その華の名は
(21)とんだとばっちり
財務局内事部所属の官吏達は広めの一室に軟禁されてから、まず勤務年数の長いユーフスが指名されてどこかに誘導されて行った。それからは室内での会話も少なく、皆一様に不安げな表情で次の指示を待っていると、暫くして先程呼び出しに来た近衛騎士と共に、ユーフスが戻って来る。
「それでは、こちらでこのまま待機するように」
「はい」
指示に神妙に頷きながら入室してきたユーフスを認め、室内の者達は喜色を露にして腰を上げた。
「ユーフスさん!」
「遅かったな。心配していたぞ」
「お帰りなさい!」
「どうでしたか!?」
先を争うように官吏達が駆け寄る中、一気に騒々しくなった室内に向かって騎士が声高に呼び掛ける。
「次の出頭者は、ラコール・アズマイルだ! こちらに来い!」
「はっ、はい! 今、参ります!」
呼ばれた者が慌てて進み出て室内は静まり返ったが、二人が廊下に出たところでユーフスが口を開いた。
「皆、あまり心配しなくて良い。私達に関しては、あの二人の横領と贈収賄に関係している可能性は低いと見られていて、形式的に話を聞かれるだけらしい」
「そうですか?」
「それなら良いが……」
「ですがそれにしては、少々時間がかかっていませんでしたか?」
皆が安堵の表情を見せる中、アランが心配そうに確認を入れると、ユーフスは微妙な表情になりながら説明を加える。
「実は……、部長とリドヴァーンの罷免は確実らしい。それで部長の後任に私を任命する事が内々に決定したので、財務局を統括する財務大臣から、今回の詳細と今後の事についての説明を受けてきたんだ」
「本当ですか!?」
「おめでとう」
「後任がユーフスさんだったら、安心だよな」
アランと同様の若手は勿論、ユーフスと年が近い年配の者達も、その人事を聞いて掛け値なしに喜ぶ。しかしユーフスの表情は、あまり浮かないものだった。
「こういう場合だから、あまりめでたくは無いがね……。二人は取り調べが終わり次第投獄されるらしいから、まともに引き継ぎなどできないだろう。それにこんな不祥事を起こしてしまっては、暫く他の部署からの風当たりもきついだろうな」
その指摘に、周囲の者達も憂鬱そうに頷く。
「あの二人、投獄が決定しているのか……」
「確かに、他から疑惑の目で見られそうですよね」
「ところで、あの二人はどんな手口で横領をしていたんですか?」
「王宮の出入り商人と組んで、発注数量と請求額を割り増しして、差額を懐に入れていた。祝宴時のワインの発注数を保管庫の最大保管本数で発注したり、揃えて新調したカーテンの枚数を該当棟の窓数より多く発注したりだが」
「はぁ?」
一人が好奇心から横領の手口を尋ねてみたものの、ユーフスの説明を聞いて目を丸くした。
「あの……、保管庫は毎回全ての在庫を入れ換えるわけありませんし、カーテンの枚数も該当棟が判明していれば、普通は監査で引っ掛かる……」
思わず反論しかけた若手の一人が何かに思い当たったのか、台詞の途中で不自然に口を閉ざす。彼の同僚達も同じ事を考えたのか、互いの顔を見合わせながら口々に言い合う。
「監査って……」
「あの、前ミラード伯爵のゾルーダ様、だよな?」
「ああ。あの如何にも好々爺の」
「だけどこの何年か、見る度に足取りがおぼつかなくなっていなかったか?」
「本人は『足腰が衰えても、頭は衰えておらん』とかなんとか、豪快に笑い飛ばしていたが……」
「だが思い返してみれば、何だか受け答えが要領を得ない時があって……。偶々、聞き逃したのかと思っていたが」
「去年監査にいらした時は、部屋で机に突っ伏して熟睡されていたぞ?」
「それはどう考えてもまずいだろう! お前、声をかけなかったのか?」
「一介の官吏が、そんな事できないだろうが! 時間を空けて出直した時は、ちゃんと起きていたし」
「確かに近年、サインが漏れる時が散見されて、再度書類の提出に出向いた事が……」
「やっぱり耄碌されていたのか?」
「まさか俺達の提出した書類って、殆ど精査されて無かった?」
「…………」
そこで室内に重苦しい沈黙が漂ったが、疲労感を覚えていたのはナジェークも同様だった。
(去年官吏になったばかりだからゾルーダ殿と面識は無かったが、監査済みの保管書類に目を通した時、本当に愕然としたぞ。確かに善良な人間かもしれないが、役目を果たせないなら老害以外の何物でも無いな)
ナジェークが内心で辛辣な事を考えていると、ユーフスがその場を取りなしてくる。
「あの方は先王陛下の忠臣で、名誉職の扱いで財務監査の任務を与えられていたからな……。周囲が遠慮して引退を勧告しないでいるうちに、監査の体を為していない状態になっていたようだ」
「ええと……。そうなるとゾルーダ様も、あの二人と同罪になるのか?」
彼とは同期のグラントが微妙な顔付きで尋ねると、ユーフスは真顔で首を振った。
「ゾルーダ様に金銭が渡った形跡は皆無で、横領に加担していないと判断されたらしい。しかし全くおとがめ無しとするわけにもいかず、この四年の監査役としての報酬を返上した上で辞任するよう指示が下ったそうだ」
「まあ、そうだよな……」
「仕方がありません」
「あのお年で、とばっちりでの投獄は辛いでしょうし」
話を聞いた周囲が納得して頷く中、ユーフスの説明が続く。
「それで話を戻すが、あの二人は一定期間の投獄が決定した上、この四年間の決算内容を再度精査する事になった。それで横領された総額を算出した上で、この間二人に支払われた給与と合わせて、ガスパー家とコーウェイ家に全額請求するそうだ。加えて二人と組んだ王宮御用達の商会は、今後王宮への出入りを禁止される事になる」
「大事ですね」
「家中から罪人を出すとは……。どちらの家も、社交界で面目丸潰れだな」
「横領額と給与を返上しても、投獄は避けられない流れみたいですね」
「それはそうだろう。横領されたのは王室関連の予算だぞ? ここで曖昧にしたら、王室の面目にかかわるだろうが」
「二人とも、馬鹿な事をしたものだ。これからの人生を棒に振ったな」
同僚達が好き勝手に感想を言い合う中、ナジェークは神妙な顔付きのまま黙り混んでいた。
(監査が簡単に通るからと、大して手の込んでいないごまかし方をしていたお陰で、本当に助かったな。今日中は無理だろうが、明日中には王宮内でこの話が持ちきりだろう。体よく目障りな奴らを排除する事ができた)
そんな辛辣な事を考えながら、ナジェークは今回の結果に一人満足していた。
「それでは、こちらでこのまま待機するように」
「はい」
指示に神妙に頷きながら入室してきたユーフスを認め、室内の者達は喜色を露にして腰を上げた。
「ユーフスさん!」
「遅かったな。心配していたぞ」
「お帰りなさい!」
「どうでしたか!?」
先を争うように官吏達が駆け寄る中、一気に騒々しくなった室内に向かって騎士が声高に呼び掛ける。
「次の出頭者は、ラコール・アズマイルだ! こちらに来い!」
「はっ、はい! 今、参ります!」
呼ばれた者が慌てて進み出て室内は静まり返ったが、二人が廊下に出たところでユーフスが口を開いた。
「皆、あまり心配しなくて良い。私達に関しては、あの二人の横領と贈収賄に関係している可能性は低いと見られていて、形式的に話を聞かれるだけらしい」
「そうですか?」
「それなら良いが……」
「ですがそれにしては、少々時間がかかっていませんでしたか?」
皆が安堵の表情を見せる中、アランが心配そうに確認を入れると、ユーフスは微妙な表情になりながら説明を加える。
「実は……、部長とリドヴァーンの罷免は確実らしい。それで部長の後任に私を任命する事が内々に決定したので、財務局を統括する財務大臣から、今回の詳細と今後の事についての説明を受けてきたんだ」
「本当ですか!?」
「おめでとう」
「後任がユーフスさんだったら、安心だよな」
アランと同様の若手は勿論、ユーフスと年が近い年配の者達も、その人事を聞いて掛け値なしに喜ぶ。しかしユーフスの表情は、あまり浮かないものだった。
「こういう場合だから、あまりめでたくは無いがね……。二人は取り調べが終わり次第投獄されるらしいから、まともに引き継ぎなどできないだろう。それにこんな不祥事を起こしてしまっては、暫く他の部署からの風当たりもきついだろうな」
その指摘に、周囲の者達も憂鬱そうに頷く。
「あの二人、投獄が決定しているのか……」
「確かに、他から疑惑の目で見られそうですよね」
「ところで、あの二人はどんな手口で横領をしていたんですか?」
「王宮の出入り商人と組んで、発注数量と請求額を割り増しして、差額を懐に入れていた。祝宴時のワインの発注数を保管庫の最大保管本数で発注したり、揃えて新調したカーテンの枚数を該当棟の窓数より多く発注したりだが」
「はぁ?」
一人が好奇心から横領の手口を尋ねてみたものの、ユーフスの説明を聞いて目を丸くした。
「あの……、保管庫は毎回全ての在庫を入れ換えるわけありませんし、カーテンの枚数も該当棟が判明していれば、普通は監査で引っ掛かる……」
思わず反論しかけた若手の一人が何かに思い当たったのか、台詞の途中で不自然に口を閉ざす。彼の同僚達も同じ事を考えたのか、互いの顔を見合わせながら口々に言い合う。
「監査って……」
「あの、前ミラード伯爵のゾルーダ様、だよな?」
「ああ。あの如何にも好々爺の」
「だけどこの何年か、見る度に足取りがおぼつかなくなっていなかったか?」
「本人は『足腰が衰えても、頭は衰えておらん』とかなんとか、豪快に笑い飛ばしていたが……」
「だが思い返してみれば、何だか受け答えが要領を得ない時があって……。偶々、聞き逃したのかと思っていたが」
「去年監査にいらした時は、部屋で机に突っ伏して熟睡されていたぞ?」
「それはどう考えてもまずいだろう! お前、声をかけなかったのか?」
「一介の官吏が、そんな事できないだろうが! 時間を空けて出直した時は、ちゃんと起きていたし」
「確かに近年、サインが漏れる時が散見されて、再度書類の提出に出向いた事が……」
「やっぱり耄碌されていたのか?」
「まさか俺達の提出した書類って、殆ど精査されて無かった?」
「…………」
そこで室内に重苦しい沈黙が漂ったが、疲労感を覚えていたのはナジェークも同様だった。
(去年官吏になったばかりだからゾルーダ殿と面識は無かったが、監査済みの保管書類に目を通した時、本当に愕然としたぞ。確かに善良な人間かもしれないが、役目を果たせないなら老害以外の何物でも無いな)
ナジェークが内心で辛辣な事を考えていると、ユーフスがその場を取りなしてくる。
「あの方は先王陛下の忠臣で、名誉職の扱いで財務監査の任務を与えられていたからな……。周囲が遠慮して引退を勧告しないでいるうちに、監査の体を為していない状態になっていたようだ」
「ええと……。そうなるとゾルーダ様も、あの二人と同罪になるのか?」
彼とは同期のグラントが微妙な顔付きで尋ねると、ユーフスは真顔で首を振った。
「ゾルーダ様に金銭が渡った形跡は皆無で、横領に加担していないと判断されたらしい。しかし全くおとがめ無しとするわけにもいかず、この四年の監査役としての報酬を返上した上で辞任するよう指示が下ったそうだ」
「まあ、そうだよな……」
「仕方がありません」
「あのお年で、とばっちりでの投獄は辛いでしょうし」
話を聞いた周囲が納得して頷く中、ユーフスの説明が続く。
「それで話を戻すが、あの二人は一定期間の投獄が決定した上、この四年間の決算内容を再度精査する事になった。それで横領された総額を算出した上で、この間二人に支払われた給与と合わせて、ガスパー家とコーウェイ家に全額請求するそうだ。加えて二人と組んだ王宮御用達の商会は、今後王宮への出入りを禁止される事になる」
「大事ですね」
「家中から罪人を出すとは……。どちらの家も、社交界で面目丸潰れだな」
「横領額と給与を返上しても、投獄は避けられない流れみたいですね」
「それはそうだろう。横領されたのは王室関連の予算だぞ? ここで曖昧にしたら、王室の面目にかかわるだろうが」
「二人とも、馬鹿な事をしたものだ。これからの人生を棒に振ったな」
同僚達が好き勝手に感想を言い合う中、ナジェークは神妙な顔付きのまま黙り混んでいた。
(監査が簡単に通るからと、大して手の込んでいないごまかし方をしていたお陰で、本当に助かったな。今日中は無理だろうが、明日中には王宮内でこの話が持ちきりだろう。体よく目障りな奴らを排除する事ができた)
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