その華の名は
(29)無茶ぶりするにも程がある
「我がガロア侯爵家は、代々武芸を尊ぶ家系です。女の私も父より剣を教わり、専門の師も付けて貰いました。先程開催された学園の剣術大会の結果を鑑みて、近衛騎士団の入団を許可された事に関しても父は手放しで喜んでおり、入団自体に支障は無いかと思われます」
まずは当たり障りの無い事から話し出すと、マグダレーナも真顔で頷く。
「そうでしょうね。私が知る限りガロア侯爵は実直なお人柄で、体面を重んじて娘の可能性を否定する事は無いでしょうし、侯爵夫人も穏やかな気性でいらして、ご夫君の判断に異を唱える方では無いでしょうから」
「ですが私は入団のみならず、三番目の兄と同様、王宮内の独身者用宿舎への入居を希望しております」
「まぁ……、それは……」
続けて単刀直入に切り出すと、さすがにそれはマグダレーナにも予想外だったのか、驚いた顔になった。しかしそれはほんの少しの間だけで、彼女はすぐに冷静に問い返してくる。
「因みに三番目のお兄様は、どのような理由で宿舎に入られたのですか?」
「早くから『自分は侯爵家当主などには不向きな人間だ』と公言して騎士として自活する事を決めており、入団当時、家督を譲られる予定の長兄と少々折り合いが悪かった事もあり、居心地の悪い屋敷を早く出たかったものと思われます」
カテリーナが正直に事情を述べると、マグダレーナはさりげなく突っ込んだ質問をしてきた。
「それではあなたも、次期侯爵たる長兄殿とは隔意があるのですか?」
大真面目にそんな事を問われたカテリーナは、僅かに顔を引き攣らせながらも、何とか穏便な表現で返した。
「いえ……、私自身はそれほど仲が悪いとは思ってはおりませんが、向こうはどう思っているか定かではありません……」
「あなたの長兄と言うからには、年齢から考えて既婚者でしょうね。そうなると、貴女と兄嫁との仲も微妙なのかしら?」
「微妙、と申しますか……。何かにつけて縁談を勧めてくるのには、正直閉口しておりますが……」
「縁談ね……」
全く事実と異なる内容も言えず、カテリーナが苦労しながら言葉を絞り出していると、そんな彼女を興味深そうに眺めていたマグダレーナは、とある推論を導き出した。
「カテリーナ。貴女、長兄夫婦に妬まれているわね」
「……はい?」
「ご両親に相当可愛がられているみたいですし、貴女と貴女の未来の夫に侯爵家の後継者を奪われかねないと邪推した兄夫婦が、自分達に都合の良い人間との縁談を押し付けようと躍起になっているのでしょう? 違うのかしら?」
妙に確信している口調でそんな事を言われてしまったカテリーナは、さすがに動揺した。
(さっきの話だけで、どうしてそこまで推察できるんですか!? 事細かく説明する手間が省けたのは助かりましたが!)
唖然としているカテリーナには構わず、マグダレーナは軽く頷きながら独り言のように続ける。
「それで屋敷に留まっていると色々と煩わしいので、近衛騎士団への入団を契機に、宿舎に入って早期に独立したいと。侯爵令嬢としては、前代未聞の選択ですね」
「それは重々承知しております」
慌てて頭を下げたカテリーナだったが、マグダレーナの非難の声が続いた。
「しかも、それはさすがに両親が難色を示すかもしれないから、私から口を利いて欲しいとは……。筋違いにも程がありますよ? 第一、こんな各家の内情に口を挟んでいられる程、私は暇だと思われているのでしょうか?」
「ご多忙の王妃陛下の御心中をお騒がせして、誠に申し訳なく思っております」
事ここに至って、本当に床にひれ伏したい気分になったカテリーナは、頭を下げながら横に立つナジェークを軽く睨んだ。
(私だって王妃様の前に引きずり出されるとは、夢にも思っていませんでしたが! それもこれもナジェークが、当事者に内緒で勝手にお膳立てをするなんて暴挙のせいで!)
するとここでマグダレーナが急に口調を改め、どこか面白がっている風情で問いかけてくる。
「ところで……、そもそもどうしてナジェークが、そんな貴女の仲介をしているのかしら?」
「…………」
(今更それをお尋ねですか……。何と言ったら良いのか、咄嗟に判断がつかないのだけど……)
カテリーナが口ごもり、ナジェークも何を考えているのか分からないまま口を閉ざし、室内に沈黙が満ちた。するとそのまま少し経過してから、マグダレーナが穏やかな声で呼び掛けてくる。
「カテリーナ?」
「あ、はい。え!?」
反射的に顔を上げたカテリーナだったが、それと同時にマグダレーナが、閉じた扇を彼女の顔面めがけて勢い良く投げつけた。その至近距離では外す筈もなく、カテリーナの顔めがけて一直線に飛んだそれは、彼女が殆ど無意識に手で上に払いのけた為、天井にぶつかった上で落下してくる。
「げっ!! つい跳ね上げたら変な音が!? まさか割れたり取れたり歪んだりした!? お父様達に内緒で来ているから自力で、騎士団のお給料で弁償、って絶対無理!! エマが、巷では分割払いと言うのが流行っていると聞いたけど、それって有効なの? あ、取り敢えず大丈夫そう。良かったぁあ~」
扇を跳ね上げた次の瞬間、落ちてきたそれを素早く受け止めたかと思ったら勢い良くそれを開き、激しく動揺しながら表裏をひっくり返して隅々まで点検し、目視では異常が無い事を確認したカテリーナは、元通り扇を閉じてからマグダレーナのすぐ目の前まで歩み寄り、片膝を付いた。
この間、緊張のあまり無表情になっていたのにも気が付かないまま、カテリーナは両手で扇を捧げ持ち、マグダレーナに向かって恭しく差し出す。
「王妃陛下、どうぞお受け取りください」
「…………」
(あら? 何か作法的に間違っていたかしら?)
差し出したものの、何故かマグダレーナが自分を凝視して固まっているのを見たカテリーナは不思議に思ったが、そこでいきなりナジェークが爆笑した。
まずは当たり障りの無い事から話し出すと、マグダレーナも真顔で頷く。
「そうでしょうね。私が知る限りガロア侯爵は実直なお人柄で、体面を重んじて娘の可能性を否定する事は無いでしょうし、侯爵夫人も穏やかな気性でいらして、ご夫君の判断に異を唱える方では無いでしょうから」
「ですが私は入団のみならず、三番目の兄と同様、王宮内の独身者用宿舎への入居を希望しております」
「まぁ……、それは……」
続けて単刀直入に切り出すと、さすがにそれはマグダレーナにも予想外だったのか、驚いた顔になった。しかしそれはほんの少しの間だけで、彼女はすぐに冷静に問い返してくる。
「因みに三番目のお兄様は、どのような理由で宿舎に入られたのですか?」
「早くから『自分は侯爵家当主などには不向きな人間だ』と公言して騎士として自活する事を決めており、入団当時、家督を譲られる予定の長兄と少々折り合いが悪かった事もあり、居心地の悪い屋敷を早く出たかったものと思われます」
カテリーナが正直に事情を述べると、マグダレーナはさりげなく突っ込んだ質問をしてきた。
「それではあなたも、次期侯爵たる長兄殿とは隔意があるのですか?」
大真面目にそんな事を問われたカテリーナは、僅かに顔を引き攣らせながらも、何とか穏便な表現で返した。
「いえ……、私自身はそれほど仲が悪いとは思ってはおりませんが、向こうはどう思っているか定かではありません……」
「あなたの長兄と言うからには、年齢から考えて既婚者でしょうね。そうなると、貴女と兄嫁との仲も微妙なのかしら?」
「微妙、と申しますか……。何かにつけて縁談を勧めてくるのには、正直閉口しておりますが……」
「縁談ね……」
全く事実と異なる内容も言えず、カテリーナが苦労しながら言葉を絞り出していると、そんな彼女を興味深そうに眺めていたマグダレーナは、とある推論を導き出した。
「カテリーナ。貴女、長兄夫婦に妬まれているわね」
「……はい?」
「ご両親に相当可愛がられているみたいですし、貴女と貴女の未来の夫に侯爵家の後継者を奪われかねないと邪推した兄夫婦が、自分達に都合の良い人間との縁談を押し付けようと躍起になっているのでしょう? 違うのかしら?」
妙に確信している口調でそんな事を言われてしまったカテリーナは、さすがに動揺した。
(さっきの話だけで、どうしてそこまで推察できるんですか!? 事細かく説明する手間が省けたのは助かりましたが!)
唖然としているカテリーナには構わず、マグダレーナは軽く頷きながら独り言のように続ける。
「それで屋敷に留まっていると色々と煩わしいので、近衛騎士団への入団を契機に、宿舎に入って早期に独立したいと。侯爵令嬢としては、前代未聞の選択ですね」
「それは重々承知しております」
慌てて頭を下げたカテリーナだったが、マグダレーナの非難の声が続いた。
「しかも、それはさすがに両親が難色を示すかもしれないから、私から口を利いて欲しいとは……。筋違いにも程がありますよ? 第一、こんな各家の内情に口を挟んでいられる程、私は暇だと思われているのでしょうか?」
「ご多忙の王妃陛下の御心中をお騒がせして、誠に申し訳なく思っております」
事ここに至って、本当に床にひれ伏したい気分になったカテリーナは、頭を下げながら横に立つナジェークを軽く睨んだ。
(私だって王妃様の前に引きずり出されるとは、夢にも思っていませんでしたが! それもこれもナジェークが、当事者に内緒で勝手にお膳立てをするなんて暴挙のせいで!)
するとここでマグダレーナが急に口調を改め、どこか面白がっている風情で問いかけてくる。
「ところで……、そもそもどうしてナジェークが、そんな貴女の仲介をしているのかしら?」
「…………」
(今更それをお尋ねですか……。何と言ったら良いのか、咄嗟に判断がつかないのだけど……)
カテリーナが口ごもり、ナジェークも何を考えているのか分からないまま口を閉ざし、室内に沈黙が満ちた。するとそのまま少し経過してから、マグダレーナが穏やかな声で呼び掛けてくる。
「カテリーナ?」
「あ、はい。え!?」
反射的に顔を上げたカテリーナだったが、それと同時にマグダレーナが、閉じた扇を彼女の顔面めがけて勢い良く投げつけた。その至近距離では外す筈もなく、カテリーナの顔めがけて一直線に飛んだそれは、彼女が殆ど無意識に手で上に払いのけた為、天井にぶつかった上で落下してくる。
「げっ!! つい跳ね上げたら変な音が!? まさか割れたり取れたり歪んだりした!? お父様達に内緒で来ているから自力で、騎士団のお給料で弁償、って絶対無理!! エマが、巷では分割払いと言うのが流行っていると聞いたけど、それって有効なの? あ、取り敢えず大丈夫そう。良かったぁあ~」
扇を跳ね上げた次の瞬間、落ちてきたそれを素早く受け止めたかと思ったら勢い良くそれを開き、激しく動揺しながら表裏をひっくり返して隅々まで点検し、目視では異常が無い事を確認したカテリーナは、元通り扇を閉じてからマグダレーナのすぐ目の前まで歩み寄り、片膝を付いた。
この間、緊張のあまり無表情になっていたのにも気が付かないまま、カテリーナは両手で扇を捧げ持ち、マグダレーナに向かって恭しく差し出す。
「王妃陛下、どうぞお受け取りください」
「…………」
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