今回はシェーグレン公爵家、いえ、ナジェークとワーレス商会は、相互利益供与の関係だったわけね……。彼に目を付けられるなんて、本当に運の無いこと)
 本当に抜け目の無い、と呆れたカテリーナだったが、ここで改めて現状を考えてみる。


(だけどシェーグレン公爵家とコーウェイ侯爵家でのでっち上げ密約の噂と、前内事部長の横領発覚が同時期で相乗効果が凄くて、他の話なんて見事に吹き飛んだのよね。……私の石像粉砕の噂とか)
 そこでカテリーナは、正面に座って食べているナジェークの顔を、まじまじと眺める。


(私の話があまり後を引かないように、時期を合わせて仕組んだとか? でもそんな事を尋ねてもひねくれている彼が、正直に話す筈がないわよね)
 そう考えて思わず声を出さずに笑ってしまったカテリーナに、ナジェークが不思議そうに尋ねる。


「何かおかしな事でも?」
「違うわ。単なる思い出し笑いだから気にしないで」
「そうか」
 それから二人は他愛の無い話をしながら、和やかに料理を食べ進めた。




 ※※※


 さすがに仕事に差し支えてはまずいと判断したエセリアにより、連日の勤務日は考慮して貰えたものの、翌日は休暇という日、帰宅後に夕飯を済ませてからナジェークは妹に捕まり、前回に引き続きカテリーナとのあれこれを白状させられていた。
 そして前年の話が語られた後、エセリアががっくりと肩を落としながら呻くように言い出す。 


「今の今まで知らなかった……。一年以上経過して、衝撃の真実……」
 そんな妹の姿を見たナジェークは、少々意外そうな顔になりながら宥めた。


「この噂の事は、てっきり知っていると思っていたが……。良く良く考えればわざわざこの話をエセリアの耳に入れて、不快な思いをさせるのは忍びないと、周囲の人間に同情されていたのかな?」
「私と親しくしている人達に関しては、恐らくそうでしょうね……。そうでない方も、面白おかしくお兄様の話をした事位で、未来の王太子妃の実家を敵に回したくないと判断して、口をつぐんだのでしょう」
「そんな所だろうね」
 ナジェークが頷くと、そんな兄を恨めしそうに見やりながら、エセリアが口にする。


「当時複数の方に、『シェーグレン公爵家は取り立てて欠点などございませんし。本当に些細な問題ですわね』とか、『ご両親は本当に理解のある方々ですのね』とか、『ナジェーク様は何事にも優れておられると思っていましたが、人は見かけによらないと言うのは本当なのですね』とか、神妙な顔付きで言われたのを思い出したわ……。良く意味が分からなかったから詳細を尋ねても、言を左右にして曖昧にされてそれっきりになっていましたけど」
「なるほど。納得だね」
 真顔でナジェークが同意すると、エセリアはテーブルを拳で叩きながら声を荒げた。


「『なるほど』ではありませんよね!? お兄様が自爆自虐ネタを広めたせいでカテリーナ様の噂も私の耳には入ってきませんでしたが、彼女に何をさせていたんですか! 無茶振りにも程がありますよ!?」
「それはまあ……、アルトーの手腕と彼女の格闘センスを信じていた故の作戦だったし。九割方は成功を信じていたから、無茶振りと言えるかどうかは」
「全然反省していませんよね!? もう本当にカテリーナ様に対して、愚兄の妹として益々申し訳ない気持ちになってきましたわ! もうこれ以上のトラブルはありませんよね!?」
「そうだね。それからは私も彼女も、持ち込まれる縁談は皆無だったし。そうこうしているうちに、建国記念日祝賀式典で騒ぎが持ち上がって、それどころでは無くなったし」
 淡々と兄に告げられて、エセリアの顔が微妙に引き攣る。


「……ここでそれを口にしますか」
「当然。あれが分岐点だしね。それから私達の結婚が決まるまで、確かに些細なトラブルはあったが」
「これ以上、何があったと言うんですか!? 明日が休暇の今日まで待ったのですから、今夜はまた時間の許す限り、洗いざらい吐いていただきますよ!? 今回もラインナップを新たにした睡眠打破グッズを揃えていますからね!! ルーナ!」
「はい。のど飴に香水瓶に軟膏壺に硝子板にツボ押し器は、全てすぐ使用可能です」
「はは……、本当に容赦ないね」
 前回に引き続き、今夜も徹夜は確定だと悟ったナジェークは、がっくりと肩を落としながら疲労感満載の溜め息を吐いたのだった。



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