その華の名は
(8)予想外の展開
ジャスティンと連絡を取り合って日程を擦り合わせたカテリーナは、ある休日に兄の家を訪れると、下働きの年配の女性がドアを開けてくれ、その奥に主である兄と、生まれて半年程になる娘を抱えた義姉を認めた。
「ジャスティン兄様、タリア義姉様、今日はお招きありがとうございます」
自分なりに考えた手土産を渡しながらカテリーナが挨拶をすると、ジャスティンが笑顔で彼女を迎え入れる。
「良く来たな、カテリーナ。狭いが、ゆっくりしていってくれ」
「一般的な庶民の家よりは広いでしょう? それに使用人も雇っているし。隊長様、お義姉様に苦労させないように、しっかり稼いでよ?」
「当たり前だ。誰に言っている」
そんな軽口を叩きながら足を進めたカテリーナは、初対面の義姉に歩み寄った。
「カテリーナさん、会えて嬉しいわ。娘も見てくれるかしら?」
「ええ、私もお義姉様に会えるのを、楽しみにしていました。初めまして、サーシャ」
「うぁ、きゃあ~!」
「さあ、居間に入ってくれ」
「ええ、お邪魔します」
義姉と姪に笑顔で挨拶してから居間に入ったカテリーナは、周囲を見回しながら小さなソファーに収まった。
「兄様の事だから大丈夫だろうと思ってはいたけど、実際に問題なく生活を営んでいるみたいで安心したわ」
思わず正直に感想を述べたカテリーナに、ジャスティンが呆れ気味に言い返す。
「どういう意味だ。家族を養っているのに、変な家で暮らしているわけは無いだろう」
「それはそうだけど、やっぱり屋敷での生活とは違うから、具体的に想像しにくかったというか……。ええと、ごめんなさい」
経験と創造力が不足していたと素直に頭を下げた妹に、ジャスティンは意味深な笑みで応じた。
「まあ、お前の言いたい事は分かるつもりだ。というかそこら辺は、お前がこれから理解しないといけない事だろうな」
「え? ジャスティン兄様、何を言っているの?」
言葉の意味が分からなかったカテリーナが反射的に問い返したところで、傍らの揺りかごに娘を寝かせたタリアが控え目に声をかけてきた。
「あの……、カテリーナさん?」
そこですかさずカテリーナが言葉を返す。
「タリア義姉様、私の方が年下ですし、さん付けしなくても良いですよ? この家の中では、カテリーナと呼んでください」
「でも……」
「そうしろ。俺と同じく、カテリーナも堅苦しいのは苦手な質だ」
「分かったわ」
侯爵令嬢を呼び捨てにして良いものか、さすがに躊躇したタリアだったが、夫にも重ねて言われて腹を括って話し出した。
「カテリーナ。実は私、領地にいらっしゃるジュールお義兄さんとリタお義姉さんとは、前々から手紙のやり取りをしているの。それであなたが領地の館に滞在中の事も、手紙に書かれていた内容については知っているのよ」
その告白に、カテリーナは少々驚くと同時に苦笑いした。
「それは知りませんでした。ジュール兄様ったら、そんな事は一言も口にしていませんでしたから。タリア義姉様に、変な事を書き送っていなければ良いのですが」
「別に、変な事は書いていなかったから安心して」
「ただ、ワーレス商会会頭の息子とは、向こうで随分と意気投合したらしいな」
妻に続いて口を開いたジャスティンが、ニヤリと嫌らしく笑いながら予想外の事を告げてきた為、カテリーナは驚きのあまり無意識に声を荒げた。
「ちょっと! 本当にジュール兄様ったら、どんな事を書き送ったのよ!?」
「うん、まあ……、色々かな? それでだな、話はここからが本題だが」
「……何かしら?」
急に真顔になった兄を見て、カテリーナは嫌な予感を覚えながら慎重に問い返したが、予想通りとんでもない内容を知らされる事となった。
「ワーレス商会会頭子息のクオールと名乗る人物から、少し前からこちらに手紙が届くようになってな」
「はいぃ!? あいつ私の知らない所で、何をやってるのよ!?」
「いきなり『あいつ』呼ばわりか。随分親しくしているみたいだな」
「そうじゃありません!」
「そう照れるな。気持ちは分かるが」
「あっ、あのねぇっ!」
若干からかいを含んだ兄の台詞にカテリーナは本気で怒鳴りかけたが、ここでタリアが冷静に二人を宥めた。
「カテリーナ、落ち着いて頂戴。あなたも話が進まないから、カテリーナをからかうのは止めて」
「……すみません、お騒がせしました」
「分かった。カテリーナの反応が面白くてな。ついからかいたくなるから、お前から説明して貰って良いか?」
「全くもう……。分かりました」
そこでタリアは夫を軽く睨んでから、カテリーナに向き直った。
「それで話を戻すけど、クオールさんはカテリーナと面識がある事を告げた上で、あなたと直に顔を合わせて話をしたい事があるから、こちらで場を設けて貰えないかと頼んできたの。それでせっかくだから、今日この家に呼んでいるのよ」
「はい!? 『今日』『この家に』って、まさか本当にこれからここに、ナジェークが来るんですか!?」
動揺のあまり、身を乗り出しながらうっかり口を滑らせたカテリーナに、兄夫婦から困惑の視線が向けられる。
「はぁ? カテリーナ、ナジェークって誰だ?」
「え? カテリーナとお知り合いなのは、クオールさんよね?」
「え、ええと……、それはですね……」
(どうしよう……。うっかり本当の名前を出してしまったわ。どう考えても、この場を上手く誤魔化せる気がしない……)
冷や汗を流して進退窮まったカテリーナだったが、ここで更に事態を混沌とさせる新たな人物が現れた。
「旦那様、奥様、お客様がおいでです」
先程の使用人がノックに続いて居間のドアを開けて報告してきたのを見て、タリアが即座に反応した。
「あ、お見えになったのね。お通しして」
「はい。……どうぞ、お入りください」
「ありがとう、お邪魔します。お二人とも、本日はお招き、ありがとうございます」
案内してきた彼女が客人に道を譲り、廊下から居間にナジェークが入って来たのを認めて、カテリーナは今日の訪問が、もはや平穏無事に終わる事は無いと悟ってしまった。
「ジャスティン兄様、タリア義姉様、今日はお招きありがとうございます」
自分なりに考えた手土産を渡しながらカテリーナが挨拶をすると、ジャスティンが笑顔で彼女を迎え入れる。
「良く来たな、カテリーナ。狭いが、ゆっくりしていってくれ」
「一般的な庶民の家よりは広いでしょう? それに使用人も雇っているし。隊長様、お義姉様に苦労させないように、しっかり稼いでよ?」
「当たり前だ。誰に言っている」
そんな軽口を叩きながら足を進めたカテリーナは、初対面の義姉に歩み寄った。
「カテリーナさん、会えて嬉しいわ。娘も見てくれるかしら?」
「ええ、私もお義姉様に会えるのを、楽しみにしていました。初めまして、サーシャ」
「うぁ、きゃあ~!」
「さあ、居間に入ってくれ」
「ええ、お邪魔します」
義姉と姪に笑顔で挨拶してから居間に入ったカテリーナは、周囲を見回しながら小さなソファーに収まった。
「兄様の事だから大丈夫だろうと思ってはいたけど、実際に問題なく生活を営んでいるみたいで安心したわ」
思わず正直に感想を述べたカテリーナに、ジャスティンが呆れ気味に言い返す。
「どういう意味だ。家族を養っているのに、変な家で暮らしているわけは無いだろう」
「それはそうだけど、やっぱり屋敷での生活とは違うから、具体的に想像しにくかったというか……。ええと、ごめんなさい」
経験と創造力が不足していたと素直に頭を下げた妹に、ジャスティンは意味深な笑みで応じた。
「まあ、お前の言いたい事は分かるつもりだ。というかそこら辺は、お前がこれから理解しないといけない事だろうな」
「え? ジャスティン兄様、何を言っているの?」
言葉の意味が分からなかったカテリーナが反射的に問い返したところで、傍らの揺りかごに娘を寝かせたタリアが控え目に声をかけてきた。
「あの……、カテリーナさん?」
そこですかさずカテリーナが言葉を返す。
「タリア義姉様、私の方が年下ですし、さん付けしなくても良いですよ? この家の中では、カテリーナと呼んでください」
「でも……」
「そうしろ。俺と同じく、カテリーナも堅苦しいのは苦手な質だ」
「分かったわ」
侯爵令嬢を呼び捨てにして良いものか、さすがに躊躇したタリアだったが、夫にも重ねて言われて腹を括って話し出した。
「カテリーナ。実は私、領地にいらっしゃるジュールお義兄さんとリタお義姉さんとは、前々から手紙のやり取りをしているの。それであなたが領地の館に滞在中の事も、手紙に書かれていた内容については知っているのよ」
その告白に、カテリーナは少々驚くと同時に苦笑いした。
「それは知りませんでした。ジュール兄様ったら、そんな事は一言も口にしていませんでしたから。タリア義姉様に、変な事を書き送っていなければ良いのですが」
「別に、変な事は書いていなかったから安心して」
「ただ、ワーレス商会会頭の息子とは、向こうで随分と意気投合したらしいな」
妻に続いて口を開いたジャスティンが、ニヤリと嫌らしく笑いながら予想外の事を告げてきた為、カテリーナは驚きのあまり無意識に声を荒げた。
「ちょっと! 本当にジュール兄様ったら、どんな事を書き送ったのよ!?」
「うん、まあ……、色々かな? それでだな、話はここからが本題だが」
「……何かしら?」
急に真顔になった兄を見て、カテリーナは嫌な予感を覚えながら慎重に問い返したが、予想通りとんでもない内容を知らされる事となった。
「ワーレス商会会頭子息のクオールと名乗る人物から、少し前からこちらに手紙が届くようになってな」
「はいぃ!? あいつ私の知らない所で、何をやってるのよ!?」
「いきなり『あいつ』呼ばわりか。随分親しくしているみたいだな」
「そうじゃありません!」
「そう照れるな。気持ちは分かるが」
「あっ、あのねぇっ!」
若干からかいを含んだ兄の台詞にカテリーナは本気で怒鳴りかけたが、ここでタリアが冷静に二人を宥めた。
「カテリーナ、落ち着いて頂戴。あなたも話が進まないから、カテリーナをからかうのは止めて」
「……すみません、お騒がせしました」
「分かった。カテリーナの反応が面白くてな。ついからかいたくなるから、お前から説明して貰って良いか?」
「全くもう……。分かりました」
そこでタリアは夫を軽く睨んでから、カテリーナに向き直った。
「それで話を戻すけど、クオールさんはカテリーナと面識がある事を告げた上で、あなたと直に顔を合わせて話をしたい事があるから、こちらで場を設けて貰えないかと頼んできたの。それでせっかくだから、今日この家に呼んでいるのよ」
「はい!? 『今日』『この家に』って、まさか本当にこれからここに、ナジェークが来るんですか!?」
動揺のあまり、身を乗り出しながらうっかり口を滑らせたカテリーナに、兄夫婦から困惑の視線が向けられる。
「はぁ? カテリーナ、ナジェークって誰だ?」
「え? カテリーナとお知り合いなのは、クオールさんよね?」
「え、ええと……、それはですね……」
(どうしよう……。うっかり本当の名前を出してしまったわ。どう考えても、この場を上手く誤魔化せる気がしない……)
冷や汗を流して進退窮まったカテリーナだったが、ここで更に事態を混沌とさせる新たな人物が現れた。
「旦那様、奥様、お客様がおいでです」
先程の使用人がノックに続いて居間のドアを開けて報告してきたのを見て、タリアが即座に反応した。
「あ、お見えになったのね。お通しして」
「はい。……どうぞ、お入りください」
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