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その華の名は

篠原皐月

(16)ささやかな願望

 ラツェル伯爵家との縁談が潰れた後、カテリーナは休暇明けに王宮の寮に戻った。その後、特に身辺に異常は感じなかったが、四、五日を過ぎた頃から、気が付くと周囲から遠巻きにされている事に気がついた。


「ほら、あれが例の……」
「……本当かよ?」
(ラツェル伯爵邸での騒ぎから、そろそろ一週間。王宮内でも、満遍なく噂が広がった頃かしら?)
 興味本位な視線と囁き声で、その理由が容易に推測できていたカテリーナは、下手に弁解などする事無く平常心で勤務を続けていた。


「フェリシア、カテリーナ、ご苦労様。交代の時間よ」
「お疲れ様」
「それじゃあ休憩を取ってきます」
「お願いします」
 二人組で執務棟と後宮を繋いでいる通路の警護をしていたカテリーナは、やって来た交代要員と入れ替わりに食堂へと向かった。するとその日コンビを組んでいるフェリシアが、並んで歩きながら控え目に声をかけてくる。


「あの……、カテリーナ。ちょっと個人的な事を聞いても良いかしら?」
「はい。何でしょうか?」
「あなた最近、ラツェル伯爵家の人との縁談があったの?」
 普段はあまりプライベートな事に口を挟まない、良識ある先輩である彼女が、もの凄く言い難そうに尋ねてきた事で、カテリーナは周囲から詳細を聞き出すようにせっつかれたのだろうなと申し訳なく思った。それでその問いに、正直に答える。


「ええ。先週ラツェル伯爵邸に出向きましたが、破談になりました」
「そうなの……、ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ?」
「それで……、伯爵邸の石像を殴り倒して破壊したという話は、幾らなんでも違うわよね?」
 益々申し訳なさそうに問われた内容に、カテリーナは一瞬口ごもってから答える。


「それは……、一部は合っています」
「一部って、どの部分が?」
「当時の国王を拳一つでお守りしたという、初代ラツェル伯爵の武勲にあやかりたいと思い、ちょうど胸元の高さにあった像の足首に軽く拳を入れてみましたらそこが折れて、像全体が前方に倒れて床に激突して壊れました」
「…………はぁ?」
 フェリシア思わず足を止め、怪訝な顔でカテリーナの顔を凝視する。その視線に居心地悪い思いをしながら、カテリーナは神妙に話を続けた。


「その……、冗談かと思われるかもしれませんが、事実です。確かに台座から床に落ちて幾つもの破片になりましたが、私自身が粉砕したわけではありませんので」
 少々弁解がましく語られた内容を聞いて我に返ったフェリシアは、動揺しながらもなんとか言葉を返した。


「あ……、え、ええ……、良く分かったわ。きっと建国事の英雄の像なら、それなりに古くなって脆くなっていたのね。あなたはこの一週間は普通に勤務していて、手に怪我なんかしていないし」
「はぁ……、恐らくそうではないかと」
「でも、カテリーナ。今後は幾ら大丈夫そうに見えても、石像に拳は入れない方が良いと思うわ。今回は偶々像が脆かったからそんな事になったけど、普通だったらどう考えても怪我をするのはあなたの方だし」
 そこで大真面目に忠告されたカテリーナは、素直に頷く。


「全くその通りですね。その場のノリでやってしまいましたが、以後は自制します」
「そうした方が良いわ。今回はとんだ災難だったわね。……あら、ジャスティン隊長だわ」
 フェリシアが前方からやって来るジャスティンに気づくと同時に、彼が歩きながら声をかけてきた。


「やあ、カテリーナ。ちょっと良いかな? 話したい事があるんだが」
「これから昼食ですけど、兄様は時間があるんですか?」
「少しならな」
「私は先に食堂に行っているわ。隊長と話をしながら向かえば?」
「そうさせて貰います」
 ちょっとだけ立ち止まってやり取りをしてからフェリシアは一足先に一人で食堂に向かい、カテリーナは兄と並んで歩き出した。


「それで兄様、話というのは何ですか?」
「その……、お前に関する噂の事なんだが……」
 微妙に言い難そうに切り出された内容に、カテリーナはうんざりした顔になりつつ肩を竦める。


「今更の話よ。一々気にしていたら、王宮で勤務なんかできないわ」
「それはそうだろうな。だが偶に、あまりに無神経な事をほざく馬鹿がいるもので、自分の忍耐力を試されている気分なんだ」
「それは私も同様です。今回の事で、近衛騎士団内でも一・二を争う自制心の持ち主になれた気がするわ」
「……やっぱり事が片付いたら、あいつを一発殴るか」
 唸るように兄が口にした内容を聞いて、カテリーナが小さく咎めるように声をかける。


「ジャスティン兄様」
「止めるな、カテリーナ。前々から思っていたが、お前は少々あいつに甘いぞ」
「誰も止めません。兄様が殴る前に私が十発位は殴る権利がありますから、抜け駆けして欲しくないだけです」
 一瞬憤る表情を見せたジャスティンだったが、カテリーナが冷え冷えとした口調で宣言したのを聞いて口を閉ざした。次いで隣を歩く妹をしげしげと見下ろしながら、正直に告げる。


「……前々から思っていたが、お前達は本当に恋人同士なのか?」
「世間一般の尺度では測れないだけです」
 続けて素っ気なく返した妹に、ジャスティンはこれ以上刺激しない方が良いだろうと判断し、話を切り上げて職場に戻って行った。


 その日の夜。カテリーナが寮に戻ると、サビーネとタリアから手紙が届いていた。
「さて、今回サビーネは、どんな事を書き送ってくれたのかしら?」
 早速サビーネの手紙から開封して読み進めると、どうにも苦笑が漏れてくる。


「何というか……、最近クレランス学園内は、益々混沌としているみたいね。問題が顕在化していないのは、エセリア様の手腕故という事かしら?」
 エセリアの婚約者である王太子が、彼が懇意にしている女生徒と共に学園内で様々な問題を引き起こしている状況下であっても、それが公には問題視されていないという事実に、カテリーナは素直に感嘆の溜息を吐いた。そして一通り読み終えてから、折り畳まれて同封してある紙を引っ張り出す。


「それで、これは何?」
 取り敢えず広げてみると、便箋とほぼ同じ大きさの紙ながらあちこちに四角の切り抜きがしてあり、一見用途が不明な代物だった。しかしその隅に端的に書き込まれた内容を読み、納得してもう一通の封書に手を伸ばす。


「ええと……、四隅に書かれている印を重ね合わせる……。そうなるとひょっとして、こちらのタリア義姉様名義の手紙。これに合わせれば良いのかしら?」
 見当をつけたカテリーナが早速タリアから来た封書を開け、便箋を引っ張り出す。その左上に先程の紙の四隅に書かれた模様と同じ物を発見した彼女は、迷わず印が合うように用紙を重ねた。


「うん、文章は完成。意味も分かったけど……」
 穴が開いた所から下の文面に書かれた単語を読み取り、それを上から順に繋ぎ合わせると、予想通りラツェル伯爵邸での騒動に関する謝罪の言葉と、近々お詫びにご馳走するという内容になっていたが、カテリーナの機嫌は良くなるどころか、はっきりとした渋面になっていた。


「どう考えても、面白がっているようにしか思えないわ」
 こっちが周囲から白眼視されているのだから、向こうも同様の扱いをされれば良いのにとカテリーナは心の中で悪態を吐いたが、彼女のそのささやかな願望は意外に早く叶う事となった。



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