その華の名は
(7)拡散する噂
近衛騎士団の勤務にも慣れて友人も増えたカテリーナは、その日も同じ班の者達と一緒に食堂へ昼食を食べに来ていた。
「それでね? もう家に戻る度に、姪達が可愛くて可愛くて。ちょっと会わないだけで、随分成長しているのよね。上の子なんて、この前までは『リーナ』だけだったのに、昨日はちゃんと『カテリーナ』って呼んでくれたの!」
前日の休日に散々構い倒してきた姪の話を上機嫌に語り続けるカテリーナに、周囲は苦笑いで応じる。
「はいはい、『カテリーナ叔母さん』と呼んでくれる日も近いわね」
「『叔母さん』か……。この年でそう呼ばれるのは少々違和感があるけど、ミリアーナとアイリーンにそう呼ばれるのなら構わないわ!」
「……それなら良かったわね」
「本当に、その子達が可愛いのね」
カテリーナ以外の者が全員揃って苦笑していると、少し離れたテーブルで誰かが声を張り上げている事に気が付いた。
「本当に、身に余る光栄だよな! 我がコーウェイ家が王太子殿下、いや、未来の国王陛下と縁続きになるなんて!」
「……何なの? あの騒ぎは」
そんな事を言って周囲に聞こえるように高笑いしている男に目を向けたカテリーナは、僅かに眉根を寄せながら周囲に尋ねた。すると予想外の話が返ってくる。
「ほら、少し前から噂になってるじゃない」
「知らないの? あの第七隊所属のアベル・ヴァン・コーウェイの妹と、財務局所属の官吏であるナジェーク・ヴァン・シェーグレンが婚約したそうよ」
「……え?」
そんな事を事も無げに言われたカテリーナは目を見開いて固まったが、周囲はそれに気が付かないまま、口々に話し始める。
「あら、婚約したんじゃなくて、縁談を進めているんじゃ無かったの?」
「さぁ……、詳しい事は知らないけど、あれだけ触れ回って自慢しているんだから、もう決まったんじゃないの?」
「まだ婚約していない令嬢の中で、ナジェーク殿と家格が釣り合うのはステラ位のものだからな! 焦らず、待った甲斐があったと言うものだ! 妹は本当に果報者だな! 私もこれからは王家に連なる者として、より一層精進しなければな! いつ何時、王太子殿下からお声がかかるかもしれないからな!」
そんな事を誇らしげに語り続けるアベルに、カテリーナの同僚達は呆れ果てたといった感じの冷たい目を向けた。
「……あれは何を勘違いしているの?」
「そうよね。確かにシェーグレン公爵家のエセリア様は王太子殿下の婚約者だけど、その兄と自分の妹が結婚したとしても、単に王太子妃の兄の妻の兄ってだけじゃない」
「義理も義理よね。普通に考えたら、わざわざそんな人間にまで声なんかかけないわよ」
「本当、ギリギリ関係がある関係。そんな人間にまで一々目をかけていたら、王太子殿下だって大変だわ」
「それをあんなに偉そうに吹聴するなんて」
「普段周囲に対して、よほど誇る事が無いんじゃない?」
「そうよね。騒いでいるのは本人だけで周りの人達はしらけきっているのが、ここからでも分かるし」
「…………」
そんな周囲の冷笑に交ざらずカテリーナが黙り混んでいると、同僚の一人が彼女の様子に気付いて不思議そうに声をかけてきた。
「カテリーナ、どうかしたの? 食事が進んでいないみたいだけど」
「ううん、何でもないから」
ぼんやりと考え込んでいたカテリーナは、すぐにいつもの表情を取り繕いながら、もやもやとしたものを抱えつつ食べるのを再開した。
(婚約成立ね……。誤報か、あの人の家の願望だとは思うけど、ここまで盛大に宣伝しているとはね。この状況を放置している事に関して、文句を言う位は良いわよね)
密かにそう決意しつつ食べ終えたカテリーナは友人達と揃って食堂を出たが、その出入り口付近でイズファインと出くわした。
「やあ、カテリーナ。久し振り」
「あら、イズファイン。本当に久し振りね。これから食事? ごゆっくり」
「あ、カテリーナ、ちょっと良いかな?」
「何かしら?」
すれ違いざま挨拶だけして通り過ぎようとしたカテリーナだったが、若干慌て気味に声をかけられて足を止めた。するとイズファインは同様に立ち止まったカテリーナの友人達に一瞬目を向けてから、言葉を濁しつつ告げてくる。
「その……、例の件は、今、向こうで対応中だから。解決するまで、少し時間が必要らしい」
その曖昧な物言いでも、明らかに今現在噂になっている件の事だと容易に察したカテリーナは、余計な事は言わずに頷いた。
「分かったわ。伝言、ありがとう」
「それじゃあ」
そしてイズファインと別れて再び友人達と共に歩き出したカテリーナだったが、やはり先程のやり取りについて尋ねられた。
「カテリーナ、何の話?」
そこで本当の事を話すわけにはいかなかったカテリーナは、必死に考えを巡らせてそれらしい話をでっち上げる。
「ええと、大した事では無いんだけど……。屋敷で使っていた愛用の剣の柄が、ちょっと壊れてしまってね。イズファインに、修理をして貰う工房を紹介して貰ったの」
「『柄が壊れた』って……。一体、どんな使い方をしたの?」
「そんなに変な使い方はしなかったけど、昔から使っている古い物だったから」
「どれだけ古い物を使っていたのよ……」
「本当にカテリーナは、変な侯爵令嬢よね」
「あ、これは立派な誉め言葉よ?」
「分かっているわ」
当初不審に思われたものの、何とか上手く誤魔化す事ができたカテリーナは、同様達と楽しげに笑い合いながら持ち場に戻って行った。
「それでね? もう家に戻る度に、姪達が可愛くて可愛くて。ちょっと会わないだけで、随分成長しているのよね。上の子なんて、この前までは『リーナ』だけだったのに、昨日はちゃんと『カテリーナ』って呼んでくれたの!」
前日の休日に散々構い倒してきた姪の話を上機嫌に語り続けるカテリーナに、周囲は苦笑いで応じる。
「はいはい、『カテリーナ叔母さん』と呼んでくれる日も近いわね」
「『叔母さん』か……。この年でそう呼ばれるのは少々違和感があるけど、ミリアーナとアイリーンにそう呼ばれるのなら構わないわ!」
「……それなら良かったわね」
「本当に、その子達が可愛いのね」
カテリーナ以外の者が全員揃って苦笑していると、少し離れたテーブルで誰かが声を張り上げている事に気が付いた。
「本当に、身に余る光栄だよな! 我がコーウェイ家が王太子殿下、いや、未来の国王陛下と縁続きになるなんて!」
「……何なの? あの騒ぎは」
そんな事を言って周囲に聞こえるように高笑いしている男に目を向けたカテリーナは、僅かに眉根を寄せながら周囲に尋ねた。すると予想外の話が返ってくる。
「ほら、少し前から噂になってるじゃない」
「知らないの? あの第七隊所属のアベル・ヴァン・コーウェイの妹と、財務局所属の官吏であるナジェーク・ヴァン・シェーグレンが婚約したそうよ」
「……え?」
そんな事を事も無げに言われたカテリーナは目を見開いて固まったが、周囲はそれに気が付かないまま、口々に話し始める。
「あら、婚約したんじゃなくて、縁談を進めているんじゃ無かったの?」
「さぁ……、詳しい事は知らないけど、あれだけ触れ回って自慢しているんだから、もう決まったんじゃないの?」
「まだ婚約していない令嬢の中で、ナジェーク殿と家格が釣り合うのはステラ位のものだからな! 焦らず、待った甲斐があったと言うものだ! 妹は本当に果報者だな! 私もこれからは王家に連なる者として、より一層精進しなければな! いつ何時、王太子殿下からお声がかかるかもしれないからな!」
そんな事を誇らしげに語り続けるアベルに、カテリーナの同僚達は呆れ果てたといった感じの冷たい目を向けた。
「……あれは何を勘違いしているの?」
「そうよね。確かにシェーグレン公爵家のエセリア様は王太子殿下の婚約者だけど、その兄と自分の妹が結婚したとしても、単に王太子妃の兄の妻の兄ってだけじゃない」
「義理も義理よね。普通に考えたら、わざわざそんな人間にまで声なんかかけないわよ」
「本当、ギリギリ関係がある関係。そんな人間にまで一々目をかけていたら、王太子殿下だって大変だわ」
「それをあんなに偉そうに吹聴するなんて」
「普段周囲に対して、よほど誇る事が無いんじゃない?」
「そうよね。騒いでいるのは本人だけで周りの人達はしらけきっているのが、ここからでも分かるし」
「…………」
そんな周囲の冷笑に交ざらずカテリーナが黙り混んでいると、同僚の一人が彼女の様子に気付いて不思議そうに声をかけてきた。
「カテリーナ、どうかしたの? 食事が進んでいないみたいだけど」
「ううん、何でもないから」
ぼんやりと考え込んでいたカテリーナは、すぐにいつもの表情を取り繕いながら、もやもやとしたものを抱えつつ食べるのを再開した。
(婚約成立ね……。誤報か、あの人の家の願望だとは思うけど、ここまで盛大に宣伝しているとはね。この状況を放置している事に関して、文句を言う位は良いわよね)
密かにそう決意しつつ食べ終えたカテリーナは友人達と揃って食堂を出たが、その出入り口付近でイズファインと出くわした。
「やあ、カテリーナ。久し振り」
「あら、イズファイン。本当に久し振りね。これから食事? ごゆっくり」
「あ、カテリーナ、ちょっと良いかな?」
「何かしら?」
すれ違いざま挨拶だけして通り過ぎようとしたカテリーナだったが、若干慌て気味に声をかけられて足を止めた。するとイズファインは同様に立ち止まったカテリーナの友人達に一瞬目を向けてから、言葉を濁しつつ告げてくる。
「その……、例の件は、今、向こうで対応中だから。解決するまで、少し時間が必要らしい」
その曖昧な物言いでも、明らかに今現在噂になっている件の事だと容易に察したカテリーナは、余計な事は言わずに頷いた。
「分かったわ。伝言、ありがとう」
「それじゃあ」
そしてイズファインと別れて再び友人達と共に歩き出したカテリーナだったが、やはり先程のやり取りについて尋ねられた。
「カテリーナ、何の話?」
そこで本当の事を話すわけにはいかなかったカテリーナは、必死に考えを巡らせてそれらしい話をでっち上げる。
「ええと、大した事では無いんだけど……。屋敷で使っていた愛用の剣の柄が、ちょっと壊れてしまってね。イズファインに、修理をして貰う工房を紹介して貰ったの」
「『柄が壊れた』って……。一体、どんな使い方をしたの?」
「そんなに変な使い方はしなかったけど、昔から使っている古い物だったから」
「どれだけ古い物を使っていたのよ……」
「本当にカテリーナは、変な侯爵令嬢よね」
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