その華の名は
(31)歓喜と憤怒
カテリーナのクレランス学園卒業まで、あと半月と迫った頃。ガロア侯爵家では、誰もが予想だにしていなかった話が持ち上がった。
「戻ったよ、エリーゼ」
他家への表敬訪問から戻ったジェスランを自室で出迎えたエリーゼは、幾分心配そうにその日の首尾を尋ねる。
「お帰りなさい。ヒューレイ伯爵とのお話し合いはどうだった?」
「来月ご子息と共に、こちらにお出でいただけるそうだ」
達成感を露にしながらジェスランが胸を張ると、エリーゼが心底嬉しそうに応じた。
「それなら良かったわ! あそこの家とはこれまで大した交流が無かったから、うまく話が纏まるか心配していたのよ。カテリーナの休日を確認して、早速日程を詰めましょうね!」
「父上達にも、その辺りの予定を空けておいて貰うように話をしておかないとな。ところで二人は、まだ戻っていないのか?」
「ええ。王妃様から二人揃って急なお召しだと朝食の席で仰られていたけど、詳細については不明だったし、一体何のご用なのかしらね?」
そこで夫婦揃って首を傾げていると、侍女がやって来て恭しく報告する。
「ジェスラン様、エリーゼ様。つい先程、旦那様と奥様がお戻りになられました。談話室で、お二人をお待ちでいらっしゃいます」
「あら、タイミングが良い事」
「それでは早速、挨拶がてら話をしておこうか」
「そうしましょう。ミリアーナを見ていて頂戴」
「畏まりました」
傍らの揺りかごに寝かせていた娘を侍女に任せた二人は、機嫌良く談話室に向かった。
「父上、母上。お戻りになったのですね」
「ご苦労様でした。どのようなご用で、王宮にお伺いしたのですか?」
愛想笑いをしながら二人が挨拶をすると、何故かイーリスは彼ら以上の機嫌の良さで声高に告げてくる。
「聞いて頂戴、エリーゼ! とても良いお話だったのよ!」
「はぁ……、そうなのですか?」
「イーリス。気持ちは分かるが、まずは落ち着いて座ろうか」
「そうですわね」
(何なのかしら、この浮かれっぷりは?)
ジェフリーに苦笑しながら宥められたイーリスは、素直に頷いてソファーに座り直した。ジェスランとエリーゼはその様子を訝しく思いながらも、まず気の済むまで機嫌良く話させてから自分達の話を持ち出せば良いと判断し、おとなしくソファーに座る。
「今日、王妃様が我々を呼ばれたのは、カテリーナに関してだった」
ジェフリーがそう話を切り出すと、ジェスランは怪訝な顔になりながら尋ねた。
「どうして王妃様が、これまで単独で拝謁した事が無いカテリーナをご存じなのですか?」
「先日クレランス学園で剣術大会が開催された折り、視察の為にディオーネ様と共に近衛騎士団の幹部が複数名出向いたそうでな」
「両陛下へのご報告時に、皆様がカテリーナの事を大層誉めてくださったそうなのよ!」
「……そうでしたか」
「誉めてくださったとは……。貴婦人らしくないとの評判が立たなければ良いのですが……」
両親が満面の笑みで喜んでいる事に対してあからさまに水を差すわけにもいかず、ジェスラン達は曖昧に頷く。すると話は、予想外の方向に流れた。
「それで王妃様は『さすがは代々武芸を尊ぶガロア家のご令嬢。ご両親も鼻が高い事でしょう』と手放しで誉めてくださってな」
「『騎士を目指す女性が少ない事で、ご令嬢の活躍が目立ったみたいですが、他にご子息が三人いらっしゃるとの事。皆様さぞかし、腕に覚えがある方ばかりなのでしょう』と仰られて、『是非今からでも近衛騎士団に入団されませんか?』とお誘いいただいたのよ」
「はぁ!? まさか私に、近衛騎士団に入団しろとのお話では無いでしょうね!?」
「そんな! ジェスランにはとても無理ですわ!」
顔色を変えて語気強く固辞した息子夫婦に、ジェフリーが呆れ気味に言い聞かせる。
「当たり前だ。そんな事がさせられるか。正直に『長男と次男には、武芸の才は大してございません。三男は既に近衛騎士として出仕しておりますので、それでご容赦ください』とお話しして、きっぱりと断ったから安心しろ」
「……そうでしたか」
「…………」
文句も言えずにジェスランとエリーゼが面白くなさそうな表情で押し黙ると、イーリスが笑顔で話を続けた。
「それをお聞きになられた王妃様は少し落胆された様子でしたが、『それなら今度ご息女が入団されるなら、是非とも王宮内の宿舎に入っていただいて、夜勤もしていただきたい』と仰られたの」
「何ですって!?」
「どうしてそうなるのですか!?」
予想外過ぎる話にジェスラン達は仰天したが、ジェフリーとイーリスは上機嫌のまま話し続けた。
「『ガロア侯爵家程の名門の血筋、加えて技量も気品も十分な方に側に付いて貰えれば、公式行事などでも非常に心強く、夜も安心して眠れます』と仰られてな」
「王妃様に入団前からそんなに心に留めていただけるなんて、カテリーナは本当に果報者ね」
「ちょっと待ってください! 王妃様のご要望でも、それは幾らなんでも乱暴な話では!?」
「そうですわ! 夜勤など、平民や下級貴族出身の騎士に任せておけば宜しいではありませんか!? 第一そんな事をしたら、カテリーナが益々縁遠くなるのは分かりきっていますわよ!?」
二人は思わず声を荒げたが、イーリスは笑みを深めながら説明を続ける。
「私もそう思って、最初は丁重にお断りしたのだけど……。そうしたら王妃様が『それではご令嬢が何年か経過しても未婚の場合には、私が然るべき相手をご紹介致しましょう。安心してください』とお約束していただいたのよ! 王妃様に結婚相手をご紹介していただけるなんて、何て光栄な事でしょう!」
「全くだ。ありがたい事だな」
「何ですって!? そんな馬鹿な!!」
「そんな口約束を、真に受けるのですか!?」
事ここに至って、ジェスランとエリーゼははっきりと怒りの声を上げたが、ジェフリーとイーリスは不快そうに顔を歪めながら言い返した。
「何だと? お前達の物言いは、王妃陛下に対して不敬過ぎるぞ」
「そうですとも。あなた達は、王妃様を嘘つき呼ばわりするのですか?」
「いえ、決してそのような事は!」
「ですがそのような話、容易に受け入れる訳にはいきませんでしょう!?」
まさか当主夫妻に加えて王妃の不興まで買うわけにもいかず、ジェスラン達は必死に弁解したが、ここでジェフリー達は真顔で言い合った。
「だが確かにこの話は、カテリーナ次第だからな。王妃様は『本人の意向を無視して、話を進めるつもりはありません。もしご令嬢が支障があると考えるなら、残念ですが屋敷から通っていただいて構いません』と仰っておられたし」
「本当にありがたいお話ですわね。早速、寮にいるカテリーナに詳細を説明する手紙を書かないと」
「そうだな。今日中に寮まで届けさせるようにしよう」
そこでイーリスは、満面の笑みでエリーゼに語りかけた。
「そういう訳だから、エリーゼ。今後はカテリーナの嫁ぎ先を、心配する必要はありませんから」
「ああ、今後お前達に煩わしい思いをさせる事が無くなって、王妃様には感謝してもしきれん」
「本当にそうですわね」
「…………っ!」
「エ、エリーゼ……」
妻の言葉にジェフリーも満足そうに頷き、そこで話は終わったと判断した二人は、黙り込んでいる息子夫婦を見て特に反論もなく納得したと判断し、早速手紙を書き上げるべく連れ立って書斎へと向かった。そんな二人を見送ってから、談話室に残ったエリーゼがいきなり激昂する。
「一体、どういう事よ! どうして王妃がカテリーナを名指しで、宿舎入りを指図してくるのよっ! 予定が組むのが難しくなるでしょうが! あのでしゃばり女がっ!!」
理性をかなぐり捨ててマグダレーナを罵倒した妻を、ジェスランは顔色を変えて宥めようとした。
「エリーゼ! 王妃様の事を、悪しざまに言うのは控えないか! 万が一、父上達に聞かれたら!」
「冗談じゃないわ! 他家の事に首を突っ込んでくるような女、あの女呼ばわりで十分よ!!」
「声が大きい! 使用人達だって廊下を行き来しているんだぞ!?」
そんな怒鳴り声は暫くの間続いたが、これまでに多かれ少なかれエリーゼのヒステリーに遭遇していた使用人達は特に気にも留める事なく、黙々と自分の仕事に勤しんでいた。
「戻ったよ、エリーゼ」
他家への表敬訪問から戻ったジェスランを自室で出迎えたエリーゼは、幾分心配そうにその日の首尾を尋ねる。
「お帰りなさい。ヒューレイ伯爵とのお話し合いはどうだった?」
「来月ご子息と共に、こちらにお出でいただけるそうだ」
達成感を露にしながらジェスランが胸を張ると、エリーゼが心底嬉しそうに応じた。
「それなら良かったわ! あそこの家とはこれまで大した交流が無かったから、うまく話が纏まるか心配していたのよ。カテリーナの休日を確認して、早速日程を詰めましょうね!」
「父上達にも、その辺りの予定を空けておいて貰うように話をしておかないとな。ところで二人は、まだ戻っていないのか?」
「ええ。王妃様から二人揃って急なお召しだと朝食の席で仰られていたけど、詳細については不明だったし、一体何のご用なのかしらね?」
そこで夫婦揃って首を傾げていると、侍女がやって来て恭しく報告する。
「ジェスラン様、エリーゼ様。つい先程、旦那様と奥様がお戻りになられました。談話室で、お二人をお待ちでいらっしゃいます」
「あら、タイミングが良い事」
「それでは早速、挨拶がてら話をしておこうか」
「そうしましょう。ミリアーナを見ていて頂戴」
「畏まりました」
傍らの揺りかごに寝かせていた娘を侍女に任せた二人は、機嫌良く談話室に向かった。
「父上、母上。お戻りになったのですね」
「ご苦労様でした。どのようなご用で、王宮にお伺いしたのですか?」
愛想笑いをしながら二人が挨拶をすると、何故かイーリスは彼ら以上の機嫌の良さで声高に告げてくる。
「聞いて頂戴、エリーゼ! とても良いお話だったのよ!」
「はぁ……、そうなのですか?」
「イーリス。気持ちは分かるが、まずは落ち着いて座ろうか」
「そうですわね」
(何なのかしら、この浮かれっぷりは?)
ジェフリーに苦笑しながら宥められたイーリスは、素直に頷いてソファーに座り直した。ジェスランとエリーゼはその様子を訝しく思いながらも、まず気の済むまで機嫌良く話させてから自分達の話を持ち出せば良いと判断し、おとなしくソファーに座る。
「今日、王妃様が我々を呼ばれたのは、カテリーナに関してだった」
ジェフリーがそう話を切り出すと、ジェスランは怪訝な顔になりながら尋ねた。
「どうして王妃様が、これまで単独で拝謁した事が無いカテリーナをご存じなのですか?」
「先日クレランス学園で剣術大会が開催された折り、視察の為にディオーネ様と共に近衛騎士団の幹部が複数名出向いたそうでな」
「両陛下へのご報告時に、皆様がカテリーナの事を大層誉めてくださったそうなのよ!」
「……そうでしたか」
「誉めてくださったとは……。貴婦人らしくないとの評判が立たなければ良いのですが……」
両親が満面の笑みで喜んでいる事に対してあからさまに水を差すわけにもいかず、ジェスラン達は曖昧に頷く。すると話は、予想外の方向に流れた。
「それで王妃様は『さすがは代々武芸を尊ぶガロア家のご令嬢。ご両親も鼻が高い事でしょう』と手放しで誉めてくださってな」
「『騎士を目指す女性が少ない事で、ご令嬢の活躍が目立ったみたいですが、他にご子息が三人いらっしゃるとの事。皆様さぞかし、腕に覚えがある方ばかりなのでしょう』と仰られて、『是非今からでも近衛騎士団に入団されませんか?』とお誘いいただいたのよ」
「はぁ!? まさか私に、近衛騎士団に入団しろとのお話では無いでしょうね!?」
「そんな! ジェスランにはとても無理ですわ!」
顔色を変えて語気強く固辞した息子夫婦に、ジェフリーが呆れ気味に言い聞かせる。
「当たり前だ。そんな事がさせられるか。正直に『長男と次男には、武芸の才は大してございません。三男は既に近衛騎士として出仕しておりますので、それでご容赦ください』とお話しして、きっぱりと断ったから安心しろ」
「……そうでしたか」
「…………」
文句も言えずにジェスランとエリーゼが面白くなさそうな表情で押し黙ると、イーリスが笑顔で話を続けた。
「それをお聞きになられた王妃様は少し落胆された様子でしたが、『それなら今度ご息女が入団されるなら、是非とも王宮内の宿舎に入っていただいて、夜勤もしていただきたい』と仰られたの」
「何ですって!?」
「どうしてそうなるのですか!?」
予想外過ぎる話にジェスラン達は仰天したが、ジェフリーとイーリスは上機嫌のまま話し続けた。
「『ガロア侯爵家程の名門の血筋、加えて技量も気品も十分な方に側に付いて貰えれば、公式行事などでも非常に心強く、夜も安心して眠れます』と仰られてな」
「王妃様に入団前からそんなに心に留めていただけるなんて、カテリーナは本当に果報者ね」
「ちょっと待ってください! 王妃様のご要望でも、それは幾らなんでも乱暴な話では!?」
「そうですわ! 夜勤など、平民や下級貴族出身の騎士に任せておけば宜しいではありませんか!? 第一そんな事をしたら、カテリーナが益々縁遠くなるのは分かりきっていますわよ!?」
二人は思わず声を荒げたが、イーリスは笑みを深めながら説明を続ける。
「私もそう思って、最初は丁重にお断りしたのだけど……。そうしたら王妃様が『それではご令嬢が何年か経過しても未婚の場合には、私が然るべき相手をご紹介致しましょう。安心してください』とお約束していただいたのよ! 王妃様に結婚相手をご紹介していただけるなんて、何て光栄な事でしょう!」
「全くだ。ありがたい事だな」
「何ですって!? そんな馬鹿な!!」
「そんな口約束を、真に受けるのですか!?」
事ここに至って、ジェスランとエリーゼははっきりと怒りの声を上げたが、ジェフリーとイーリスは不快そうに顔を歪めながら言い返した。
「何だと? お前達の物言いは、王妃陛下に対して不敬過ぎるぞ」
「そうですとも。あなた達は、王妃様を嘘つき呼ばわりするのですか?」
「いえ、決してそのような事は!」
「ですがそのような話、容易に受け入れる訳にはいきませんでしょう!?」
まさか当主夫妻に加えて王妃の不興まで買うわけにもいかず、ジェスラン達は必死に弁解したが、ここでジェフリー達は真顔で言い合った。
「だが確かにこの話は、カテリーナ次第だからな。王妃様は『本人の意向を無視して、話を進めるつもりはありません。もしご令嬢が支障があると考えるなら、残念ですが屋敷から通っていただいて構いません』と仰っておられたし」
「本当にありがたいお話ですわね。早速、寮にいるカテリーナに詳細を説明する手紙を書かないと」
「そうだな。今日中に寮まで届けさせるようにしよう」
そこでイーリスは、満面の笑みでエリーゼに語りかけた。
「そういう訳だから、エリーゼ。今後はカテリーナの嫁ぎ先を、心配する必要はありませんから」
「ああ、今後お前達に煩わしい思いをさせる事が無くなって、王妃様には感謝してもしきれん」
「本当にそうですわね」
「…………っ!」
「エ、エリーゼ……」
妻の言葉にジェフリーも満足そうに頷き、そこで話は終わったと判断した二人は、黙り込んでいる息子夫婦を見て特に反論もなく納得したと判断し、早速手紙を書き上げるべく連れ立って書斎へと向かった。そんな二人を見送ってから、談話室に残ったエリーゼがいきなり激昂する。
「一体、どういう事よ! どうして王妃がカテリーナを名指しで、宿舎入りを指図してくるのよっ! 予定が組むのが難しくなるでしょうが! あのでしゃばり女がっ!!」
理性をかなぐり捨ててマグダレーナを罵倒した妻を、ジェスランは顔色を変えて宥めようとした。
「エリーゼ! 王妃様の事を、悪しざまに言うのは控えないか! 万が一、父上達に聞かれたら!」
「冗談じゃないわ! 他家の事に首を突っ込んでくるような女、あの女呼ばわりで十分よ!!」
「声が大きい! 使用人達だって廊下を行き来しているんだぞ!?」
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