その華の名は
(2)前途多難
無言のままアーシアが足を進めた先は、近衛騎士団管理棟の第十五隊に割り当てられているスペースの一角だった。その中の隊長室とプレートが掲げれているドアを開けながら、アーシアが室内に向かって呼びかける。
「戻ったわ」
彼女に続いてカテリーナ達が入室すると、アーシアよりは若く、カテリーナ達よりは年長に見える一人の女性が出迎えてくれた。
「お帰りなさい。そして皆さん、ようこそ近衛騎士団第十五隊へ。副隊長のユリーゼ・ヴァン・クアゼルムです。これから宜しく」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
笑顔で挨拶されたカテリーナ達は咄嗟に挨拶を返して頭を下げたが、そこですかさずアーシアから嫌味が投げつけられる。
「あらあら、尻尾を振るのが上手だこと。最初からそうすれば良いのにね」
(そんな事を言われても……。宜しくと言われたら、同様に返すわよ。さっきの事を当て擦っているの?)
嘲笑気味にそんな事を言われてカテリーナ達は溜め息を吐きたくなったが、確かに挨拶のタイミングを逸した事は間違いなかった為、余計な事は口にしなかった。そんな微妙な空気を察したユリーゼは怪訝な顔になったが、隊長用の机に着いたアーシアが落ち着き払って目の前に横一列に並んだカテリーナ達を促す。
「それでは向かって右側から、一人ずつ名乗って貰いましょうか」
「その後、騎士団から支給される剣と所属記章を渡します」
「はい。ノーラ・ボブレーです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
すぐに気を取り直したユリーゼは、自己紹介を済ませた者から各人に準備してあった備品を手渡し、何事も無かったかのように事務手続きが進んでいった。
「次」
「カテリーナ・ヴァン・ガロアです。宜しくお願いします」
「侯爵家のご令嬢が冷やかしにくる場になるなんて、近衛騎士団も随分変わったものね」
「…………」
挨拶に応じるどころか即座に皮肉で返したアーシアに、カテリーナは無表情で無言を貫いたが、さすがにユリーゼが上司を宥めにかかった。
「隊長。彼女は冷やかしに来たわけではないでしょう。それにクレランス学園での剣術大会では、女性ながら優秀な成績を修めたと、騎士団上層部の間でも噂になっていましたし」
「当然でしょう? 平民や下級貴族が活躍しても、話題になるわけないじゃない。上級貴族だから多少剣が使えれば、それだけで目立つもの。家名で得したわね」
「あのですね! カテリーナは実力で!」
ここまで黙って聞いていたティナレアが、さすがに腹に据えかねて反論しようとしたが、カテリーナはさりげなく彼女の腕を掴んで制止しつつ、微笑みながら目の前の二人に同意を求めた。
「本当に私達の年代からは、得をしたと思っています。クレランス学園で剣術大会が企画運営されるようになり、その結果、近衛騎士団への推薦方法、及び選抜内容が一新されましたから。それは勿論騎士団内でも話題に上ったと思われますので、隊長や副隊長もご存じかと思いますが」
「…………」
「ええ。騎士団内で、かなり話題になっていたわ」
その選抜方法の変更は騎士団内でも好意をもって受け止められていたらしく、アーシアは悔しそうな顔つきで口を噤み、ユリーゼは感心したように頷いた。そこを逃さず、カテリーナが畳みかける。
「学園内では、特に近衛騎士団入団を志す平民出身生徒のやる気が増し、貴族出身生徒の緊張感も」
「そんなの男子学生はともかく、圧倒的に騎士志望の女性が少ない現状では、よほど技量や身辺調査で問題が無ければ第十五隊には入隊できるんだから、関係無いでしょう」
「そうですね。それでは採用については上級貴族や下級貴族や平民とかも、一切関係ありませんね。精一杯務めさせていただきます。宜しくお願いします」
「…………」
「こちらこそ宜しく、カテリーナ」
アーシアの反論をカテリーナは半ば強引に正論で封じ、神妙に頭を下げてみせた。そこでこれ以上つまらない事で揉めたくなかったユリーゼは笑顔で応じ、カテリーナ用に準備された記章を取り上げて彼女に歩み寄る。
「それでは、まずこちらが所属記章です」
(要するに、上級貴族だと何がなんでも気に入らないわけね。それで下級貴族や平民相手なら、自分が同等以上と思っているのかしら?)
ユリーゼに制服の襟元に記章を付けて貰いながら、カテリーナはさり気なくアーシアの様子を窺った。
(面倒な人の下になったみたいだけど、こんな態度で隊長として大丈夫なのかしら? 確かに団長のラドクリフおじさまは伯爵家当主で上級貴族だけど、近衛騎士団内には下級貴族や平民の騎士はかなりの割合でいるし、平民で隊長クラスの方だっておられるのに)
怒るのを通り越して変な心配すらしてしまったカテリーナだったが、そこでユリーゼに剣を渡された直後、顔つきを険しくした。
「それからこちらが剣です。万が一無くしたり破損した時には、すぐに申し出てください」
「分かりました」
(うん? 今何か、音が変に重なったような……)
剣を受け取った拍子に、僅かに剣本体と鞘がずれて当たった事で微かな音が出たが、それに違和感を感じた彼女は両手で剣を受け取った姿勢のままそれを凝視した。
「カテリーナ、どうかしましたか?」
何故剣をベルトに装着しないのかと怪訝な顔でユリーゼが声をかけると、カテリーナは一応断りを入れて剣の柄を握り締め、勢い良く鞘から剣を引き抜く。
「副隊長、すみません。この場で、剣を抜かせていただきます」
「何をするの!?」
「え? あの、カテリーナ?」
「………………」
驚いてアーシアが声を荒げ、戸惑うユリーゼの前で抜かれた剣は、あろうことか先端から三分の一程が欠けていた。それを目の当たりにしたティナレア達は唖然として言葉が無かったが、自分の予想通りの展開だったカテリーナが冷静に左手に持っていた鞘を下に向けると、折れた剣の剣先部分が床に落ちて軽い音を立てる。
(何か嫌な予感はしたけど、最初からこんな不良品を掴まされるとはね。せめてヒビが入っている位なら笑い話にもなるでしょうけど)
もう笑い話にもならない事態にカテリーナが思わず溜め息を吐くと、アーシアが怒りで顔を赤くしながら非難の声を上げた。
「あなた……。隊長室でいきなり剣を抜くなんて、どういうつもりなの!?」
しかしそんな見当違いの非難などにまともに応じる気にすらならなかったカテリーナは、冷静にユリーゼに向かって頭を下げる。
「申し訳ありません。受け取った時に柄の部分が鳴った音の他に、別な音が混ざったような気がしたもので」
「折れていた剣先の方が、鞘の中で音を出したのかしら……。それにしても、良く気が付いたわね。私は全然気が付かなかったわ。とにかく、それはこちらに。早急に新しい剣を準備して渡します」
「宜しくお願いします」
対するユリーゼも備品の管理保管について上層部から叱責されかねない事態に、カテリーナから折れた剣を受け取りながら、既に剣を渡した二人に声をかけた。
「次の人、挨拶はちょっと待って。先に、残っている剣に異常が無いか抜いて確かめるわ。ノーラとエマも、ここで確認して頂戴。早く分かるに越した事は無いから」
「分かりました」
「それでは失礼します」
予想外の事態に、顔を強張らせながら剣を抜いてその状態を確かめるノーラとエマを横目で見ながら、カテリーナはどことなく悔し気にしているアーシアの様子を窺う。
(偶然? それとも故意? どちらかしら?)
すると隣に立っているティナレアが同様の事を考えていたらしく、彼女にしか聞こえない程度の小声で囁いてくる。
「カテリーナ」
「事は荒立てない方が賢明よ」
「こちらはそうでも、向こうはそう思っていないかも知れないわ」
不満と不審を内包した友人の囁きに、カテリーナも声を潜めながら彼女を宥めた。
それから五人は終日、ユリーゼから事務手続きの指導や諸手続きの説明を受けて過ごし、問題なく一日目の勤務を終えたが、カテリーナは憂鬱な気持ちが膨らむのを抑えきれなかった。
「戻ったわ」
彼女に続いてカテリーナ達が入室すると、アーシアよりは若く、カテリーナ達よりは年長に見える一人の女性が出迎えてくれた。
「お帰りなさい。そして皆さん、ようこそ近衛騎士団第十五隊へ。副隊長のユリーゼ・ヴァン・クアゼルムです。これから宜しく」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
笑顔で挨拶されたカテリーナ達は咄嗟に挨拶を返して頭を下げたが、そこですかさずアーシアから嫌味が投げつけられる。
「あらあら、尻尾を振るのが上手だこと。最初からそうすれば良いのにね」
(そんな事を言われても……。宜しくと言われたら、同様に返すわよ。さっきの事を当て擦っているの?)
嘲笑気味にそんな事を言われてカテリーナ達は溜め息を吐きたくなったが、確かに挨拶のタイミングを逸した事は間違いなかった為、余計な事は口にしなかった。そんな微妙な空気を察したユリーゼは怪訝な顔になったが、隊長用の机に着いたアーシアが落ち着き払って目の前に横一列に並んだカテリーナ達を促す。
「それでは向かって右側から、一人ずつ名乗って貰いましょうか」
「その後、騎士団から支給される剣と所属記章を渡します」
「はい。ノーラ・ボブレーです。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
すぐに気を取り直したユリーゼは、自己紹介を済ませた者から各人に準備してあった備品を手渡し、何事も無かったかのように事務手続きが進んでいった。
「次」
「カテリーナ・ヴァン・ガロアです。宜しくお願いします」
「侯爵家のご令嬢が冷やかしにくる場になるなんて、近衛騎士団も随分変わったものね」
「…………」
挨拶に応じるどころか即座に皮肉で返したアーシアに、カテリーナは無表情で無言を貫いたが、さすがにユリーゼが上司を宥めにかかった。
「隊長。彼女は冷やかしに来たわけではないでしょう。それにクレランス学園での剣術大会では、女性ながら優秀な成績を修めたと、騎士団上層部の間でも噂になっていましたし」
「当然でしょう? 平民や下級貴族が活躍しても、話題になるわけないじゃない。上級貴族だから多少剣が使えれば、それだけで目立つもの。家名で得したわね」
「あのですね! カテリーナは実力で!」
ここまで黙って聞いていたティナレアが、さすがに腹に据えかねて反論しようとしたが、カテリーナはさりげなく彼女の腕を掴んで制止しつつ、微笑みながら目の前の二人に同意を求めた。
「本当に私達の年代からは、得をしたと思っています。クレランス学園で剣術大会が企画運営されるようになり、その結果、近衛騎士団への推薦方法、及び選抜内容が一新されましたから。それは勿論騎士団内でも話題に上ったと思われますので、隊長や副隊長もご存じかと思いますが」
「…………」
「ええ。騎士団内で、かなり話題になっていたわ」
その選抜方法の変更は騎士団内でも好意をもって受け止められていたらしく、アーシアは悔しそうな顔つきで口を噤み、ユリーゼは感心したように頷いた。そこを逃さず、カテリーナが畳みかける。
「学園内では、特に近衛騎士団入団を志す平民出身生徒のやる気が増し、貴族出身生徒の緊張感も」
「そんなの男子学生はともかく、圧倒的に騎士志望の女性が少ない現状では、よほど技量や身辺調査で問題が無ければ第十五隊には入隊できるんだから、関係無いでしょう」
「そうですね。それでは採用については上級貴族や下級貴族や平民とかも、一切関係ありませんね。精一杯務めさせていただきます。宜しくお願いします」
「…………」
「こちらこそ宜しく、カテリーナ」
アーシアの反論をカテリーナは半ば強引に正論で封じ、神妙に頭を下げてみせた。そこでこれ以上つまらない事で揉めたくなかったユリーゼは笑顔で応じ、カテリーナ用に準備された記章を取り上げて彼女に歩み寄る。
「それでは、まずこちらが所属記章です」
(要するに、上級貴族だと何がなんでも気に入らないわけね。それで下級貴族や平民相手なら、自分が同等以上と思っているのかしら?)
ユリーゼに制服の襟元に記章を付けて貰いながら、カテリーナはさり気なくアーシアの様子を窺った。
(面倒な人の下になったみたいだけど、こんな態度で隊長として大丈夫なのかしら? 確かに団長のラドクリフおじさまは伯爵家当主で上級貴族だけど、近衛騎士団内には下級貴族や平民の騎士はかなりの割合でいるし、平民で隊長クラスの方だっておられるのに)
怒るのを通り越して変な心配すらしてしまったカテリーナだったが、そこでユリーゼに剣を渡された直後、顔つきを険しくした。
「それからこちらが剣です。万が一無くしたり破損した時には、すぐに申し出てください」
「分かりました」
(うん? 今何か、音が変に重なったような……)
剣を受け取った拍子に、僅かに剣本体と鞘がずれて当たった事で微かな音が出たが、それに違和感を感じた彼女は両手で剣を受け取った姿勢のままそれを凝視した。
「カテリーナ、どうかしましたか?」
何故剣をベルトに装着しないのかと怪訝な顔でユリーゼが声をかけると、カテリーナは一応断りを入れて剣の柄を握り締め、勢い良く鞘から剣を引き抜く。
「副隊長、すみません。この場で、剣を抜かせていただきます」
「何をするの!?」
「え? あの、カテリーナ?」
「………………」
驚いてアーシアが声を荒げ、戸惑うユリーゼの前で抜かれた剣は、あろうことか先端から三分の一程が欠けていた。それを目の当たりにしたティナレア達は唖然として言葉が無かったが、自分の予想通りの展開だったカテリーナが冷静に左手に持っていた鞘を下に向けると、折れた剣の剣先部分が床に落ちて軽い音を立てる。
(何か嫌な予感はしたけど、最初からこんな不良品を掴まされるとはね。せめてヒビが入っている位なら笑い話にもなるでしょうけど)
もう笑い話にもならない事態にカテリーナが思わず溜め息を吐くと、アーシアが怒りで顔を赤くしながら非難の声を上げた。
「あなた……。隊長室でいきなり剣を抜くなんて、どういうつもりなの!?」
しかしそんな見当違いの非難などにまともに応じる気にすらならなかったカテリーナは、冷静にユリーゼに向かって頭を下げる。
「申し訳ありません。受け取った時に柄の部分が鳴った音の他に、別な音が混ざったような気がしたもので」
「折れていた剣先の方が、鞘の中で音を出したのかしら……。それにしても、良く気が付いたわね。私は全然気が付かなかったわ。とにかく、それはこちらに。早急に新しい剣を準備して渡します」
「宜しくお願いします」
対するユリーゼも備品の管理保管について上層部から叱責されかねない事態に、カテリーナから折れた剣を受け取りながら、既に剣を渡した二人に声をかけた。
「次の人、挨拶はちょっと待って。先に、残っている剣に異常が無いか抜いて確かめるわ。ノーラとエマも、ここで確認して頂戴。早く分かるに越した事は無いから」
「分かりました」
「それでは失礼します」
予想外の事態に、顔を強張らせながら剣を抜いてその状態を確かめるノーラとエマを横目で見ながら、カテリーナはどことなく悔し気にしているアーシアの様子を窺う。
(偶然? それとも故意? どちらかしら?)
すると隣に立っているティナレアが同様の事を考えていたらしく、彼女にしか聞こえない程度の小声で囁いてくる。
「カテリーナ」
「事は荒立てない方が賢明よ」
「こちらはそうでも、向こうはそう思っていないかも知れないわ」
不満と不審を内包した友人の囁きに、カテリーナも声を潜めながら彼女を宥めた。
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