その華の名は
(11)剛腕リーナ再び
「珍しいわね。あなたが本音をだだ漏れさせるなんて。そんなに疲れているの?」
それにナジェークが、苦笑いで答える。
「疲れている、と言うのとは違うと思うが……。確かに最近馬鹿な連中の相手に、いい加減飽き飽きしているかな?」
「お疲れ様」
「君の方も、これから屋敷に戻るのだから、色々面倒くさいだろう?」
「嫌な事を思い出させないでよ……」
これからの予定を思い出して心底うんざりしているカテリーナを見て、ナジェークは最近彼女が話題にしている存在を思い出しながら宥めた。
「それでも、可愛い姪達に会えるのは嬉しいだろう? それを励みに頑張れ」
「そうするわ」
会話が途切れたタイミングで、二人はどちらからともなく苦笑しながら顔を見合わせた。それからナジェークが真顔になり、話題を変える。
「君の兄夫婦が持ち込んだ、今回の縁談について話したいが構わないか?」
「ええ。ラツェル伯爵家のケビン殿よね?」
「そうだ。あそこはガロア侯爵家同様、武芸に秀でた方を多く輩出しているな。当人の腕前は素人に毛が生えた程度だが、盛大に盛ってくるだろう」
「以前、ルイザが見せてくれたリストに、名前があったわね。さて……、どうやって断ろうかしら」
難しい顔でカテリーナが考え込んだが、ナジェークが事も無げにとんでもない事を言い出す。
「君の方から断らなくとも、向こうから断らせれば良いさ。既に毎晩部下をラツェル伯爵邸に忍び込ませて、裏工作を進行中だ」
「『毎晩』って、一体何をさせているのよ? 何か盗んだりしてはいないみたいだけど……」
「少しずつしか進められなくてね。繊細な作業だし」
「さっさと吐きなさい。でないと、この前とは逆の頬が腫れ上がるわよ?」
ソファーに座ったまま、軽く身を乗り出しながらカテリーナが凄む。しかしナジェークは笑って誤魔化そうとした。
「怖いな。せっかく二人きりになったんだから、ここは終始笑顔で」
「ナジェーク?」
「……分かった。取り敢えず、こちらの話を聞いてくれ」
しかしカテリーナは目を眇めながら左の拳を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。さすがに身の危険を感じたナジェークは顔を強張らせて観念し、彼女に座るように手振りで促してから、考えている事を洗いざらい語って聞かせた。
「あっ、あのね……。私に何て事をさせる気なのよ! どう考えても話に無理がありすぎるし、無茶すぎるわよ!!」
嫌な予感通り、ろくでもない計画を聞かされたカテリーナが激昂する中、ナジェークは半ば自棄気味に彼女を宥める。
「普通の女性になら無理だろうが、剛腕リーナになら容易くできると思うから、それほど心配しなくても大丈夫だ」
「ただでさえ不愉快な事を思い出させないで! 喧嘩を売ってるわけ!?」
「いやいや、今のは純粋な誉め言葉だから、邪推しないでくれ」
「あなたの考えは邪な事ばかりじゃない!? それにこの事が表沙汰になったら、私の評価もだだ下がりになるわよね!?」
「そうなると今後益々、君の縁談を成立させるのが難しくなるだろう? 一石二鳥じゃないか」
「自分の評価が地に落ちそうだからって、私まで巻き込まないで頂戴!」
「だが、夫婦は一蓮托生と言うし。私達は似合いの夫婦になれるんじゃないかな?」
「明らかに意味が違うし、絶対に面白がってるわよね!?」
「どうしても穏便な方策が思い浮かばなくてね。今回一時的に君の評判を落とす事になるが、必ず責任は取るから」
「…………」
激しく抗議するカテリーナに、ナジェークは最後は困り顔で応じた。常には見せないその表情に、カテリーナは思わず相手を睨み付けながら押し黙る。
(そう言えば忘れていたけど、これまでに急遽相手に別な相手ができたり、他の理由とかで縁談自体が何回か潰れているのよね。ナジェークが随分、裏工作している筈だし……)
自分の知らないところで、これまでに散々動いてくれていたであろうナジェークと彼の部下の苦労を思い、カテリーナはそれ以上文句を言うのを諦めた。
「……分かったわ。その話に乗るから。確かにインパクトは十分ですものね」
確かに誉められた事では無いのは分かっていたナジェークは、ここで申し訳なさそうに再度謝ってくる。
「すまないな。今後はもう少し、まともなやり方を考えるよ」
「あなたの『まとも』は、あまり信用できないわ」
「それは酷いな」
いかにも疑わしげに断言されたナジェークは苦笑を深めてから、さりげなく話題を変えた。
「とりあえず、無茶な事を提案した自覚はあるから、せめてもの詫びにこれを君に渡そうと思ったんだ」
「何かしら?」
「レースの手袋だよ。以前、練習用の革手袋を贈った事があるから、手のサイズは分かっていたしね」
「あら、素敵な手袋。嵌めてみて良い?」
「勿論」
ナジェークが横に置いておいた箱を取り上げ、蓋を開けてテーブルに置く。その中に入っていた一組の手袋を見て、カテリーナは興味津々でそれを取り上げた。
「大きさもちょうど良いわ。デザインも素敵。気に入ったわ」
「それは良かった。因みにこちらの右手だけの物は、それより緩めに作ってあるから」
「緩めに? しかも右手だけだなんて、どうしてそんな中途半端な物を作ったの?」
既に両手に手袋を着けているカテリーナの前に、新たにデザインが全く同じ右手だけの手袋が置かれる。さすがに不審に思いながら彼女が問い返すと、ナジェークはろくでもない事を大真面目に説明してきた。
「当日は手荒れが酷いとか、訓練中に手を怪我したと理由を付けてこれを填めていれば、カモフラージュになるだろう。メリケンサックを填めた上から着ければ、ちょうど良い程度に調整してある。幾らなんでも、周囲の隙を見てその場で手に填めたりしたら怪しまれるからね」
「……本当に、嫌になる位気が回るわね」
純粋なプレゼントだけではなく、先程聞いたばかりの作戦に使用する小道具が付属品だと聞いて、その抜け目の無さにカテリーナは盛大に溜め息を吐いた。
それにナジェークが、苦笑いで答える。
「疲れている、と言うのとは違うと思うが……。確かに最近馬鹿な連中の相手に、いい加減飽き飽きしているかな?」
「お疲れ様」
「君の方も、これから屋敷に戻るのだから、色々面倒くさいだろう?」
「嫌な事を思い出させないでよ……」
これからの予定を思い出して心底うんざりしているカテリーナを見て、ナジェークは最近彼女が話題にしている存在を思い出しながら宥めた。
「それでも、可愛い姪達に会えるのは嬉しいだろう? それを励みに頑張れ」
「そうするわ」
会話が途切れたタイミングで、二人はどちらからともなく苦笑しながら顔を見合わせた。それからナジェークが真顔になり、話題を変える。
「君の兄夫婦が持ち込んだ、今回の縁談について話したいが構わないか?」
「ええ。ラツェル伯爵家のケビン殿よね?」
「そうだ。あそこはガロア侯爵家同様、武芸に秀でた方を多く輩出しているな。当人の腕前は素人に毛が生えた程度だが、盛大に盛ってくるだろう」
「以前、ルイザが見せてくれたリストに、名前があったわね。さて……、どうやって断ろうかしら」
難しい顔でカテリーナが考え込んだが、ナジェークが事も無げにとんでもない事を言い出す。
「君の方から断らなくとも、向こうから断らせれば良いさ。既に毎晩部下をラツェル伯爵邸に忍び込ませて、裏工作を進行中だ」
「『毎晩』って、一体何をさせているのよ? 何か盗んだりしてはいないみたいだけど……」
「少しずつしか進められなくてね。繊細な作業だし」
「さっさと吐きなさい。でないと、この前とは逆の頬が腫れ上がるわよ?」
ソファーに座ったまま、軽く身を乗り出しながらカテリーナが凄む。しかしナジェークは笑って誤魔化そうとした。
「怖いな。せっかく二人きりになったんだから、ここは終始笑顔で」
「ナジェーク?」
「……分かった。取り敢えず、こちらの話を聞いてくれ」
しかしカテリーナは目を眇めながら左の拳を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。さすがに身の危険を感じたナジェークは顔を強張らせて観念し、彼女に座るように手振りで促してから、考えている事を洗いざらい語って聞かせた。
「あっ、あのね……。私に何て事をさせる気なのよ! どう考えても話に無理がありすぎるし、無茶すぎるわよ!!」
嫌な予感通り、ろくでもない計画を聞かされたカテリーナが激昂する中、ナジェークは半ば自棄気味に彼女を宥める。
「普通の女性になら無理だろうが、剛腕リーナになら容易くできると思うから、それほど心配しなくても大丈夫だ」
「ただでさえ不愉快な事を思い出させないで! 喧嘩を売ってるわけ!?」
「いやいや、今のは純粋な誉め言葉だから、邪推しないでくれ」
「あなたの考えは邪な事ばかりじゃない!? それにこの事が表沙汰になったら、私の評価もだだ下がりになるわよね!?」
「そうなると今後益々、君の縁談を成立させるのが難しくなるだろう? 一石二鳥じゃないか」
「自分の評価が地に落ちそうだからって、私まで巻き込まないで頂戴!」
「だが、夫婦は一蓮托生と言うし。私達は似合いの夫婦になれるんじゃないかな?」
「明らかに意味が違うし、絶対に面白がってるわよね!?」
「どうしても穏便な方策が思い浮かばなくてね。今回一時的に君の評判を落とす事になるが、必ず責任は取るから」
「…………」
激しく抗議するカテリーナに、ナジェークは最後は困り顔で応じた。常には見せないその表情に、カテリーナは思わず相手を睨み付けながら押し黙る。
(そう言えば忘れていたけど、これまでに急遽相手に別な相手ができたり、他の理由とかで縁談自体が何回か潰れているのよね。ナジェークが随分、裏工作している筈だし……)
自分の知らないところで、これまでに散々動いてくれていたであろうナジェークと彼の部下の苦労を思い、カテリーナはそれ以上文句を言うのを諦めた。
「……分かったわ。その話に乗るから。確かにインパクトは十分ですものね」
確かに誉められた事では無いのは分かっていたナジェークは、ここで申し訳なさそうに再度謝ってくる。
「すまないな。今後はもう少し、まともなやり方を考えるよ」
「あなたの『まとも』は、あまり信用できないわ」
「それは酷いな」
いかにも疑わしげに断言されたナジェークは苦笑を深めてから、さりげなく話題を変えた。
「とりあえず、無茶な事を提案した自覚はあるから、せめてもの詫びにこれを君に渡そうと思ったんだ」
「何かしら?」
「レースの手袋だよ。以前、練習用の革手袋を贈った事があるから、手のサイズは分かっていたしね」
「あら、素敵な手袋。嵌めてみて良い?」
「勿論」
ナジェークが横に置いておいた箱を取り上げ、蓋を開けてテーブルに置く。その中に入っていた一組の手袋を見て、カテリーナは興味津々でそれを取り上げた。
「大きさもちょうど良いわ。デザインも素敵。気に入ったわ」
「それは良かった。因みにこちらの右手だけの物は、それより緩めに作ってあるから」
「緩めに? しかも右手だけだなんて、どうしてそんな中途半端な物を作ったの?」
既に両手に手袋を着けているカテリーナの前に、新たにデザインが全く同じ右手だけの手袋が置かれる。さすがに不審に思いながら彼女が問い返すと、ナジェークはろくでもない事を大真面目に説明してきた。
「当日は手荒れが酷いとか、訓練中に手を怪我したと理由を付けてこれを填めていれば、カモフラージュになるだろう。メリケンサックを填めた上から着ければ、ちょうど良い程度に調整してある。幾らなんでも、周囲の隙を見てその場で手に填めたりしたら怪しまれるからね」
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