その華の名は
(30)王妃様のお気に入り?
「ぶっ、あははははっ! カテリーナ! やっぱり君は最高だ!」
(いきなり何なのよ? 別に、笑う所では無いわよね?)
斜め後ろで、立ったままお腹を抱えて馬鹿笑いしている彼にカテリーナは殺意さえ覚えたが、彼は目に涙を浮かべながらその理由を説明した。
「君、頭の中で考えただけだと思っているだろうが、さっきのは全部口から駄々漏れしていたから」
「はい!? 私、口に出していたの!?」
「だけど顔は無表情のままだから、言っている事や狼狽しきった口調との落差が凄い事に……。駄目だ、笑えるっ!」
    そこまで解説したものの、堪えきれなくなって再び「あははははっ!」と盛大に笑い出したナジェークを叱りつけるのも忘れて、カテリーナは慌ててマグダレーナに向き直った。
(ええと……、そうなると王妃様は……)
    すると彼女は、ソファーの肘置きの部分に縋り付くように上半身を折り曲げて突っ伏し、無言のまま微かに肩と背中を震わせていた。
「………………」
(ああぁ、笑われてる! 声は出していないけど、絶対もの凄く笑われているのよね、これって!)
    その事実に気がついたカテリーナは、羞恥のあまり顔を赤く染めた。そのまま微動だにせずマグダレーナの反応を窺っていると、何とか気を取り直した彼女がまるで何事も無かったかのように上半身を起こし、普段通りの笑顔でカテリーナに声をかけてくる。
「カテリーナ」
「はっ、はいっ!」
「私が落とした扇を拾ってくれたのね。ありがとう」
「とんでもございません」
   ひたすら恐縮しているカテリーナから扇を受け取ったマグダレーナは、笑みを深めながら結論を述べた。
「カテリーナ。あなたの希望通りに事が進むよう、私が手配致しましょう。ご両親は私が説得しますので、あなたからは何も言わなくて結構です」
「ありがとうございます。私事でお手を煩わる事になり、誠に申し訳ございません」
    感謝と謝罪の言葉を口にしたカテリーナに、マグダレーナが若干厳しい口調で言葉を継ぐ。
「ただこのような事は、得てしてどこからか話が漏れるもの。近衛騎士団入団後、王妃のお声掛かりなどと陰口を叩かれかねない事は、理解していますね?」
「勿論です」
「それから確か……、各自の屋敷から通う貴族出身の近衛騎士には、希望すれば夜勤免除の特権があったかと思いますが、宿舎に入れば他の騎士と同様に夜勤の義務が生じますよ?」
「元より、そのような形骸無実化した特権を行使しようなどとは、考えておりません」
「貴女だったらそうでしょうね……」
    きっぱりと断言したカテリーナを見て、マグダレーナは苦笑を深めた。
「それならば宜しい。速やかに、宿舎入りの準備を整えておくように」
「心得ました」
「それでは彼女の話が終わりましたから、今度はあなたへの話をしましょうか」
「何でしょうか? 伯母上」
    ナジェークに向き直ったマグダレーナは、ここで凶悪にも見える笑顔を振り撒いた。
「この間各方面から、あなたへの縁談を取り持ってくれと懇願されていてね。その中に入っているのが一覧表なのだけど、気になるご令嬢がいたらいつでも口を利いてあげますから、遠慮しないで頂戴」
「…………」
    マグダレーナがそう言いながら、予め丸テーブルに置いてあった封書を指し示す。それと同時にカテリーナがナジェークに白い目を向けると、それを受けた彼が片手で顔を覆いながら呻いた。
「伯母上……。このタイミングで、それを言いますか……」
「あら、何か問題でもあったかしら?」
(王妃様……。絶対に、私とナジェークの関係に気が付いている上で、この話題を出しているわね。さすがは彼の伯母というか何というか……。不敬罪に当たるかもしれないから、口が裂けても言わないけど)
   如何にも楽しげに笑っているマグダレーナをカテリーナが観察していると、ナジェークが真顔になって深々と頭を下げた。
「伯母上、申し訳ありませんがその手の類いの話は、今後一切お断り頂けると非常に助かります」
「あら、そうなの? なかなか良いお嬢さんが揃っていると思ったのに。……それではナジェーク。そこの絵を壁から外してこちらに持って来て頂戴」
「はぁ……、少々お待ちください」
    取り敢えず話題が変わって安堵しながら、ナジェークは言われるまま近くの壁に歩み寄り、掛けてあるかなり大きな絵を外し、両手で抱えるようにしてマグダレーナの前まで運んできた。
「持って来ましたが、これをどうされるおつもりですか?」
    その問いかけに、マグダレーナがあっさりと返す。
「カテリーナに持って帰って貰うのよ。当然でしょう?」
「え?」
「は?」
「だって私がこの木を受け取ったら、カテリーナは帰りは何で顔を隠すつもりなの? 何か他に、準備してあるようには見えないのだけど?」
   にっこり笑いながら問い返した伯母に、ナジェークは微妙に引き攣った顔になりながら申し出る。
「その模型ですが……、伯母上に受け取り拒否をされたという事にして、今日は持って帰ろうかと……。後日、改めて同じ物を」
「勿論、気に入ったから頂くわ。詰めが甘いわね、ナジェーク」
「…………」
   説明を遮られた上、明るく微笑まれたナジェークは完全に反論を封じられ、そんな彼にカテリーナが、無言のまま恨みがましい視線を送った。するとマグダレーナがすっくと立ち上がり、木に掛けてきた布を丸テーブルから取り上げてナジェークが持っている絵に掛けてから、二人に退出を促す。
「そうと決まれば、こうして……。さあカテリーナ、宜しくね。二人とも下がって良いわ。色々頑張ってね」
「畏まりました」
「失礼します」
    流石に侍女が手ぶらでナジェークに荷物を持たせて歩くわけにいかない為、カテリーナが絵を受け取り、マグダレーナの部屋を出て外に向かって歩き出した。
「ナジェーク」
「何かな?」
「結構重いのだけど」
「……申し訳ない」
    押し殺した声での非難の台詞に、ナジェークは本気で謝罪した。すると絵を抱えるようにして、顔を隠しつつ歩いているカテリーナが、淡々と続ける。
「王宮内に居るうちに人気の無い所で一発殴ろうかと思っていたけど、これだと一旦下ろしてまた持ち上げるのが面倒だから、馬車に乗ってからにするわ」
「お手柔らかに頼むよ」
「はぁ? 今、何か言った?」
「いや……、何でもないから気にしないでくれ」
    本気で腹を立てていると分かる彼女の声音に、ナジェークは二発以上の制裁を覚悟しながら、待たせている馬車まで神妙に歩き続けた。
(いきなり何なのよ? 別に、笑う所では無いわよね?)
斜め後ろで、立ったままお腹を抱えて馬鹿笑いしている彼にカテリーナは殺意さえ覚えたが、彼は目に涙を浮かべながらその理由を説明した。
「君、頭の中で考えただけだと思っているだろうが、さっきのは全部口から駄々漏れしていたから」
「はい!? 私、口に出していたの!?」
「だけど顔は無表情のままだから、言っている事や狼狽しきった口調との落差が凄い事に……。駄目だ、笑えるっ!」
    そこまで解説したものの、堪えきれなくなって再び「あははははっ!」と盛大に笑い出したナジェークを叱りつけるのも忘れて、カテリーナは慌ててマグダレーナに向き直った。
(ええと……、そうなると王妃様は……)
    すると彼女は、ソファーの肘置きの部分に縋り付くように上半身を折り曲げて突っ伏し、無言のまま微かに肩と背中を震わせていた。
「………………」
(ああぁ、笑われてる! 声は出していないけど、絶対もの凄く笑われているのよね、これって!)
    その事実に気がついたカテリーナは、羞恥のあまり顔を赤く染めた。そのまま微動だにせずマグダレーナの反応を窺っていると、何とか気を取り直した彼女がまるで何事も無かったかのように上半身を起こし、普段通りの笑顔でカテリーナに声をかけてくる。
「カテリーナ」
「はっ、はいっ!」
「私が落とした扇を拾ってくれたのね。ありがとう」
「とんでもございません」
   ひたすら恐縮しているカテリーナから扇を受け取ったマグダレーナは、笑みを深めながら結論を述べた。
「カテリーナ。あなたの希望通りに事が進むよう、私が手配致しましょう。ご両親は私が説得しますので、あなたからは何も言わなくて結構です」
「ありがとうございます。私事でお手を煩わる事になり、誠に申し訳ございません」
    感謝と謝罪の言葉を口にしたカテリーナに、マグダレーナが若干厳しい口調で言葉を継ぐ。
「ただこのような事は、得てしてどこからか話が漏れるもの。近衛騎士団入団後、王妃のお声掛かりなどと陰口を叩かれかねない事は、理解していますね?」
「勿論です」
「それから確か……、各自の屋敷から通う貴族出身の近衛騎士には、希望すれば夜勤免除の特権があったかと思いますが、宿舎に入れば他の騎士と同様に夜勤の義務が生じますよ?」
「元より、そのような形骸無実化した特権を行使しようなどとは、考えておりません」
「貴女だったらそうでしょうね……」
    きっぱりと断言したカテリーナを見て、マグダレーナは苦笑を深めた。
「それならば宜しい。速やかに、宿舎入りの準備を整えておくように」
「心得ました」
「それでは彼女の話が終わりましたから、今度はあなたへの話をしましょうか」
「何でしょうか? 伯母上」
    ナジェークに向き直ったマグダレーナは、ここで凶悪にも見える笑顔を振り撒いた。
「この間各方面から、あなたへの縁談を取り持ってくれと懇願されていてね。その中に入っているのが一覧表なのだけど、気になるご令嬢がいたらいつでも口を利いてあげますから、遠慮しないで頂戴」
「…………」
    マグダレーナがそう言いながら、予め丸テーブルに置いてあった封書を指し示す。それと同時にカテリーナがナジェークに白い目を向けると、それを受けた彼が片手で顔を覆いながら呻いた。
「伯母上……。このタイミングで、それを言いますか……」
「あら、何か問題でもあったかしら?」
(王妃様……。絶対に、私とナジェークの関係に気が付いている上で、この話題を出しているわね。さすがは彼の伯母というか何というか……。不敬罪に当たるかもしれないから、口が裂けても言わないけど)
   如何にも楽しげに笑っているマグダレーナをカテリーナが観察していると、ナジェークが真顔になって深々と頭を下げた。
「伯母上、申し訳ありませんがその手の類いの話は、今後一切お断り頂けると非常に助かります」
「あら、そうなの? なかなか良いお嬢さんが揃っていると思ったのに。……それではナジェーク。そこの絵を壁から外してこちらに持って来て頂戴」
「はぁ……、少々お待ちください」
    取り敢えず話題が変わって安堵しながら、ナジェークは言われるまま近くの壁に歩み寄り、掛けてあるかなり大きな絵を外し、両手で抱えるようにしてマグダレーナの前まで運んできた。
「持って来ましたが、これをどうされるおつもりですか?」
    その問いかけに、マグダレーナがあっさりと返す。
「カテリーナに持って帰って貰うのよ。当然でしょう?」
「え?」
「は?」
「だって私がこの木を受け取ったら、カテリーナは帰りは何で顔を隠すつもりなの? 何か他に、準備してあるようには見えないのだけど?」
   にっこり笑いながら問い返した伯母に、ナジェークは微妙に引き攣った顔になりながら申し出る。
「その模型ですが……、伯母上に受け取り拒否をされたという事にして、今日は持って帰ろうかと……。後日、改めて同じ物を」
「勿論、気に入ったから頂くわ。詰めが甘いわね、ナジェーク」
「…………」
   説明を遮られた上、明るく微笑まれたナジェークは完全に反論を封じられ、そんな彼にカテリーナが、無言のまま恨みがましい視線を送った。するとマグダレーナがすっくと立ち上がり、木に掛けてきた布を丸テーブルから取り上げてナジェークが持っている絵に掛けてから、二人に退出を促す。
「そうと決まれば、こうして……。さあカテリーナ、宜しくね。二人とも下がって良いわ。色々頑張ってね」
「畏まりました」
「失礼します」
    流石に侍女が手ぶらでナジェークに荷物を持たせて歩くわけにいかない為、カテリーナが絵を受け取り、マグダレーナの部屋を出て外に向かって歩き出した。
「ナジェーク」
「何かな?」
「結構重いのだけど」
「……申し訳ない」
    押し殺した声での非難の台詞に、ナジェークは本気で謝罪した。すると絵を抱えるようにして、顔を隠しつつ歩いているカテリーナが、淡々と続ける。
「王宮内に居るうちに人気の無い所で一発殴ろうかと思っていたけど、これだと一旦下ろしてまた持ち上げるのが面倒だから、馬車に乗ってからにするわ」
「お手柔らかに頼むよ」
「はぁ? 今、何か言った?」
「いや……、何でもないから気にしないでくれ」
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