その華の名は
(19)誰かさんが歩けばトラブルに当たる
「今日はありがとう、世話になった」
「とんでもございません。またのお越しを、お待ちしております」
充分な時間をかけて食事と買い物を済ませたナジェークとカテリーナは、店の表でワーレスとデリシュに揃って見送られ、ジャスティンの家に向かって歩き出した。
「ハンドクリームをありがとう。お金は持ってきたし、自分で買うつもりだったけど」
「たまにしか会えないし、こういう時くらい甲斐性がある所を見せないと駄目だろう?」
「本気で言って無いわよね」
素直に礼を述べたのにどこか茶化すように言われて、カテリーナは呆れ気味に言い返した。しかし少し考え込んでから、神妙に相手に問いかける。
「その……、やっぱり手が綺麗な方が良いの?」
「いきなり何の事かな?」
脈絡が無さそうな事を言われたナジェークは、カテリーナと並んで歩きながら不思議そうに顔を向けた。すると彼女は、彼から微妙に視線を逸らしながら重ねて告げる。
「だから、自分の相手には、あまり荒れた手をされると恥ずかしいわよね?」
それを聞いたナジェークは一瞬戸惑ってから、破顔一笑した。
「ああ……、なんだ。そういう意味か。ハンドクリームを贈ったのは、純粋に君の手荒れが酷くならないように、心配した結果だったんだが」
そう言いながらナジェークは素早く左手を伸ばし、彼女の右手を握りながら上機嫌に歩き続けた。対するカテリーナは予想外の事態に動揺し、慌てて手を引こうとする。
「え? あ、ちょっと! いきなり何をするのよ!?」
「前にも似たような事を言った覚えがあるが、艶やかで綺麗な手をしているからと言って、人格的に優れている人間だなんて思っていないさ。寧ろ、きちんと働いていると分かる手の方が、好感を覚える……」
「ナジェーク、どうしたの?」
(何? この人達)
何やらナジェークが急に口と足の動きを止めた為、カテリーナは怪訝に思いながら前を見た。すると自分達の前方に五人の男が立ち塞がっており、更に二人が足を止めたのとほぼ同時に半包囲状態になる。
さすがにカテリーナも不穏な空気を察知したところで、彼女の手を放したナジェークが、傍目には落ち着き払った様子で男達に声をかけた。
「進路を遮らないで欲しいんだが。王都は治安が良い筈なのに、こんな往来に暴漢が昼日中から出没するとは驚きだ」
「おやおや、勇ましいことで」
「そりゃあ女の前では、少しは格好をつけておかないとなぁ」
「だが、女の前で気前の良い所を見せるのも、男の甲斐性って物だろ」
「そうそう。あのワーレス商会の会頭親子が揃ってお見送りとは、よほどの金持ちの坊っちゃんだろうしな」
「良く見たら、なかなか仕立ての良い服を着てるじゃないか」
「……店から後をつけて来たのか。それは迂闊だったな」
小さく首を振ったナジェークだったが、特に慌てた様子も見せず、それが男達の反感を買った。
「ガタガタ言わずに、さっさと金目の物を洗いざらいこっちに寄越せ」
「生憎と、大して持ち合わせが無いんだが」
「見え透いた嘘を言うな。その腰から下げている袋は何なんだ。そんな風に持ち歩く物なんて普通無いぞ。後生大事に持ち歩くなんて、余程大事な高価な物だろうが」
「これは特に、高価では無いがな。作るのに、多少時間がかかったとは思うが」
淡々と述べるナジェークに、その背後に隠れながらカテリーナが小声で悪態を吐く。
「やっぱり服もその袋も、悪目立ちしてたんじゃない。もう少し考えたら?」
「そうだな。今後は考えるよ」
「ぐずぐずしていないで、さっさとその袋の中身を寄越しやがれ!」
「渡しても良いんだが……。これが本当に欲しいのかい?」
呆れ顔でどこか面倒くさそうに袋の口を開けたナジェークは、半分程に布を巻き付けた、肘の長さ程の金属製の棒を取り出した。それを目にした男達が、呆気に取られて声を荒げる。
「え?」
「はぁ?」
「何だ、そりゃあ?」
「特殊警棒と言う物だよ」
「ふざけんなよ!? そんな短い鉄の棒を、何に使うんだ!」
「結構、便利な物だが。それじゃあ、使い方を説明しようか」
相変わらず余裕を見せながら右手に持った棒を身体の前に持ってきたナジェークは、カテリーナだけに分かる小声で鋭く指示を出す。
「カテリーナ。念の為、手に填めて、下がってろ」
「え?」
(『填めて』って、メリケンサックの事よね? と言うことは荒事になるって事で、あの棒ってまさか武器なの!?)
内心で動揺しつつも、カテリーナは早速ポケットに手を突っ込んでメリケンサックを掴み、いつでも取り出せる状態にしておいた。するとその前で、ナジェークが棒の先端を左手で掴んで勢い良く引き出しつつ、途中で捻る動作をする。
「よく見ていて欲しいんだが……。これをこうして、こう!」
「うおぁっ!」
「更に、こうだな!」
「ぐあっ!」
そして素早く引き出されて長さが倍以上になった棒の先端で、ナジェークはまず一番近くにいた男の眉間を力強く突いた。その衝撃に男が街路に蹲ると、その横に足を踏み出しながら斜め奥にいた男のこめかみを同様に棒で力任せに打ち付け、男はたまらず頭を押さえながら膝を付いて呻く。
「なっ!」
「貴様!?」
「若造! 命が惜しくないらしいな!」
「うわ、あいつら刃物を出してきたぞ!」
「誰か! 巡回の近衛騎士に知らせろ!」
たちまち殺気立ってきた男達が一斉に抜いた短剣をナジェークに向け、この間遠巻きに事態の推移を見守っていた通行人は、悲鳴を上げて逃げまどった。
「ちょっと!」
「いいから、ちょっと下がってろ! 騒ぎが大きくなれば、嫌でも王都内を巡回している近衛騎士団の隊に注進が入る!」
「その前に殺されるわよ! きゃあっ!」
慌てて制止しようとしたカテリーナだったが切りかかられ、その刃先をナジェークが素早く警棒で払いのける。
「女の前だからって、格好付け過ぎだな、色男野郎!」
「寧ろ女の前以外で格好を付ける必要があるのか、聞きたいものだな!」
「それは確かにな! 格好付けながらくたばりやがれ!」
(失敗した! 短剣の一つでも、スカートの下にでも仕込んでおけば!)
先程の二人はそれなりのダメージだったのか、ふらついて襲撃には加わっていないが、三方から切りかかられているナジェークは、それでも何とか警棒で短剣を受け、または弾き返しながら反撃の機会を窺っていた。しかしさすがに劣勢は隠しようがなく、一応右手の指にメリケンサックを填めたカテリーナも、迂闊に手が出せずにハラハラしながら見守る。
「しぶとい!」
「くっ! このっ!」
しかし暴漢の一人が、振り下ろした剣を警棒で受け止めたられてもそのまま押し込んで動きが止まった隙に、もう一人の男が斜め前方からナジェークに斬りかかった。
「貰ったぁっ!」
「危ない!!」
「あ? 何だ?」
「カテリーナ!?」
どう考えても無防備のナジェークが斬りかかられる直前、カテリーナは殆ど反射的に男達が固まっている場所に突撃した。そして駆け寄った勢いそのままに、思わず振り返った男の右頬に、渾身の力を込めて拳を叩き込む。
「げはあっ!」
「ぐおぅっ!」
彼女の拳が命中した男は勢い良く後ろに倒れたが、そのすぐ近くにナジェークと短剣で組み合っている男がおり、彼の額に男の後頭部が激突して鈍い音を立てた。そして両者は一声叫んだ後、物も言わずに折り重なって街路に倒れ込み、そのまま微動だにしなくなる。
「お、おいっ、大丈夫か!」
「しっかりしろ!」
(え? 何か今、もの凄い音がしたんだけど……。それに二人揃って、ピクリともしていないし……。まさか、死んでいないわよね?)
あまりの事態にカテリーナがさすがに顔を強張らせる中、男達も顔色を無くして仲間に呼びかけていたが、そこで拍手と共に場違い過ぎる明るい称賛の声が沸き起こった。
「とんでもございません。またのお越しを、お待ちしております」
充分な時間をかけて食事と買い物を済ませたナジェークとカテリーナは、店の表でワーレスとデリシュに揃って見送られ、ジャスティンの家に向かって歩き出した。
「ハンドクリームをありがとう。お金は持ってきたし、自分で買うつもりだったけど」
「たまにしか会えないし、こういう時くらい甲斐性がある所を見せないと駄目だろう?」
「本気で言って無いわよね」
素直に礼を述べたのにどこか茶化すように言われて、カテリーナは呆れ気味に言い返した。しかし少し考え込んでから、神妙に相手に問いかける。
「その……、やっぱり手が綺麗な方が良いの?」
「いきなり何の事かな?」
脈絡が無さそうな事を言われたナジェークは、カテリーナと並んで歩きながら不思議そうに顔を向けた。すると彼女は、彼から微妙に視線を逸らしながら重ねて告げる。
「だから、自分の相手には、あまり荒れた手をされると恥ずかしいわよね?」
それを聞いたナジェークは一瞬戸惑ってから、破顔一笑した。
「ああ……、なんだ。そういう意味か。ハンドクリームを贈ったのは、純粋に君の手荒れが酷くならないように、心配した結果だったんだが」
そう言いながらナジェークは素早く左手を伸ばし、彼女の右手を握りながら上機嫌に歩き続けた。対するカテリーナは予想外の事態に動揺し、慌てて手を引こうとする。
「え? あ、ちょっと! いきなり何をするのよ!?」
「前にも似たような事を言った覚えがあるが、艶やかで綺麗な手をしているからと言って、人格的に優れている人間だなんて思っていないさ。寧ろ、きちんと働いていると分かる手の方が、好感を覚える……」
「ナジェーク、どうしたの?」
(何? この人達)
何やらナジェークが急に口と足の動きを止めた為、カテリーナは怪訝に思いながら前を見た。すると自分達の前方に五人の男が立ち塞がっており、更に二人が足を止めたのとほぼ同時に半包囲状態になる。
さすがにカテリーナも不穏な空気を察知したところで、彼女の手を放したナジェークが、傍目には落ち着き払った様子で男達に声をかけた。
「進路を遮らないで欲しいんだが。王都は治安が良い筈なのに、こんな往来に暴漢が昼日中から出没するとは驚きだ」
「おやおや、勇ましいことで」
「そりゃあ女の前では、少しは格好をつけておかないとなぁ」
「だが、女の前で気前の良い所を見せるのも、男の甲斐性って物だろ」
「そうそう。あのワーレス商会の会頭親子が揃ってお見送りとは、よほどの金持ちの坊っちゃんだろうしな」
「良く見たら、なかなか仕立ての良い服を着てるじゃないか」
「……店から後をつけて来たのか。それは迂闊だったな」
小さく首を振ったナジェークだったが、特に慌てた様子も見せず、それが男達の反感を買った。
「ガタガタ言わずに、さっさと金目の物を洗いざらいこっちに寄越せ」
「生憎と、大して持ち合わせが無いんだが」
「見え透いた嘘を言うな。その腰から下げている袋は何なんだ。そんな風に持ち歩く物なんて普通無いぞ。後生大事に持ち歩くなんて、余程大事な高価な物だろうが」
「これは特に、高価では無いがな。作るのに、多少時間がかかったとは思うが」
淡々と述べるナジェークに、その背後に隠れながらカテリーナが小声で悪態を吐く。
「やっぱり服もその袋も、悪目立ちしてたんじゃない。もう少し考えたら?」
「そうだな。今後は考えるよ」
「ぐずぐずしていないで、さっさとその袋の中身を寄越しやがれ!」
「渡しても良いんだが……。これが本当に欲しいのかい?」
呆れ顔でどこか面倒くさそうに袋の口を開けたナジェークは、半分程に布を巻き付けた、肘の長さ程の金属製の棒を取り出した。それを目にした男達が、呆気に取られて声を荒げる。
「え?」
「はぁ?」
「何だ、そりゃあ?」
「特殊警棒と言う物だよ」
「ふざけんなよ!? そんな短い鉄の棒を、何に使うんだ!」
「結構、便利な物だが。それじゃあ、使い方を説明しようか」
相変わらず余裕を見せながら右手に持った棒を身体の前に持ってきたナジェークは、カテリーナだけに分かる小声で鋭く指示を出す。
「カテリーナ。念の為、手に填めて、下がってろ」
「え?」
(『填めて』って、メリケンサックの事よね? と言うことは荒事になるって事で、あの棒ってまさか武器なの!?)
内心で動揺しつつも、カテリーナは早速ポケットに手を突っ込んでメリケンサックを掴み、いつでも取り出せる状態にしておいた。するとその前で、ナジェークが棒の先端を左手で掴んで勢い良く引き出しつつ、途中で捻る動作をする。
「よく見ていて欲しいんだが……。これをこうして、こう!」
「うおぁっ!」
「更に、こうだな!」
「ぐあっ!」
そして素早く引き出されて長さが倍以上になった棒の先端で、ナジェークはまず一番近くにいた男の眉間を力強く突いた。その衝撃に男が街路に蹲ると、その横に足を踏み出しながら斜め奥にいた男のこめかみを同様に棒で力任せに打ち付け、男はたまらず頭を押さえながら膝を付いて呻く。
「なっ!」
「貴様!?」
「若造! 命が惜しくないらしいな!」
「うわ、あいつら刃物を出してきたぞ!」
「誰か! 巡回の近衛騎士に知らせろ!」
たちまち殺気立ってきた男達が一斉に抜いた短剣をナジェークに向け、この間遠巻きに事態の推移を見守っていた通行人は、悲鳴を上げて逃げまどった。
「ちょっと!」
「いいから、ちょっと下がってろ! 騒ぎが大きくなれば、嫌でも王都内を巡回している近衛騎士団の隊に注進が入る!」
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「くっ! このっ!」
しかし暴漢の一人が、振り下ろした剣を警棒で受け止めたられてもそのまま押し込んで動きが止まった隙に、もう一人の男が斜め前方からナジェークに斬りかかった。
「貰ったぁっ!」
「危ない!!」
「あ? 何だ?」
「カテリーナ!?」
どう考えても無防備のナジェークが斬りかかられる直前、カテリーナは殆ど反射的に男達が固まっている場所に突撃した。そして駆け寄った勢いそのままに、思わず振り返った男の右頬に、渾身の力を込めて拳を叩き込む。
「げはあっ!」
「ぐおぅっ!」
彼女の拳が命中した男は勢い良く後ろに倒れたが、そのすぐ近くにナジェークと短剣で組み合っている男がおり、彼の額に男の後頭部が激突して鈍い音を立てた。そして両者は一声叫んだ後、物も言わずに折り重なって街路に倒れ込み、そのまま微動だにしなくなる。
「お、おいっ、大丈夫か!」
「しっかりしろ!」
(え? 何か今、もの凄い音がしたんだけど……。それに二人揃って、ピクリともしていないし……。まさか、死んでいないわよね?)
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