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その華の名は

篠原皐月

(13)双方の誤算

 勤務の合間に定期的に行われている訓練は複数の班合同で、その時間帯に勤務から外れている者達が鍛錬場で自主的に訓練をする事が殆どだったが、その日は何故か第十五隊隊長であるアーシアが突然鍛錬場に足を運び、部下達の訓練を仕切り始めた。


「次は突きを百回、初め! 1! 2!」
 ある程度前後左右に間隔を空けて立った隊員たちの間を、号令をかけて歩きながら周囲を睥睨しているアーシアを不満そうに見やったティナレアは、偶々その日、一緒に訓練する事になって隣に並んでいたカテリーナに小声で不満を漏らした。
「何なのよ、この訓練。さっきから延々と、基本動作ばかりで」
 小さく悪態を吐いた友人を、先程から彼女と同様にリズムを取りながら踏み込みつつ剣を前方に突き出していたカテリーナが、困ったように宥める。


「ティナレア。基本は大事だから、間違ってはいないわよ」
「だけど開始から、休憩も入れずによ?」
「走り続けているわけじゃないから、それほど疲れないと思うし」
「そもそも、これまでの訓練時間は自主練習だったし、他の隊の人達もそうしてるのに、どうしていきなり乗り込んで来たと思ったら、訓練を仕切ってるのよ。おかしくない?」
「さあ……、それは何とも言えないけど」
 それ以上擁護できなかったカテリーナは言葉を濁したが、ここで当のアーシアからの叱責の声が飛んできた。


「そこ! 訓練中の私語は慎みなさい!」
「はい!」
 確かに褒められた事ではない上に、下手に上官と揉めたくは無かったティナレアとカテリーナは声を揃えて応じたが、その後興味が無さそうにこれまで通り号令をかけ続けるアーシアを見て、ティナレアが小さく舌打ちした。


「はっ! 何よ、偉そうに。自分は号令をかけるだけで、まともに訓練をしていないくせに」
「…………」
 もう何も言う気になれなかったカテリーナは、それから無言のまま剣を振るい続けた。それから少しして、アーシアから新たな指示が出される。 


「はい、突きは終了。次は撃ち合いに移るわよ! 二人一組になって!」
「忙しないわね。じゃあカテリーナ、よろしく」
「こちらこそ。組むのは卒業以来ね」
「本当。別の班に配置されたし、すれ違いが多かったものね」
 指示を聞いたカテリーナとティナレアが、自然に歩み寄って握手していると、いきなり腹立たし気な声が割り込む。


「そこ! 人数が奇数だから、カテリーナは私が組むわ! あなたは他の人間と組みなさい!」
 その剣幕に、周囲の者の視線が何事かとアーシアとカテリーナ達に集まり、ティナレアがムッとした顔になりながら言い返そうとした。
「はぁ? 何でわざわざ」
「隊長ご指名だから仕方がないわよ。ティナレア、悪いけど、他の人と組んでくれる?」
 慌ててカテリーナが宥めつつ頼み込むと、ティナレアが不安そうに問い返す。


「私は構わないけど……、大丈夫?」
「別に心配する事では無いでしょう? 単なる撃ち合いよ?」
「それで済めば良いんだけど……」
(ティナレアが心配する気持ちは分かるけど。この場で『できません』なんて言えないわよね)
 結局ティナレアは同じ班の者と組み、各組が間隔を取りつつ鍛錬場の一角に広がって行った。その過程でカテリーナはアーシアに歩み寄り、神妙に頭を下げる。


「それでは隊長、よろしくお願いします」
 それにアーシアは頭を下げる事も無く、不敵に笑いながら応じる。
「ええ。王妃陛下直々のお声掛かりの腕前とやらを、この際じっくり見せて貰うわ。遠慮せず、全力でかかってきなさい」
「分かりました」
(それはそうよね。酷く疲れているわけでは無いけど、こちらは散々身体を動かした後だから、不利な事は明らかだし。相手は隊長だし、あまりも無様な事になったらジャスティン兄様の評価も落としかねないから、全力でいかないと駄目よね)
 隊長を務めているだけあって、アーシアはそれなりに自分の腕に自信があるのだろうと見当を付けたカテリーナは、気を引き締めた。そして一度鞘にしまっていた剣を再び抜き取り、油断なく構える。


「それでは、初め!」
 そうアーシアが号令をかけた瞬間、カテリーナは素早く踏み込むと同時に剣を振るい、連続技を仕掛けた。
「はぁっ! やあぁ――っ!」
「きゃぁっ!」
「…………え?」
 てっきりかわされるか、防御の後に反撃されるかと思っていたカテリーナは、アーシアがあっさり剣を飛ばされたのを見て面食らった。咄嗟に現状が把握できず、剣を構えたまま呆然と固まっていた彼女に、アーシアから怒声が浴びせられる。


「なっ、いきなり何をするのよ!」
 それにカテリーナは、僅かに首を傾げながら困惑気味に言葉を返した。
「剣の刀身を打って高さを落としてから、刀身同士で絡めとるようにして柄を引っかけて、剣を跳ね上げただけですが。ところで隊長、剣を拾われないのですか?」
「拾うわよ! あなたみたいな非常識な人、初めて見たわっ!」
(え? 非常識? 今の攻撃の、何がまずかったのかしら?)
 まだ良く分かっていないらしいカテリーナに、少し離れた所から見ていたティナレアが焦った様子で何やら手振りで伝えようとしていたが、考え込んでいたカテリーナは全く気が付かなかった。


「それじゃあ、いくわよ!」
 次にそう叫ぶなり、いきなり斬りかかって来たアーシアの剣を余裕で受け止めたカテリーナは、それで納得した。
(あ、やっぱり一応隊長側から攻撃するわけね。そういう事は、予め言って貰わないと困るわよ)
 そんな不満を覚えつつもカテリーナは顔には出さず、アーシアの剣を正面から打ち込む。


「はぁっ!」
「きゃあっ! 痛っ!」
「あ、隊長、大丈夫ですか?」
 タイミングを計って打ち込まれたカテリーナの剣に、力負けしたアーシアの剣が押し込まれ、彼女は自分の剣の刀身で顔を打つ羽目になった。まさか多少打った位で悲鳴を上げるとは思っていなかったカテリーナが心配そうに具合を尋ねたが、アーシアからは怒声が返ってくる。


「大丈夫じゃないわよ! 顔が切れたらどうするのよ!」
「剣先では無くて刀身で打ちましたから、痣になっても切れはしない筈ですが」
「ふざけないで!」
(そう言われても……、隊長に怪我をさせるのはまずいから、自身の刀身で顔を打って貰うようにしたんだけど)
 その頃には第十五隊の隊員達は揃ってハラハラしながら事の成り行きを見守っており、鍛錬場に居合わせていた他隊の者達も遠巻きにしながら観戦していたが、当事者二人はそんな事には全く気が付いていなかった。


「はぁあぁぁっ!」
「はっ! よっ、と。とうっ!」
 懲りずに斬りかかってきたアーシアをかわしつつ、剣先を打って剣の向きを変えた直後、カテリーナが剣の柄で相手の手の甲を強打した。その衝撃にアーシアが堪らず握っていた剣を取り落とし、盛大に文句をつける。


「痛っ! ちょっと、何するのよ! 剣を落としたら、続けられないでしょうが!」
「はい?」
 その非難の声にカテリーナは一瞬当惑してから、すぐに納得した様に頷いてみせた。


「あ、『撃ち合い』って近衛騎士団内では、単に練習の一貫で、ただひたすら剣で延々と打ち合う事なのですか? 私はてっきり、二人一組の模擬対戦の事かと思っていました。確かにそれなら続けられませんから、剣を落としたら駄目ですね。ところで何回、続ければ良いのですか? 百回ですか? 二百回ですか?」
「……っ!」
 カテリーナには全くそんな意図はなかったものの、聞きようによっては「あなたのレベルだったら百回でも二百回でも合わせられる」と言ったに等しい大真面目な彼女の台詞に、アーシアは屈辱のあまり歯ぎしりし、静まり返っていた鍛錬場のあちこちで失笑が湧き起こった。


「ぶふぁあっ!」
「おい、止めろよ」
「そういうお前も笑ってるだろ?」
「だってなぁ…、これが笑わずにいられるかよ」
「久々に見たな、こんな光景」
「あらあら、実力差がありすぎね」
「彼女の方は私達と同様、散々動いた後なのに」
「本当に、王妃様のお声掛かりなんじゃない? ただし、家名ではなくて実力で」
「この茶番、いつまで続けるつもりかしら」
 他の隊の者達だけに留まらず、自分の部下達までクスクス笑っているのが明らかな現状に、アーシアは屈辱のあまり顔を真っ赤にしながら剣を拾ったと思ったら、乱暴に言い捨てながら踵を返した。


「あなた達、後は勝手に訓練をしていなさい!」
(行っちゃった……、途中でいなくなって良いの? それならどうして、鍛練場に出向いたのかしら?)
 そのまま鍛錬場を出て行く彼女を見送ったカテリーナは、ただひたすら唖然としていたが、完全に面子を潰された形になったアーシアは、通路を歩きながらカテリーナに対して怨嗟の声を上げていた。


「何なのよ、あの女! 侯爵令嬢のくせに、どうしてあんなに強いのよ! それに直属の上司に対して、本気でかかってくるなんてどういう事!? こっちが下級貴族だからって、馬鹿にして! どうせすぐに良い縁談が纏まって、さっさと辞めるくせに。その前に叩き出してやる!」
 そんな八つ当たりにも程がある憤怒の声を上げる彼女を、行き交う近衛騎士団の者達は、全員不審そうに眺めやっていた。



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