その華の名は
(4)思わぬ頭痛の種
「私も良くは知らないけど隊長と年が近い、かつての先輩の話では、当時隊長は『幾ら三男でも、仮にも侯爵家の人間が平民と結婚するわけ無いわ』と周囲に言っていたとか。こんな事をあなたに言っても、意味が分からないわよね」
「はい。それは勝手な思い込みに過ぎません。現に兄は平民の義姉と結婚して、貴族の呼称である『ヴァン』を外してただの『ガロア』の名前を名乗っていますが、それは侯爵家当主夫妻である両親から了承を得ています。結婚式に侯爵家の人間が参列すると格式が問題になりますから列席は控えましたが、家からきちんと祝いの品も贈りましたし、代理の使者も立てました」
確かにジャスティンの結婚に関しては色々と差し障りはあったが、それを踏まえた上で侯爵家が認めた結婚である事は間違いなく、カテリーナは大真面目に答えた。それにミーシェラが力強く頷く。
「ええ。騎士団内でも噂になったから、大体の経過は知っているわ。ガロア侯爵家の寛容さにも驚いたけれど、若くして実力で隊長にまでなった上にその潔さに関して、騎士団内ではジャスティン隊長を称賛する人間が殆どだったわ」
「『殆ど』と言う事は、例外の方もいらしたのですか?」
「筆頭が、うちの隊長よ。うちは女性だけの特殊な隊で、隊長の役目が二十代のうちに回ってきて、すぐに結婚で辞める事になるし。うちの隊長の次にジャスティン隊長が就任した当時、凄く浮かれていたそうよ。『仕事に熱中していて、なかなか女性との出会いが無い』とかジャスティン隊長が口にしていたのを真に受けたか曲解して、自分が結婚相手に相応しいと思い込んだらしいわ」
そこでミーシェラは肩を竦め、カテリーナは慎重に今の話の内容に反論してみた。
「それは……、当時の状況が分かりませんので、何とも言えませんが……。仕事での出会いが無いという場合、隊長と顔を合わせても女性との出会いだとは考えていなかったという事では……」
「勿論、ジャスティン隊長がうちの隊長に思わせ振りな言動とか、全くしていなかった筈よ。勤務上でも普段接点は殆どないし、隊長が集まる会議の前後とかに、ジャスティン隊長にまとわりついて周りから窘められていたそうだから。その点について、団長から注意された事もある位だし」
そう言って再度溜め息を吐いたミーシェラに、カテリーナは恐縮気味に尋ねてみた。
「あの……、すみません。兄は今現在二十六歳で、一昨年隊長に就任したのは規格外の早さだと耳にしていたのですが……、アーシア隊長の今現在の年齢はお分かりになりますか?」
「今二十七歳で、そろそろ隊長就任丸四年ね。第十五隊隊長在任記録更新中よ」
「そうですか……」
一般的な女性の年齢としては完全に嫁き遅れの年齢に達しているアーシアの心情を思い、カテリーナは何とも言えない表情になったが、ミーシェラは再度周囲に人目が無いことを確認してから小声で説明を続けた。
「噂では実家に相当借金があって、貴族相手では縁談が纏まらないみたいなの。隊長の持参金を準備するどころか、給金の前借りを家族が騎士団に申し出た事すらあった程だし」
そこまで聞いたカテリーナは本気で驚き、思わず尋ね返した。
「隊長自身がではなく、ご家族が? まさか、隊長には無断でですか?」
「ええ。家族が『本人は了承済みだ』と主張したけどそんな前例はないし、隊長に確認を取ったら案の定、全く知らなかったそうでね。会計係の前で怒鳴り合いになって、騎士団中に話が広まったのよ」
話の内容に唖然としたカテリーナは、さすがにアーシアに同情した。
「それは……、隊長にとっては、とんだ災難でしたね」
「ええ。本当なら女性騎士には、騎士団内部で縁談を世話して貰える事が多いの。高貴な方々の護衛をしてくれたとの、慰労の意味を込めてね。実は、私もそうなのだけど」
「そうでしたか」
「だけどそんな評判の悪い家と縁続きになる話など、とても友人知人に勧められないと年配の方々が感じておられるらしくて。その騒ぎ以降、隊長にその手の話は皆無らしいわ」
そんな裏事情まで教えられてしまったカテリーナは、本気で頭を抱えたくなった。
「それで余計に、兄とどうこうという考えになったわけですか……」
「ジャスティン隊長は何とも思っていなかったでしょうに、凄い空回りっぷりよね。だけどその腹いせに、妹に八つ当たりというのはどうかと思うわ。他人からの自分の評価を、益々下げるだけなのに」
再度溜め息を吐いた彼女に、カテリーナが真顔で申し出た。
「ミーシェラ班長。先程の話について、周知徹底していただきたい事があるのですが」
「ごめんなさい、どの話の事かしら?」
「私の剣に関してです」
そこで端的に告げたカテリーナの顔を見返したミーシェラは、即座に相手が言いたい事を察し、苦笑いしながら頷いた。
「分かったわ。偶々ヒビが入っていたものがあなた用に準備されていて、偶々配布された時に完全に折れた状態で発見されたのね。班員にはそう話しておくわ」
「はい、お願いします。他の話に関しては既に騎士団内で周知の事実だと思いますので、私にはどうしようもないと思いますから」
それからは二人は仕事場での話をしながら歩き続けたが、カテリーナは予想外の事態に頭痛を覚えていた。
(まさかジャスティン兄様とアーシア隊長の間で、そんなトラブルがあったなんてね。尤も兄様の方では全く相手にしていなかったし、問題とも思っていなかったでしょうけど)
できれば本人から直接話を聞きたいとも思ったカテリーナだったが、相手の勤務シフトが全然分からない以上、隊長室に押し掛けても会えるかどうか不明であり、勤務中に私用で持ち場を離れたとアーシアから難癖をつけられかねないと判断した。それで彼女は暫くの間はそれを保留にし、覚える事が山積みの勤務に集中する事にした。
「はい。それは勝手な思い込みに過ぎません。現に兄は平民の義姉と結婚して、貴族の呼称である『ヴァン』を外してただの『ガロア』の名前を名乗っていますが、それは侯爵家当主夫妻である両親から了承を得ています。結婚式に侯爵家の人間が参列すると格式が問題になりますから列席は控えましたが、家からきちんと祝いの品も贈りましたし、代理の使者も立てました」
確かにジャスティンの結婚に関しては色々と差し障りはあったが、それを踏まえた上で侯爵家が認めた結婚である事は間違いなく、カテリーナは大真面目に答えた。それにミーシェラが力強く頷く。
「ええ。騎士団内でも噂になったから、大体の経過は知っているわ。ガロア侯爵家の寛容さにも驚いたけれど、若くして実力で隊長にまでなった上にその潔さに関して、騎士団内ではジャスティン隊長を称賛する人間が殆どだったわ」
「『殆ど』と言う事は、例外の方もいらしたのですか?」
「筆頭が、うちの隊長よ。うちは女性だけの特殊な隊で、隊長の役目が二十代のうちに回ってきて、すぐに結婚で辞める事になるし。うちの隊長の次にジャスティン隊長が就任した当時、凄く浮かれていたそうよ。『仕事に熱中していて、なかなか女性との出会いが無い』とかジャスティン隊長が口にしていたのを真に受けたか曲解して、自分が結婚相手に相応しいと思い込んだらしいわ」
そこでミーシェラは肩を竦め、カテリーナは慎重に今の話の内容に反論してみた。
「それは……、当時の状況が分かりませんので、何とも言えませんが……。仕事での出会いが無いという場合、隊長と顔を合わせても女性との出会いだとは考えていなかったという事では……」
「勿論、ジャスティン隊長がうちの隊長に思わせ振りな言動とか、全くしていなかった筈よ。勤務上でも普段接点は殆どないし、隊長が集まる会議の前後とかに、ジャスティン隊長にまとわりついて周りから窘められていたそうだから。その点について、団長から注意された事もある位だし」
そう言って再度溜め息を吐いたミーシェラに、カテリーナは恐縮気味に尋ねてみた。
「あの……、すみません。兄は今現在二十六歳で、一昨年隊長に就任したのは規格外の早さだと耳にしていたのですが……、アーシア隊長の今現在の年齢はお分かりになりますか?」
「今二十七歳で、そろそろ隊長就任丸四年ね。第十五隊隊長在任記録更新中よ」
「そうですか……」
一般的な女性の年齢としては完全に嫁き遅れの年齢に達しているアーシアの心情を思い、カテリーナは何とも言えない表情になったが、ミーシェラは再度周囲に人目が無いことを確認してから小声で説明を続けた。
「噂では実家に相当借金があって、貴族相手では縁談が纏まらないみたいなの。隊長の持参金を準備するどころか、給金の前借りを家族が騎士団に申し出た事すらあった程だし」
そこまで聞いたカテリーナは本気で驚き、思わず尋ね返した。
「隊長自身がではなく、ご家族が? まさか、隊長には無断でですか?」
「ええ。家族が『本人は了承済みだ』と主張したけどそんな前例はないし、隊長に確認を取ったら案の定、全く知らなかったそうでね。会計係の前で怒鳴り合いになって、騎士団中に話が広まったのよ」
話の内容に唖然としたカテリーナは、さすがにアーシアに同情した。
「それは……、隊長にとっては、とんだ災難でしたね」
「ええ。本当なら女性騎士には、騎士団内部で縁談を世話して貰える事が多いの。高貴な方々の護衛をしてくれたとの、慰労の意味を込めてね。実は、私もそうなのだけど」
「そうでしたか」
「だけどそんな評判の悪い家と縁続きになる話など、とても友人知人に勧められないと年配の方々が感じておられるらしくて。その騒ぎ以降、隊長にその手の話は皆無らしいわ」
そんな裏事情まで教えられてしまったカテリーナは、本気で頭を抱えたくなった。
「それで余計に、兄とどうこうという考えになったわけですか……」
「ジャスティン隊長は何とも思っていなかったでしょうに、凄い空回りっぷりよね。だけどその腹いせに、妹に八つ当たりというのはどうかと思うわ。他人からの自分の評価を、益々下げるだけなのに」
再度溜め息を吐いた彼女に、カテリーナが真顔で申し出た。
「ミーシェラ班長。先程の話について、周知徹底していただきたい事があるのですが」
「ごめんなさい、どの話の事かしら?」
「私の剣に関してです」
そこで端的に告げたカテリーナの顔を見返したミーシェラは、即座に相手が言いたい事を察し、苦笑いしながら頷いた。
「分かったわ。偶々ヒビが入っていたものがあなた用に準備されていて、偶々配布された時に完全に折れた状態で発見されたのね。班員にはそう話しておくわ」
「はい、お願いします。他の話に関しては既に騎士団内で周知の事実だと思いますので、私にはどうしようもないと思いますから」
それからは二人は仕事場での話をしながら歩き続けたが、カテリーナは予想外の事態に頭痛を覚えていた。
(まさかジャスティン兄様とアーシア隊長の間で、そんなトラブルがあったなんてね。尤も兄様の方では全く相手にしていなかったし、問題とも思っていなかったでしょうけど)
できれば本人から直接話を聞きたいとも思ったカテリーナだったが、相手の勤務シフトが全然分からない以上、隊長室に押し掛けても会えるかどうか不明であり、勤務中に私用で持ち場を離れたとアーシアから難癖をつけられかねないと判断した。それで彼女は暫くの間はそれを保留にし、覚える事が山積みの勤務に集中する事にした。
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