その華の名は
(10)捨て身の戦法
不穏な噂が王宮内で広がる中、ナジェークから密かに連絡を貰ったカテリーナは、指定された休日に王宮の寮から兄の家に直行した。
「こんにちは、タリア義姉様。お邪魔します」
「いらっしゃい、カテリーナ。ジャスティンとナジェークさんがお待ちよ」
「どうも……」
笑顔で玄関内に招き入れてくれた義姉に、カテリーナは早速現状について尋ねる。
「因みに、二人の様子はどうですか?」
「あと一時間カテリーナが来なかったら、ジャスティンがナジェークさんの首を切り落としそうね」
「あっさり切り落とされたりはしないでしょうけど、相当険悪なのは分かりました」
予想通りの展開に、カテリーナは肩を落とす。タリアはそんな彼女を見て、苦笑を深めながら廊下を進んだ。
「二人とも、カテリーナが来たわよ」
「こんにちは、ジャスティン兄様。お休みの日に自宅に押し掛けてすみません」
義姉に続き、カテリーナがナジェークと向かい合って座っている兄に声をかけると、ジャスティンが仏頂面で応じる。
「気にするな。お前の休みに合わせて、俺も休みを取っただけだ」
「……そうですか」
「それじゃあ、私はお茶を淹れてくるわね」
部外者は退散とばかりに、タリアはそそくさとその場を離れた。一方のカテリーナは一瞬悩んでから、ジャスティンの隣に腰を下ろす。
「ところで、カテリーナも来た事だし、お前は俺達に何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「はい」
そこでジャスティンに促されたナジェークが、固い表情のまま口を開いた。
「カテリーナ。おそらく君も耳にしているとは思うが、私とコーウェイ侯爵家のステラ嬢との婚約話は、根も葉もないでたらめだ。向こうがそう吹聴して既成事実化を狙っているだけなので、誤解しないで欲しい」
「それは分かっているわ。随分厄介で、たちの悪い人達に好かれたものね」
「そうだな……」
端から見ても多少の同情の余地はあり、カテリーナは憐憫の眼差しを送った。しかしジャスティンはその程度で済ませる気はサラサラ無かったらしく、眼光鋭くナジェークに迫る。
「それで? お前としては、この件をどう片を付ける気なのか、聞かせて貰えるんだろうな?」
その問いかけに、ナジェークは更に表情を険しくしながら語り出した。
「はい。実は今月末、我が家とは懇意にしているパーシバル公爵家で夜会が開催される予定で、両親と共に私も招待されております。コーウェイ侯爵夫人がパーシバル公爵夫人と遠縁らしいので、招待状をもぎ取って意気揚々と現れると推測しておりますので」
「そこでけりをつけると? 差し支えなければ、方法を聞かせて貰いたいものだな」
「是非ともお願いします。これを実行した場合、社交界から今までとは違う内容での誤解を受ける事が確実なので、予めあなた達には話しておく必要があるかと思いましたので」
「え? 何だそれは」
「どういう事?」
「つまり、その夜会でコーウェイ侯爵親娘に絡まれた場合……」
それからナジェークが淡々と語った内容に、兄妹は最初呆気に取られ、次第にうんざりとした表情になった。
「ナジェーク……。私が言う事ではないかもしれないけど、何もそこまで捨て身の戦法を取らなくても……」
「ああ、そうだな……。周囲に激しく誤解されそうだな。改めてカテリーナとの縁談を持ちかけても、今までとは違う意味で、父が難色を示しそうだ……」
「そういう事情ですので、その折にはお口添えをよろしくお願いします」
「……今のは、聞かなかった事にしたい」
「ジャスティン兄様?」
「分かっている。その折には、ちゃんと俺から説明するから心配するな。それにしても難儀な事だな」
思わず本音をだだ漏れさせた兄を、カテリーナが軽く睨む。それをジャスティンが宥めていると、タリアが両手でトレーを抱えつつ戻って来た。
「お待たせ。お茶を持ってきたわ。……どうかしたの?」
険悪では無いものの、室内の微妙な空気を感じ取ったタリアが不思議そうに声をかけると、余計な事は口にしたくなかった三人は、揃って笑顔で誤魔化す。
「いや、何でもない。ちょうどのタイミングだったな」
「ええ、本当にぴったりです」
「ありがたくいただきます」
「はい、どうぞ」
和やかとは言いかねる空気のままお茶を飲み始めたが、全員が飲み終えたタイミングで、タリアが茶器をそのままにしながら夫の腕を取り、半ば強引に立ち上がらせた。
「それじゃあ取り敢えず、難しいお話は済んだのよね? ほら、ジャスティン。私達はちょっと席を外しましょう」
「タリア、そんなに引っ張るな!」
対するジャスティンは取り敢えず妻に合わせて腰を上げたものの、ナジェークを睨み付けながら盛大に釘を刺してくる。
「いいか、ナジェーク! 俺の家で変な気を起こしたら、承知しないからな!? 万が一そんな事態になったら、この家から出る時は首と胴が離れると思え!!」
「別に、あなたに心配されるような事をするつもりはありませんから、ご心配無く」
「はぁ!? お前、カテリーナがそんなに魅力がないとでも言うつもりか!?」
「……色々面倒くさいですね」
妹に手を出して欲しくないのか出して欲しいのか、ジャスティンが支離滅裂な事を言い出した。それを聞いたナジェークがうんざりした様子で溜め息を吐くと、タリアが夫の背中を力任せに押しながらドアから出て行く。
「ごめんなさいね。本当に面倒くさい人で。お邪魔しました」
「おい、『お邪魔しました』って、ここは俺の家だぞ!?」
「ああ、もう、本当に五月蝿いわね!」
ドア越しにも微かに夫婦の論争が聞こえる中、取り敢えず二人きりになったところで、カテリーナは幾分心配そうに声をかけた。
「こんにちは、タリア義姉様。お邪魔します」
「いらっしゃい、カテリーナ。ジャスティンとナジェークさんがお待ちよ」
「どうも……」
笑顔で玄関内に招き入れてくれた義姉に、カテリーナは早速現状について尋ねる。
「因みに、二人の様子はどうですか?」
「あと一時間カテリーナが来なかったら、ジャスティンがナジェークさんの首を切り落としそうね」
「あっさり切り落とされたりはしないでしょうけど、相当険悪なのは分かりました」
予想通りの展開に、カテリーナは肩を落とす。タリアはそんな彼女を見て、苦笑を深めながら廊下を進んだ。
「二人とも、カテリーナが来たわよ」
「こんにちは、ジャスティン兄様。お休みの日に自宅に押し掛けてすみません」
義姉に続き、カテリーナがナジェークと向かい合って座っている兄に声をかけると、ジャスティンが仏頂面で応じる。
「気にするな。お前の休みに合わせて、俺も休みを取っただけだ」
「……そうですか」
「それじゃあ、私はお茶を淹れてくるわね」
部外者は退散とばかりに、タリアはそそくさとその場を離れた。一方のカテリーナは一瞬悩んでから、ジャスティンの隣に腰を下ろす。
「ところで、カテリーナも来た事だし、お前は俺達に何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「はい」
そこでジャスティンに促されたナジェークが、固い表情のまま口を開いた。
「カテリーナ。おそらく君も耳にしているとは思うが、私とコーウェイ侯爵家のステラ嬢との婚約話は、根も葉もないでたらめだ。向こうがそう吹聴して既成事実化を狙っているだけなので、誤解しないで欲しい」
「それは分かっているわ。随分厄介で、たちの悪い人達に好かれたものね」
「そうだな……」
端から見ても多少の同情の余地はあり、カテリーナは憐憫の眼差しを送った。しかしジャスティンはその程度で済ませる気はサラサラ無かったらしく、眼光鋭くナジェークに迫る。
「それで? お前としては、この件をどう片を付ける気なのか、聞かせて貰えるんだろうな?」
その問いかけに、ナジェークは更に表情を険しくしながら語り出した。
「はい。実は今月末、我が家とは懇意にしているパーシバル公爵家で夜会が開催される予定で、両親と共に私も招待されております。コーウェイ侯爵夫人がパーシバル公爵夫人と遠縁らしいので、招待状をもぎ取って意気揚々と現れると推測しておりますので」
「そこでけりをつけると? 差し支えなければ、方法を聞かせて貰いたいものだな」
「是非ともお願いします。これを実行した場合、社交界から今までとは違う内容での誤解を受ける事が確実なので、予めあなた達には話しておく必要があるかと思いましたので」
「え? 何だそれは」
「どういう事?」
「つまり、その夜会でコーウェイ侯爵親娘に絡まれた場合……」
それからナジェークが淡々と語った内容に、兄妹は最初呆気に取られ、次第にうんざりとした表情になった。
「ナジェーク……。私が言う事ではないかもしれないけど、何もそこまで捨て身の戦法を取らなくても……」
「ああ、そうだな……。周囲に激しく誤解されそうだな。改めてカテリーナとの縁談を持ちかけても、今までとは違う意味で、父が難色を示しそうだ……」
「そういう事情ですので、その折にはお口添えをよろしくお願いします」
「……今のは、聞かなかった事にしたい」
「ジャスティン兄様?」
「分かっている。その折には、ちゃんと俺から説明するから心配するな。それにしても難儀な事だな」
思わず本音をだだ漏れさせた兄を、カテリーナが軽く睨む。それをジャスティンが宥めていると、タリアが両手でトレーを抱えつつ戻って来た。
「お待たせ。お茶を持ってきたわ。……どうかしたの?」
険悪では無いものの、室内の微妙な空気を感じ取ったタリアが不思議そうに声をかけると、余計な事は口にしたくなかった三人は、揃って笑顔で誤魔化す。
「いや、何でもない。ちょうどのタイミングだったな」
「ええ、本当にぴったりです」
「ありがたくいただきます」
「はい、どうぞ」
和やかとは言いかねる空気のままお茶を飲み始めたが、全員が飲み終えたタイミングで、タリアが茶器をそのままにしながら夫の腕を取り、半ば強引に立ち上がらせた。
「それじゃあ取り敢えず、難しいお話は済んだのよね? ほら、ジャスティン。私達はちょっと席を外しましょう」
「タリア、そんなに引っ張るな!」
対するジャスティンは取り敢えず妻に合わせて腰を上げたものの、ナジェークを睨み付けながら盛大に釘を刺してくる。
「いいか、ナジェーク! 俺の家で変な気を起こしたら、承知しないからな!? 万が一そんな事態になったら、この家から出る時は首と胴が離れると思え!!」
「別に、あなたに心配されるような事をするつもりはありませんから、ご心配無く」
「はぁ!? お前、カテリーナがそんなに魅力がないとでも言うつもりか!?」
「……色々面倒くさいですね」
妹に手を出して欲しくないのか出して欲しいのか、ジャスティンが支離滅裂な事を言い出した。それを聞いたナジェークがうんざりした様子で溜め息を吐くと、タリアが夫の背中を力任せに押しながらドアから出て行く。
「ごめんなさいね。本当に面倒くさい人で。お邪魔しました」
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