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その華の名は

篠原皐月

(4)傍迷惑

 前年王宮に官吏として採用され、予算の作成と執行に携わる財務局に配属されたナジェークは、その中でも花形とされる内事部所属となり、端から見れば順風満帆な滑り出しを見せていた。しかしそれから一年以上経過した今、彼は周囲の一部からは敵視され、他の大多数の者からは密かに同情される事態に陥っていた。


「内事部長、今年度の武術大会、及びそれに関する緒行事の最終予算案になります。ご確認ください」
「ああ、分かった」
 ナジェークが直属の上司である、内事部長のダレンの席に書類を提出しに行くと、彼は座ったまま上機嫌にその書類を受け取った。しかしろくに中身に目を通さずに机上に置き、上機嫌に喋り続ける。


「まあ、ナジェーク君の手によるものなら、万が一にも間違いは無いだろうがな! いやぁ、将来有望な部下を得て、本当に心強いよ!」
「恐れ入ります」
 追従にしか聞こえない大袈裟な賛辞にうんざりしたナジェークだが、一応上司のだらしなくたるんだ身体を揺らしながら「あはははは!」と卑屈な笑みを浮かべて高笑いしている男に、笑顔を保ちつつ冷めきった目を向けた。


(やかましいぞ、このデブ狸野郎。貴様のような無能に好かれても周囲から反感を買うだけで、不愉快な上に何の益も無い。財務局の最高責任者である財務大臣はまともな方なのに、どうしてこんな奴が王宮や王族の関連予算を扱う内事部の責任者なんだ)
 そこでさっさと断りを入れて席に戻ろうとしたナジェークだったが、その肩を軽く叩きながら馴れ馴れしく声をかけてきた男がいた。


「本当にナジェークは、前途要望な才気溢れる官吏ですね。こんな優秀な人間がもうすぐ義弟になるかと思うと、本当に光栄ですよ」
(また出やがった。この羽虫野郎が、まとわりつくんじゃねぇぞ!)
 自分の配属直後から何かと親切ごかして付きまとい、親密さを一方的に周囲にアピールしている四年先輩のリドヴァーンに、ナジェークは冷静にいつもの口調で言葉を返した。


「リドヴァーンさん。以前にも我が家とそちらの家の間に、縁談など持ち上がっていないとお話ししたと思いますが?」
「ああ、確かにまだステラとの婚約は、正式に成立してはいないよな。今のところは」
(未来永劫、貴様のような口から生まれたような口先だけの男と、義兄弟になる気は無いがな!)
 周囲に聞かせるような思わせ振りな物言いをしながらの、嫌らしい含み笑いを向けられたナジェークは、何とか怒りを押さえ込みながら話を終わらせようとした。


「それなら仮にも官吏なら、軽々しく事実と異なる事を口にされるのは、控えた方がよろしいかと。特に今現在は勤務時間中ですし」
「いや、しかし」
「部長にお渡しする物があるのではありませんか? 多忙な部長のお時間を、煩わせるのは申し訳ありませんので、どうぞ。私は提出が済みましたので、失礼いたします」
 リドヴァーンが部長席に近付く為、適当な書類を持ってきたのだろうと看破したナジェークは、それを逆手に取ってさっさと自分の席に向かって歩き出した。するとダレンが幾分慌てた様子で、声をかけてくる。


「ああ、ナジェーク君。ちょっと待ちたまえ」
「……何でしょうか?」
 仕方なく足を止めて振り返ったナジェークに、ダレンが愛想笑いを浮かべながらろくでもない事を言い出す。
「近々、リドヴァーン君と三人で、余人を交えず食事をしようかと考えているのだが」
(本当に、こいつらは揃ってろくでもないな!)
 ナジェークにしてみれば、部下に媚びを売りながらお伺いを立てる様子は醜悪としか思えず、その要請を一刀両断した。


「それは何故でしょうか? 特に必要性があるとは思えませんが」
「何故って……、親交を深める意味合いでだな。君達は、今後の内事部を担っていく人材だし」
 若干たじろぎながらもダレンはそれらしい事を口にしたが、ナジェークは素っ気なく断りを入れた。


「申し訳ありませんが、お付き合い致しかねます。最近は少々、家の事で忙しいもので」
「家の事とは? ああ、それでは近々正式にステラ嬢と婚約するのか? 確かにそれなら色々と多忙だな! いや、悪かった!」
(そろそろ殴り倒して、沈黙させたくなってきたな……)
 曲解にも程がある事を大声で口走ったダレンに、ナジェークは本気で殺意を覚えたが、淡々とそれらしく聞こえる理由を口にした。


「いえ。最近は父や領地の管理官から、領地の運営や現状について説明を受ける事が増えておりまして」
 しかしここで、再度リドヴァーンが訳知り顔をしながら絡んでくる。


「そうだな。君は嫡男だから、シェーグレン公爵家の家督を譲られるわけだし、これからも色々と覚える事が多いだろう。官吏を続けながら領地運営に携わるのはなかなか大変だろうし、幾らでも力になるよ。遠慮無く言ってくれたまえ。近々他人では無くなるのだしな」
「私的な事で無関係な方のお手を煩わせないよう、肝に命じておきます。失礼します」
 腹立たしい気持ちを抑えながら、何とか舌打ちを堪えて一礼したナジェークは、背後で二人が「これだから、大貴族だからと増長した奴は手に終えない」とか「これからきちんと、上司に対する態度を教えてやれば良いだけですよ」などと小声で囁いているのも分かっていたが、完全に無視して自席に戻った。


(前々から鬱陶しかったが、今年に入ってから益々目障り耳障りだな。それにあいつ、厚かましくもこちらの縁続きになるだけでは飽きたらず、官吏生活に見切りをつけてシェーグレン公爵家の内政に関わろうという魂胆なのか? この辺で、本気で害虫駆除を考える必要があるか)
 周囲から様子を窺う視線を受けつつ、ナジェークは再び仕事に没頭しつつも、その合間に現状打開の方策を真剣に考え始めた。



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